あいつはさ…

あの日からもうすぐ4ヶ月が経つ。
この4ヶ月という時間の感じ方は、人によっては長い、短いと様々だろう。

僕自身はと言えば、現在はずいぶんと清志郎について楽しく話ができるようになったし、
きっとこれからは、どんどんとそうなっていくとも思う。
この理由は、やはり4ヶ月という決して短くは無い時間の経過もあるけれど、
いちばん大きいのは仲井戸麗市の存在だ。

もう絶対に忘れられない…、一生忘れない2009年5月22日、
そして翌23日の清志郎へ捧げた追悼ソロ・ライヴ。
6月13日の梅津和時、6月17日の三宅伸治との、それぞれの共演ライヴ。
チャボの性格を考えれば、僕が観たこれだけで精一杯で十分だと思えたけれど、
しかし、この後も、7月4日は名古屋、翌5日は福岡での新谷祥子とのDuet、7月17日の千葉。
更に7月25日のFUJI ROCK、8月14日のRISING SUN、8月23日のSky Jamboreeの夏フェスと、
" For清志郎 " 色の強いライヴをチャボは演り続けた。

全国を廻りきって…ということでは無いけれど、
それでもFUJI ROCKを中心とした一連の夏フェスへの仲井戸麗市出演は、
清志郎ファンにとっては間違いなく嬉しいことだったのではないかと思う。
だって、5月以降のチャボのライヴは当面東京周辺でしか行われなかったので、
観たくても観ることができなかったファンは全国に何百人、何千人といただろうから。

チャボ自身は " 清志郎の不在を受け止める努力をしている " と歌っているように、
まだまだ実感できていないようだけれど、それでもステージに立った。
この時期にステージに立つということは、どう観られてしまうのかをわかっていないはずが無い。
それでもステージに立ち、RCサクセションを歌ったのだ、チャボは。

チャボがどこまでファンを意識していたのかはわからない。
でも、絶対に僕は意識していたと思うよ。
清志郎ファンのためにというより、清志郎ファンと一緒に…という風に意識していたはずだ。
そう思う。

僕はもう立ち直れたんだ…というのとはニュアンスは違うけれど、
それでも自分が今、こういった状態になれているのは、
僕自身が観たチャボのライヴや、観られなくても様子を知ることができたライヴ、
それらのおかげであり、仲井戸麗市の存在なのであります。

さて、9月19日の深夜(9/20の1時)、民放FM53局で放送される清志郎トリビュート番組
ここで清志郎についてチャボが語る様子がオンエアされる。
公開録音の様子は、既にいくつかネット上のニュースで知らされている
その場を取材した、ここではお馴染の友人Sさんによると、かなり感動的な収録だったようだ。

また、偶然その場に居合わせて、遠巻きに収録を見ていたという方からもメールを頂きました。
その方によると、小林克也の問いかけに " あいつはさ… " を連発しながら、
チャボにしか話せない口調と熱さで語る様子が、姿は見えずとも伺えた…そうです。
また、収録中の表情を確かめることはできなかったらしいのですが、
局を後にするチャボの顔には薄い笑みが浮かんでいた…そうで、
充実した収録インタヴューだったということなのだろうと思います…とのことです。

ロッキング・オン・ジャパン増刊号のインタヴューに続いての発言。
しかも肉声で伝えられるのは初ということでも、
今度の番組は全国のファンの皆さんが同じ気持ちで共有できる時間になるんじゃないかなぁ。

それにしてもチャボと清志郎というのは…。

忌野清志郎・民放FM53局特別番組

Sさんから「ウチだけに清志郎とチャボのニュースが載っています」とメールがあった。

  全国民放FM53局が、清志郎の特別トリビュート番組を、全局同時放送する。
  放送は9月19日深夜1時から2時間。

なるほど。
さすが清志郎だなぁと思った。
でも…あれ?
チャボのニュースって?

  ラジオDJの大御所小林克也が司会を務めて、
  RCサクセション時代からの盟友仲井戸CHABO麗市がゲスト出演する。

何だってー !?
小林克也とチャボが絡むのか?
しかも清志郎のトリビュート番組で?

  これまで、悲しみの深かった仲井戸は、
  多くの媒体から清志郎さんについての取材依頼を受けてきたが、
  一部雑誌以外すべて断っていた。
  関係者の熱意と百か日法要を過ぎた今回、自ら語る決意をしたという。

そうか、そういうことか…。
小林克也とチャボが清志郎を語るというのが想像できないけれど、
清志郎への思い入れがあまりにも強い人が相手よりはいいのかもしれない。

それにしてもラジオでチャボが語るのか、清志郎を…。

あれから何も無かったかのように僕たちはRCや清志郎を聴いている。
もちろん、これからも聴き続ける。
きっとチャボも同じ…というか、似たような思いなんだろう。
でも、チャボは聴くだけじゃないんだ。
もう、決めたのかもしれない。
清志郎を語ること…語っていくことを。
そして、もしかしたら歌い続けることも…ね。

  もう1つの目玉としては、7月25日のフジロックフェスティバルの追悼ライブと、
  昨年7月の清志郎さんの最後のライブの未公開音源の初披露が検討されている。

おおっ!
フジロックでの「いい事ばかりはありゃしない」は是非、OAして頂きたい。

民放FM局がやった。
なら、次はNHK-FMだろう。
あるだろうあるだろうサウンドストリートをはじめとした音源がさー。
頼むぜ、NHK!

文通「仲井戸君と忌野君」

ROCKIN'ON JAPAN誌上において、94年から97年にかけて連載されていた公開文通。
それが「仲井戸君と忌野君」だ。

チャボと清志郎が実際に文通をしていたことはファンには有名だが、
これは、その当時から約20年の月日が経過しての文通だ。
本人達はどんな気持ちでやり取りをしていたのか…なんてことは読んでいた人には説明不要。
とにかく最高に感動的な連載だった(よね?)。
※ちなみに70年代の文通の、その本物が 『生卵』 に掲載された時は本当に驚いた。
  もちろん驚いただけでなく、嬉しかったのは言うまでも無いけれど。

ROCKIN'ON JAPANから清志郎の追悼号が出ると知ったときは、
僕はこれを再掲載して欲しいと強く思っていたが、残念ながらその望みは叶わなかった。
その代わりにバックナンバーを引っ張り出して読み返して…なんてことをしたかと言えば、
実はこれまでしなかった。何故だかそんな気にならなかったのだが、
このあいだ yukodokidoki さんから頂いたコメントを読んで、遂にそれを決行することにした。

当時のJAPAN誌は部屋中あっちこっちに散らばっているので、
とにかく探し出せたものだけになってしまった。
おかげで掲載号すべてを読むことができなかったのは残念だったが、
それでも、今読んでも、いや、今だからこそ感動が増すこととなり、
号によっては、読んだ後にとんでもない状態に…。

では、そんな中からいくつかピックアップしてみます。

記念すべき第一回は94年11月号。
そうです。
あの 『GLAD ALL OVER』 後に始まったのです。
94年が二人にとって、そして僕たちファンにとっても本当に特別だったことがここでもわかる。

CIMG7554.jpg CIMG7555.jpg

  野音のコンサート以来、そこはかとなく蘇った2人の友情。
  この灯を絶やす手はない!というわけで ~中略~ 新連載。
  はたしていつまで続くのか !?
  できれば永遠に続いてほしい " 文通「忌野君と仲井戸君」 " !!

94年の秋。こうして文通は始まったのである。

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清志郎の…そしてチャボのギター

FUJI ROCK FES.を観に行った方々からの情報から、
忌野清志郎スペシャル・メッセージ・オーケストラでチャボが使用したギターが判明した。

  Fender ESQUIRE、クロッパーのサイン入りのピンクに塗られたあとがある、あれです

この夢風さんからの情報でギターが目に浮かぶ人は多いだろう。
ちなみに 『Char meets ???? TALKING GUITARS』 のサイトで、このギターの詳細を確認できる
僕の記憶では、これを80年代の半ば頃から清志郎はライヴで弾いていたと思うが、
このサイトにはこう書かれている。

  元々は春日博文氏から手に入れたギターで、
  RC時代にチャボが弾いていたこともある

さりげなく書かれているエピソードだが、少なくとも僕には重要なものだ。
だって、チャボが弾いていたこともある…どころか、
僕がRCを初めて観た1980年の時点で、このギター=チャボというイメージだったからだ。

春日博文から入手した清志郎のギターをチャボが弾いていたという話を知ったのはかなり後。
僕にとって、80年代初頭の仲井戸麗市と言えば、このギターだったのだ。
その証拠のひとつに 『RHAPSODY NAKED』 のライナーでは、このギターを弾くチャボが確認できる。

CIMG7544.jpg

さて、ライヴで演奏された最後の曲は「雨あがりの夜空に」だったそうだ。
やっぱり、どうしたってこの曲しか無かったんだろうし、この曲が相応しいのだろう。
そして 『RHAPSODY NAKED』 のDVDでも、
このギターでその「雨あがりの夜空に」を弾くチャボをバッチリ確認できる。

CIMG7546.jpg CIMG7548.jpg CIMG7549.jpg

こんなギターを、チャボはFUJI ROCKの " For清志郎 " のライヴで使用したのである。
僕にとっては、単に清志郎のギターをチャボが使ったということ以外に、
あの 『RHAPSODY』 の「雨あがりの夜空に」を弾いたギターだ…ということが加わるのだ。
観に行ってもいないのに胸がいっぱいになるわけだよ…。
実際にそのシーンを観たら…いやいや、どうなっちゃったんだろうなぁ。

1980年4月5日から2009年7月25日までは約30年、実に10,703日もの時間が経過している。
FUJI ROCKのステージでこのギターを手にし、Dのコードで強烈なあのイントロを弾いたとき、
チャボの中にはどんな思いが去来していたのかはわからない。
それでも、ひとつだけ確かだろうと思えることがある。

  オッケー、チャボ!

この清志郎の合図が、チャボには絶対に聴こえていたに違いない。

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特別になった「君が僕を知ってる」

友達とのメールのやり取りの中でこんな数行を最近もらった。

  なんだか94年の夏が思い出されてなりません。
  6月の渋公で、アンコールで突然チャボが出てきたときのあの地鳴りのようなどよめき。
  「君ぼく」がこれほど特別な曲になったのはあのときからですよね。

RCサクセションが止まった後の清志郎とチャボの共演で、
おそらく欠かさず演奏されている曲のひとつは「君が僕を知ってる」なんじゃないかと思う。
今では二人の共演の定番だし、RCの代表曲であり名曲であるし、
特別な曲に思っているファンも多いだろう…けれど、初めから特別だったわけでは無い。
この曲が特別になったのは、友達が言うように、間違いなくあの日からだと思う。

1994.6.25. 渋谷公会堂。
僕の席は 1階 13列 41番だった。

CIMG7540.jpg

このライヴは、嬉しいことに映像作品として記録されている。
もちろんチャボとの共演もそこには収録されている。


(2005-09-14)
Amazonランキング:5553位
Amazonおすすめ度:


この作品は素晴らしいのだが、その編集が個人的には残念。
各曲がぶつ切りで繋がれているので、ライヴの流れを追って観ることができない。
だから曲の前後の様子をここから知ることもできないのである。
何も知らない人がこの作品の「君ぼく」を観たら、突然チャボの姿が映るのでびっくりすると思う。
そして、当然、友達のメールにある " チャボが出てきたときのあの地鳴りのようなどよめき " は、
あの場に実際にいた人の記憶の中だけなのである。

それでも、ここでの「君ぼく」は感動的すぎる。
観ることができる二人の絡みすべてが感激のシーンなのだが、凄いのは間奏以降だ。
ここから最後の " わかっていてくれる " のリフレインまで、
ほとんど清志郎とチャボしかカメラは映さないのである。

あと、ここでの間奏を弾くチャボはめちゃくちゃカッコイイんだよね。
ギターもこの曲をプレイするには珍しいグレコのチャボ・モデルだし。
肝心のプレイもいいよ、とっても。

今、あらためて観ると清志郎はずーっとチャボの隣で歌っているんだよなぁ…。
終盤の " 何から何まで君がわかっていてくれる " と歌う二人のツー・ショットは、
当時から涙無しには観ることができないシーンだったが、今は冷静でいられないや…。

ミディアム・テンポのR&Bの最高傑作。
そして二人にとって、ファンにとっての特別な曲。
そんな曲を演奏する二人をとらえたこの映像は宝物です。

虹とRCサクセション

日刊スポーツとスポーツニッポンが、ここまで清志郎を取り上げてくれるのは、
本当にファンとして嬉しく、ありがたいことだ。
虹とRCサクセションという見出しが、実にいい。

CIMG7465.jpg CIMG7464.jpg

報道された内容によれば、
シングル「Oh!RADIO」に「激しい雨」の収録を決めたのは、遺族の意向だという。

そりゃ、石井さんのRCサクセションというバンドへの思い入れは、僕にも想像はつく。
RCが止まった後の、91年以降のソロ活動だって素晴らしかったことは承知の上だが、
これまで様々なところで語られてきたことだし、
あらためて「ラプソディー」や「Oh!Baby」などのラヴ・ソングを聴くまでもなく、
RC時代の清志郎の傍には、いつだって石井さんの存在があったことは知られているだろう。
そんな石井さんが、あのメンバーで演奏された「激しい雨」に強い思い入れを持つ事は、
まったく不思議ではなく、選ばれるべくして選ばれた曲なんじゃないかと思う。

ただ、遺族ということは、タッペイくんやモモちゃんの意向…の可能性もあるわけだよ。
ファンなら、実際に二人が小さな頃から、
RCやソロ・ライヴのステージにあがっている姿を何度も観ているよね。
そういったことだけじゃないけれど、チャボや三宅伸治がこの二人を可愛がってきたことは、
やはり僕には簡単に想像がつく。

チャボは以前ライヴで、" タッペイが親父のことでの悩みを俺に相談に来てくれることが夢だ " と、
本当に楽しそうに話していたことがあるし、
皆さんご存知だろうけれど、二人を自分の曲のレコーディングに参加させてもいる。
その清志郎ファミリーが参加した「魔法を信じるかい?」を " 俺の宝物だ " と言い切っているしね。

もちろんファンが知らないエピソードはたくさんあるだろうけれど、
清志郎が知らないチャボと栗原家…タッペイくんとのエピソードだってあるかもしれない。
こう考えていくと、タッペイくんが「激しい雨」をリクエストしたことも現実味があるような気がする。

発表されたときは何だかんだ想像したけれど、
やはり「雨あがりの夜空に」をヒントにし、
清志郎とチャボが " 雨 " をテーマに作った曲ということらしい。

  何だよ、やっぱりそうだったんじゃないか!

「激しい雨」は、そういう曲なのである。

チャボは " 清志郎の声がRCサクセションと歌ったら面白いんじゃないかな… " と、
この曲を作った理由のひとつを話していたけれど、いやいや、今の僕にはこう聞こえる。
清志郎とRCサクセションを演ったら面白いんじゃないかな…と。


●6/4 AM0:00追記
Sさんからコメントに記事のこぼれ話が入りました。

●6/5 AM5:15追記
サーバーのトラブルがあったようで昨夜からブログ管理画面に入れず、
頂いたコメントの承認がまったくできませんでした。
コメントを頂いた皆さん、見に来てくれた皆さん、本当に申し訳ございませんでした。

俺は君の友達なんだ。

もう、自分の中での区切りをつける…いや、つけなければいけない。
気持ち的には、チャボによる追悼ライヴで区切りをつけられたとは思う。
でも、6月17日発売の「Oh!RADIO」のシングルが、
一応は僕の中での最終的なそれになるだろうか。

以前も書いた。
遺作という事実は悲しいけれど、それが純粋な新曲であったことは嬉しい…と。
そしてカップリングには未発表曲という期待も込めて楽しみに待ちたい…と。

チャボの清志郎追悼ライヴを観た今、思うこと。
レコード会社の担当者には強くお願いしたい。
今更かもしれない。
既に会議で決定済みかもしれない。
しかも、単なる一人のファンの、こんなところでの小さなお願いだ。
それでも、届かないかもしれないけれど、強くお願いしたい。

「激しい雨」。

半分はメンフィス系で、半分はストーンズ系のラフなロック…というデモ・ヴァージョン。
良くも悪くも荒々しいというデモ・ヴァージョン。
『夢助』 のリード・ナンバーでもあり、忌野清志郎と仲井戸麗市の共作。
そしてRCサクセションという歌詞が歌われている特別な曲。

清志郎の遺作に「激しい雨」を、チャボ…仲井戸麗市を加えてくれないものだろうか。

先日のチャボによる追悼ライヴのエントリーでは、
2000年に某雑誌で掲載された清志郎の特集にチャボが寄せたメッセージの、
その一部を引用させてもらった。
実は同じ2000年、別の雑誌での仲井戸麗市特集には清志郎がメッセージを寄せているのだ。

  君が30周年とは初耳だな。俺もそうなんだぜ。
  お互い随分長くやってきたな。昨日始めたばっかりだと思ってたのにな。
  まあ、30周年なんて適当にやりすごして、
  またいつもどおりギターを抱えて西へ東へだよな、いい時も悪い時もね。
  俺は君の友達なんだ。それはとても嬉しいことだよ。

もう一度、書く。
清志郎の遺作に「激しい雨」を、チャボ…仲井戸麗市を加えてくれないものだろうか。

名曲が生まれる予感

清志郎のブルーノート東京での飛び入りのニュース。
嬉しいと共に、今年2月の完全復活祭への流れと同じような展開に驚いている自分もいる。

病気が公に発表されたのが、2006年7月13日と、2008年7月14日である。
最初の療養に入った後に初めて公の場で歌ったのが、
サム・ムーアのブルーノート東京公演への飛び入りであり、それは2006年11月18日だった。
そして二回目の療養に入ってから公の場で初めて歌ったMG's公演は、
やはりブルーノート東京での飛び入りであり、日にちは2008年11月20日だったのだ。

このように、ここまではまったく同じ展開なのである。

ただし、まさかこのまま今回も復活ライヴへ進んでいくとは、僕でもさすがに思うことは無い。
清志郎自身も " 歌うこと自体が、治療になるような気がした… " と発言していたし、
僕も音楽を聴くことやライヴを観に行くことが、やはり治療になるような気がしているけれど、
本心では無理せずに、本当に無理せずに、あせらずに、ゆっくりと戻ってきてほしいと思っている。

さて、このように何もかも同じような展開の中、実は大きく違っている点がひとつある。

完全復活祭のときは、療養中に曲が生まれたという話は一切無かったはずだ。
ミュージック・マガジンのインタヴューでも、
新作の予定や曲が生まれているのでは?という質問に対して " 全然無い " と断言していたし。
しかし、今回は " 家でもデモ・テープを作ったりしている… " という発言が出ているのである。

いいですか。
曲を作ったりしている…では無いのだ。
デモ・テープを作ったりしている…のだ。
ということは、曲はあるということである!

デモ・テープ作りは、もちろん清志郎一人での作業がほとんどかもしれないけれど、
既に三宅伸治の協力があるだろうことは、大いに考えられる。
そしてそして、更にこの作業…もう音楽活動と言っていいかもしれないが…のことを、
チャボが知らないわけは無いだろう…ということまでもが考えられる。

デモ・テープ作成の、その先にあるのは新作発表だ。
個人的な希望・願望になるけれど、是非そこでは清志郎とチャボによる新たな共作を聴きたいと思う。

完全復活祭の公式パンフでは日本のグリマー・トゥインズと形容された清志郎とチャボ。
ただ、僕としては昔からレノン&マッカートニーだと思っているんだけどさ(笑)。

" 何度でも夢を見せてやる " と歌われる「激しい雨」。
" 早く来いよと俺を呼んでる " と歌われる「雨あがりの夜空に」。

とにかく二人による、この二曲に並ぶ名曲が生まれる予感…。
僕達が耳にできる日は、そんなに遠い日では無いかもしれない。

本当なら今日は…

こんなこと思ってもしょうがないんだけれど、本当なら今日は…。

CIMG6840.jpg

     **********

朝起きて、その日まず最初にかけるCDをいつもは決めているわけじゃないけれど、
今日だけは決めていた。それはRCサクセションの『the TEARS OF a CLOWN』。

地下鉄の階段を上っていくと聞こえてくる日比谷公園のセミの声。
清志郎による " 日比谷野音ベイベー! " 。
野外独特の響きで鳴るチャボのストラトキャスター。
そして何よりも清志郎のヴォーカルに絡むチャボ、
チャボの歌に加わる清志郎を聴きたかったのだ。

まずはチャボの歌に加わる清志郎。
先日のラジオでもOAされた「打破」。
チャボ自身の " いいテイクだ " 発言を聞くまでも無い。
" いい " どころか " 最高 " のテイクだ。

次に清志郎のヴォーカルに絡むチャボ。
もちろん「君が僕を知ってる」。
終盤で聴ける二人の " わかっていてくれる " の掛け合いは感動的だ。
この時期は、まだ僕が好きなヴァージョン(※)で歌われているので尚更なのだ。
 ※チャボの " わかっていてくれる " の " ~れる " がスタジオ・テイク同様に歌われていること

僕にとっては、夏の野音と聞けば一瞬にしてRCサクセションがアタマに浮かぶほどの単語であり、
これはもうおそらく、いやきっと、そして一生変らないような、いや、絶対に一生変らないだろう。
ある単語を聞いたり見た、その瞬間に何かを連想する…。
そんな単語や言葉が他にあるだろうか…をプライベートも含めて考えてみたが、思い浮かばない。
あくまでも個人的なことではあるけれど、これって凄いことなんじゃないかなって思った(笑)。
だって、これまでの人生の中で、たった4~5回しか体験していないことなのだ。
しかも、時間にして10時間程度だろう。一日の半分にも満たないのに。

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Look , I'm here.

8月1日、Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2007が、東京MXTVで放映された。

     **********

急遽決まったような感じであったが、このEventは実質的な清志郎の本格的復活ライヴであった。
しかも、出演名義は忌野清志郎 with 仲井戸麗市。
チャボは決まっていた麗蘭のツアーの予定をキャンセルしてまで参加したのである。
清志郎の復活に。

CIMG6839.jpg

今更ではあるが、つくづく凄いライヴを観たんだなぁ…というのが実感だ。
だって清志郎とチャボ、そしてドラムはコーちゃんなのである。
80年代を駆け抜けたKING OF LIVEの三人が、僕の目の前で演奏しているのである。
12月の武道館で。

キーボードは厚見玲衣が務めていたが、ベース・レスのドアーズな編成。
このメンバー構成は今でも謎であるが、後々このライヴは伝説になるだろう、きっと。
だって、ハッキリ言って、これはたった三曲だけのRCサクセションである。

     **********

さて、MXTVだ。
清志郎のパートは、「Don't Let Me Down」の一部と「Imagine」が放映された。

それにしても、清志郎の " OK、チャボ " で始まる「Imagine」の素晴らしさはどうだろう。
生で観て聴いたときも全身で感動したものだが、
カメラが捉える清志郎とチャボ、そしてコーちゃんのトライアングルを観ての「Imagine」。
再び感動…これ以外、無いよ。

     **********

「Imagine」の終盤、" 夢を見てるのは君ひとりじゃない、仲間がいるのさ… "
とピース・サインを掲げた清志郎はこう言う。

  ほら ここにいるぜ

ダメだ…。泣けてくる…。
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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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