IMAWANO KIYOSHIRO AOYAMA ROCK'N ROLL SHOW 2009.5.9

C0905091.jpg C0905092.jpg C0905093.jpg

ねぇ、清志郎。

あの頃の僕には、清志郎のラヴ・ソングがすべてだったんだ。
清志郎のラヴ・ソングで、僕は強くなれたんだよ。
清志郎のラヴ・ソングは、僕を肯定してくれたんだ。
清志郎のラヴ・ソングを聴いていたから、今の僕がいるんだよ。

今も清志郎のラヴ・ソングを聴いています。
もちろん、これからも清志郎のラヴ・ソングを聴き続けていきます。

だから、またいつか僕にラヴ・ソングを聴かせてね。
清志郎のラヴ・ソングは世界一なんだから。

C0905094.jpg

祭壇の最前列まで進んだ。
絶対に真正面、中央で清志郎と話そうと思った。
歌い手がいないマイク・スタンドが目に入った。
切なかった。
それを見ていたら泣きそうになったので、顔をあげた。
笑顔の清志郎と目が合った。
今日、この場で話したいことを話した。
うまく伝えられなかったかもしれないけれど、初めて清志郎に話した。
僕なりに一生懸命、話した。
清志郎に、聞こえただろうか。
清志郎に、届いただろうか。

辛い一週間だったけれど、僕にとって、長く素晴らしい一日でした。
今日、ここに来れたことは本当に良かった。
忘れられない日、忘れない日だ。

気の合う友達ってたくさんいるのさ。
今度、皆で会う日は悲しくて辛い日じゃない。
いつか笑える日、いつかそんな日になる。そんな日が来る。

清志郎、ありがとう。
忌野清志郎、どうもありがとう。
関連記事
スポンサーサイト



トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

青山ロックンロールショー・・・先ずはブログ仲間の皆様に

2009年5月9日、東京青山葬儀所で忌野清志郎の青山ロックンロールショーが開催された。 僕も参加してきました。 内容に関しては各ブロガーさんも書かれているので特には書きません。 今回の件に関してお世話になった人達 KENBOさんからは真っ先に訃報を知らせて

コメントの投稿

非公開コメント

Blueさんへ

はじめまして。
いつも拝見していましたが、書き込むのはこれが初めてです。
2日以降、何かあるとこちらに伺っています。
いけないと思いつつ、その度に泣いてしまいます。

私も清志郎に想いを伝えに行ってきました。
Blueさんと同じように、祭壇の中央で挨拶したのですが、
胸がいっぱいになってしまい、思っていたことの半分も
伝えられませんでした。せっかく行けたのに、ダメですよね。

中学生でRCを知り、思えばそれからの人生、
心細い時、やりきれない時、嬉しい時、
様々な感情とともに胸をよぎるのは彼の言葉でした。
ずっと支えられてきました。感謝してます。
これからもそれは変わらないと思います。

また会える日まで、しっかり生きていこうと思っています。

約束

この一週間、悲しい気持ち、寂しい気持ち、
それよりもっと・・・
辛い気持ちでいっぱいだった。
今日はなんて言えばいいんだろう・・・
こんな複雑な気持ち・・・
なんて言えばいいんだろう・・・
それは、明らかに、この一週間とは違う気持ち・・・
涙が止まらなかったけど、今までとは明らかに違う気持ち・・・
ありがとうなのかな・・・

PS  Bluesさん、Sさん、清志郎さんのギターの件、正しい情報の提供ありがとうございました。
某放送局の朝の情報番組で、そのような事を言っていたので、その言葉を、Blueさんのブログを通してコメントしてしまいました。
その後、そのような報道がなく、Blueさん、トワイライトさんをはじめとした、たくさんの方にご迷惑を掛けいたしました。
大変申し訳ございませんでした。
Sさん大変な最中ありがとうございました。


A さん

コメントありがとうございます。

> Blueさんと同じように、祭壇の中央で挨拶したのですが、
これだけは絶対に…と決めていました。
ただ、マイク・スタンドを目にしたときは切なかったです。
私は言うことを決めて、何度も心の中でくり返していました。
自分では話せたつもりです。ですからケジメもつけられました。

you さん

> こんな複雑な気持ち・・・
> なんて言えばいいんだろう・・・
私が会場について、初めて聴こえてきた曲は「トランジスタ・ラジオ」でした。
しかも、最初に耳にしたフレーズが " こんな気持 うまく言えたことがない " でした。
これは、まさにその時の自分の気持ちです。

清志郎さんへ

1週間前。突然の一報に、誤報を願った。担当記者として用意しておくべき訃報の予定原稿は書いてなかった。会社に怒られても書くつもりはなかった。僕なりの〝願掛け〟だった。

でも、実はとっくに覚悟をしてた。
あまりに素晴らしすぎた復活祭。最後の京都での雨あがりを聴いたときに、不安がよぎった。これが最後かもしれないと。
ふぁんくらぶイベントで、空がまた暗くなると、約束を聴いた。
あなたは無意識のうちに覚悟しているんだと思った。
ただ、口に出すと現実になりそうで、怖くて、心の奥にしまい込んでた…。
忘れるつもりだった。

◆◆◆◆
23年前の11歳。ロックも知らない童貞の僕は「RHAPSODY」の「よォーこそ」でブッ飛ばされた。「シングルマン」の存在を知った。これが決定的。
当時、いわゆるいじめに遭ってた僕は、〝よそ者〟もありだと、あなた教わった。このままでいい、何も怖くねぇゼって。十代でシングルマンに出会ったことで、僕の人生に怖いものはなくなってた……はずだった。

◆◆◆◆
なのに、この1週間はどうしようもなく辛かった。

文句を言って泣いた。勝手に逝かないでよ。チャボも言ってたじゃん。まだ『君僕』を完ぺきに弾けたことがない」って。僕らの本当の復活祭は、野音でしょ?「おあずけになった、あの夏を取り戻そうぜ」って誓ったじゃん…って。

でも、気づいたら僕も34歳。いつしか、あなたの訃報記事を任される人間になってた。いつの間にかボスに教えてもらったことを、人に伝える立場になってたんだ。

◆◆◆◆
今、本葬取材を終え、会社で紙面の仕上がりを確認して、満月の夜道を歩いて帰ってきた。
最後の最後に、今までで一番納得のいくあなたの原稿が書けました。

すべてが終わって今、気づいた。

ガキの頃からの憧れのスターの最期の記事を書けるなんて、ある意味、記者として、俺はこの上なく幸せ者なんじゃないのかって。
誰にもできることじゃないよ、これってさ…。

この1週間で、俺はまた少し強くなれた気がする。
あなたは、俺がガキだったときと同じく、また何かを教えてくれたのかもしれない。やっぱり、最後の最後まで、俺の人生の師匠だったんだ。
俺が最強の記者になるために、体を張って最後の教えを授けてくれたんだ。せっかくだから、そう思うことにした。

後片付けの進む祭壇に、心から「ありがとうございました」と言ってきた。

俺もちゃんと言えた。

辛くにしか聞こえなかった「空がまた暗くなる」が、前向きに聞こえるようになってきた。

帰り道。満月を見ながら、「夜の散歩をしないかね」を口ずさんだ。
僕もBlueさんと一緒。
あなたのラブソングこそが、人生の道標でした。もちろんこれからも…。

それにしても、イエーッ!! で 遺影ね…(笑;)
まったく笑えねぇはずの冗談で、笑えてるよ、俺。

月がキレイだよ、キヨシロー
じゃあね、キヨシロー、バイバイ

naughty boys !!

昨日

私も昨日行きました。行ける環境にあって本当に幸せだったと思います。

並んでる間、何度も空を見ました。清志郎、すごい人だよ見てる?とか、また虹が出るかな?と思いながら。
手を合わせながら沢山の感謝と愛を込めてお礼を言って、今日来れて良かった、と思いました。

人って好きな人の為なら頑張れるし、前に進めるものですね。

今回の件でBlueさん始めSさん、昨日並んでる私達以上に大変だったであろうスタッフの方々に改めて感謝します。
どうもありがとうございました。

S さん

" 素晴らしい一日 " と言う表現は誤解されるかもしれないけれど、私には素直なものです。
長かったけれど、この日があって良かった…と思える、本当にそんな日でした。

> 俺もちゃんと言えた。
言えたぜ、俺も。
でも、いつか聞きたいけどね、 " あの時の僕の声、聞こえましたか? " って。

そのうちまた、ゆっくりと話しましょう。

♪♪さん

> 甲本ヒロト 弔辞
後から文章で読んでもこの弔辞は凄かった。
この日、私はヒロトによって助けられたことが少なからずありました。

Sugar・Sugar さん

いい天気で暑い一日でしたけれど、
時折吹く気持ちのいい風でヒトハタウサギが揺れているのを見ていると、
不思議と心地よかったです。

ありがとう

はじめまして。
訃報を聞き、どうしたらいいのかわからない気持ちのままネットをさまよっていたときにこちらにたどりつきました。

あれから一週間、BlueさんやS記者さんの記事にどんなに助けられたことか…。

みなさんの切々たるコメントに涙し、Sさんの取材者ならではの情報、心情に心打たれました。

Blueさん、S記者さんのお計らいに感謝します。

清志郎、Forever!

ロックンロールショウはもう終わりだ

昨日は、夢を見ているような1日でした。
11時ごろから並んで、斎場の敷地内に入れたのが14時ごろ、、。敷地内に入っても、ホントにキヨシローの葬儀なのか、別人じゃないのかとかなんかピンときませんでした。でも15時ごろ中へ進み、目の中に飛びこんできたのは、紛れもなくキヨシローの祭壇だった。派手な祭壇の中央には遺骨が、、、。それを見た瞬間、本当に死んでしまったという現実のつらさ、骨になってしまった悲しさ、骨になっていても、やっと会えたうれしさ、安心感、、、いろんな気持ちが交錯していました。
ワタシは『ありがとう』と『ばいばい』しか言えなかった。。。
本当にキヨシローが居てくれて、同じ時を生きることができて、しあわせだった。好きになってよかった、誇りだ。
いつの日か
戦争も核も、、、
そして癌がなくなる日が来ることを願いたい。
LOVE&PIECE!
S記者さん、また落ち着いたらお話し聞かせてください。

昨日は

いろんな言い訳を用意して行かないつもりでした。
KENBOさん、恭さん、嫁、そしてBlueさんをはじめとする
たくさんの方のブログに背中を押されて行きました。
行ってよかった!
俺が清志郎を知って29年。
「29年間、どうもありがとう!」
と伝えてきました。
Blueさん
きっと俺たちの思い、清志郎に伝わってますよね?

Sさん、皆さん、清志郎に 感謝

こんばんわ はじめまして。
皆さんの書き込みを読むたび
深い想いが伝わってきます
もう、変に区切りをつけようなんて考えないで
当分、このままでも良いかな、なんて思いました。

先週、多摩蘭坂で偶然Sさんにお会いしまして
ちょっと迷ってる自分の気持ちを
やっぱり9日は青山へ行くぞ、と固める事が出来ました。
本当に行って良かったです
隅っこの喫煙所をチェックしなかったのは失敗だったかな?

大体、行きたくても行けなかった方々も
多くいらしたのに、贅沢ですよねぇ
今日は仲間に
「5時間35分(?)も並んでられたんだぜー!
うらやましいだろー!」
って自慢しておきました。

金曜日
朝の雷鳴と激しい雨から
夕方には見た事の無い程きれいな虹に遭遇して
あれあれ~、この現象はなんだろう、と思ってたら
9日は会場でまたSさんとお話しが出来たりして
帰りに空を見上げると今度は満月の夜、、、
本当に不思議な気持ちです。 

別の位置で並んでいた私の先輩と
偶然、列で一緒になったチャボの大ファンだという女性が
Sさんを知っていらしたとも聞きました。

いなくなった寂しさはどうしようも無いけれど
清志郎の死を通して
Sさんをはじめ色々な人に、色々な場面で
悲しい気持ちと一緒に
優しい気持ちも与えて貰っていたんですね

ありがとう
感謝してる 心から。








眠り猫さん

コメントありがとうございます。

> あれから一週間、BlueさんやS記者さんの記事にどんなに助けられたことか…。
> みなさんの切々たるコメントに涙し、Sさんの取材者ならではの情報、心情に心打たれました。
> Blueさん、S記者さんのお計らいに感謝します。
今回Sさんと話して行ったことには、実際には色々な意見があるだろうなぁと思っています。
でも私個人は、やって良かったかはわからないけれど、やらないよりは良かった…、
と思っています。

まつさん

> 派手な祭壇の中央には遺骨が、、、。
私はマイク・スタンド以外は何があったかわからなくて、後からニュース写真で知りました。
あの場では遺品を正視できませんでした。

LA MOSCA さん

> いろんな言い訳を用意して行かないつもりでした。
> KENBOさん、恭さん、嫁、そしてBlueさんをはじめとする
> たくさんの方のブログに背中を押されて行きました。
> 行ってよかった!
あの場に来て " 来なければ良かった " なんて感じた人はいない…、
いても少ないと思いたいです。

> きっと俺たちの思い、清志郎に伝わってますよね?
私はたくさん話してきたからなぁ…。
そんな人ばかりでしょうから、清志郎はいちいちすべてを覚えられないかもしれないな(笑)。

K さん

コメントありがとうございます。

> もう、変に区切りをつけようなんて考えないで
> 当分、このままでも良いかな、なんて思いました。
区切りをつけるのは自分ですから、周りを気にしたり、合わせる必要も無いと思いますよ。

No title

昨日は朝早くから並びました。そのおかげで弔辞を聞くことができました。
辛かったけれど、悲しかったけれど、みんなの彼を愛する気持ちが青山から六本木まで満ちていました。

祭壇では私も遺影しか見れなかったです。でも彼にありがとうと又会おうねって言えました。大昔おかっぱ頭の彼をテレビで見て、野音で心貫かれました。これからも彼のフレーズが日々の友です。

Blueさん、ありがとうございます。ここに来れば、Blueさんとみなさんの声が聞こえます。

昨夜の月はきれいでしたね。

ishutoさん

> 昨日は朝早くから並びました。そのおかげで弔辞を聞くことができました。
私も弔辞を聞いているときは悲しかったです。
あんなにいい天気なのに悲しい気持ちと言うのは、何だか不思議でした。

満月でしたね。

5時間並んで、何度も空を見上げて、
泣いて、歌って…
素敵な仲間と語って…

「長く素晴らしい一日」。

ボクもBlueさんと同じ気持ちです。


ありがとう。

Blueさん、Sさん、ありがとう。

いつか、ぜひお会いできる日を
心から願っています。

そして、
いつか笑える日を、ですよね。


gaku1868さん

今は両足のふくらはぎに残る痛みに、9日を思い起こさせられています。
私はあの日、何故だかお月様を見上げた記憶がありません。
思えば、うつむいていたことが、やはり多かったのかもしれないです。

涙がかれない

BlueさんとSさんの清志郎へのメッセージ読んでまた泣いてしまいました。

今日富山に帰ってきたんですが新聞はNスポーツしか買いませんでした。

ワイドショーもスポーツ新聞も清志郎をよく知らない人の取材や記事見たくなかったから。

帰りの列車の中、何度も何度も読み返してまた泣いてました。

私は前日の夜中から並んで真っ先にボスに挨拶して当日終電間際の最後の最後にお別れを言いました。

ミンナで雨あがりを歌ってボスに誓いをたてて帰り道。

満月見ました。

ジンライムの様なお月様が霞んで見えたのは涙のせいだったのかな?

みなさんへ

みなさん、優しいお言葉、ありがとうございます。

今夜は、残念ながら泉谷さんのライブ取材はほかの記者に割り当てられたのですが、急きょ、仕事終わりに吉祥寺まで、三宅伸治さんのライブに顔を出しに行きました。

伸ちゃんは言った。「4万人以上だなんて、やっぱりボスはすげぇ。でも、きっとボスも疲れたでしょう」(苦笑い)って。

こちらも泉谷さんところに負けない盛り上がりでした。

11日の仕事が一段落ついたら、リポート書きます。

ありがとう

はじめまして。

私も9日青山へ行ってきました。
同日の朝まで行くかどうか悩んでいたのですが(さよならを言う覚悟ができてなかったので)
友達が「これからもよろしく!って言いに行く。」というので 私も行くことにしました。

12時半頃青山一丁目に着き すでに弔問の列は青山霊園の中に延々と。
ほとんど列は動かず 霊園の中で3時間くらい並んでいたでしょうか。
陽射しの強い暑い日でしたが 霊園の中には木立があり日陰になっていて
時々木立を抜けて通る風が心地よく 風に乗って届くバンドの音と清志郎の声。

この暑さ。この風。この音。
それはまるで野音の開演を待っているときのようでした。
葬儀所の敷地に入ってからも30分ほど蛇行した列が続きました。
泣いてる方もたくさんいました。
私は絶対に泣くまいと 流れる清志郎の歌にあわせてリズムをとったり一緒に歌ったり
いつものライブと同じように過ごすつもりでいました。
でも。野音の音源が流れたとき・・・ダメでした。
「よーこそ」の「おいらキヨシロー どうぞよろしく ガガガガガガ・・・」で
堰を切ったように涙が溢れ 声をあげて泣いてしまいました。

2日にこの訃報に触れてから一度も泣いていなかったのに。まったく信じられなくて心が受け付けなくて 悲しいという気持ちにもなれなかったのに。
祭壇の前ではぜんぜん話せませんでした。
「清志郎ー。どうしよう。どうしたらいいのー。」しか。
献花のあとも しばらく敷地内で歌を聴いてぼーっとして 気持ちが落ち着いてから家に帰りました。
満月の夜でした。

まだ受け入れられない気持ちはあるけれど 行ってよかったと思います。
28年間前に清志郎に清志郎の歌に恋してからずーっと好きでした。
これからも変らず ずーっとずっと愛してます。

初コメントで長文すみません。誰かに聞いて欲しかったので。
まだまだ喪失感は拭えませんが 清志郎に教わったように 
やりたいことに欲張りに 楽しく生き抜いていこうと思います。


長く素晴らしい1日

私にとってもまさにそうでした。
真っ青な空、まるで真夏の太陽が降り注ぐあの1日。
長い1日でしたが、いつまでもあの場所にいたかった。
忘れられない、大切な1日になりました。

Blueさん、つらい中、皆のために色々計らってくれて、ありがとう。

また会おうね!

ちえぞ~さん

> 満月見ました。
> ジンライムの様なお月様が霞んで見えたのは涙のせいだったのかな?
ファンそれぞれの忘れられない5月9日。
ジンライムのようなお月様も、雲の切れ間に散りばめたダイヤモンドも見えたことでしょう。

toaz さん

コメントありがとうございます。

> この暑さ。この風。この音。
> それはまるで野音の開演を待っているときのようでした。
あぁ、そう感じていましたか…。野音かぁ…。お預けになったまま…だなぁ…。

nobuさん

> 忘れられない、大切な1日になりました。
絶対に忘れられないし、忘れないよね。

> また会おうね!
次に会う日は笑顔だよ。

素晴らしいロック・ショー

初めまして。
いつも拝見しておりましたが、初めて書き込みます。当方27歳会社員です。

僕も9日行きました。

長蛇の列に並んだのですが、入り口まで近づいた時、耳に入ってきたドラムの爆音を耳にした時、
「清志郎は生きてる。今日もゴキゲンなライブじゃないか・・」
と心躍らせたのが、正直なところです。
こんなに悲しいのに、なんて心躍る葬式なんでしょうか。少しだけ、清志郎の近くに行けたことが何より幸せでした。

初期のRCが好きで、古井戸が好きで、清志郎とチャボが並んで歌っている姿がとにかく大好きでした。

後で聞いた竹中直人さんの弔辞は、チョボさんの気持ちをも代弁していたと勝手に妄想していしまいます。

清志郎が好きです。
清志郎とBlueさんのサイトに出会えて本当によかったです。有難うございました。

駄文失礼致しました。

NBさん

コメントありがとうございます。

> 竹中直人さんの弔辞は、チャボさんの気持ちをも代弁していた
実に竹中さんらしい弔辞だったと思います。
" ずっと ずっと ずっと! " のところは、間違いなくチャボだったと思います。

ご無沙汰しております

終わりましたね、とりあえず…。

派手なロックショーも終わり、後は誰もいないような時を見計らって、お墓参りに行ってこようかな…、と僕は思ってます。
9日、行って良かったわ。やっぱり、俺はまだ清志郎の足元にも及ばないなと思いました。もう少しこっちで頑張んないと、あっち側で清志郎に顔向けできないな、と…。そういう決意を抱かせてもらいました。
まあ、ぼちぼち天国も良いミュージシャンが揃ってきて、意外に暮らしやすそうだけどね(笑)。

ありがとうしか言えない

訃報は3日の朝知りました、雨上がりの夜空にでRCサクセションを好きになり、初めてのLIVEはFEEL SO BADツアーでした。私はコンサートの楽しさを教えてもらいました。彼の凄みは音がブレない所ですね~。完成度の高さも、なんだこりゃあと今でも新しい発見があります。祭壇では話しかけたいのに嗚咽になって、ありがとうしか言えなかった。でもあの場所には感動がありましたよね。

Y.HAGA さん

> まあ、ぼちぼち天国も良いミュージシャンが揃ってきて、
そうですね。そう思えば気持ちもずいぶんとラクになりますね(笑)。
お墓参りが可能ならば、私もあらためて…ということは考えたいと思います。

nymannさん

コメントありがとうございます。

> ありがとうしか言えなかった。
" ありがとう " は、きっとファン皆が思っていることですよ。
~しか…って、マイナスに思う必要は無いと私は思います。
Profile

Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

Access Counter
Welcome Home!!
Realtime Counter
よォーこそ!
Blue's Link
Blue's BBS
Recent Comments & Trackbacks
twitter
Blueの雑記帳内 検索フォーム
Still Alive And Well
Blue's INFORMATION
チャボの盗難楽器発見にご協力をお願いします
Blog Category
Past Entries
Blog Link
Blog Ranking

FC2ブログランキング

人気blogランキング

ブログパーツ