忌野清志郎 ナニサリ外伝2020 FM COCOLO 2020.2.23.

3時間のプログラムを聴いて感じたのは、
あの場にいた人たちが、
再びコンサートを思い出せる内容になっていることや、
いなかった人でもしっかりと追体験できるのはもちろんだが、
記録として残すこと、そして残ることの意味だ。
そこで奏でられた音楽は当然として、
とりわけ出演者たちの言葉が残されることの意義。
開催場所や時期、演奏された曲を記録するだけでは決して伝わらないものを、
本人の発言、言葉によって知ることの素晴らしさを感じた。

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所々で組み込まれている出演者たちの、
ちょっとしたひと言から滲み出る本音からは、
参加できる喜びだけでなく、不安や逡巡する思いなどもうかがえるし、
こうした企画にありがちな振り返られる過去だけでなく、その人の現在、
さらにこれからについても感じられたのはとても興味深いと共に、
それはやはり素敵なことだと思った。

そんな中、僕としてはどうしても仲井戸麗市の発言に引っ張られてしまう。
例によって清志郎に関わるこうしたライヴや企画に出演することについて、
迷いが未だにあることを現在の立ち位置から話していたチャボ。
人によっては聞き流してしまいそうなほんの一瞬ではあったが、
発言の中で挙げられていたある例えに、僕のココロは持っていかれてしまった。

  未だに出演することの迷いはあるけれど、
  「仕事として出ろよ」と自分に言いきかせている部分もある

「仕事として出るんですか?」と誤解してほしくないと言いながらも、
「明日の仕事は清志郎のナニワサリバンショーだ!」のように、
チャボが言い続けてきた “ 音楽は自分の仕事だ “ のスタンスで臨むこと。
これだけならば僕も聞き流せていただろう。
しかしチャボの口から出た例えはいつもとは違っていた。

  だってお前(自分のこと)バンドマンだろ?
   “ バンドマン “ って俺たち
  「ラプソディー」でうたったじゃん

自分の仕事はバンドマンだという意思を持つ背景として、
「あなたにとってのブルースは?」という質問に対しての、
あるブルース・ミュージシャンの「仕事だ」という回答としていたのがチャボだ。
しかしここではRCサクセションとしてバンドマンをうたっていたこと…を挙げたのだ。

思ってもいなかったフレーズだったこと。
それを放ったのが仲井戸麗市であること。
しかも僕がナニサリのラジオ音源を一日かけて、
ここまで聴いてきたうえで出てきた発言は、
まるで長編小説を読み進めてきての、
クライマックス・シーンでのキメ台詞のように響いた。
電車のホームで泣いている昭和40年男は他人から見れば不気味だったろうが、
熱い涙があふれた。

音楽だからこそ感じるこうした気持ちはこれまで何回も体験している。
そのたびに形容する適切な言葉が見つからないもどかしさを感じるのもいつも通り。
しかし、やはりいつものように、
2020年の3月現在に存在する日本語でこの気持ちを表すとしたら、
おそらく喜び…うれしかったから…になるだろう。

うれしかったのだ、僕は。
仲井戸麗市の言葉を残してくれたFM COCOLOに感謝。

     **********

清志郎は「Oh!RADIO」でこう歌っている。

  繋がっているのは空だけじゃない
  ぼくらの心はいつも何処かでひとつさ

場所だけではなく、時間も超えてぼくらの心はひとつになる。
あの頃の自分と今の自分も繋げてくれるのだ。
ラジオから流れる音楽で。


★番組ブログ
忌野清志郎 ナニサリ外伝 2020
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