「第十回感謝の日」Songs for Kiyoshiro 三宅伸治と仲井戸CHABO麗市 磔磔 2019.4.2.

昨年、2018年も下北沢で同タイトルのライヴが行われたが、
今回は会場が磔磔に変わっただけで、ほぼ内容は同じだった。
しかし、構成や選曲が同じでも、印象もそうだったかと言えばNOだ。
1年前と間違いなく違っていた。
僕にとっては当然だ。
1年といってもそれは単なる時間の経過ではないからだ。
三宅伸治と仲井戸麗市のふたりが忌野清志郎を、RCサクセションを歌い続け、
さらに僕も清志郎とRCを聴き続けてきた1年である。
時間が経てば、その時間だけの何かがそこに足され、積まれ、浸透し、
時間による何かで色付けされ、包まれる。
新たな何かが加わった清志郎の曲を、同じく新たな何かで包まれたふたりが演奏する。
僕が触れるのは1年前とは違う新しさに満ちた清志郎の曲であったわけである。

その “ 何か “ とは何か?
それは “ 素晴らしさ “ である…と信じたいし、信じられるライヴだった。
“ 素晴らしさ “ だとしか思えないし、感じられないライヴだった。
もちろん三宅伸治と仲井戸麗市が演るから素晴らしいのもあるだろう。
でもやはり忌野清志郎が素晴らしいのである。

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1年が単なる時間の経過ではないと思う、もうひとつの理由がある。
それは、2018年からの1年は、2009年からの9年があっての1年であることだ。
前述したように各々のスタイルでこの10年間、演ってきたふたりである。
具体的な形としても、思いや想いとしても、きっと様々なことがあっただろう。
しかもそれは、いい事ばかりはありゃしない…だったことも想像がつく。
そんなふたりによる没後10年という区切りの年にあたる4月2日のライヴである。
具体的に言葉やテーマにしてはいないが、
意識の中では10年間の集大成的な何かになっていたのかもしれない。

清志郎の歩みを大まかに追える曲が並び演奏されたが、
本編終盤の「激しい雨」から「ドカドカうるさいR&Rバンド」。
アンコールでの「JUMP」から「雨あがりの夜空に」。
2019年4月2日に清志郎と共にいたふたりが演ることの意味と意義は、
このふたつの流れに尽きた。
ここには「RCサクセションと忌野清志郎」に「忌野清志郎とRCサクセション」。
そして「仲井戸麗市と三宅伸治」に「三宅伸治と仲井戸麗市」。
これらが見事に表現されていたと思ったからだ。
さらに清志郎とRCのライヴに僕が感じていた興奮と楽しさ、感動と切なさが、
やはりこのふたつの流れに象徴されていたように思ったからだ。
僕にとっての、1980年からのおよそ40年もの長い時間が、
一瞬であったがすべて詰められていた4曲でもあったことも追加しておきたい。

時間が連れてきた思いは、さらにもうひとつ。
三宅伸治と仲井戸麗市が Songs for Kiyoshiro のライヴを演るのではなく、
Songs for Kiyoshiro を冠した三宅伸治と仲井戸麗市のライヴだと感じたのは昨年同様。
しかし、昨年よりこの印象は増していた。
何より三宅伸治のチャボとやりたいという想いの強さが印象的だ。
彼はチャボを誘いたかったのだろうし、チャボは彼の誘いだからこそ受けたのだろう。
あの夜の磔磔にいたのは、清志郎と共にいた、
そして横で支えたふたりのギタリストとしての三宅伸治と仲井戸麗市だった。

ライヴから時間が経った今にこうして振り返ると、
何と感動的な場だったことだろうと、少し震えている。

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1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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