仲井戸麗市ソロステージ「唄う・奏でる・読む」 EX THEATER ROPPONGI 2017.12.25

僕にとっての仲井戸麗市…チャボは、もちろん音楽人であるが、言葉の人でもある。
これまでも本人の著書や雑誌などでのインタヴュー、ライナーノーツなど、
言葉になり、言葉にされたチャボの思いや想いにふれたことで、
対になる音楽の豊かさが増すという体験を幾度もしてきた。

楽曲(作品)やライヴ…いわゆる音楽から僕が感じて受け取るものがある。
そこへ言葉が加わると、感じたことと受け取ったものが動く。
変わるのではなく、動く。
感じ方と受け取ったものが、作品にふれる前と後と、
ライヴを観る前と後で別のものが現れるので、もともとの音楽からのそれが一気に広がる。
豊かさが増すと言ったのをあらためて記すとこういうことになるだろうか。

チャボの音楽に言葉…それは歌詞を超えたもの…は欠かすことのできないもののはずだ。
僕のようなファンだけでなく、本人にとっても。
しかし、最近は雑誌でインタヴューを読む機会が以前…80~90年代…より減ったこともあり、
こうしたことを感じることも比例していることを残念に思う。

“ ギターと歌と言葉でひとつの力に “

ある時から自身のスタイルをこう表してきた仲井戸麗市の「唄う・奏でる・読む」を観た。

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曲の歌詞がポエトリーとしてリーディングされるが、
チャボ独特のリズム感が新たな意味を付け加えるので、
楽曲として聴くのとは違った印象を受ける。
現在の思いや想いと重ねられることで過去の言葉もアップデート。
普遍性を持つものとして提示される。

ライヴは所々のMCで笑いを取りつつ、楽しい雰囲気で進んだ。
しかし、いったんポエトリーとなると色あいはガラッと変わり、
チャボの口から発せられる言葉はなかなかにヘヴィ。
昼から夜に一瞬で変わるかの如く、僕のココロとアタマは翻弄されるが、
決して苦痛ではなく、逆に心地よいものだ。
だって、これこそが仲井戸麗市の音楽に感じる魅力だからだ。

言葉があって、音楽…歌とギターがあってこそのチャボのライヴ。
まさにそんなザ・仲井戸麗市なステージだった。

今からでも遅くはない。
音だけでなく、チャボの言葉も残していくべきである。
音を、音楽を語る言葉であればなおさらそう思う。

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素敵なクリスマス

ライブを観た後にTwitterしたりインスタ(FBにも)投稿しましたが

書き忘れていたことがありました…

blueさんのレポの この場所をお借りしてすみません チャボへ

「とても楽しい時間でした

素敵なクリスマスをありがとうございました!」

Re: tamaさん

> blueさんのレポの この場所をお借りしてすみません チャボへ

ありがとうございます。
ここからチャボに伝わるとよいですね!
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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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