1990年

今日も思いつきだけで書く。
NHK-FMの清志郎特番を聴きながら。

1990年はRCが止まった年として絶対に忘れられないけれど、
肝心のRCの活動としても、結成20周年という記念すべき年だったのだが、
結局は…という一年になってしまった。

90年の7月に横浜アリーナで行われた 『'90 SUPER JAM YOKOHAMA』 。
もちろんEventであるからいくつかのバンドが出演したが、
僕のお目当てはRCサクセションだった。
この年の、RCとしての初めてのライヴだということもあり、楽しみにしていた…けれど、
その客席に置かれていたのか入口で配られていたのかの記憶は無いが、
このチラシをここで初めて目にしたのだ。

CIMG7460.jpg CIMG7461.jpg

確か、G2woがいないことはこの時点で知っていた。
でも、コーちゃんが抜けていたことは知らなかった。

ライヴは「トランジスタ・ラジオ」で始まったのだが、
ドラムを叩いているのが誰なのか、しばらくは把握できなかった。
ショックだった…けれど、目の前で演奏しているのはRCサクセションなのである。
三人の。

Eventのメニューとはいえ、
「ねむれないTonight」や「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」といったレアな曲を演奏し、
聴き応え、見応えがあるメニューだった。
でも、ココロから楽しめたかと言えば、そんなことは無かった。
メンバー・チェンジについてのMCも清志郎からあったけれど、
だからといって気持ちの整理がつくわけでも無い。
これからRCはどうなるんだろう…と友達と話しながら帰ったのを覚えている。

この後、恒例である夏の野音、" 4 Summer Nites In HIBIYA YAON " を観る。
この野音は素晴らしく、『ミラクル』 として映像作品に残されたのは本当に嬉しかった。


(2005-09-14)
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とにかくオープニングの「キモちE」から「夜の散歩をしないかね」で締めくくられるまで、
しかも中盤には 『楽しい夕に』 からの曲が披露されるなど、
ライヴ自体は今思えば集大成的なメニューだった。
哀愁漂う雰囲気が全体的に感じられて切なくなってしまうけれど、
RCの映像作品の中では、この野音を撮った 『ミラクル』 がいちばん好きだ。
90年のRCを実に見事に捉えていると思う。

そして、僕が最後に観たRCサクセションのライヴでもあり、
結果としてRCにとっても最後のライヴとなってしまったのが " 10th WINTER NIGHTS TOUR "。
1990年12月25日の日本武道館だ。

CIMG7463.jpg

9年前の武道館と同じく「よォーこそ」から「ロックン・ロール・ショー」へ繋がるオープニング。
チャボは「よォーこそ」で紹介され、「チャンスは今夜」を歌い、「雨あがりの夜空に」を弾いた。
これも9年前と同じだった。

このライヴの記憶だけれど、実は薄い。
ボンヤリとしていて、ハッキリしていない。
でも、だからこそ、僕はRCサクセションが終わったと思えなかったような気がする。
それは、僕に限っては良かったことなのかもしれない。
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RCサクセションというバンドのキヨシロー君

清志郎やRCが載った古い雑誌や自分のコレクションであるチラシや新聞など、
懐かしいものをあれから引っ張り出しては眺めている。

90年代のいつかだったと思うけれど、
ミュージック・マガジン誌でおおくぼひさこさんの短い連載があった。
『マイ・スティル・エコー/一枚の写真から』 とタイトルされていたそれは、
ピックアップされた写真の撮影者がそれにまつわるエピソードを記すというもの。
その企画にたった三回だけの連載だったと記憶しているけれど、
嬉しいことにひさこさんの写真が取り上げられたのであった。

そこでの3枚の写真は、泉谷しげる、忌野清志郎、仲井戸麗市だった。
泉谷しげるはシングル「眠れない夜」のジャケットに使用されたもの。
仲井戸麗市はアルバム 『THE仲井戸麗市BOOK』 の、やはりジャケットに使用されたもの。
そして忌野清志郎の写真。

ひさこさんはこんな風に記している。

  仲井戸麗市と結婚したと同時に、彼の数少ない友人達が我が家を訪れるようになった。
  大体みんなシャイで、ちょっとのんびりしている。
  そして何よりも、とっくに大人になってるはずなのに未だ少年や少女という印象。
     ~中略~
  清志郎さんは、そんな風にしていつの間にか私の中に定着していった。
  ちょっと風変わりな、仲井戸さんの親友として。

1977年9月10日、国立において撮影された写真は、
当時の 『カメラ毎日』 という雑誌(?)で取り上げられたそうである。
タイトルは " MY FAVORITE PEOPLE " 。
そして、その写真の下には、こんなキャプションを付けたそうだ。

  " RCサクセションというバンドのキヨシロー君 "

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追悼号の表紙が決まった。

ロッキング・オン・ジャパンによる清志郎追悼号の表紙が決まったようだ。

※忌野清志郎 1951-2009

これで、きたかー!

この写真は 『COVERS』 発表時、
88年8月13日の日比谷野音で行われたライヴ・レポートの記事に載ったものだ。
※ちなみに 『コブラの悩み』 がレコーディングされたのは翌14日。

掲載号は、1988 OCTOBER Vol.16 だ。

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清志郎の歴史の中でも、強力に " 反 " だった時期の写真。
それを追悼号の表紙に使用したのは、実にロッキング・オン、渋谷陽一らしいと思った。

現在、清志郎の死後に流れて…流されている報道や情報から、
清志郎のことを良く知らない一般の人が受けるであろうイメージ。
それをいちいち具体的にはここに記さないが、まぁ、仕方が無いなとは理解している。
でも、僕は偏っているように感じている。

確かに清志郎はそういう人だった。
否定しない。
でも、それだけの人じゃないぜ…と思っている。

追悼号、期待している。

今、思い出すミュージック

" 凄い " とか " 頑張った " とか、
そんな簡単な言葉であのMANDALA二日間のチャボを形容しがちだけれど、
単に " 頑張れば " できるような、あれはそんな類のライヴじゃなかっただろう。
観に行く僕自身、前日…いや当日まで相当なエネルギーを必要としていたわけで、
客側がこんな風になっちゃうということは、演る側のチャボは…である。
でも、ハッキリと忌野清志郎への追悼ライヴとしての構成を考え、
カヴァーとは言え新しく曲を書き、チャボはステージに立ったのだ。
しかも、意に反しての特別な夜にならざるを得なかったライヴではあるが、
それでも、そこで演ったのはあくまでもチャボのライヴであり、
かつ清志郎への思いが溢れた追悼であり、
それを踏まえたうえで僕たちファンに向けてのライヴにもなっていた。
一生もののライヴだったと、僕は思っている。

     **********

5月22日の開演直前に、自分のライヴで北海道にいる梅津さんから、
チャボへ電話があったという。

  チャボ、今からライヴでしょ

メールではなく、梅津さんは声を直接かけてあげたかったのだろうし、
梅津さん自身も話をしたかった…チャボの声を聞きたかったのだろう。
ただ、あの日以来、初めてのチャボのライヴである。
しかも開演直前。
普通に考えたら、わざわざそんな時間を狙って電話しないと思う。
でも、きっとこの時間は、本当に " ここしかない " タイミングだったのだ。
そして、絶対に " 最高の " タイミングでもあったはずだ。

  (僕も)自分のステージでは背中を(清志郎に)押されている気がするよ
  もし(チャボと清志郎が)逆の立場だったら、清志郎はギンギンに演ってたはずだよ

友だちからの励ましとして、チャボにとってこれ以上ないメッセージだったと思う。

     **********

ライヴ中、ある曲のMCで、チャボが " RCが終わって、いや、止まって… " と言った。
気にした人はどれくらいいたのだろうか…という、本当にさりげない言葉だったけれど、
僕のココロには深く響いた重要なものである。
ライヴ後の友人たちとの時間でこのことに触れたら、
そこにいた全員が同じことを思っていた。
RCサクセションは終わっていないのだ。止まっていただけなのである。
でも、もう動くことは永遠に無くなってしまったけれど。

     **********

青い森の楽屋でチョコレートをわたした(もらった)ことがきっかけで…という、
ファンには有名な二人が出会ったときのエピソード。

  わたしたのがどちらなのか結論が出ないまま、あいつは逝ってしまいました

チャボにとっては本当に大切で素敵な思い出なんだろうな、これ。

     **********

ストーンズの「悲しみのアンジー」をバックに、
チャボをRCへ誘う清志郎のメッセージが留守電に入っていた…という、
やはりファンには有名なエピソード。
これまでも何度か公の場で語られてきたけれど、
いつもそれは " その留守電のテープは今でもとってある " で終わっていたと思う。
でも、この日はその後があった。

  あれで、決めたんだ

あれで俺はRCサクセションに入ることを決めたんだ…と。
あれを聞いて俺は清志郎と一緒にやることを決めたんだ…と。

     **********

Lenne & The Lee Kings、66年のヒット曲という「Stop The Music」。
この曲のカヴァーをチャボはライヴの終盤で歌った。

  あの娘を思い出させる音楽はすべて止めて

忌野清志郎追悼ライヴである。
ここでの " あの娘 " は清志郎を指していることは間違いないだろう。

この曲に限らず、
新しく披露されたカヴァーは、清志郎への思いをストレートに歌ったものばかり。
しかし、それをコメントや言葉、談話として発表するのではなく、
仲井戸麗市は " 音楽・ミュージック " として発した。
" 音楽は止めてくれ " と、チャボは音楽で言うのである。

ただ、僕があの場で観て聴いたのは、きっと単なる音楽ではない何かだった。
もちろん、これまで観て聴いてきたものも同じはずだ。
でなければ今の僕がここにいるわけがない。
ただ聴くだけ、歌うだけ、演奏するだけの音楽ならば、僕は僕でなかっただろうし、
あなたや君とも出会っていなかっただろうし、あいつ等とも別れていなかっただろう。
その何かとは…。

     **********

仲井戸麗市のミュージックは、素晴らしい。
それはこれからもずーっと僕に必要だ。
かすかな呟きだとしても。

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ROCK'N'ROLL GYPSIES / 渋谷CLUB CRAWL 2009.5.24

5月9日の翌日は泉谷しげるのライヴだった。
ある意味では悲しい気分をぶっとばす事ができた嬉しいライヴだったけれど、
結果的には清志郎への思いを増幅させられてしまった。

そして5月22~23日のチャボのライヴの翌日は、ROCK'N'ROLL GYPSIESだった。
23日のライヴ後、自分の中では区切りをつけようと決めたので、
それにはまったく相応しいバンドと言える。
この時期でも、あの轟音を浴びれば、気分は多少なりとも変わるだろうから。

僕は去年の11月以来のROCK'N'ROLL GYPSIESだ。
ここ渋谷のCLUB CRAWLでは、頭脳警察との対バンを観た
なかなか雰囲気も良く、広さも適度で観やすい会場だと思う。楽しみだった。

ところで、ライヴが休憩を挟んでの二部構成となったのは、いつからなのだろう。
この日も二部構成。
しかも、一部は40分ほど立て続けに曲を演奏して引っ込んでしまった。
事前に二部構成だというアナウンスは無かったと思う。
初めて来た人はびっくりしたんじゃないだろうか(笑)。

ただ、この一部の凄さったら、なかった。
「In And Out」から「Carol」でスタート。あとは一気にたたみかける。
もちろんGYPSIESナンバーは万全で横綱相撲ってな演奏だったし、
待ってましたのROOSTERZナンバー「Neon Boy」は、
過去に聴いたROOSTERZのライヴでの演奏よりもカッコよく思えた。
下山淳が今のGYPSIESなギターでROOSTERZのフレーズを弾くことの何という破壊力!
アップ・テンポな曲よりも、こういったミディアム・テンポなセルフ・カヴァーを演ると、
今のGYPSIES的な解釈ではとんでもない演奏になるように思う。
過去に演奏したことはあるようだが、「Criminal Rock」が聴いてみたいなぁ。

一部のテンションのままで最後まで行ってほしかったなぁ…なんて思ったりしたけれど、
休憩を挟んだ分、緊張が解けて風通しが良くなったような二部は、
ところどころリラックスな感じがして良かった。
演奏中には笑顔(下山さんね)がちょこちょこと出るし。

そうそう、ストラトを持つ花田もカッコよかった。
何か、とても懐かしく思ったし、新鮮にも感じました。

アンコールでは、下山が " 僕が好きな曲をリクエストした… " と、
何となく恥ずかしそうに照れ気味にMC。
花田も池畑も笑顔を見せているぞ。
何なんだ、いったい(笑)。

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俺は君の友達なんだ。

もう、自分の中での区切りをつける…いや、つけなければいけない。
気持ち的には、チャボによる追悼ライヴで区切りをつけられたとは思う。
でも、6月17日発売の「Oh!RADIO」のシングルが、
一応は僕の中での最終的なそれになるだろうか。

以前も書いた。
遺作という事実は悲しいけれど、それが純粋な新曲であったことは嬉しい…と。
そしてカップリングには未発表曲という期待も込めて楽しみに待ちたい…と。

チャボの清志郎追悼ライヴを観た今、思うこと。
レコード会社の担当者には強くお願いしたい。
今更かもしれない。
既に会議で決定済みかもしれない。
しかも、単なる一人のファンの、こんなところでの小さなお願いだ。
それでも、届かないかもしれないけれど、強くお願いしたい。

「激しい雨」。

半分はメンフィス系で、半分はストーンズ系のラフなロック…というデモ・ヴァージョン。
良くも悪くも荒々しいというデモ・ヴァージョン。
『夢助』 のリード・ナンバーでもあり、忌野清志郎と仲井戸麗市の共作。
そしてRCサクセションという歌詞が歌われている特別な曲。

清志郎の遺作に「激しい雨」を、チャボ…仲井戸麗市を加えてくれないものだろうか。

先日のチャボによる追悼ライヴのエントリーでは、
2000年に某雑誌で掲載された清志郎の特集にチャボが寄せたメッセージの、
その一部を引用させてもらった。
実は同じ2000年、別の雑誌での仲井戸麗市特集には清志郎がメッセージを寄せているのだ。

  君が30周年とは初耳だな。俺もそうなんだぜ。
  お互い随分長くやってきたな。昨日始めたばっかりだと思ってたのにな。
  まあ、30周年なんて適当にやりすごして、
  またいつもどおりギターを抱えて西へ東へだよな、いい時も悪い時もね。
  俺は君の友達なんだ。それはとても嬉しいことだよ。

もう一度、書く。
清志郎の遺作に「激しい雨」を、チャボ…仲井戸麗市を加えてくれないものだろうか。

仲井戸CHABO麗市 monthly CHABO vol.11 CHABO SOLO 「COVER Night !!」 南青山MANDALA 2009.5.23

オープニングの「Oh My Love」の演奏を終えた後のチャボのMC。
清志郎への追悼ライヴを二回も演るということは無いんじゃないかと思う…は、本音だろう。
普通に考えても、追悼ライヴを二日続けて行うというのは、チャボのことを考えてもね…。
しかも、あんなライヴなのである。

でも、チャボは演った。22日と同じライヴを演ったのだ。

     **********

22日は、曲が終わるたびと言っていいくらいチャボは清志郎についての話をしていた。
それらは適度に笑いを取りながらのエピソードだったので、
結果として、今回のライヴに漂いがちなヘヴィさが薄れていたように僕は思った。
よって、MCはチャボ自身のガス抜きのようにもなっていて、
おかげで曲の途中で涙を見せたり、演奏できなくなったり…ということは無かったと想像する。

23日はそのMCが無くなっていた。
必要最低限なエピソードに絞られており、チャボはギターと唄に集中していたと思う。
明らかに演奏中の雰囲気は昨日と違っているように見えた。
当然、ガス抜き的な要素はあまり無いだろう。
聴いている僕自身も同じだ。歌われる曲の歌詞が昨日以上に胸に突き刺さる。
それでも昨日よりは冷静に聴けていたのだが、やはり中盤のポエトリーはダメだった。

そして、本編もラストになろうかという時間。
今日も歌われた、あの曲。

  あれからずっと努力しているんだ
  君の不在を受け止めるということを

チャボが泣いた。
清志郎を失った、悲しみの涙だ。

泣こう…と思った。
悲しいんだ。
泣かないでいよう…なんて思うことは無いんだ。
泣けるだけ、泣こうと思ったよ。

     **********

アンコールは昨日と同じくRCサクセションが演奏された。

「君が僕を知ってる」。
間奏を弾くチャボの肩に手をかける清志郎が見えた。

「いい事ばかりはありゃしない」。
一本のマイクを挟み、チャボと一緒に歌う清志郎が見えた。

そして…

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仲井戸CHABO麗市 monthly CHABO vol.11 CHABO SOLO 「COVER Night !!」 南青山MANDALA 2009.5.22

清志郎がチャボを語る時、ファンとしての僕がそれを読んで、
" これはきついなぁ… " と思うことはこれまでに何度かあった。
それはそれで清志郎らしい面として納得して…ではあるけれど。
でも、チャボが清志郎を語るときのそれは、否定的であったり、マイナスなものであったり、
読んできつかったり悲しい思いを感じるようなものは、僕の知る限りは皆無だ。

  僕等はたぶん " さみしさの入口 " な夜の曲り角あたりで出会った。
  その夜のフィーリングは " 少年特有 " のものなのか、
  " 特有な少年 " のものなのかはともかく、以後 " 僕等の日々 " な年月が始まった…。
  思えば心の奥底に潜む、
  様々な感情の叫びを " 唄 " というマジックで表すことができると教えてくれたのは、
  僕にとって決定的にザ・ビートルズだった。
  そして、" その事 " が自分でもできるのだと示してくれたのは、
  " となり " にいた清志郎だった気がする。
  " 悪い予感のかけらもない夜明けに、車の中、
  あの娘と毛布にくるまって眠る " …という " ぬくもり "。
  そして " 君が僕をすべてわかっていてくれる " …という " 希望 "。
  そんな彼の " つぶやき " によって僕は、
  " さみしさの出口 " ってやつをいつしか見いだしはじめられたって気がしてる。

これは、2000年に某雑誌で掲載された清志郎の特集にチャボが寄せたメッセージの一部だ。
確かに僕は、5月22日のライヴを観るのは複雑な思い…というのが正直なところだったし、
それを一言で表すと " 怖かった " になるだろうか、やっぱり。
でも、清志郎へこんなメッセージを出す人が、あの5月2日以降に演る最初のライヴである。
それがこういうライヴになるということは、
冷静に考えてみたら、きっと当たり前のことだったのだろう。

Image090522.jpg

monthly CHABO vol.11 CHABO SOLO 「COVER Night !!」南青山MANDALA。
ハッキリと、このライヴは仲井戸麗市による忌野清志郎への追悼ライヴとなった。

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仲良くしてくれて、ありがとう

既に知っている人もいるだろうけれど、
おおくぼひさこさんが、自身のサイトに短いコメントを寄せている。
すみません、一部だけ引用しちゃいます。
   
   チャボとほんとに仲良くしてくれて、ありがとう!!!!!
   いつか、またみんなで会おうね…

おおくぼさんによる清志郎の写真集を発表してくれないものかな。
できれば写真展も…。

仲良くしてくれて、ありがとう…って、いい言葉だな。

『This Time 忌野清志郎』 フジテレビ 2009.5.18

昨夜は 『This Time 忌野清志郎』 の追悼再編集特番を観た。

『夢助』 のレコーディングを中心に編集された2006年9月OAの番組に、
今回は9日に行われた青山ロックン・ロール・ショーの模様と、
清志郎に関係する人達のコメント等を再構成しての放送だった。
時間にしてたった一時間だったけれど、今の自分にはなかなか重い番組だったかなぁ。

今でも充実したレコーディングだったということが画面からバシバシ伝わってくるけれど、
この男がこうやってヴォーカルを録ることが、もう二度と無いのだという事実。
こんなに楽しそうで素敵な音楽で満ち溢れている清志郎は、もういないんだという事実。

でも、それがいったいどういうことなのかが、良くわからない。
これからもわからないのかもしれないけれど、いつかわかる日は来るのだろう…とも思う。
そんな日はいらないけれど。

清志郎を語る人達の様々なコメントが、これは追悼特番なんだということを嫌でも知らせてくれる。
でも、そんなコメントよりも、お互いにお互いを嬉しそうに語る、この二人の姿。
清志郎とチャボのそんなシーンが胸に突き刺さる。

これは辛い…。

フジ、観てます…とSさんからメールが入った。
しばらくメールで会話をしながら、『夢助』 を歌う清志郎を観ていた。

僕達はまだまだ引きずっているのだ。
吹っ切ることなんて、そう簡単にできやしないのだ。

今週末、5月9日とは違う目的で、僕は青山に行く。

たった一人にしない為に

2009年5月12日の日本経済新聞夕刊に、渋谷陽一による清志郎の記事が掲載された。
自身のブログでも、その内容をアップしている。

※日経の夕刊

渋谷さんは清志郎のインタヴューをかなりの数で行っている人だと思うし、
しかもそれらは、清志郎の歴史の中で重要なものも少なくないはずだ。
ただ、相手に対する自分の視点をハッキリと出す人だから、対立型の対話になることも多いし、
時にはその渋谷さんなりの視点が決めつけだと捉えられ、ファンに敬遠されることもある。
清志郎へのインタヴューでも、そういったものはあったかと思うけれど、
僕としては、あまり違和感を感じたものは無かったと記憶している。

日経のこれは5月8日の追悼番組でも話していた内容なのだが、
ここでの清志郎に対する考え方は実に渋谷陽一らしいものだと思うし、
彼が " 僕はこう思います " と言うことに、大きな違和感を感じることも無い。
個人的には、例えばオノ・ヨーコのコメントよりも、これは僕の胸に強く響くものだ。

ロッキング・オン・ジャパンは、清志郎の追悼増刊号を6月5日に刊行する。


清志郎のシングルを聴く

「Oh!RADIO」が6月17日にシングルとして発売されることが決まったようだ。
遺作という事実が悲しいけれど、それが純粋な新曲であったということは嬉しい。
カップリングにも未発表曲…という期待も込めて楽しみに待ちたいと思います。

さて、先週もきつかったが、この一週間も辛かった。
身体に全然力が入らないし、眠れないのは相変らずだしで、もう昨日からフラフラだ。
それでも今週は清志郎を聴いていた。
通勤時と休憩時間はWALKMANでRCサクセションを爆音で。
そして家ではシングルを引っ張り出して聴いていた。所謂CDシングルだ。

これがとても新鮮で、実に楽しかった。
一枚一枚取り出して、二曲ずつ聴いていく。
こんな音楽の聴き方をしたのは本当に久しぶりであった。

CIMG7454.jpg

様々な音楽性を持つシングル曲たちは、どれもとても清志郎らしく、
聴いていると " 何で売れなかったんだろうなぁ " なんて思う曲も多いが、
今更どうなることでもないので、「Oh!RADIO」のヒットに期待しよう。

さて、ファンには有名だが、清志郎にはあるコンセプトで発表されたシングルがある。
95~96年にかけてのナッシュヴィル録音の三枚がそれだ。

CIMG7453.jpg

「君にだけわかる言葉/ダーリン」(95)
「Good Lovin'/マイティー・マイ・ラヴ」(96)
「世界中の人に自慢したいよ/マーマレード・ソング」(96)

CHESTER THOMPSONがドラムスで、WILLIE WEEKSがベースで…なんて、
バックを務めたミュージシャンをあらためて説明する必要は無いかな。
ちょっと調べりゃ、どんなミュージシャンとのセッションだったのかはわかるだろう。

清志郎が残したすべての曲の中でも、
この三枚のシングルはカップリングも含めて、名曲度の高さはかなりのモノだと思う。
また、同じように思うファンもいると思うけれど、
シングル三枚のみというのが本当に惜しいセッションだった。
この流れのままでアルバムが作られていたら…。
『夢助』 より10年早く、大傑作が生まれていたような気がする。

とにかくここでの清志郎は、ひたすら突き抜けたポジティヴでPOPで開放的なサウンドに、
適度に力が抜けた抜群のヴォーカルを聴かせてくれる。
そして何よりも素晴らしいのは、ラヴ・ソングなのである。すべてが。

僕が好きな清志郎の中でも、最高の清志郎がここにいる。

清志郎を聴いてくれ

『iTunesウィークリーチャート、RCサクセションが1位』 というニュース。
引用してみます。

     **********

  iTunesウィークリーチャート、RCサクセションが1位
  2009年5月13日 2時47分 (BARKS)

  (BARKS)
  5月11日付けの「iTunes Weekly Chart-Top Songs」
  (集計期間:5月4日~5月10日)において、
  RCサクセションの「雨あがりの夜空に」が週間1位を獲得した。

  " ロックの神様 " 忌野清志郎急逝のニュースを受けて、
  トップ10内には忌野清志郎が関わった楽曲が合計4曲ランクイン。
  さらに100位内で合計10曲がランクインするという、異例の事態が起こっている。
  これは彼が残してくれた音楽の素晴らしさ、大きさを物語るとともに、
  Amazon.co.jpやCDショップなどで彼の携わった作品が品薄となっている状況から、
  今すぐに楽曲に触れたいファンが、配信での購入を選択しているということも推測できる。

  ■ iTunes Weekly Chart-Top Songs(集計期間:5月4日~5月10日)

   1.雨あがりの夜空に(『RHAPSODY』Version)/RCサクセション
   2.虹/コブクロ
   3.夢を味方に/絢香
   4.キミに贈る歌/菅原紗由理
   5.デイ・ドリーム・ビリーバー/THE TIMERS
   6.Someday/EXILE
   7.M/つるの剛士
   8.Share The World/東方神起
   9.スローバラード/RCサクセション
   10.トランジスタ・ラジオ/RCサクセション

     **********

僕が確認した時点で、ベスト10外で100位以内には次の曲があった。

・パパの歌/忌野清志郎
・JUMP/忌野清志郎
・サン・トワ・マ・ミー/RCサクセション
・雨あがりの夜空に(『EPLP』Version)/RCサクセション
・イマジン/RCサクセション
・ぼくの好きな先生/RCサクセション

TOPに燦然と輝く「雨あがりの夜空に」のタイトル。
しかもベスト10には「デイ・ドリーム・ビリーバー」と「スローバラード」、
そして「トランジスタ・ラジオ」が顔を出している。
" 嬉しい? " と聞かれたら、素直に " 嬉しい " と答えるだろう。

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君にだけわかる言葉

清志郎ファンの皆さん、それぞれの思いもまだあるでしょうが、9日が終わったことで、
自分の気持ちに区切りをつけた人、ついた人も多いのではないでしょうか。

TVやラジオでは特番が組まれ、CDショップには追悼コーナーが出来ています。
これまで清志郎を知らなかった人達に、彼の音楽の素晴らしさが届くことは嬉しいけれど、
それでどうなるんだ…と、思う自分がいるのも事実です。
正直言うと、僕自身はもう少し時間がかかるかなぁ…。

今回、Sさんに協力してもらい、あのようなカタチで皆さんと共有できる場を設けたことは、
どなたかのコメントに返信したように、" やらないよりは良かった… " と思っています。
こんなにもの大勢の人達と気持ちを共有できたことは、
僕も不安を消すことができ、とても安心できました。
コメントを頂いた人以外にも、本当にたくさんの人と一緒だったこともわかります。

最初はひとつひとつのコメントに返信できず、そのままになった方々も多くいます。
拍手コメントも、メールもたくさん頂きました。
この場であらためてお礼を致します。ありがとうございました。

僕が泉谷しげるを観た日に、Sさんは吉祥寺で三宅伸治BANDを観ていました。
そのライヴのレポを頂きましたので、最後にそれを掲載します。

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愛し合ってるかい? ~キング・オブ・ロック 忌野清志郎~ NHK総合 2009.5.10

  ロック界の頂点に君臨してきた " キング・オブ・ロック "
  忌野清志郎さんの偉業に敬意を表する特別番組。
  70年代からNHKの番組に数多く出演した忌野清志郎さんの貴重なライブ映像を中心にお送りする。
  また、5月9日の「葬儀式」に集まった仲間やファンの方々の思いを紹介し、
  偉大なロック・スターがいかに人々に愛されているかを伝える。

     **********

泉谷しげるの感動的なライヴの余韻に浸ったまま清志郎の追悼特番なんて観たら、
いったいどうなるんだろうなぁ…なんて思っていたけれど、
もちろん観ないという選択は無いわけで、チャンネルをNHKに合わせて待つ。

番組開始。

いきなり83年、箱根での「よォーこそ」だ。
あぁ、箱根はいい天気だったんだなぁ…なんて、
ついこの前のライヴを録画したものが放送されていると錯覚する。
でも、観ていた僕の気持ちは錯覚ではなく、本当にそんな印象だった。

NHKスタジオでのライヴも、PITでのライヴも、全然懐かしくない。
清志郎やRCサクセションを、懐かしい気持ちで僕は観ないし、聴くこともない。
僕にとっては当たり前のことだ。

更に言えば、TVの音楽番組で清志郎が放送され、
それを観た人から " すげぇ " とか " カッコイイ " とか言われる事も、
僕にとっては当たり前のことであり、正しいことだ。
そういう意味では、もっともっと特番を流すべきであるTVもラジオも。
僕が思う正しい状態を、これからも常に保っていてもらいたいものだ。

それにしても キング・オブ・ロック か。
僕は清志郎をそんな風に呼んだことは、これまでたった一度も無い。
よって、これについては正しいかどうかわからないなぁ。

泉谷しげる 生まれ落ちた者たちへの生誕祭 恵比寿ザ・ガーデン・ホール 2009.5.10

僕は一生、このライヴを忘れないと思う。

自身の誕生日(5/11)を記念してのライヴ。
実際に特別なものであり、一部はピアノとバイオリンとの共演。
二部はいつものバンドによる演奏。
映像作品化される予定があるのか、何台かのカメラも入っていた。
更に、時期が時期だからか報道陣も多い…と泉谷がMCでも話していた。
でも、それは単なる偶然である。
僕自身も昨年の60×60のすぐ後にチケットを取っていたし。
まさか5/9があのような日になるとは、誰一人も想像していなかったわけだ。

一部の一曲目が終わった後、いきなり清志郎についてのコメントが出る…が、
ここでは既に話しているように、彼の死は受け入れないという簡単なものだった。
ただ、一部の最後に演奏された曲。おそらく「頭上の驚異」(脅威かもしれない)というタイトル。
感動的なバラードだったのだが、ここではハッキリと " 忌野さんに捧げます " と言って歌った。

     **********

二部は、まずは現時点の最新作 『すべて時代のせいにして』 からのナンバーで幕が開いた。
演奏は引き締まっており、泉谷の声もまずまず。
これはいいライヴになりそうだと確信。
ステージは進む。

中盤で、本人は体力温存用の時間だと笑わせて、客電をつけ、お客さんに写真を撮らせる。
RCが客席での録音をOKしていた件を思い出してしまった。
この最中には、清志郎以外に吉田拓郎などの名前を出し、
同世代に対してのエールをユーモアを交えてMCしていた。
湿っぽい雰囲気はまったくゼロ。

しかし、この後からの展開が凄かった。
※リストは前後しているところもあると思います

「デトロイト・ポーカー」
「地下室のヒーロー」
「火の鳥」
「眠れない夜」
「国旗はためく下に」
「褐色のセールスマン」
「翼なき野郎ども」

この日は全席指定だったけれど、
「デトロイト・ポーカー」以降は、全席自由のオール・スタンディング化した。

「眠れない夜」あたりまでは、泉谷ロックの黄金ナンバーによる興奮だったと思うのだが、
途中からどうも様子がおかしくなってくる。
バンド側ではなく、僕の。

いったい何に感動しているのか、何が僕の心を動かすのかがわからないのだが、
身体の奥から込みあがってくる何かを押さえられなくなってきた。
本編ラストの「翼なき野郎ども」が始まったとき、ついに涙が溢れる。
後から後から涙が出て来る。止まらない。
これは泣いているのだろうか? いや、泣いているのとは違う気がする。
でも、泉谷しげるに、泉谷しげるの音楽によっての涙なのは間違いないのだ。

本編が終わっても、バンドも泉谷もステージを後にしない。
そのまま歌いだす。
関係ないのかもしれない。そう僕が思いたいだけなのかもしれない。
でも、ここで歌われたこのフレーズは沁みた。
「長い友との始まりに」。

     **********

" 冥福を祈らないし、告別もしない。オレだけは絶対に忌野清志郎の死は、認めない "

この、実に彼らしいコメントを知っている人も多いと思うけれど、
もちろん泉谷しげるは、そんな彼なりの表現で清志郎の死を悲しんでいるわけだ。

その曲の演奏が始まり、最初の歌詞が歌いだされる直前、泉谷はこう叫んだ。

  いまわのー!

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IMAWANO KIYOSHIRO AOYAMA ROCK'N ROLL SHOW 2009.5.9

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ねぇ、清志郎。

あの頃の僕には、清志郎のラヴ・ソングがすべてだったんだ。
清志郎のラヴ・ソングで、僕は強くなれたんだよ。
清志郎のラヴ・ソングは、僕を肯定してくれたんだ。
清志郎のラヴ・ソングを聴いていたから、今の僕がいるんだよ。

今も清志郎のラヴ・ソングを聴いています。
もちろん、これからも清志郎のラヴ・ソングを聴き続けていきます。

だから、またいつか僕にラヴ・ソングを聴かせてね。
清志郎のラヴ・ソングは世界一なんだから。

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NHKFM 「ミュージック・ライン」 忌野清志郎追悼特集 2009.5.8

渋谷陽一が急遽、清志郎の追悼番組を組んでくれた
NHKFMのミュージック・ラインという番組だ。

  番組全部、1時間35分で特集する事になった

渋谷さん、あと一時間増やして2時間35分にして欲しかったよ。

もちろん彼の構成や選曲、喋ったことが、
すべての清志郎ファンを代弁してくれたなんてことはあり得ない。
でも、実に渋谷さんらしい番組だった。
僕は嬉しかった。

番組のラストは完全復活祭、武道館ライヴ・テイクでの「激しい雨」。
泣きながらラジオを聴いたなんて初めてだよ…。

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清志郎さん訃報を取材して / S記者さんより

友人であり、清志郎の訃報を知らせてくれたスポーツ紙記者のSさんには、
訃報を取材しての個人的な思いとして、
紙面ではとても伝えきれなかったことをあらためて届けてもらおうと思っていました。
ただ、色々と話した結果、単に個人的内情をつらつらと書いてもらうより、
僕や、僕のブログを見てくれているファンの方がもし知りたいことがあれば、
それに答えてもらおうということにしました。

もし、僕のブログを見てくれていて聞きたいことがある方は、
コメント欄にして頂ければSさんにお伝えします。

僕自身は、話題になって気にしているファンもいると思いますので、
「チャボに注意したカメラマンの件」について聞いてみたいと思います。

以下、Sさんからのメッセージです。

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最後の「雨あがりの夜空に」

4日の密葬で営まれた清志郎の告別式は、報道されているように派手な葬儀となった。
式で流された曲は、オープニングには「ロックン・ロール・ショー」。
そして出棺の前でかかったのは「雨あがりの夜空に」だったそうだ。

  OK、チャボ!

清志郎のこの掛け声に続いて歌声が流れた瞬間、
棺を遠巻きに囲んでいた参列者の中からチャボが棺の前まで飛び出し、
一心不乱に…との報道がされている。
単なる一、ニ行の文章や、たった一言二言の言葉で伝えられるだけでは、
そのときの実際の様子は、僕達には絶対にわからないけれど、
チャボの悲しみの深さがわかり、本当に胸が痛む。

チャボは「雨あがりの夜空に」を演奏したのだろう。
清志郎と一緒に、最後の「雨あがりの夜空に」を。

家族以外では、チャボだけが清志郎の最期をみとったそうだ。

小川銀次と春日博文

ファンのあいだでも、近くて遠いどころか、もう単に " 遠い人 " になっちゃっているのだろう。
でも、僕にとっての小川銀次は 『RHAPSODY』 に永遠に刻まれたように、
今でも " オレ(清志郎)達といっしょにやってる " " 忘れちゃならないもう一人 " である。

本当はまずいのかもしれないけれど、小川銀次のサイトから引用させてもらいます。

  30年位前の...とある Rehearsal Studio で!!!
  “銀次さん(彼は..そう..呼んでた!!!)...こんな曲が出来たので!!...
  カッコイイ Riff ...考えてくれない???”.....
  紙に...殴り書きで書いてあるのは...コードネーム**E**と**A**(笑)
  そして...Folk Guitar だったか??チャボの Telecaster かで.....唄い出した!!!
  .....で.....その場(印象)で...Riff を考えて創った曲が...
  『ロックン・ロール・ショー』でした!!!!!。

もしかしたら、RCサクセションというバンドが一番楽しかった時期は、
30年くらい前の、こんな時間だったのかもしれないなぁ。

  オレは...2年程度..在籍していただけでしたが!!!.....
  RC にとっても!!!...勿論...オレにとっても!!!*****超激動期*****でした!!!
  ...だから...想い出す事も多く!!!...うまく言えません!!!.....
  たぶん?1冊の本!!!になる位あります!!!

  .....最後に...一緒に演奏したのは...殿様(オレは...そう呼ぶ)の深夜番組で.....
  あの***亀有ブラザース***と...合同で!!!...
  “スローバラード”と...たしか??“雨上がりの夜空に”を.....
  亀有流替え歌(笑)で唄った時だったと想う!!!!!。

脱退後の銀次に対しての清志郎コメントは、結構キツイものがほとんどだったように思うが、
僕は別に気にしちゃいなかった。
それは亀有ブラザーズで清志郎と銀次がギターを弾いていたのを観ていたから。
あの番組で観たこのシーンには、大袈裟かもしれないが救われた。
二人が笑顔でギターを弾いていることが、どれだけ嬉しかったことか…。

もう一人の70年代末のRCを支えたギタリスト、春日博文。
きっとこういった表現は彼らしいのだろうが、追悼のコメントをブログに出している
また、知らせを受けたときは、清志郎の奥さんと電話で話をしたようである。

ねむれない Tonight…

眠れない。
昨日もあまり寝ていないので、身体はくたびれているはずだけれど眠れない。
というよりも、眠りたくないのかもしれない。

     **********

5月3日は、友達とチャボの話を思い切りする予定でいた。
事前にテーマまで決めていて、とことん話し倒すつもりでいた。
そこへ清志郎の訃報が届く。

  明日、私たち、話しするの無理だね…
  
  冗談じゃない 俺は一人でなんて過ごしたくないんだよ

一人でいたくない僕のわがままを聞いてもらいたい…わがままを聞いてもらった。
待ち合わせ場所では笑顔で会おうと伝え、当日、ぎこちないながらもそれは実現した。

清志郎の話をたくさんした。
チャボの話もたくさん、した。

話に夢中になっているときは、まるでいつもの時間のようで、
またいつかのライヴを一緒に観に行けるようで…。
でも、それは僕たちが何も無かったふりをしているだけだという事実。

  おとなだろ

そうだ、僕はおとなだ。
友達の前で泣かなかったことは、自分を褒めたいと思う。

     **********

昨日から今にかけて、いったい僕はいくつのブログを見たことだろう。
日本中の、いや世界中の清志郎を好きな人達にとって、
それぞれの5月2日、5月3日があったことがわかる。
ファンだけでなく、音楽畑の人達のものでは、
渋谷陽一、泉谷しげる、そしてケラリーノ・サンドロヴィッチの談話やコメントが僕の胸を打った。
極めつけは梅津和時による " 清志郎君へ " だ。
これはダメだ…。

まだまだ音楽畑からの追悼コメントは増えていくだろう。

3日のユニコーン、さいたまスーパーアリーナでのライヴ、
開場中のBGMは清志郎の歌がかかっていたそうである。

ロッキング・オンのサイトRO69では、追悼 忌野清志郎 のPHOTO特集。
過去の表紙を飾った清志郎が見られる。

     **********

やっと清志郎の曲を聴けるようになった。
僕は清志郎が持つPOPな面、とりわけ切なさが全開になるメロディが大好きで、
そんな曲の中でも、いつからか「太陽の当たる場所」を良く聴くようになった。
今も、この曲だけを何度も何度もリピートしている。
これは本当に名曲だと思う。

  この運命に甘いキスを送ろう

関係ないとわかっていても、こじつけているだけだと理解していても、
このフレーズがどうしても耳に残ってしまう。
でも、とても安心できる。今の僕はこの曲を聴いているだけで、とっても安心できる。
あの時「JUMP」があれば大丈夫だったように、今は「太陽の当たる場所」があれば大丈夫。

     **********

密葬にはチャボ、竹中直人、坂本龍一、井上陽水、三浦友和など約120人が参列したようだ。
それにしてもチャボは大丈夫だったのだろうか…。

     **********

コメントを頂いた皆さん、ひとつひとつにお返事せずに申し訳ありません。
ありがとうございました。

さよなら、清志郎

既に数時間が経過しているし、TVでもネットでもニュースとして流れた。
それでも僕は信じられない…というか、信じていないようなところがある。
だって、清志郎が58歳で死ぬなんて誰が思うんだよ。

     **********

5月2日の夜、友人である日刊スポーツのS記者からその一報があった。

Sさんとの電話を切った後、僕は何が起こったのか良くわからず、
起こったことが何なのかもわからず、混乱した。

家にいたら落ち込みそうだから出かけようか…。
いや、出かけるってこれからどこへ行くんだよ?
それじゃ清志郎の曲を聴こう…か…。
いや、曲って何をどんな気持ちで聴けばいいんだよ?

そうこうしていると携帯へ数通メールが届く。
親しい友達からだけでなく、中学の同級生からというのもあった。
皆が清志郎の死に驚き、悲しんでいた。
申し訳ないけれど、とてもすべてに返事をする気分になれなかった。
PC宛にもメールを頂きました。ありがとうございます。
返事はできませんが、僕も気持ちは同じです。

こんな気分なので、一人でいたくなかったけれど、一人でいなければならないのだ。
これは辛いなぁ…と思っていると、友達から電話がかかってきた。
あぁ、話をしていれば安心できそうだ…と思ったので、嬉しかった。
ただ、話したというよりも、僕たちは気持ちを伝え合っただけだった。

日付が変わり、再びSさんから電話。
彼は仕事とファンの立場とのあいだに挟まれて、かなり辛い気持ちだろうと思う。
そんな大変な取材の途中にも関わらず、連絡をくれたことに感謝。
色々と話をしているうちに僕もだんだんと冷静になってきたが、
一言 " もうチャボと演るのを観ることができないんだね " と発した瞬間…。

もう次の言葉が出ない。
絶句。

言葉は出ないが涙があふれる。
悲しい。
悔しい。

泣いた。

     **********

中学生でもなく高校生でもないという何とも中途半端な時期に、
RCサクセションのヴォーカリストとしての姿を観て以来、清志郎を聴き続けてきた。
十代の僕にとっては清志郎のラヴ・ソングが本当にすべてだったし、
今の僕を作った人の一人は間違いなく清志郎だ。
憧れのスーパースターであることは今でも変わっていないし、今後も変わらない。
変わるわけが無いし、変わりようも無いし、誰にも変えられない。
今はただ、心からの感謝の気持ちだけだ。
ありがとう、清志郎。

僕はまた今日から、イキがったりビビッたりしながら生きていきます。
しばらくは悲しいだろうけれど、
でも、そんな悲しい気分なんかすぐにぶっとばしちまえると思います。

さよなら、清志郎。

Thumbs Up Anniversary Special Live 仲井戸麗市と早川岳晴 横浜Thumbs Up 2009.5.1

純粋な " ライヴを観る " という意味では、ここサムズ・アップでは初体験。
やはりライヴともなると、開演を待つ客席の雰囲気からして違うなぁ…と思った。

ということで、Thumbs Up 11th Anniversary Special Liveの第一弾。
チャボと早川岳晴の共演だ。

Image0905012.jpg Image0905011.jpg

あの曲が聴きたい…とか、あのアレンジは今ひとつ好きになれないなぁ…とか、
このギターはねぇ…とか、ミスったじゃん(笑)…とか、
ライヴを観るたびに細かい…しかもマイナスなことを色々と思うよ、そりゃぁ。
いくらチャボとは言え…いや、チャボだからこそ、
僕がライヴや作品に対して毎回設定する個人的なハードルの高さは決して低くは無いしさ。

ただ、ここ最近のチャボのライヴから僕が感じて受け取っているのは、
こういった演奏とか歌とかアレンジとかを超えた何か…のような気がする。
今のチャボのライヴは、僕なんかの個人的な好み…、
好きか嫌いかといったことで判断できるようなものじゃ無い…と思ったりしている。

以前だったら、きっと満足できていないかもしれない…と思ったライヴも正直あるし、あった。
もしかしたら、この日のライヴもそんな中のひとつになっていたかもしれない。

その理由は、

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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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