Mr. OUTSIDE わたしがロックをえがく時

確か清志郎が1stソロ『RAZOR SHARP』(87)を発表した時のインタヴューかなんかで、
例えば「WATTATA(河を渡った)」などの曲で、
わざとスタッカート気味に発音するような歌詞にした云々…という発言があったように思う。
これは海外録音であったためによる英語を意識してのことだと思ったのだけれど、
実は清志郎には以前からそんな曲があるし、これはずいぶん昔から意識的にやっていたようだ。

RCサクセションの『PLEASE』(80)の冒頭を飾る「ダーリン・ミシン」。
この曲で印象に残るのが果実酒という単語。
清志郎は ” ワイン ” では無く ” 果実酒 ” と歌う。
発表された80年時点ですでに古い曲だったわけだが、
それでも作った当時でさえワインと呼ぶほうが一般的だったんじゃないかと思うし、
” カ・ジ・ツ・シ・ュ ” と発音すること自体そんなに歌いやすいとは思えないのだけれど、
初めて聴いた当時から違和感無く自然に聴こえていたから不思議だ。

「ダーリン・ミシン」にはもうひとつ、ある。
” 暖かいストーヴ ” を清志郎は ” ア・ッ・タ・カ・イ ” と歌う。
曲として耳に届く場合、アタタカイとアッタカイではずいぶんとニュアンスが変わる。

僕は清志郎のヴォーカルを堅苦しく分析をしようなどとは思ったことは無い。
でも、清志郎自身が、実は曲作りや歌い方にはかなりの努力や工夫をしていることを知ったときは、
やはり感動したものだ。

  ” カッ ” と強く発音して、スタッカートで切って休符を入れてしまうというのは、
  僕が生み出した歌い方だと思う

  気をつけているのはイントネーションとメロディを合わせて作ること
  言葉を口にするときの発音を無視したアクセントでメロディを作っちゃいけない

これらは『ミスター・アウトサイド』というソングライティング・インタヴュー集での発言だが、
清志郎にはこういった内容についてのインタヴューが少ないので貴重だと思う。
あの、どんな会場のどこの席で聴いても歌詞が聴き取れるというヴォーカリストとしての素晴らしさは、
単なる才能だけでは無いのだ。

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長谷川 博一 / 大栄出版(1991/05)
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改めて偉大なるヴォーカリスト、忌野清志郎の歌を聴くことができる幸せを感じた次第。
武道館では間違いなく素晴らしいヴォーカルを聴かせてくれることだろう。

あと10日。
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よォーこそ/RCサクセション from『RHAPSODY』 -1980-

普段の生活では、実は周りに音楽ファンが死ぬほどいるのだが、
清志郎やチャボのファンというのは、ほとんどいない。

これは僕の個人的な感覚なのだけれど、例えばこの時期は、

   “ いよいよ清志郎の武道館ですね~ ”

なんて周りから話しかけられてもいいくらいだと思うのだけれど、
何故だかそんなことは一切無い(笑)。

まぁ、こんな普段なので、
チャボや清志郎繋がりの友人からメールをもらったり電話で話すなんて機会がたまにあると凄い。
メールの文章や電話での会話自体はお互いに冷静なのだ。
ただ、実際には内側はメラメラと燃えているのだ(笑)。
何てことがない内容でも、話している途中にグッと込み上げてきたりすることもしばしばだ。

昨夜は『RHAPSODY』を聴いた。
突然「よォーこそ」が聴きたくなったのだ。

  よく来てくれた このコンサートに
  よく来てくれた こんな夜に
  よく来てくれた わざわざここまで
  よく来てくれた よォーこそ

これまで当たり前のように聴いていたが、なんて嬉しい言葉だろう。
ライヴの一曲目に、清志郎はステージから僕達にこう歌ってくれるのだ。

  オイラ友達を集めて バンドをやってるのさ
  聴かせたい歌が たくさんあるのさ

きっと友達を集めて武道館に行く人もいっぱいいるぞ、清志郎!
もちろん聴かせてもらいたい歌も、たくさんあるぞ。

  今日も俺んちだと思って最後まで楽しんでってくれ たのむぜ~

早く清志郎の家に遊びに行きたい。
あと12日。

ドリフターズ その個人的追憶

1960年代から70年代前半にかけて、僕の母は美容室を経営していた。
そんなに大きな店では無かったけれど小さくも無い、
まぁ、それなりに繁盛していた店だったと思う。
閉店後のお店は、まだ小さな子供だった僕の格好の遊び場と化した。
一人で遊ぶことが好きだった僕はしょっちゅうそこで過ごしていた。

その店内の隅っこに、当時としては立派なステレオが置いてあった。
どこのメーカーかの記憶は無いが、
レコード・プレーヤーとアンプ、スピーカーのセットだったと思う。
何がきっかけで僕がこれをいじるようになったのかはわからないが、
いつからか興味を持ち、そのうち自分でレコードをかけるようになった。
レコードと言っても、
かけていたのは当時の子供に人気だったアニメや特撮もののソノシートが主だった。

特に好きだったのが『ウルトラQ』の「ガラモンの逆襲」が収録されたもの。
ストーリーはもちろん、使われている効果音なんかも不気味だったし、
音だけで聴くウルトラQはとても怖かった。
そしてアニメの『どろろ』。
ドラマが「三びき天邪鬼」と「妖馬チミドロ」が入ったもの。
この二枚は本当に大好きで、良く聴いたものだ。
ドラマの他にはそれぞれ「大怪獣のうた」と「ウルトラマーチ」、
「百鬼丸のうた」という名曲も収録されていた。
僕の最初の音楽体験は歌謡曲やロックではなく、間違いなくこの辺である。

さて、こういったソノシートより後だったか、それとも同時期だったのかはわからないが、
もうひとつ僕が好きで良くかけていたレコードがあった。
それは三枚のシングル盤。
タイトルは「ズッコケちゃん」「ほんとにほんとにご苦労さん」、そして「誰かさんと誰かさん」。
言うまでもなく、ザ・ドリフターズのヒット曲だ。
いくらRCサクセションの『RHAPSODY』やキッスの『ALIVEⅡ』を擦り切れるほど聴いたと言っても、
この三枚のシングル盤には敵わないだろう。

いったい何回プレーヤーに乗せただろうか?

コミカルに歌われる歌詞は楽しかったが、
当時の僕は登別や草津なんかの温泉地も知らなかったし、
チョンガー、アルサロ、オイチョカブなんかの意味も知らずに聴いて歌っていた。
ただ、5人のメンバーそれぞれの特長あるヴォーカルの違いは子供ながらに理解できていたと思う。
今になって聴いてみると絶妙なアレンジが素晴らしく、現代でも十分に通用すると思うが、
専門的なことはともかく、
このアレンジ…イントロ、間奏なども当時から大好きで身体中にしみ込んでおり、
特に「ほんとにほんとにご苦労さん」はそのイントロを聴いただけで、
今では涙ぐむことがしばしばだ。
あっという間に40年近く前が目の前に現れたり、逆にそこに行って帰ってくることができる。
これは音楽というものの凄さ、そして素晴らしさである。ジャンルなんて関係無い。

傷だらけの三枚のシングル盤は、いつの間にかどこかへ消えてしまった…。

70年代、僕は一度だけ生のドリフを日劇に観に行ったことがある。
もちろんこの時のメンバーは、いかりや長介、加藤茶、高木ブー、仲本工事、荒井注。
オープニングのドリフの登場シーン以外はまったく憶えていないのだが、
生でドリフを観たことは、今ではちょっとした嬉しい思い出として僕の中に残っている。

荒井注が亡くなった2000年。
『ドリフだョ!全員集合(赤盤)』と『ドリフだョ!全員集合(青盤)』がリリースされた。
それぞれ二枚組のCDで、代表曲がほとんど網羅されている。


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たぶん、今では志村けん加入後の「ゴー・ウェスト」や「ドリフの早口ことば」、
そして「ヒゲのテーマ」なんかのほうが知られていると思うのだが、
僕のドリフは何と言ってもあの三枚のシングル盤であり、
「いい湯だな」や「ズンドコ節」を歌う、
『8時だョ!全員集合』で暴れまわっていた5人なのである。

林静一展 上映会&ライヴ 2008.1.25 いちょうホール

八王子市夢美術館で『林静一展 1967-2007』が開催されている。
デビュー40周年を記念したものだ。
作品の展示とは別に、
期間中はサイン会やトークショーなどの関連したEventも開催されているのだが、
今回はそのうちのひとつが僕の目当てであった。

1月25日。『上映会&ライヴ』と題されたそれに行ってきた。
場所はいちょうホール。作品が展示されている美術館とは別会場になる。
平日のため、時間の関係で美術館に足を運べず、
作品を観ることができなかったことはとても残念だったけれど…。

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まず、第一部として、林静一の映像作品の上映である。
最初に上映されたのは、個人として初めて制作したアニメーション作品だという「かげ」。
たった4分の短い作品なのだが、
これを観たほとんどの人が原爆をテーマにした作品…と思ったのではないだろうか。

「かげ」の上映後、林さんがステージに登場し、挨拶があった。
そこでは、この「かげ」についてご自身の解説があった。
やはり広島の原爆をモチーフにした実験アニメということだ。
原爆の熱線により銀行の入口の階段に残った人の影…というものが実際にあるのだが、
林さんは「この人は原爆が無ければ銀行に行ったあとにどういう生活だったんだろう」と思い、
その後を想像したLOVE STORYとして作品化したそうである。林さん、25歳のときの作品。
これは、紀伊国屋書店から出ている『日本アートアニメーション映画選集』で観ることができるようだ。
ただし、DVD全12巻のとんでもないコレクション(価格もとんでもない!)です。

次はロッテのキャンディ「小梅」のCM集。
74年からの全作品(?)が上映されたのだが、これは面白かった。
74年からということは、僕自身はすべてTVで観ていたはずだし、もちろんCM自体の記憶はある。
しかし、その内容については、まったくアタマの中から飛んでいる。
よって、懐かしいという思いは無かったのだが、CMというより作品として鑑賞…、
しかもまとめて観ることになるので、時代によるその絵や色の変化は素人の僕にもわかるし、
CMソングのアレンジの変化も面白かった。
特に80年代になってからは、
時代なのか少々ニューウェイヴ的な音の感触もあったりして楽しめた。
上映時間は7分。なかなか貴重なものを観ることができたと思う。

第一部の最後は、画ニメ作品『赤色エレジー』の上映。
既にDVDを購入し、何度か観ていたのでどうかなぁ…なんて思っていたが、
いやいや感動してしまった。本気で。
そもそもこのDVDを入手したのは、作品への興味よりも音楽にあったので、
家での鑑賞の仕方は間違っていたのかもしれない。
当時の原作漫画とはかけ離れているものだと思うが、現代の「赤色エレジー」として観れば、
また違った良さがあるのではないだろうか。

さて、林静一展であるからして、ここまでがメインなのだろうが、僕にとってはこのあとがメインなのだ。
ここまで名前を出さずに引っ張ってきたが、
『上映会&ライヴ』のライヴというのは、浜田真理子のライヴなのだから。

続きを読む

再会

●1/19(土)
日付は変わっていたが、大阪での『GOLDEN CIRCLE Vol.11』を観た友達からメールが届く。
事前に ” チャボが出たとこだけ感想を聞かせてね ” と依頼していたのです。
「ガルシア~」で泣き、「ティーンエイジャー」で泣き…と、そんなんばっか(笑)。
でも、チャボが出演した会場の雰囲気の良さは十分に伝わってきて嬉しかった。

そして、この友達は何だかとても印象に残る素敵なフレーズを残してくれました。

  きっと、呼人はジュンスカじゃなかったら小淵沢に来てたやろうね


●1/20(日)
昨夜は遅くまで起きていて、2006年7月13日のことを思い出していた。

自分のそれ。
友達のそれ。

ブログを通して知り合った清志郎ファンの “ その日 ” をすべて読んだ。
祈り、夢、夏、そして再会。
嬉しくて、泣いた。

夢を観た。

僕は武道館のどこかの席に座っている。
ずーっと上のほうだ。
あれ? 
清志郎が飛んでいる。
日の丸の下を、清志郎がマイクを左手に持って飛んでいる。
突然、ステージでドラムが強烈な8ビートを刻みだした。
そこへ、あの聴きなれたベースのフレーズが被さる。
ギタリストはGのコードを鳴らす。

こんな夢を本当に観た。


●1/21(月)
NHKの『SONGS』の収録に行った友達から ” NHKベイベー ” なメールが届く。
思い切り歌って踊って手を振って笑顔だった…そうだ。


祈りは届いた。
おあずけとなったあの夏のいい日を、僕達がとり返せるまであと20日。
” Yeah! ” ってみんなで再会できる。

夜会VOL.5 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に/中島みゆき -1994-


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  舞台はカフェテラスのテーブル。
  「待つ」ことをテーマに、様々な「待つ女」を演じながら、「待たない生き方」を表現している。

これは、この作品について夜会DVDのパンフレットに書かれたコメントだ。

季節は春から始まるのだが、その後は冬、秋、夏と逆さに進み、
それぞれ四人の待つ女性を、中島みゆきが演じる一人芝居。
四季の部分は歌われる曲の内容を知っていればストーリーは追えると思う。
しかし、夏が終わった後の、時間泥棒の部分はかなり難しい。

終盤で出てくるこんなセリフが大きなテーマかもしれない。

  月の夜と、雨の夜は、恋の願いが成就する晩
  ましてや「待つ」と「待たない」の間にあった時間を取っ払った雨月の夜なら
  あとに残るのはただひとつ
  逢うことだけ

クライマックス。
「愛よりも」を熱唱した後、「人待ち歌」から「夜曲」に乗って月に向かって登っていく。
感動的なシーンだ。

  来る、来ない 来る、来ない
  待つ、待たない 待つ、待たない
  逢う、逢えない、逢う

ここぞというところで歌われる「人待ち歌」の一節も効いている。

この作品を観たら、唐突だが仲井戸麗市が古井戸時代に書いた文章を思い出した。

  僕はいったい何を待ってるかもわからないような “ 待ちぼうけ ” を知っている
  ひどい時は、待つという行為なき行為の終るのを待ってる、そんな待ちぼうけをも知ってる
  “ 待たせる ” も “ 待つ ” も、とにかく会えないという事はいやです。
  僕はまたそのいやな事を続けて行きそうな気がしています。

                                  ※以上『だんだんわかった』から引用

僕も待つのは嫌だ。逢えないというのは、もっと嫌だ。

『石井聰亙 DVD-BOX II』 発売記念スペシャル・トーク・ライヴ

石井聰亙 DVD-BOXⅡ 』発売記念のスペシャル・トーク・ライヴに行ってきた。
場所はディスクユニオンの下北沢店。
僕自身は石井監督の特別なファンというわけではないのだが、
今回のトークはとても楽しみだった。その理由はゲストだ。

82年公開の『爆裂都市』でもわかるとおり、昔からルースターズとは関係が深い石井監督。
ルースターズの『PARANOIAC LIVE』(84)の監督も務めたし、
記憶に新しい2004年フジ・ロックでのラスト・ライヴに至るまでのドキュメンタリー、
『RE・BIRTH Ⅱ』の監督も彼だ。

ということで、ゲストは下山淳と安藤広一という元ルースターズ組。
そしてMCを担当するのはスマイリー原島(アクシデンツ)なので、行かない手は無いのだ。

まずは原島氏と石井監督との対談でスタート。
ここは今回のDVD BOXを中心に、映画の話が主だったが、
下山&安藤が加わってからは音楽の話題になる。
とにかくこの四人が並んで、80年代前半を語るのだ。
わかる人にはわかるのだが、何と贅沢なメンバーだろう。
特に当時、石井監督が下山淳らと組んでいたバンド、
バチラス・アーミー・プロジェクトのエピソードはとても面白かった。

トークは全編にわたって布袋寅泰、E.D.P.S.、大江慎也、杉山晋太郎、
アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、バースデイ・パーティ、イアン・カーティス、
シド・バレット、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソンetc…、
これらの固有名詞がガンガン出てくるので、
個人的にはその場がまるで80年代当事になったかと錯覚してしまうほどだった。

トーク中、石井監督は ” いつか大江(慎也)君のドキュメンタリーを撮ってみたい ” と発言していた。
これは是非、実現してもらいたいものだ。

トーク後にはサイン会が開催された。
僕も石井監督にサインを頂いたのだが、その場で「もう一度、下山さんと仕事をしてください」とお願いした。
ROCK’N’ROLL GYPSIESのライヴを撮ってくれないものかなぁ…。

アリーナ Sブロック 12番

たまに書いているRCサクセションについての個人的メモリーですが、久々に出します。

過去には『1980年 RCについての個人的メモリー』と、
『PLEASE ROCK ME OUT 1981.5.31.日比谷野外大音楽堂』がありました。
今回は81年の暮れ、クリスマス・イヴに行われた記念すべきRC武道館での初ライヴ。
そのときのレポを、いつものように原文のママ(笑)で発表します。
このバカっぽさが当時を伝えてくれると勝手に思っているのでご勘弁ください。

それにしても81年は5月の野音と言い武道館と言い、しっかりとレポを書いていたのには感心する。
今で言うブログみたいなもんだもんなぁ。

     **********

武道館が満員!
レーザーディスクになるのと、TVで放映されるの知らせ。
開演前からもりあがる。
PM6:30、清志郎をのぞくメンバー登場。

1. よーこそ  
チャボのしゃべりがなかった。清志郎、歌詞まちがえた。

2. ロックン・ロール・ショー
3. SWEET SOUL MUSIC
4. ダーリン・ミシン

5. ガ・ガ・ガ・ガ・ガ  
Blue Day Hornsと清志郎が良かった。

6. うれC  
出た! KeyはCだぜ

7. おもいD 
武道館にはいい思い出があるんだ。だからKeyはDだぜ

8. たんじょうB 
明日はなぁ キリストの誕生日だぜ。だからKeyはBだぜ

9. ラプソディー
久々に聴いた。リンコ、チャボ、キヨシロー、各ソロ。清志郎はハーモニカ。

10. あの娘のレター

11. 多摩蘭坂
感動しました。

12. Johnny Blue
Hey Hey Johnny Blue、一発、Hey!
チャボのソロでGuitarのシールドがはずれ、おどってごまかした。

13. チャンスは今夜
OK、おどろうぜ! チャボ、モロかーっこいい !!

14. ボスしけてるぜ
清志郎、ゴミバコ(?)を持って登場。

15. Oh、Ya!
唯一、うたえなかった曲

16. まぼろし
再び清志郎歌詞まちがえた。でも良かった。

17. あきれて物も言えない

18. トランジスタ・ラジオ
とーぜん大合唱。名曲だね!

19. ブン・ブン・ブン
サイコーですね、あいかわらず。

20. ステップ!
最後がすげー長かった。なかなか感激。

<アンコール>

21. スローバラード

22. 雨あがりの夜空に
今日いちばんのノリノリの曲。これを聴かなきゃ帰れません。

チャボはレスポール、セミアコ、テレキャスと3つのギターを使ってた。
おおくぼひさこさんに会ったよ。

     **********

このライヴは『BLUE』発売後だったので、そこから7曲がリストに入っている。
僕の記憶では「あの娘のレター」以外の全曲が演奏されたと思っていたけれど、
「あの娘のレター」ではなく「よそ者」が外されていたんだなぁ。

「Oh、Ya!」がうたえなかった曲…とあるのは、当時の僕は知らなかった曲だったんだろう。
ということは、この曲以外はすべて歌っていたということなのだろう(笑)。

「Johnny Blue」でのチャボのダンスもハッキリと記憶しているし、目に焼きついている。
前にも書いたが、ここでの「チャンスは今夜」は、それまで僕が観た中での最強のロックン・ロールだった。

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今、DVDを観ながらこれを書いている。
紙テープなのかトイレットペーパーなのか(笑)わからないものが散乱するステージ。
そこを動き回るTVの中の清志郎とチャボは美しい。

1981年12月24日。日本武道館、アリーナ Sブロック 12番。

来るってことは、帰るんじゃないか…

チャボのファンには説明不要だろう。

  来るってことは帰るんじゃないか
  それなら来ないほうがいい…という複雑な気持ち。そのぐらい好きだった

来ないほうがいい…と言うのは、もちろんビートルズのことだ。

  車に乗って目の前を通ったんだ
  赤い髪が見えた。あれはジョン・レノンだった
  左手…ギッチョで手を振ったのは、ポール・マッカートニーだ

冷静に考えれば、もしかしたら100メートルくらいは離れていたのかもしれない…と言う。
でも、チャボの記憶の中では、確かに自分の目の前をビートルズが通ったのだろう。

  コンサートはあっという間だった
  あれ? 一曲目は「抱きしめたい」じゃないや
  で、もう次は終り…みたいな

  もうこの子とデートできない…って感触ってあるじゃないですか
  それに近い印象

ビートルズ来日公演を観た後を “ 恋に破れた感じ ” とチャボは言っている。

  ジョージはニヒルでイカしてた
  ジョンは大人っぽかったし、
  ポールはギッチョでかっこよかった
  リンゴはちょっとロンリーなとこが魅力あった

チャボにとってのビートルズは何かということを僕はわかることはできないけれど、
ビートルズへの想いはわかるような気がする。
そして何よりも、その想いの強さ、深さに僕は感動する。

2007年12月8日。日本武道館。
ここで演奏した「A HARD DAY’S NIGHT」を、チャボは絶対に忘れないと思う。

さて、チャボにとってのビートルズ。
僕にとってのそれは、RCサクセションだ。
これは1980年から今日まで、そういうことになっている。
そして僕のレノン&マッカートニーが、一ヵ月後に日本武道館で共演する。

  2月10日が来るってことは、終わるんじゃないか
  それなら来ないほうが…

いやいや、来てほしい。
早く、来てほしい。


※チャボの発言はノーサイド95年11月号から引用しました

眠れない夜ならば…

友達がCOUNTDOWN JAPAN 07/08 のTVを録画してくれた。

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今日から仕事始めのようなものだったから、
かったるい一日を終えたので早く寝ようかとも思っていたのだけれど、
こんなお年玉が届いちゃ、そういうわけにはいかないだろう。

既にnobuさんとこのレポを楽しませてもらったし、

  COUNTDOWN 07/08レポその1
  COUNTDOWN 07/08レポその2
  COUNTDOWN 07/08レポその3

公式サイトの写真でも感動していたのだが、
オープニングの「JUMP」を観たら冷静ではいられなくなった。
こんなにカッコイイ曲がこの世の中に存在していることだけで素晴らしい。

ちなみに、僕は今夜、1月8日に07から08へのカウントダウンを行いました(笑)。
新年の一発目が「毎日がブランニューデイ」というのも、本当に素敵な選曲だなぁ。

俺にはロックン・ロールの神様がついてる…と清志郎は歌う。
僕はその神様を信じてるぜ、清志郎。

あぁ、もうこんな時間だよ(笑)。

でも、退屈なこの部屋に、お年玉が届いた。
眠れない夜ならば、夜通し踊ればいいんだ。

目指せチャボ通! 仲井戸麗市検定

以前、AnilineさんがRCサクセション検定なるものを作っていたのを思い出し、
ちょっと時間があったので、自分の楽しみついでに仲井戸麗市検定を作ってみました。

一級は、また後で作ってみます。
※一級を追加しました。

新年のお遊びとして、まぁ気楽に試してみてください。


共鳴野郎 『We are BANDMEN』の巻

オン・エアから時間が経ったけれど、チャボが出演した番組『共鳴野郎』を観た。
※放送は2007.11.25.

チャボ自身が通っていた新宿にある戸山幼稚園。
そこの戸山教会で、THE BANDの「Twilight」の仲井戸麗市ヴァージョンを、
kyonのキーボードと佐橋佳幸のギターと一緒に演奏するのが番組のメインで目玉だ。

もうファンにはお馴染みのことだが、
チャボはこういった洋楽のカヴァーを自身の日本語詞で歌うのだけれど、
それがレコードやCDなどの作品として残されているものはほとんど無い。
ちょっと思い出してみても、
古くはRCサクセション時代の『MARVY』に収録された「俺は電気」と『COVERS』収録の「マネー」。
ソロになってからは、『works』収録の「Who'll stop the rain」や、
『TIME』収録の「Feel Like Going Home」くらいしか無い。
その意味では、TVとは言え、チャボ独自の日本語で歌われるカヴァーが残されたことは嬉しい。
しかも、この「Twilight」は僕自身も大好きで秀逸なカヴァーだと思うし。

トークでは、チャボの音楽的なルーツとしてビートルズ来日当時の話をしていた。
改めて思ったが、おそらく2006年から2007年にかけてのチャボは、
あらゆるところでこの話をしていたのだろうと思われる。
ちなみに、ビートルズの話の後ろには「抱きしめたい」と「ティーンエイジャー」が流れるなど、
選曲もしっかりと考えられていたのが素敵だったことは記しておきたい。

他には麗蘭のミニ・アルバム『1+1』の話や職業としてのバンド・マンへの想いなど、
短い時間ながらも、とても中身の濃い番組だった。

ところで、どんな形であれチャボの出演するTV番組を観るたびに僕が思うのは、
本人の意思とは関係無い…いや相反しているだろうが、
つくづくTV向きのミュージシャンだなぁと感じることだ。
以前も書いたことがあるけれど、チャボがホストの音楽番組があったっておかしくないし、
それは絶対に面白いものになりそうだと思うのだが…。

さて、ライヴで歌われると聴きほれてしまう「Twilight」。
おかげでギターのコードを拾うことができないでいたのだが、これでやっと拾うことができた。
早速コピーしたぜ。後は歌詞を憶えるだけだ。

そういえば、まったくの偶然だけど、
このあいだ僕がギターを弾かせてもらったバンドと似たような編成のセッションだったなぁ。
いつか演りたいな、この曲。

P.S.
この番組で「プラネット・ウェイヴズ」という名前のワインがあることを初めて知りました。
言わずと知れた、THE BANDをバックに従えてレコーディングされた、
ボブ・ディラン74年の傑作アルバムと同タイトルのワインです。
しかも、このワインには何とディラン・サイドが本当に関わっているというのが驚きでした。

Love Songs Of Music

94年のBRIDGE誌において渋谷陽一がしたチャボのインタヴューには、こんな発言がある。

  “ ラヴ・ソングって(チャボの曲には)少ないよね ”

これは単純に異性へ対してのラヴ・ソングのこと。
おまえを抱きしめたい…や、おまえと一緒に居ると幸せだぜ…のような、
ロックやブルースの定番ラヴ・ソングが(あるけれど)少ないんじゃないかという話であった。
この時は、例えば<離れたくない/毎晩、毎晩>って、こんな歌ほかにあるのか?ないと思うな…と、
具体的に「Baby Love」なんかが挙げられていた。

もちろんこのことが良いか悪いかという話ではなく、
興味深いテーマのひとつとしてのインタヴューで、なかなか面白かった。

確かにI Need You、I Love You的なラヴ・ソングは少ないのかもしれない。
でも、チャボには飛び切りのラヴ・ソングがある。
それは音楽へのラヴ・ソングだ。

「ミュージック」のように、そのまま音楽への想いを歌う曲はもちろんだが、
「ティーンエイジャー」でのBEATLES、「ランタン」でのJIMI HENDRIXのように、
オマージュ的や間接的に音楽への愛が感じられる曲を加えたら、
もしかしたら、その曲のほとんどが音楽へのラヴ・ソングになるのではないだろうか。
これは発表される音楽作品だけに限らず、
横浜サムズアップで定期的におこなわれているDJ EVENTもラヴ・ソングと言えるかもしれない。
仲井戸麗市は、音楽へのラヴ・ソングを歌い続けているアーティストなのである。

そこで、個人的にチャボの音楽へのラヴ・ソング集を作ってみた。

 1 ミュージック
 2 Happy Song
 3 Good Songを君に
 4 SUMMER SAMBA
 5 ラジオ
 6 今夜R&Bを…
 7 Simple Love Song
 8 Get Back
 9 My R&R

とにかく思考を邪魔する細かい要素は排除し、
なるべく純粋にミュージックを歌っている曲を選んだつもりだ。
本当なら「ラジオ」は麗蘭のライヴで演奏されたヴァージョンで収録したいところなのだが、
現時点ではこれが『仲井戸麗市・俺究極Love Songs Of Music』だ。
Total Timeは約60分。

素晴らしい。美しい。
ちなみに、素晴らしくて美しいのは僕の選曲ではなくチャボの曲が、だ。

去年もたくさんの素敵なミュージックと出会った。
もちろんチャボにもたくさんのミュージックを貰った。
今年はそこに清志郎が加わってくれるはずだ。

  忘れたくないミュージック

2008年もミュージックな一年にしたい。

A Happy New Year!
皆さん、今年もよろしくお願い致します。
Profile

Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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