EPLP/RCサクセション -1981-

ヒットしたかどうかは別にして、キティ時代のRCが発表したシングルで駄作は無い。
76年の「わかってもらえるさ」から80年の「トランジスタ・ラジオ」までの5枚。
そのA面曲をA面に、B面曲をB面に収録した編集盤が『EPLP』だ。
タイトルもコンセプトそのまんまです。

それにしても79年7月発売の「ステップ!」が新生RCとしてのスタ-トだったのだが、
翌年の展開が凄い。
1980年。3枚のシングルと2枚のアルバムを発表しているし、
説明不要の屋根裏4日間と久保講堂ライヴ。
日比谷野音のワンマンに晴海のオールナイトやシナロケ&プラスチックスとの武道館。
横浜スタジアムでのイヴェント出演など、既にKING OF LIVEな活動であった。
そしてクリスマス。
結果としてジョン・レノンに捧げられたライヴとなった渋谷公会堂も個人的に思い出深い。

まぁ、79年だってジョニー・ルイス&チャーの前座だが武道館でライヴを行っているし、
同年の大晦日には、浅草国際NEW YEAR ROCK FESにも出演している。
もちろん、これらの間には渋谷の屋根裏を中心にしたライヴハウスに出演していたわけだ。
いやはや…。

『EPLP』収録曲のほとんどがこんな時期に発表されたシングルなのである。
悪いはずが無いではないか!

「わかってもらえるさ」だけが唯一「シングル・マン」香りが残っており若干浮いているが、
その他はすべて80年代RCサクセションの代表曲と言えるものばかりだ。
忌野清志郎以外のメンバーが不参加の「ステップ!」は、
今となってはこれはこれで貴重なテイクだろう。
B面に収録されたのは、誰もが知っている日本の有名なロックン・ロール。
「雨あがりの夜空に」。
この曲イコールRCサクセションと言っていいだろうし、
日本が生んだロック・ナンバーの傑作のひとつであるのも確かだよね。
どうしてシングルにしたのかな…という「ボスしけてるぜ」だが、
B面の「キモちE」とのカップリングが実にシブいシングルだ。

レコードの帯には "RC入門の道しるべ" と書かれている。
これは今でも有効なコピーだと思う。
『EPLP』はただの編集盤ではなく、オリジナル・アルバムの一枚と言っていい名盤だし、
これからRCを聴いてみたいという人には、
数多く出ているベスト盤よりも、僕は確実にこれを薦める。

ちなみに、当時のレコードに付いていた「ぬりえポスター」。
ジャケットのデザインを転用したものだが、
実はこれ、僕の記憶では「トランジスタ・ラジオ」の演奏シーンなのだ。
シングル曲なのでプロモ・ヴィデオが作られた可能性は大いにあるのだが、
ただ僕は1回しか観たことが無い。しかも大昔。CMで観たのかなぁ…。
だからハッキリと断言はできないのだが、
やはり「トランジスタ・ラジオ」を演奏していた…と思う。
もし、本当にこの曲のPVなら、RCの映像の中でもかなりレアなものだろう。


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RHAPSODY/RCサクセション -1980-

「RHAPSODY」については、もう色々な人達が様々なことを語りつくしているので、
ここではこのアルバムに関する私の過去記事をまとめさせてもらいました。

●RCサクセション その個人的追憶
1980年4月5日。僕は結局ここから始まったわけです。
そしてこのブログも、この記事からスタートしました。

●RHAPSODY/RCサクセション -1980-
●「ラプソディー」は本当に裸になるのか?
「RHAPSODY」の完全版発売のニュースが飛び込んできた時に書いたのがこれらの記事。

●29歳の清志郎とチャボ、そして15歳の僕/ラプソディー ネイキッド
そして「RHAPSODY NAKED」発売。全国のRCファンは "生きてて良かった" と思ったわけです。

●「MC」サクセション
●ラジカセとラプソディー
●ADAN PRESS 1980・APR・VOl・…
「RHAPSODY NAKED」発売後、80年当時を思い出していくつか書いた記事。

●ラプソディー ネイキッド/RCサクセション -2005- ★個人的一曲解説バトン
ブログ仲間で楽しんでやった「RHAPSODY NAKED」の曲解説バトン。
one-memoさんが書いた「まりんブルース」と「エンジェル」は欠番としてそのまま残してあります。

●RCのポスターその1/RHAPSODY
押入れから出てきたポスターの中にRCのものもいくつかありました。
これは今後も記事にしていく予定です。

     **********

当時のレコードの帯によりG-2が隠れてしまっているが、
今となってはこのアルバムを象徴しているとも言える。
レコーディングされた時点ではギターの小川銀次が正式メンバーで、G-2はゲスト扱い。
しかし、アルバムが発売されたときには銀次は脱退しており、
G-2が正式メンバーとなっていた…からだ。

それにしても帯に書かれたコピー "みんな、愛しあってるかい?" が泣かせる。

確か、当時のバイト先の人だったと思う。
偶然にこの写真を見たときに「ミック・ジャガーみたいだね」と、その人に言われたのを思い出す。
その人はRCを知らなかったのだが、そういう人が見るとこの清志郎はミックのようなのか…と。

さて、最後に自慢…というか、
個人的には最高の思い出でありメモリアルなことを紹介させてもらいます。

このライヴの終盤、観客がステージに押し寄せてめちゃくちゃな盛り上がりとなったのだが、
その一瞬を捉えた写真がライナーにある。丁度、ステージの後方から撮影したものだ。

この写真の清志郎と銀次の間。最前列で腕を振り上げている三人の少年がいる。

このうち、真ん中が僕です(笑

左側にいるのが、僕にRCを教えたT君だ。
そして右側にいるのが、T君と共に79年にNHKでのRCのスタジオ・ライヴを観に行ったY君。
スタジオ・ライヴの帰り道、この二人が僕の家に寄り、
RCサクセションというバンドを教えてくれたのである。

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PLEASE/RCサクセション -1980-

僕にとっての『PLEASE』は、新生RCサクセションの実質的な1stアルバムだ。
もちろん『RHAPSODY』がこの前にリリースされていたが、
やはりライヴ・アルバムというのは異質な作品である。
早くスタジオ録音の新作を聴きたいと、当時のティーンエイジャー達は待っていたのだ。


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このアルバムを買ってきた日のことは今でもハッキリと憶えている。
寒い日だった。
家に帰り、早速プレーヤーにレコードを乗せる。
歯切れの良いアコースティック・ギターのカッティング。
チャボのギターもG-2のピアノも心地よい。
そこへ清志郎のあのヴォーカルが「別れたりは しない♪」と歌いだす…。
あぁ、RCサクセションだぁ…。僕はこれを聴きたかったんだよ…。

友人から電話がかかってきた。こいつは僕にRCを教えた張本人である。

  友人「聴いてる?」
  僕「聴いてる」
  友人「どう?」
  僕「感動してる」

こんな会話だった。
そのときにかかっていた曲は「モーニング・コールをよろしく」だった。

今聴くとその音作りがかなりPOPだし『RHAPSODY』や『BLUE』と比べるとやたら軽いサウンドだ。
でも、それは今だからそう感じるのであって、
当時はそんな風に(少なくとも)僕は思わなかった。
だってこの音だからこその「ダーリン・ミシン」や「モーニング・コールをよろしく」だし。
「たとえばこんなラヴ・ソング」「SWEET SOUL MUSIC」なんかにも合っていると思う。
ただ、さすがに「いい事ばかりはありゃしない」と「あきれて物も言えない」は、
ヘヴィな音で聴きたかったけれどね。

まぁ音のことはともかく、
何よりもRCサクセション・クラシックスと言える曲だらけというのが最大の魅力だ。

  "このレコードは、すべてバンドマンだけで演奏されています。安心してご利用ください"

ライナーにクレジットされているこういったセンスもRCっぽさであり、当時は好きだった。
ちなみに『RHAPSODY』と『シングル・マン』にも同様のクレジットがあります。

そしてこのアルバムの価値を最大に高めているのが、
帯にも堂々とIncluding hit singleと書かれた名曲「トランジスタ・ラジオ」であろう。
何も知らずに聴いても耳に残るメロディとフレーズ、そして歌詞が散りばめられている。

 授業 サボる 陽のあたる場所 屋上 たばこのけむり 内ポケット
 彼女 教科書 ベイ・エリア リバプール…

最後の "君の知らないメロディー 聞いたことのないヒット曲" のリフレインは、
ずーっと evergreen だ。

BLUE/RCサクセション -1981-

msnでブログを始める時、HNを何にするかはまったく迷わなかったのだが、
残念ながらそれは使用できなかった。
まぁ、最初から誰かが既に使っていると思っていたし、
更に似たようなものも腐るほどあるだろうと思ったそのHNはもちろんBLUEだ。
その意味だけど、色としては青空などの「青」では無いです。
表すとしたら蒼い月夜の「蒼」。
でも、僕のブログに遊びに来てくれている人達にはバレバレだろうが、
BLUEと名乗りたかった本当で最大の理由は、
RCサクセション81年の傑作アルバム『BLUE』からである。
よって "Blue1981" と名乗ることにしたのですね…。


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さて、これはあまり言われないのだけど、僕が常々思っている事がある。
RCサクセションは続けて同じような内容のアルバムを発表しなかった…という事だ。
唯一『MARVY』と『COVERS』が兄弟的なアルバムであるが、
これ以外はまったくバラバラである。
良く言えばバラエティに富んでおり、悪く言えばメチャクチャである。
しかし、これこそがRCサクセションであったと思う。

そんな中でも群を抜いたハードなサウンドと演奏。
収録曲の素晴らしさと全8曲というあまりにもの潔さ。
まるで人間じゃ無いようなRCサクセションが、
今まで観たことも聴いたことも無いようなライヴを演っていた81年。
こんなときに発表されたのが、この名盤『BLUE』である。
スタジオ録音の新作だが、
実際には既にライヴではお馴染みになっていた曲を収録していたので、
一部のファンからは「また昔の曲を…」等と批判されたりしたらしいが、
少なくとも当時の僕の耳にはそんなことは入ってこなかったので、
それは大変よろしかったと思う。
まぁ、耳に入ってきたとしても、この音の前では関係ねぇけどさ。

「ロックン・ロール・ショー」のヘヴィさは、RC史上で間違いなくNo.1だろう。
良くもまぁこんな音を残したものだ。
古井戸の「飲んだくれジョニィ」を改作したのが「Johnny Blue」だと知ったのはかなり後だ。
もちろん両方とも好き。
三多摩地区に名所を作ってしまった「多摩蘭坂」。
初めてここを訪ねたときの感激は今でも忘れられない。
何と言ってもこの時のことを描いた曲を作ってしまったくらいだ。

この曲のイントロのチャボのギターの音が大好きだった「ガ・ガ・ガ・ガ・ガ」。
この曲の間奏のチャボのギター・ソロが大好きだった「まぼろし」。
この曲のチャボのロックン・ロールなヴォーカルが大好きだった「チャンスは今夜」。

「よそ者」は94年のGLAD ALL OVERのオープニングで演奏されたときは驚きと共に泣けたが、
このオリジナル・ヴァージョンの味わいは絶品。チャボのギターもいい。

ラストを締めくくる「あの娘のレター」は当時から好きだったが、今聴くと更にいい。
本当にいい。凄くいい。

さて、今までいったいどれほどのRCのレコード・レヴューを読んできたかわからないが、
僕の中でダントツで最高の内容を誇るものがある。
それは、清志郎本の決定版と言えるだろう「生卵」の中に収録されているもの。
ミュージシャンを中心に、様々な人がRCを含む清志郎のアルバムをレヴューしているのだが、
グルーヴァーズの藤井一彦氏が『BLUE』のレヴューを書いているのだ。
これはおそらくこれまで書かれた中で、更に今後に書かれるものをすべて含めたとしても、
僕の中ではこれを越えるものは出てこないと思う、それ程の内容である。
全部引用したいくらいだが、持っている人は改めて読んでみてください。
評論家ではなく、ファンが書いたものがいちばんです。

その藤井一彦に倣って、この記事を締めくくりたい。

  退屈なこの国に超名盤が届いた。ぼくは16才だった。

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あふれる熱い涙/RCサクセション from『Baby a Go Go』 -1990-

あの時はやはり特別だったので、実は驚きや嬉しさは今回よりも大きかったのは事実だ。
しかし、それでも僕や僕達にとっては、今回は大事件である。

あの時というのは94年の「GLAD ALL OVER」であり、
今回というのは今年8月20日の日比谷野音のことだ。

忌野清志郎、仲井戸麗市。そして新井田耕造。
KING OF LIVEとして駆け抜けた80年代の5人のRCサクセションのうち、3人が集まるわけだ。
これが僕や僕達にとってどのくらい凄いことなのかちょっとまだ良くわかっていないのだが、
凄いことなのである。
リンコさんはどうなんだ…とか、G-2はどうした…とかはここでは考えないようにする。
考えたらキリが無いもの。

2005年の忌野清志郎35th Anniversary。
これはそのままRCサクセションの35th Anniversaryでもあった。
清志郎の一連のイヴェントや『RHAPSODY NAKED』があった。
これらは新ナニワ・サリバン・ショーでエンディングを迎えたと思っていたが、
まさかこんなものが控えているとは想像すらしていなかったし、夢にも思わなかった。

まだ冷静でいられる。まだ6月だ。あと1ヶ月以上もある。
あの時と同じように、今回も当日まではこのままでいようと思う。

     **********

さて、もしこのブログを、そしてこの記事を関係者の方が偶然でもいいから見たとしたら、
是非、清志郎とチャボ、そしてコーちゃんに伝えて欲しい。
絶対に伝えて欲しい。
伝えてくれよ。

90年発表の現時点でRCサクセション名義としては最後のアルバム『Baby a Go Go』。
コーちゃんもレコーディングには参加しているが、数曲でしかドラムを叩いていない。
そんなアルバムの中で三人揃ってレコーディングされた1曲であり、
更には当時のRCサクセション20周年テーマ・ソングとなっていた「あふれる熱い涙」。
この名曲を絶対に野音で披露して欲しい。何なら三人だけのセッションでも構わない。

というか、三人での演奏だったとしたら、
僕はきっとタイトルのように涙があふれて大変なことになるけれど…。

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らんまるのわがまま/佐伯明

初めて読んだ。

初出一覧を見ると、89年~92年にARENA37℃誌に連載されていたものらしい。
僕はARENA37℃誌をほとんど見たことは無いので、もちろんこの連載の存在も知らなかった。
音楽文化ライター佐伯明がスライダーズの土屋公平と過ごした時間を記したもの…。
簡単に言うとそんな本だ。
実に他愛の無い会話もあるし、ほとんど楽屋落ちの類いの内容もある。
だから、読んでいて良くわからないことも実は多かった。
楽屋落ちという表現を使ったけど、ここでいうそれはスライダーズについてのそれではない。
要するに、佐伯明&土屋公平についてのそれだ。
スライダーズのことを知っているだけでなく、
この二人のことを知らないとわからないかも…ということだ。
僕の読み方も良くないのかもしれないが、でも実際にそうだったのだから。

しかし、この二人の関係というのは、例えばロッキング・オン誌上での渋谷陽一と忌野清志郎、
または仲井戸麗市…と似たようなものなのかな。それだったら何となくわかるんだけれど。
違っていたらすいません。

そういう感想を持った本なのにここで取り上げるのは、
麗蘭1stアルバムのレコーディング時の面白いエピソードが書かれていたからだ。
それは「今夜R&Bを」のレコーディング。

ドラムスのポンタがチャボに言う。

  チャボもパイナップル(柄)のシャツかよ(笑)

麗蘭が始まった当初、チャボが衣装(普段着含む)として着ていたのがパイナップル柄のシャツである。
ツアーを通してあのシャツだったはずだ。もちろん雑誌などの取材でも。
ここでのポンタのセリフから、ツアー終了後、レコーディング時でも普段着として着ていたことがわかる。
本当に服が無いのか、気に入ったものを着倒すまで着続けるのか…。とにかく驚く(笑)。

そして実際のレコーディング。

  チャボ あっ、ジョン・リー・フッカーの名前入れんの、忘れてた
  ポンタ あのー、やっぱりドラマーは入れてくんないわけ?

実際に完成ヴァージョンにはジョン・リー・フッカーの名前も入ったし、ドラマーの名前も入った。

さて、このレコーディングのエピソードは次の文章で終わっている。

  次のテイクの時、チャボは曲中にフランキー堺の名を入れた

是非聴いてみたいテイクだ(笑)。

RCのポスターその4/POP'N ROLL 300%

何やらこの夏 、
”RCサクセション” という単語が世間を賑わしそうなニュースが飛び込んできましたが、
それを耳にした全国のRCファン、
並びに忌野清志郎&仲井戸麗市ファンの皆様はいかがでしょうか?
まさに真夏の臨時ニュースvol.2!我々にとってはただ事ではありませんね。
これに比べりゃサッカーW杯日本vsクロアチアなんてニュースと言えませんよ、ホントに。

さて、相変わらずRCのポスターネタを続けます。
今回押入れから出てきたのは「捨てないでよかった」的なポスターというのがほとんどなのですが、
持っていたことすら忘れていたものが出てきて驚いているものもあります。
そんなひとつが、これです。
1980年8月に日本武道館で行われたオムニバス・ライヴのポスターです。
RCサクセション、シーナ&ザ・ロケット、そしてプラスチックス。
その名も POP'N ROLL 300% 。

まさかポスターがあったとは…。
まったく記憶に無いけど、これがあるということは買ったんだろうな、たぶん。
RHAPSODYのポスターのように、
80年頃のデザインは「今見るとちょっと…」というものが多いと思うが、
これは現在でもイケルんじゃないかな。
今、部屋に貼ってもいいな、これ。貼らないけど(笑)。

当たり前だがRCもシナロケも皆が若い。
そりゃ26年前だもんなぁ。僕だって高校生だ。

物価も今と違うよ。
チケット代、A席が2,500円。B席が2,000円でC席が1,500円だ。
この三つのバンドの武道館ライヴ、アリーナ席が2,500円だったんだ。
時代とはいえ、驚いちゃうよなぁ。
まぁ、値段はともかく、ちゃんと席によって値段に差があるという良心的な時代であった。
でも、これが当たり前だと思うんだけどね。
だって、今じゃアリーナの最前列と二階席の最後尾が同じチケット代というライヴもあるでしょう?
これってどういう基準で設定しているのかわからないし、客側が文句を言えないのもむかつくよね。

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清志郎の遺言/月刊カドカワ

92~93年にかけチャボがエッセイ「ある日の雑記帳」を連載していたので、
僕は月刊カドカワを買っていた。
実際にチャボのエッセイ以外には内容に興味が無かった。
メインで特集されるアーティストも僕がまったく聴かない人ばかりであったし。
そんな中でも、たまに興味を持つ特集があったりするのだが、
これはそんな数少ない中の一冊である。

41歳当時の忌野清志郎。
アルバム『メンフィス』をレコーディングした時期の総力特集だ。
その名も「清志郎の遺言」。

表紙は篠山紀信による撮影。
メイクが何だかヘン。こんな時期があったっけ?という表情だ。

内容は本人による過去の作品解説と『メンフィス』全曲解説。
忌野清志郎全史。
キヨシロー本全作品解説。
グラビア「地下鉄に乗って」等で構成された、なかなか読み応えがあるものだ。

忌野清志郎全史は簡単であるがしっかりとまとめられており、
レアな写真もあったりで保存版である。
『メンフィス』全曲解説はレコーディングのエピソードが満載で楽しい。
過去の作品の本人解説もなかなか興味深い話が多い。
特にRCのレコーディングについての話はそんなにおおっぴらにされていないので、
こういう企画は歓迎だ。

キヨシロー本解説は実際の編集者や著者によるものなので、これまた面白い。
中でも当時の宝島編集長である関川氏の話は、1981年当時が思い出されて素晴らしい。

この他、マンガ家のいくえみ綾との対談や、清志郎本人寄稿のエッセイなどもある。
ただ、アサミカヨコによるマンガはなぁ…。
実を言うと、僕はアサミさんのイラスト、絵が苦手です。
だから、大きな声では言わなかったが、RCのTシャツやパンフに使われるのが物凄く嫌だった。
ましてレコードのジャケットに使用された時は、内心でバカヤローと叫んでいたのは本当です。
今でも僕は好きじゃない。
これはRCのイメージ作りとして大失敗だったと個人的に思っている。

ところで月刊カドカワという雑誌は、今でも存在しているの?

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RCのポスターその3/1983

バンドのロゴ以外には「1983」としかデザインされていない。

1983年と言えばアルバム「OK」が発売された年だ。
と言うことは「OK」の購入特典だったのだろうか…?
うーむ…。まったく記憶が無い。

メンバーの写真はライヴの模様だろう。
断言できないが、チャボの衣装とレス・ポールを持つ姿から、82年のツアーのものと思われる。
やはり「OK」絡みのポスターだったような気がする。

さて、せっかくだから「OK」についてちょっとだけ書く。
「BEAT POPS」(82)に続くLONDON/BARCAからRCとしての二枚目のアルバムだ。
実はBARCAからはこの前に「THE DAY OF R&B」(82)があるが、
あれはRCのみの名義では無かった。
更に言えば、どくとる梅津バンド&清志郎名義の「Danger」(82)もあるが、これもRCでは無い。

「OK」のオリジナルは上のとおりLONDON/BARCA盤だが、東芝EMIから85年に再発されている。

そしてこのアルバムには、ファンには有名なちょっとしたマニアックな仕掛け(?)があるのだ。
オリジナルBARCA盤のSIDE-2。レーベル面の周りの溝部分。
ここに良く見ると次のような刻印がされているのだ。

まずは清志郎お得意だったブタ・マークのイラスト。そして「OK」。更に「Baby」。
そして更に矢印で打ち抜かれたハート・マークのイラスト。最後は「Send Me Some Lovin'」。

 OK Baby Send Me Some Lovin'

これを画像で紹介できないのが残念なのだが、実際に見るとかなり感動する。

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DON'T LET ME DOWN/BEATLES from LET IT BE…NAKED -2003-

ビリー・プレストンが6月6日に亡くなった。59歳だそうだ。

長い闘病生活だったようだが、こういうニュースは当たり前だけれど突然やってくる。
でも、例えば入院した時点で日本国内に広くニュースとして報道されるというようなことは、
ビリー・プレストンほどのミュージシャンでもほとんど無いと思う。
不謹慎かつ誤解を受ける例えかもしれないが、
ストーンズのキース・リチャーズの場合を考えてみる。
彼クラスのミュージシャンだと、木から落ちただけでニュースになるわけだ。
そりゃぁ知名度が圧倒的に違うのだろうが…。

今の時代、常にネット上のあらゆるサイトをチェックしていれば、
事前にこういう悪いニュースもキャッチできるのだろう。
しかし、僕には「○○が入院した」とか「××が危ないようだ」の類いのニュースなんて、
自分から見つけようとは絶対に思わない。そういう趣味は無いし。

あまりにも有名なビートルズとの共演。
アルバム「LET IT BE」や "GET BACKセッション" 。
そして実際にアップルからのソロ・アルバムなどもあり5人目のビートルズと言われることも多く、
事実、今回の報道でもこの名称が目立つ。
僕はビートルズと共演したからといって、彼のソロ・レコードを聴くということはほとんど無かった。
ゲスト参加の作品は山ほど聴いてはいるが、彼の聴き手としては失格である。
それでもビートルズでのプレイは印象的だし、
70年代にはストーンズの黄金期を支えた人でもあるから、
ニッキー・ホプキンズと共に気になるキーボード・プレーヤーであった。

2003年の「LET IT BE…NAKED」。
裸になったわけだから、結果としてビリーのプレイもかなりフィーチャーされている。
「THE LONG AND WINDING ROAD」や「LET IT BE」でのオルガン。
そして「GET BACK」と「DON'T LET ME DOWN」でのエレピ。
良く言われることだが、これらは "ビートルズの音として鳴っている" のが素晴らしい。
本当にそう思う。

僕はとりわけ「DON'T LET ME DOWN」のピアノが好きである。
ジョン・レノンが "僕をがっかりさせないでくれよ" とシャウトするサビに絡むフレーズ。
そしてエンディング。ジョンのファルセットのバックでのソロ。

59歳とはあまりにも早い。合掌。

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RCのポスターその2/BEAT POPS

これも告知用ポスター。

”10月25日発売” と中央に大きく書かれている。
更に ”ニューアルバム予約受付中” である。
「BEAT POPS」がニューアルバムで予約受付中だったなんて、
何だか感動してしまいました(笑

ジャケットをそのまま転用しているので面白くないデザインなのだが、
個人的にはこういった文字がポイント高い。

バーカ・レーベルとロンドン・レコードのロゴがプリントされているのもいいなぁ。
ちなみに特典はレコードにはオリジナルポスターで、
カセット(!)にはオリジナルバッヂだったんですね。
もちろんカセットなんぞ買わなかったから、バッヂがどんなものなのかは不明。
レコードに付いていたポスターの写真は記事の下に付けておきました。

それにしてもこのポスターの記事は続きそうだな。
これならネタにもしばらく困らないしね(笑

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RCのポスターその1/RHAPSODY

失くしたり、もう捨ててしまったと思っていたポスターが押入れから出てきた。

その昔、レコード店には自由に持ち帰りができるポスターがたくさんあったものだ。
しかもビートルズとかジェフ・ベックとか、
そんなアーティストのものまでが普通に置いてあったのだ。
もちろん何本も持って帰った。
十代の一時期、部屋の天井や壁がそんなポスターで埋まっていた頃もある。
今回出てきたポスターをまだすべてチェックしたわけではないが、
その当時のものがいくつか含まれていた。
特にビートルズが数枚出てきたのは嬉しい。

さて、持っていたのは何も「ご自由に~」なポスターばかりではなく、
レコードの特典でもらったものもある。
ジャケットの中に封入されているものも当時は多かった。
このパターンだと、ポスターに折り目が付いているのがどうも…だったが、
それでも嬉しいオマケであった。

で、RCサクセションである。
もちろんRCのポスターも結構な枚数を持っていた。
やはりレコードの特典が多かったが、思い出すのはアルバム「OK」発売時のこと。
渋谷の○○○の壁にジャケットのデザインと同じポスターがずら~っと貼られていた。
僕は友人と何人かでそれを剥がしにいった…という思い出があります。
強力な接着剤(のようなもの)で貼られていたので剥がすのに物凄く苦労したが、見事にゲットした。
もう時効ですよね。すいませんでした…。

さて、あまりにも懐かしいので、せっかくだからRCを中心にブログでも紹介していこうと思う。
記念すべき第一弾は、80年発表の「RHAPSODY」の告知ポスターだ。
記憶が飛んでいるが、まぁ、レコードを買い、特典としてもらったものなのは間違いないだろう。
個人的にはそんなにレアなものでも無いと思う。
でも、これを部屋に貼ると、一気に80年の6月にタイム・スリップする。
丁度26年前の今頃だもんなぁ…。

今となってはカッコイイんだかダサイのか微妙であるが、
そこのところも含めて80年という時代を伝えてくれる。

RCサクセション。忌野清志郎、仲井戸麗市、小林和生、新井田耕造、ゴンタ2号。
まだ全員二十代だよ…。

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THE Afternoon Tea & Music Time 横浜・サムズアップ 2006.6.4.

早いものでもうこの企画も5回目を数えた。
1回目はどんなイヴェントなのかがわからず期待半分不安半分だった。
結果はとても楽しいトーク・ライヴであり、
「これは是非続けてもらいたいなぁ」と思ったのものだが、
まさかここまで定期的に開催してくれるようになるとは想像していなかった。

  チャボのバックボーンに興味はあるし、それについてのチャボのトークも聞きたいが、
  誰もが知っている、または想像できるようなものよりも、
  それ以外の曲やアーティストのほうに興味がある。
  そして、今のチャボが何を聴いているのか、誰に興味を持っているのか…等を知りたいと思う。

これがこの企画に対しての僕の期待であり、
ここにチャボならではのトークが挟まるわけだから、
ラジオ公開生番組のような楽しいイヴェントになればいいな…という事だったのだ。
僕のこの期待には毎回見事に応えてくれており、それは一貫して今回まで続いているのだけれど、
今日はちょっと違った感想を抱いた。

後半、マーヴィン・ゲイの「WHAT'S GOING ON」をかけ、
続けてピート・シーガーのカヴァー集の中から「WHERE HAVE ALL THE FLOWERS GONE」をかけた。
チャボも話していたように、偶然だが、所謂「反戦歌」の代表曲が続いたわけである。
この前後に、音楽についての想いをチャボは語ったのだが、
うまく言葉にできないようでもどかしそうだった。
でも、チャボが僕らに伝えたいことは何となくは理解できた…と思う。

音楽の楽しさはもちろん、音楽のメッセージ性やそれが持つパワー。
それらの素晴らしさをわかったうえで、そんなものを超えたもの…。
音楽を演る、聴くことはジャンルを超えてすべて繋がっていく。
そしてそれらすべてに意味がある…。
音楽って凄い、音楽って素晴らしい…。

僕もうまく言えないけれど、
きっとこんなことをチャボは言っていたんじゃないかな…と思っている。

今でも忘れられない。
確か2003年の年末、磔磔での麗蘭のライヴだったと思うのだが、
ライヴの途中、MCではなく自然とそれを呟いてしまったのだろうが、
チャボが「音楽っていいなぁ」と、ふと言ったのである。
これが凄く印象的で、今でも強烈に僕の中に残っている。
「音楽って、いいなぁ」というのは、きっと全世界共通のメッセージだと思う。

THE Afternoon Tea & Music Time。
この企画は、チャボが「音楽って凄い。音楽って素晴らしい」ということを、
改めて教えてくれて伝えてくれる、凄い、そして素晴らしいイヴェントなのだ…と思う。

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Silly Love Songs/WINGS from『WINGS AT THE SPEED OF SOUND』 -1974-

お前はバカか?

数あるジョン・レノンの名言や歌詞の名フレーズの中で、
最も有名(?)なもののひとつの割にはあまりピックアップされることは少ない。
その理由は、このセリフを吐いた前後の状況が無いとわからないからだろう。

実はこのセリフ、ビートルズ関連の文献によって訳され方にずいぶん差がある。

  君はとんだお間抜けだ 
  ポール・マッカートニー/メニー・イヤーズ・フロム・ナウ(ロッキング・オン)

  バカだね、君は
  ビートルズ「解散後の4人」-愛と反目の日々-(シンコー・ミュージック)

  おまえはアホだ
  ALL THAT PAUL McCARTNEY/ビートルズ・シネ・クラブ編著(プロデュース・センター)

  おまえ、頭がおかしいんじゃないか
  cut JULY 1992 NO.16/ポール・マッカートニー・インタヴュー(ロッキング・オン)

とまぁ、こんな調子だ。
ただ、そのシチュエーションや想像できる雰囲気、
そして会話の内容などから総合的かつ僕の個人的な独断・偏見で、
『お前はバカか?』に決定させてもらう。
これがいちばんジョン・レノンらしい(と勝手に決めている…)と思うのだ。

前振りが長くなったが、このセリフを吐かれたのはポール・マッカートニーである。
1969年、アップル社にて今後のビートルズの活動について話し合われていた。
アラン・クラインの登場により、かなりこじれていた時期である。
そこでポールは「もう一度原点に戻ろう」「小さなクラブでいいからライヴをやろう」等と提案する。
これに対してジョンが吐いたセリフが、
『お前はバカか。まだ話すなと言われていたが俺はビートルズを辞めるんだ』である。

何だかんだ説があるが、このようにビートルズを最初に辞めたのはジョン・レノンである。
よって、ビートルズを解散させたのも彼になるんじゃないの?
解散の原因はポールやヨーコと言われたりするけれど、
ジョン・レノンになるんだろうな、やっぱり。

さて、アルバム『イマジン』に収録された「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」に代表されるように、
ジョンのポールに対しての批判や攻撃は有名だが、それに対抗して作られたと言われている曲。
それが「Silly Love Songs」だ。

  君はもう馬鹿げたラヴ・ソングはたくさんだと言うが、
  僕の周りはそうじゃない
  それどころか、ラヴ・ソングで世の中を満たそうとしている人もいる
  これのどこがいけないって言うんだ?

最近、ちょっとしたきっかけでポールの「バック・イン・ザ・u.s.ライヴ」のDVDを観た。
このツアーの日本公演を東京ドームで2回観たのだが、あんなに感動したコンサートは他に無い。
流した涙…いや、あれは流したのではなく流れてきた涙…もおそらくいちばん多かったと思う。
何に感動しているのかが良くわからなかったのだけれど、泣けて泣けて仕方が無かった。
もちろん悲しみじゃない。

  だからまた僕はこう言うよ
  I Love You、I Love You

結局はラヴ・ソングなのだ、ポールは。
だから、僕はそのラヴに感動したのだろう…と思うようになった。
それなら何となくあの涙は納得がいく。
ビートルズもウイングスも観ていない僕が、
「Hello Goodbye」や「My Love」を聴いて感動するのだ。
馬鹿げていると周りに言われても、
そのラヴに溢れているロックを歌う男がポール・マッカートニーなのだろう。

これからもSillyでいいからラヴ・ソングを永遠に歌ってもらいたい。
頼むぜ、ポール。

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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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