中島みゆき その個人的追憶

中島みゆきのオリジナル・アルバムは、昨年リリースされた 『転生』 で33枚にもなる。
ベスト・アルバムと、数少ないながらもライヴ・アルバムもあるから、
全てあわせればかなりの枚数になる。
ちなみにベストと言ってもシングルのAB面を収録した 『singles』 二種類は重要だ。
彼女のシングルはアルバム未収録曲が多いので、ファンは持っていなければならないのだ。
更にアルバム収録曲もヴァージョン違いが多い。
「アザミ嬢のララバイ」「時代」などの初期代表曲も、まったく違うアレンジとなっている。

さて、僕と中島みゆきの出会いは77年の「わかれうた」。
曲も良かったが、まずその声が魅力的だった。ファンになった。
レコードはもちろん、オールナイト・ニッポン一部(月曜深夜)もずっと聴いていた。
オールナイト・ニッポンは各コーナーが愉快だったのはもちろんだけれど、
最後のお便り…放送終了直前に語られるコメント、メッセージが毎週楽しみだった。
同じようなファンも多かったと思う。

同時期の松任谷由実や竹内まりやは、
嫌いだったわけでは無いがほとんど聴くことは無かった。
女性シンガーソング・ライターなら、僕は完全に中島みゆきだったのだ。
ただ、リアル・タイムで聴いていたのは83年の 『予感』 まで。
何故だかアルバムのラスト・ナンバー「ファイト!」を最後にストップしてしまった…。

音楽的に言えば84年の 『はじめまして』 からサウンドが変化し、
これは88年の 『中島みゆき』 まで続く。
いわゆる " みゆきさんご乱心 " と呼ばれた時期である。
僕が聴かなくなった時期とピッタリ一致するのだが、理由はこれでは無い。

何故だったのかな?
おそらく、僕は既にRCサクセションというバンドと出会っていたし、
同時にARB、ルースターズ、ストリート・スライダーズというバンドや、
佐野元春、山下久美子などに傾倒していった頃だ。
そんな中で中島みゆきから離れていったのは、きっと自然だったのだろう。

結局このまま80年代、90年代を終えてしまった。
その間、TV絡みのシングル以外はまともに耳にせず…。
もちろんポイントでは曲やアルバムも耳にしてはいたが、
この時期は、とてもじゃ無いが聴いていたとは言うことはできない。

そして例の02年紅白歌合戦。
中島みゆきの出演は放送前から話題になっていたが、
僕自身は「めったにTVに出ない人だからなぁ」という、楽しみにはしていたが、
何とも軽く呑気な思いでそれを待っていた。

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BIRTHDAY SONG/麗蘭 from『宴』 -1993-

大人になっての自分の誕生日は、別に特別なことがあるわけでもなく過ぎていく。
小学生の頃は、友達同士でお誕生会のようなものを開催することが多かったが、
友達の誕生会はもちろん、自分の会でさえ思い出としてはまったく残っていない。
中学・高校ともなると、そこには友達よりも彼女の存在なんかがどか~んと出てくる。
よって、昔は彼女と一緒に過ごしたよなぁ…と思ったりもするが、
実は楽しい誕生日だったことは少なかったんだよね。
まず、この時期の中学&高校時代は皆さんも同じだったはずだが、
お馴染み中間試験と重なるのだ。
おかげで、彼女がいても電話で「おめでとう」の声が聞ける程度…
というのが多かったのでした。

大学時代も、そんなに嬉しい誕生日の記憶も無い。
二十代、三十代…。いやぁ、無いな(笑)。

さて、彼女や友達とは別に、その誕生日を一緒に過ごす機会が多い人が僕にはいる。
誰あろう仲井戸麗市、その人である。

チャボの誕生日はジョン・レノンと同じ10月9日というのは有名(?)だ。
この10月9日をチャボと一緒に過ごした日。

 93年10月9日 御茶ノ水は日仏会館の 密室
 01年10月9日 渋谷はSHIBUYA-AXでの I am a MAN
 02年10月9日 渋谷はSHIBUYA-AXでの TIME
 
この他、05年は10月8日にSHIBUYA-AXで「THE Duet」。
これもバースデイ・ライヴと言えるだろう。

これらは自分の誕生日よりも印象に残っているもんなぁ。
僕は自分よりも誰かの…もちろんそれは好きな人の…だけれど、
他人の誕生日のほうが何だか嬉しかったような…、
そして本当にそれは嬉しいような気がする。

  **********

 きのうと違うきょうへのHappy Birthday
 新しい一日が始まる

またひとつ年をとった…というよりも、新しい自分になりました。

  **********

 仲井戸麗市 『DADA』。
 忌野清志郎 『Music From POWER HOUSE 』。
 ポール・マッカートニー 『GIVE MY REGARDS TO BROAD STREET』。
 ミック・ジャガー 『SHE'S TE BOSS』。
 キース・リチャーズ 『DIRTY WORK』。

今の僕の年齢のときに、彼らはこんな作品を発表または制作していたのだ。
なかなか微妙な時期のようである(笑)。

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Paul McCartney's WORKING CLASSICAL -1999-

ポール・マッカートニーが別居(離婚?)したというニュース。
日本でもそれなりに大きく取り上げられたのにはちょっとした驚きもあった。
僕はヘザーという女性には興味が無い…というか知らない。
特に知ろうとも思わないけれど。
別に彼女が嫌いだったり恨みがあるわけではなく、興味がまったく無いだけである。
ビートルズやポールのファンでも僕と同じか、または似たような人も少なくないんじゃないかと思う。
だから日本で大きなニュースになったのが意外だったのだ。
その後の遺産目当て云々といった三面記事的な報道は、更にどうでもいいことだ。

さて、こんなことを書くのはあまりにも定番過ぎるのでどうかと思ったが、やはり書く。

このニュースを聞いて頭に浮かんだのは、リンダである。
「やはりポールにはリンダなんだよ」とか、そういったことでは無い。でも、リンダが浮かんだ。
しかも、それは遺作である『Wide Prairie』のジャケットの彼女であった。
この切なさ100%のジャケット写真が浮かぶのは反則かもしれないが、
浮かんでしまったのだから仕方が無い。
これまた僕と同じファンも多いかもしれないなぁ…。

さて90年代に入り、ポール・マッカートニーはクラシック音楽の作曲にも取り組むようになる。
代表的なのは『リヴァプール・オラトリオ』。
ピアノ組曲の『ア・リーフ』なんていう小品もある。
そんな中、新たな書下ろしと過去の作品を、
クラシックにアレンジしたのを含めて発表されたものが『WORKING CLASSICAL』だ。

過去の作品は9曲。そのほとんどがリンダ絡みの曲である。
それもそのはずで、追悼盤と謳っているわけでは無いが、
これらの曲は98年に行われたリンダの追悼礼拝で演奏されているのだ。
実質的には追悼アルバムだろう。

" ポールにはやっぱりリンダなんだよ " 等とはもちろん軽く言える事はできないけれど、
「マイ・ラヴ」や「ラヴリー・リンダ」なんかを聴けば、
彼女はポールの良きパートナーであったんだなぁ…とやはり思う。

リンダが亡くなってから既に8年も経つ。月日が経つのは本当に早い。

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これがビートルズだ/中山康樹

中山康樹氏の本は過去にも記事にした。
まずは辛口?全曲解説の「ジョン・レノンを聴け!」。
そしてビートルズのオリジナル・アルバムには聴く順番があると訴えた「超ビートルズ入門」。
どちらもファンには賛否両論な本だろう。僕は二冊とも楽しめたけど。

さて、中山氏の著書でもう一冊ビートルズものがある。
それがこの「これがビートルズだ」である。
「ジョン・レノンを聴け!」と同じように、ビートルズの全曲解説だ。
これは現役時代に発表した213曲を指す。
録音順に一曲ずつ、中山氏ならではの解説で綴られている。
よって、ここでもかなり手厳しい批判もあるし、
読者によってはその独断と偏見に嫌悪を抱く人もいるだろう。
しかし、これが読み物としては最高に面白い。
特にビートルズをある程度まで聴きこんだファンには、かなり楽しめるのではないか。
ただし、ここで言う ”楽しめる” というのは、
怒ることや呆れることも含まれることを断っておく(笑)。


本文は一ページに一曲。
よってかなりのヴォリュームになるから、読み応えも十分だ。

ちなみに、この本には大好きな文章がたくさんある。
その中のひとつ。
プロローグの締めくくりには、こう書かれている。

  ここに、ビートルズが残した全公式曲、二一三曲がある。
  すべてはここからはじまる。
  だが、この ”はじまり” に ”おわり” はない。

僕もその通りだと思う。

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LONG LIVE ROCK/WHO from Odds&Sods -1974-

昨夜、フーの「ワイト島ライヴ1970」を観ていた。
その時代から考えると仕方ないが、やはりカメラ・ワークや音に注文はある。
しかし、ライヴ自体は物凄い。

白いツナギの作業服?を着てギターを弾きまくるピート・タウンゼント。
彼ならではの強烈なオン・ビートのドラムをひたすら叩きまくるキース・ムーン。
骸骨スーツに身を包み黙々とベースを刻むジョン・エントウィッスル。
お馴染みフリンジと髪をなびかせてマイクを振り回すロジャー・ダルトリー。

「I Can't Explain」のイントロ。
タウンゼントのリフにムーンのドラムが入る瞬間!
あぁ…ロックだ!

さて、フーの代表曲に「Long Live Rock」という曲がある。
邦題は「不死身のハード・ロック」と言う。
カッコイイ名邦題のひとつだ。
簡単に訳すと「ロックよ、長生きしろよ」みたいなことなのかな。

いきなり話が飛ぶが、70年代のパンク・ムーヴメント。
特に英はロンドンでの77年。
クラッシュのデヴュー・シングル「White Riot」のB面に、
「1977」という、そのまんまの曲が収録されている。

  No Elvis,Beatles or Rolling Stones in 1977

パンクに影響を受けた人達は、もちろん当時のこのメッセージに同調していたと思う。
しかし、後にこれと同じことが後続のパンク・ミュージシャンによって歌われたはずだ。
「No Clash」と…。

ロックはジョニー・ロットンによって殺されたはずなのに、
後から「PUNKS NOT DEAD」というメッセージが出たことでもわかるように、
パンクも死んだと言われていた。
そのパンクを殺したのは、いったい何だったっけ?

思ったのだけれど、死んだと言われる音楽はロックくらいしか無いんじゃないかな…ということ。
もちろん細かいレベルでは「メタルは死んだ」「ブルースはオシマイだ」とかもあるのだろうが、
音楽の歴史の流れで明らかに「死んだ」と表現されるのは、ロックしか無いだろうと思う。
プログレなんかは「絶滅した」と言われているけど(笑)。

ロックはロック以外のジャンルをうまく取り入れながら発展して進んできたし、
また、その時代の最先端の音楽までも取り入れることができるという器の大きさもあわせ持つ。
例えばローリング・ストーンズなんかはそれがうまいし、例にあげるのにわかりやすい。
彼らは60年代からやっていることに大きな変化が無いのに、
アルバムを出すと必ずその時代の音になっている。
それが成功しているかはともかくだけど、
この辺はやはり計算しているのだろう(ストーンズというより、ミックが)。

ロックは何か新しいムーヴメントが出てくる度に死んで(?)生き返ってきた。
ディスコ、パンク、テクノ、そしてヒップホップ等々があっても、
ロックは決して死なず、必ずその場にあったはず。
それなのに、何故 " 死んだ " と形容されることがあるのかな。

ディスコは死んだ、フォークは死んだ、フュージョンは死んだ…。
言われなくなったこととは別に、やはりこれらは " 死んだ " と表現されていないと思う。

ロック。
何度も死ぬ音楽。
ピート・タウンゼンドはこの辺を予見して「長生きしろよ」と歌ったのかなぁ。

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サイド・バイ・サイド/古井戸 -1978-

エレック期の古井戸紙ジャケット仕様でのCD化に続き、
CBSソニーから『酔醒』までが紙ジャケで再発された。
ラスト・アルバムとなった『ラスト・ステージ』も、ずいぶん前だがCD化されている。
現時点でオリジナル・アルバムと呼べるものでCD化されていないのは、あと二枚である。
まずはエレック期の『イエスタデイズ』。
いくら編集盤だと言っても、これをCD化から外したのは疑問だ。
今からでも遅くないぜVAP。

そしてもう一枚が、キティに残した『サイド・バイ・サイド』だ。
以前も記事にしたが、
これは『ラスト・ステージ』の後だったと思うが、一度CD化が発表されている。
しかし、理由は不明だがボツになる。
更に最近でもハガクレ・レーベル発足の際には復刻のメニューに入っていた。
これは嬉しかったが…。
しかし、ここでもハガクレの企画消滅?により、CD化はされなかったのである。

僕が血眼になって古井戸のアナログ盤を中古屋で探していた時代。
お金も時間も使ったが、何とかエレック時代は揃えることができた。
高価であっても、
マニアックな中古屋に行けばエレック期のレコードはちょこちょこと出ていたから、
とにかくレアな『古井戸ライブ』さえ入手できれば、後は比較的容易だったと思う。
それでも帯が付いていて状態が良いものであれば、値段は5桁を下ることはなかったけど。

『酔醒』も蒲田にある えとせとられこーど なんかに行けば、
値段はともかく見つかったものだが、
『サイド・バイ・サイド』だけはなかなかお目にかからなかった。
だからこのレコードを手に入れた時はとても嬉しかった。
確か「ステーションホテル」のシングル盤も一緒に買ったと思う。
もう今では無くなってしまった中古屋だった。

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これがあったから… ロッキンf 1987.11月号

仲井戸麗市と土屋公平による麗蘭結成に至る経緯はもう語られつくした感があるが、
結局はこれがあったから…だったのかもしれない。
「お互いの初対面は某雑誌の対談」というのはファンには有名な話だが、
その対談がこれだ(ろう…たぶん)。

1987年11月号のロッキンf誌。87年は既にジャパメタ中心の編集になっている時期だが、
それこそ80年代前半は、
宝島ほどでは無いが毎回RCサクセションの記事が掲載されていた記憶がある。

この対談が行われたのは、ストリート・スライダーズは「BAD INFLUENCE」を発表し、
RCサクセションは「MARVY」のレコーディング直前という時期である。

対談の内容は、チャボが蘭丸に対して「○○ってどうなの?」という、
麗の質問に蘭がこたえるという流れ。
司会がいるのに、
チャボが「蘭丸ってどんなヤツなんだろう?」と探りを入れているような内容になっていて、
まるでチャボが蘭丸にインタヴューしているようだ(笑
でも、今読むと蘭の発言がなかなか興味深い。

蘭:ミック・テイラーがストーンズに残したいちばんのプレイは「ウィンター」だと思う

蘭:(スティーヴィー・レイ・ヴォーンは)嫌い。ああいう、うるさいというか複雑なのはダメ

そして対談の最後はこんなやり取りになっている。

  ロクf:RCはレコーディングに入るそうですが、ゲストに土屋くんはどうです?
  麗:いいかもしんないね
  蘭:いや~オレなんか
  麗:いっそニュー・バンドとか(笑)

やはり既に芽が出ていたのだ。

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スライダー・ジョイント/ストリート・スライダーズ -1983-

スライダーズはデビュー当時に出会った。
友人のバンドが、何故だかデビューして間もないこのバンドのコピーを演っていたのである。
もちろん僕にとっては無名のバンド。
レコードも、1stが出たばかりであった。
この時点ではバンド名以外の情報は無い。
メンバーの名前も知らないし、あの強烈なビジュアルも観ていない。

その友人のバンドが演っていたのは「Let It Roll」「Blow The Night!」「サテン・ドール」。
とりわけ「サテン・ドール」という曲のあまりのカッコ良さにまいってしまった。
アマチュアが演奏しても、その曲とギター、そしてヴォーカルと歌詞は凄いと思った。
これはレコードを聴いてみたい…ということで、
すぐさま買いに行ったのが 『スライダー・ジョイント』 である。

はたしてレコードから飛び出した音は…本物だった。
当時はギターがどーのこーのよりも、とにかくハリーの歌、ヴォーカルであった。
アマチュアの演奏でも凄いと思ったものは、本当に凄かったのだ。

このアルバム、今となってはスライダーズの全てのアルバム中いちばん音が良くない。
特にギターの音が最悪だ。
ハリーのパートなんか、ただモーモー鳴っているだけ(笑)という感じだし、
蘭丸のギターとも絡んでいるようには聴こえない。
単に " レコーディングしてみました的 " な音だ。
しかし、その中で強烈な存在感を示すのがハリーの歌。
声も若いし、まだ細さもある。
勢いだけで…という部分もあるだろう。
ただ、これこそが1stアルバムの醍醐味というか、
ここでしか聴けないヴォーカルである。
後年のぶっとくて余裕が感じられるヴォーカルも良いが、
この時期のハリーのライヴを実際に観たかったものだ。

さて、そんな初期の姿、しかもライヴを捉えた貴重な映画がある。
曽根中生監督作品「BLOW THE NIGHT!(夜をぶっとばせ)」がそれだ。
当時の不良女子中学生を描いたものだが、
映画中スライダーズのライヴ・シーンが唐突に挿入されるのである。
まぁ、タイトルをみれば明らかだろうが、実は映画の主題歌がスライダーズなのだ。
シングル「Blow The Night!」のジャケットにも、
1stアルバムの帯にもこの映画のことは書かれている。

メンバーにとって、この映画が活動期で占める割合というか位置というか、
その存在がどういったものだったのかはわからないが、
「Blow The Night!」はあまりライヴで演奏しなかった。
ちなみに88年にこの曲は突然新録音されてNEWヴァージョンとなったが、
その後も僕の知る限りはライヴではあまり聴くことができなかったと記憶している。
個人的にはスライダーズの代表曲と捉えているし、
実際に大好きだし名曲でもあると思う。
さすがに解散ライヴでは演奏してくれるかな…と思っていたが、
願いは叶わなかった…。

とにかく、いまだに聴くことが多いスライダーズのアルバムは、
この1stと2ndの 『がんじがらめ』 だ。
やっぱりこの二枚は強烈だったもんなぁ。

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中島みゆき 夜会 VOL.14「24時着 00時発」 シアターBRAVA! 2006.5.8.

中島みゆきのライヴを観たいと思い続けながらも、いまだにその願いは叶っていない。
そんなところにいきなり「夜会」のチケットがとれてしまったわけである。
当初は心から喜んでいたのだが、実際に当日になるとそれは一変した。
僕はどうすればいいのだろうか…?

パンフには彼女から「夜会」についてのコメントが載っていた。

  「夜会」って何?
  コンサートツアーのようすとも違うし、演劇とも限らないし、
  ミュージカルというイメージでもないような…
  14回目を迎える2006年、
  最近の私は「つまり、ヘンなコンサートです」と説明することにしています。

うーむ…。僕はどうすればいいのだろうか…?
もちろん観賞の方法なんて人それぞれだし、まったくの自由であろう。
でも、どこに視点を置けばいいのかもまったくわからないのだ…。

会場に近づくにつれ、気分は盛り上がるというよりも、極度に緊張してきた。
お前は何をそんなに気負っているんだ…とか、
お前は何でそんなに緊張しているんだ…とか、
そう思う人がほとんどだと思うが、
僕が長年思い続けてきた人に、やっとやっと会えるようなもの…なのだ。
特別な日…なのだ(笑)。

しかも、一方的ではあるがその人のことは良く知っているのに、
どんな姿で現れるのかがわからないのだ。

CIMG3289.jpg CIMG3287.jpg

会場に入る。
暗いステージには、テーブルとイス。テーブルにはミシンが乗っている。
左側の壁に沿って階段が設置されている。それだけだ。
しかし、何ともイメージを喚起する風景。
客の年齢層は高い。親子連れと思われる姿もちらほら。
でも、主要な客層では、僕くらいがいちばん下の年齢といった印象だ。
普通のコンサートの開演前に流されているBGMも無い。

開演予定時間ピッタリに始まった。ついに「夜会」の初体験。

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THE Afternoon Tea & Music Time 横浜・サムズアップ 2006.5.7.

「風が吹けば 桶屋が儲かる」…。チャボが設定した今日のお茶会のテーマである。
まぁ、世間の出来事の因果関係を表す有名なことわざ、故事…かな?
「風が吹けば桶屋が儲かる」という説明は調べればすぐにわかると思うので省略。

要するに、この日かけるアーティストや曲は、それぞれ必ず何かの因果関係があるのである。
もっと簡単に言うと、しりとりみたいなもの…かな?
よって、いつもは印象に残ったもののみなのだが、
今回はこのテーマなので全て記してみようと思います。

天気が晴れていればオープニングにかけようとしていたのはナット・キング・コールだったそうだ。
5月ということで、曲は「イフ・アイ・メイ」。結局、最後にこの曲はかけてくれた。
実際のオープニングは生憎の雨だったため、スリム・ハーポの「レイニー・イン・マイ・ハート」。
チャボは「ルイジアナ・ブルース」と紹介していた。

さて「風が吹けば桶屋が儲かる」であるから、
スリム・ハーポからスタートし最後はどこ(誰)に着地するか…。
聴く側も想像、予想、推理しながら待てるので、
「今日のお茶会は面白そうだぞ」と期待が膨らむ。

スリム・ハーポの次は、ルイジアナ繋がりでソニー・ランドレスというギタリストだった。
チャボがジョン・ハイアットの来日公演を観に行ったときのギタリストが彼で、
ライヴの全曲をスライド・ギターで決めてしまうことに驚いた…、
という出会いのエピソードを以前読んでいて、そのときに僕も知ったミュージシャンである。
「アンジェリン」という曲をかけてくれたのだが、これがまたかっこ良いスライド・ギターでした。

ソニー・ランドレスの次はライ・クーダー。
そもそも前記のジョン・ハイアットのレコードにライが参加しているということで、
チャボも興味を持ったそうで…。

ライ・クーダーの次は、
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ→イブライム・フェレールと、キューバ音楽が続いた。
そしてマーク・リボーというギタリスト。
彼が「にせキューバ」という曲を演っているということでの繋がり。
マーク・リボーとくれば、次はトム・ウェイツ。
マーク以外にもキース・リチャーズも参加した「レイン・ドッグス」からの曲をかけてくれた。

そしてトム・ウェイツと交流がある人でチャック・E・ワイズ。
僕はこの人を知らなかったのだが、ここで「おや?」と閃いた。
チャック・E?
僕のフェイヴァリットな女性シンガーでリッキー・リー・ジョーンズという人がいるが、
彼女のデヴュー作の1曲目は「恋するチャック」という曲なのだ。
原題は「Chuck E.'s In Love」。
しかも、リッキー・リーはトム・ウェイツと恋人同士だったという話を聞いたことがある…ので、
次はリッキー・リーだろうと思ったらまさにその通りだった。
曲も大好きな「恋するチャック」。うーん最高!
※ちなみにトム・ウェイツ78年の「ブルー・ヴァレンタイン」の裏ジャケはトムとリッキー・リー。

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麗蘭の鉛筆

連休を利用して部屋の掃除と整理整頓をしている。
とにかくいらないものをなくす!というのが今回のテーマなので、ゴミ箱行きのものが多数。
そして本や雑誌も、今回はかなり思い切って処分するつもりだ。

さて、いつものことだが押入れをゴソゴソするので、相変わらずいろんなものが出てくる。
特に雑誌類が多いから、つい中身を確認しちゃうので時間がかかってしょうがない。でも、楽しい。
雑誌はRCや清志郎、チャボが載っているというだけで買ったものがたくさんあるので、
とっくに廃刊になっているものも多く、その価値はともかく今では貴重だ。

月刊シャウトはシンコー・ミュージック。
クロールはソニー・マガジンズからワッツインの増刊として出ていた。

さて、雑誌類は押入れからいくらでも出てくるのだが、同じく結構細かいものも見つかるのだ。
例えばレコードやCDを買ったときにもらえた特典物とか、ライヴ会場で買った何か…とか。
で、今回もそんな中で久しぶりに目にする面白いもののご紹介。

92年4月、新宿パワーステーションで行われた麗蘭 満一歳バースデイ・ライヴ。
そこで配られた鉛筆だ。
僕は残念ながらこのライヴに行くことができなかったのだが、知人がプレゼントしてくれたのだ。
鉛筆というのがとても渋くて、何だかわけも無く「麗蘭らしいなぁ…」と感じたものだ。
ちゃんと保管しておかないと無くなりそうなものなので、
RC関連の保管場所にしっかりとしまっておこう。

ちなみにこのバースデイ・ライヴ。CSで放映されたので映像があるのだ。
後にチャボの3rd「DADA」に収録された「ハッスル」と「ラジオ」が演奏されているのが貴重。
「ハッスル」はチャボのシャウトが強烈なテイクだし、
「ラジオ」はゆったりとしたヴァージョンで沁みるのだ。
「ココナッツバター」での暴走ステージも観られるぞ。あぁ…書いていたら観たくなってしまった。

これ、何かで公式に発表されないものだろうか?

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ロックを観る大型連休

既にご存知の方も多いと思うし、ご覧になっているかもしれない。
NHK-BSが大型連休(NHKに倣いました)にロックな番組を日替わりで放映している。
中には再放送ものもあるが、
5月1日から6日までの劇場公開用映画として制作された作品の放映は◎。
放映される映像は、それこそ僕は今まで何回観ているのかわからないほど有名なものだ。
しかし、だからこそ、まだ観ていないファンは必見だし、絶対に損はしない。
そして、僕のような人も、何だかんだ言っても画面に釘付けになっちゃうんだよね。
だいたい、もしロックを聴き出して間もない頃や、
ちょっとした知識が付いてきたあたりにこんな番組があったら、
僕だったら狂喜するに違いないもん。

この5作品は実際に映画館で観たのもあるが、
ヴィデオやレーザー・ディスクで繰り返し観ていたものだ。
簡単に紹介します。

●5月1日(月) 後8:03~後9:34 BS-2
ジギー・スターダスト 1973年・イギリス ZIGGY STARDUST AND THE SPIDERS FROM MARS

ボウイのファンには今更説明不要。
73年ジギー・スターダスト・ツアーの最終公演を収録した映像だ。
もちろんギターのミック・ロンソンの姿も観られる。二人の絡みは必見です。
ただ、映画として作られた割には画面が暗めなことが難点。
この音源のレコードやCDも出ているが、映像付きのほうが良いに決まっている。

●5月2日(火) 後8:03~後9:53 BS-2
キッズ・アー・オールライト デジタル・リマスター版 1979年・アメリカ THE KIDS ARE ALRIGHT

当時未発表だった映像やインタヴュー、ライヴなどで編集されたWHOのドキュメンタリー映画。
僕がこの映画をはじめて観たときのぶっとび具合は半端じゃ無かった。
WHOのまともな映像を観たのもこのときが初だったので、
しばらくは音だけというのが聴けなくなってしまったほどだ。
要するに、映像が無いと物足りなくなっちゃったのです。
特に好きなのはシェパートン・フィルム・スタジオで収録されたテイク。
「BABA O'RILEY」と「WON'T GET FOOLED AGAIN」の2曲。
ロックって素晴らしい!と本気で思ってしまう。

●5月3日(水) 後8:01~後10:15 BS-2
レッド・ツェッペリン 狂熱のライブ 1976年・イギリス THE SONG REMAINS THE SAME

映画公開後、かなりの長期間でZEPのオフィシャルなライヴ映像はこれだけだったというもの。
後年、物凄いアイテムが登場したが、それと比べてもこれはこれで面白い。
映画作品としてはおそらく最低だろうけど。
ただ、この時期のジミー・ペイジはとても美しいので、最近の姿しか知らない人は観ましょう。

●5月4日(木) 後8:03~後9:35 BS-2
ザ・ローリング・ストーンズ 1982年・アメリカ LET’S SPEND THE NIGHT TOGETHER

この映画が公開された当時、世間はかなり盛り上がっていた。
それこそストーンズが来日するんじゃねぇか?というくらいだった。
あれはいったい何だったんだろうか?
ハル・アシュビーというまともな監督を起用。
よって編集もテンポ良く、ストーンズ81年のツアーをリラックスして観られる。
とてもPOPな印象なので、この映画と78年以前を観比べてしまうと物足りないのだが、
それでも演奏は素晴らしいし(何てったってギターが鳴ってる!)、
強く文句を言いたくなるところは無い。でも、ストーンズ初心者向け…だと思う。

●5月6日(土) 後9:03~後10:50 BS-2
イマジン ジョン・レノン 1988年・アメリカ IMAGINE:JOHN LENNON  

ジョン・レノンのドキュメント映画。
一応、これは現時点では決定版と言える。
ビートルズ時代の映像も、
「ビートルズ・アンソロジー」が出る前はここにもレアなものがあり嬉しかったが、
やはりソロになってからのものが必見。
アルバム「イマジン」のレコーディング風景などは、
フィル・スペクターやジョージ・ハリスンの姿も観られると言うこともあり、凄い。
ジョンの実際のインタヴュー音源を映画の進行に使うというアイディアも効いている。

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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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