POP'N ROLL 300% 日本武道館 1980.8.23.

中洲通信編集者の方のブログ「徒然地獄編集日記ROLL OVER」に懐かしくも嬉しい記事があった。
1980年8月。日本武道館で行われたライヴのチラシ。

僕はこれを観に行った。
同じ年の4月に久保講堂で初めてRCサクセションを観てから三回目のRC体験だった。
シーナ&ザ・ロケットとプラスチックスとのオムニバス・ライヴであるが、会場は武道館である。
興奮した。
出演順はシナロケ、RC、プラスチックスであった。

CIMG6083.jpg

まだ武道館で席を立つだけで係員が飛んできた時代である。
おかげでシナロケのステージは、ほとんどの客は座ったままで聴いていたと記憶している。
そんな時代でもRCではそうはいかない。かなりの客が立ち上がっていた。
ただ、立つたびに係員が寄ってくるので、席を立ったり座ったりの繰り返しで観ていたと思う。
何だか乗り切れないライヴであった。

残念ながらライヴの内容の記憶は完全に吹き飛んでいる。演った曲もほとんど憶えていない。
しかし、ひとつだけ憶えていることがある。清志郎の有名なMCである。

清志郎が「こんな狭いライブハウスは初めてだぜ」という歴史的名言を吐いたのが、このライヴだ。
86年に氷室京介が「ライブハウス武道館へようこそ」と言う、実に6年前である。
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新ナニワ・サリバン・ショー 2006.2.25.大阪城ホール

大阪城ホールは初めてなので、まずは会場の印象から。
日本武道館と横浜アリーナを足して二で割ったような会場だ。
想像していたよりもでかい。
メインのステージとは別に、アリーナ後部にサブ・ステージが設置されていた。
ただ、サブ・ステージを良いポジションで観られたことを差し引いても、
あの会場セッティングでメイン・ステージを観るには、
アリーナ後部座席は観にくかったんじゃないかと思う。
間にPA卓もあるしね。
まぁ、ここの会場だけではないが、
アリーナ部を緩やかなスロープにして、
後方を観やすくすることを考えるイヴェンターが無いのが不思議だ。
もう少し観客のことを考える方向になっていかないものだろうか。

さて、清志郎以外の出演者(チャボを抜かす)目当てのファンが、
いったいどれくらい来ていたのかは知る由も無いが、
いまだにこれだけのハコを埋めてしまう忌野清志郎という男に驚く。
立見のチケットが販売された割には超満ではなかったが、
それでも十分に埋まっていたと思う。

僕はスタンド席だったが、
ラッキーなことに持っていった双眼鏡は必要が無かったほどのグッド・ポジションだった。

定刻から五分ほど遅れてスタート。
オープニングは「ナニワ・サリバン・ショーのテーマ」。
最初から清志郎が全開で盛り上げてくれた。
一時期は渋谷陽一に「清志郎は動けなくなった」と言われ続けていたが、いやいや十分ですよ。
少なくとも「動けなくなった」ときからさらに動けなくなってはいないし、
他にこんなロック・ヴォーカリストはいない。

ゲスト陣で印象的だったのは、まずハナレグミの「君が僕を知ってる」。
スローなアコースティック・ヴァージョンだったのだが、
これが曲の良さだけを抽出したような素敵なカヴァーだった。

元気な山下久美子を久々に観られたのも嬉しい。
彼女の「たとえばこんなラヴ・ソング」は、金子マリが歌うのとはまた違う魅力がある。
そして本家に負けないマント・ショーを観せてくれたのもよかったなぁ。
清志郎に”クイーン・オブ・ロックン・ロール”と紹介されていたが、
そうなんだよ、久美子はロックン・ロールなんだよ。
何てったって”総立ちの久美子”だぜ。知ってるか?

個人的に楽しみにしていたHIS。
実はメインに近い扱いがされるんじゃないかと思っていたのだが、
サブ・ステージで軽く演奏して帰っていった。
清志郎と細野晴臣は学ラン、坂本冬美はもちろんセーラー服。
バック・メンバーもコシ・ミハル、高野寛、浜口茂外也、吉川忠英という凄い顔ぶれだ。
あまりにもサラリとし過ぎて正直気が抜けたが、ベースを弾く細野晴臣、
さらにヴォーカルもとる細野さん。
これを観ているということは、実は物凄く貴重な瞬間に立ち会えているんだと思ったのだが、
そんなことをまったく感じさせない雰囲気だった。
まぁ、元々HISはそんなユニットだったけどね。
ちなみに坂本冬美のヴォーカル、最高でした。声の通りが凄い。
ノドの鍛えられ方が他の出演者とはまったく異なっているんじゃないでしょうか。

矢野顕子は、何を演ってくれるかがわかっていても良かった。
清志郎との「ひとつだけ」。
この曲は、80年代アタマのヘンタイよいこ集会で二人が共演した時からの持ち歌みたいなもの。
今回はピアノだけで歌われた。
また、清志郎は歌詞を「~ぜ」と歌わず、オリジナルに沿って歌っていた。

そうそう、GO!GO!7188。演奏した曲は2・3'sの「Let'sGo(IKOHZE)」。
そして「芸術家」!!!
清志郎ファンからもダメ出しをくらっているバンドの曲を演奏。
しかも「芸術家」は清志郎では無く、ベースのアッキーの曲である。
この選曲で参加した意図とスタンス。
ロックだ。

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PLEASE ROCK ME OUT 1981.5.31.日比谷野外大音楽堂

部屋の片付けや掃除はもちろん好きでは無いが、
そんなことついでに押入れなどをチェックするのは楽しい。
忘れていた懐かしいものが出てくるからだ。

今日も押入れをゴソゴソしていたのだが、何とタイミングが良いことか面白いものを発見した。
新ナニワ・サリバン・ショーを直前にして縁起も良い。

81年、日比谷野音で行われたRCサクセションの2DAYSコンサートの模様のメモだ。
記憶が飛んでいるのだが、まさかメモをしながらライヴを観ていたわけではないだろうと思う。
それにしては、セット・リストが正確(たぶん)に書かれているし、一言とはいえコメントまである。
ただ、部屋でこれを書いている姿ががうっすらと思い出せるので、
記憶からひねり出したものかもしれない。
よってセット・リストに間違いがあるかもしれないが、ここに発表します。
高校生らしく何とも子供っぽい丸文字なのは、自分が書いたものでも笑える(笑)。

     **********

  前座のヴァージンVS終了後、約20分後にRC登場
  チャボ、お得意のしゃべり

メモはこの二行で始まっている。あがた森魚が率いていたヴァージンVSがフロント・アクトだったのだ。
チャボのMCはまったく憶えていない。

  1.よーこそ  チャボのギター、レスポール・カスタムだ
  2.ダーリン・ミシン  間奏のピアノを清志郎が弾く

レスポール・カスタムと書いているギターは、チャボの公式サイトで今でも見ることができる、
名古屋のファンがくれたというギターだったと思う。

  3.(       )  新曲だろう
  4.いい事ばかりはありゃしない

3曲目は新曲だったのでメモに記載は無かったが、後から( )付で追記されている。
「ガ・ガ・ガ・ガ・ガ」だ。

  5.(       )  これも新曲だろう CMでやってる曲?
  6.ステップ!

5曲目にCMでやってる曲?と書かれているのは、当時のあるCMでRCが使われていたからだ。
その曲…というか、TVで流れていたフレーズは「たいくつなこの国に エア・メールが届く」というもの。
もちろん「あの娘のレター」だ。
ただ、CMでかかっていたのは別ヴァージョンだった。

  7.(       )  チャボのリード・ボーカル。ロックン・ロールの新曲、サイコーでした
  8.あきれて物も言えない

7曲目は「チャンスは今夜」である。カッコ良かった。

  9. エンジェル
  10.(       )  知ってるんだけど曲名わからず

10曲目は「ロックン・ロール・ショー」。

  11.ぼくはぼくの為に
  12.DDはCCライダー
  13.SWEET SOUL MUSIC 後半のドラム・ソロでコーちゃんスティック落とした

コーちゃんのトラブルは記憶に無いが、書かれているということは、そうだったんだろう。

  14.ブン・ブン・ブン
  15.ゆびわをはめたい  ”愛し合ってるかい!?”

「指輪をはめたい」は最高に感動的だった。

  <アンコール①>

  16.トランジスタ・ラジオ
  17.ボスしけてるぜ

  <アンコール②>

  18.スローバラード
  19.雨あがりの夜空に

  <アンコール③>

  20.キモちE

怒涛のアンコール三連発である。

     **********

81年5月、アルバム「BLUE」発売以前のRCサクセションはこんな感じでした。

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Tiara Rock Fes. WORDS 2006.2.17.ティアラこうとう大ホール

会場に向かう途中、あまりにもCHABO BANDが久しぶりなので、
どのくらいなのか後から調べようと思っていたが、
チャボがステージで「四年ぶりに集まりました」と話していた。
オリンピック・バンドだ。

さて、規模は大きくは無いがイヴェントである。
しかもシオン、三代目魚武濱田成夫というメンツ。
シオンはともかく、三代目魚武濱田成夫は詩の朗読である。
ロック・フェスと銘うっているが、三組の共通性はイヴェントのタイトル"WORDS"のみ。
確実にそのファン層はバラバラだっただろう。

更に小ではなく大ホールで、初めてチャボを観る人達に対しての演奏にもなる。
全員がチャボを観にきているわけではない。
そしてイヴェントということは、三組のセッティング時にはどうしたって客席は休憩時間になるし、
ステージ、イヴェント自体の流れもそこで寸断されるのだ。決して好条件では無い。

はたしてこんな条件の下、
ティアラこうとう大ホールをCHABO BANDの気で満たせることができるのか…。

結論から言うと、最高の演奏だった。
実際に本人達が感じたステージの出来はともかくとして、僕が客席で観て聴いて感じたのは、
今日のCHABO BANDは完璧に近いパフォーマンスだったということである。

メンバーが登場する時のB.G.M.はフランク・シナトラの「夜のストレンジャー」だった。
麗蘭での「波路はるかに」に慣れきっていた耳には新鮮。
僕にとってはこちらのほうがチャボのイメージである。

オープニングは意表をついたインスト・ナンバー。
これはハッキリと断言できないが「lainのテーマ」だと思う。
そして「プリテンダー」に一気になだれ込む。
チャボのストラトキャスターの6弦の音が何だか素敵に響く。
曲の終盤にチャボのギター・ソロがあったが、久しぶりにソロらしいソロを弾くチャボという気がした。

CHABO BAND。
明らかに麗蘭とは違う世界である。しかも本当に四年ぶりかよ…という息の合った演奏。
特にカースケのドラムは最高にタイト。
僕は彼のスネアが大好きだ。彼のドラムは演奏を確実に引き締める。

三曲目で早くもイヴェントのタイトルらしく「花園神社」が演奏された。
この、ドアーズの「亡霊の歌」を下敷きにしたハードなポエトリー・リーディング。
先日のFCの集いで演るかもしれないとチャボは言っていたから予想はしていたが、
強烈なヴァージョンだった。
Sweet Home Shinjukuで観られたのも凄かったが、
今日はスケール・アップしての余裕さえ感じる演奏。

メンバー紹介のブルースを軽く決め、メドレーで「打破」へ繋ぐ。
CHABO BANDでの洗練されたヴァージョンの「打破」は個人的には好きでは無いのだが、
あのチャボのギター・ソロを聴くと、ココロは85年にど~んと引き戻されそうになる。

そして、間違いなく今回のハイライトであろう「太陽に唄って」。
チャボの曲は思い切り個人的なものが多いし、歌詞にも固有名詞がガンガン出てくる。
時代が限定されることも多いから、
本来は聴く人の共感を呼ぶことが少ないようなパターンだと思うのだが、
素晴らしいのはそういった曲こそ普遍的なものだということだ。
僕が知らないことが歌われるのに、その内容に共感できて感動しちゃうのである。

この「太陽に唄って」はそんな曲だ。
ここで歌われた”僕や僕らは太陽に唄ってた”というのは、
チャボやチャボの言う僕らだけで無く、
会場にいた僕や僕ら、私や私達も、同じく太陽に唄っていたはずだ。
記憶の現住所も家族の肖像も…。
名曲である。

「悲しみをぶっとばせ!」は、「太陽に唄って」と対になって演奏された。
余計にグッときた。

ラストは「ガルシアの風」。太陽に唄っていた僕らは、盗まれた星達を取り返しに行くのだ…。

     **********

僕は麗蘭だけに浮かれていたようだ…と目を覚まされた気分だ。
もちろん麗蘭も素晴らしい。しかし、こんなに素敵なバンドがあったことを皆は忘れていないか?
仲井戸麗市、チャボ自身も忘れてはいないか?

まだ二月だというのに、今日のパフォーマンスを超えるライヴを今年は観ることができるだろうか…。
と、嬉しい心配をしている。

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行けなかった「Welcome Home!!」と「泣いてたまるか!!」

誰でも自分が観に行ったライヴがレコーディングされ、
CDやビデオという作品になると嬉しいものだろう。
記憶の中だけでなく、実際に発売されるわけだからメモリアルにもなる。
これは本当に嬉しい。

僕が当てはまるものを清志郎とチャボを中心に挙げてみても、少なくは無い。
1980年4月5日のRCサクセション久保講堂でのライヴがダントツであるが、
RCサクセションで言えば81年の武道館や86年、90年の日比谷野音も作品化されている。
仲井戸麗市も、そのソロ・ライヴやCHABO BANDでのライヴ作品は数多くあるし、
忌野清志郎は、最近では「KING」のツアー最終日の渋谷公会堂が印象深い。
古くはBooker T.&The MG'sとの武道館も忘れられない。
また、二人の共演で言えば、清志郎のライヴにチャボが飛び入りしたビッグなものがあったし、
何と言っても「GLAD ALL OVER」がある。

とまぁ、こんな感じで挙げていけばキリが無い。

さて、麗蘭の最初のツアーは91年である。僕は仙台に観に行った。
そして、このツアーでの京都は磔磔でのライヴが作品化されたのが「Welcome Home!!」である。
ビデオを初めて観たときは本当に感動した。
この、名前しか知らなかったライブハウスに自分がいなかったことが悔しかった。
だってさ、僕はここにいなかったのだが、いたかもしれなかったから…だ。

90年から91年辺りに、ちょっとしたことで知り合ったひとつ年下のRCファンの女の子と文通をしていた。
この子とのエピソードを書くと、また話が変わってしまうのでここでは詳しくは記さない。
ただ、その子は自分が取った麗蘭ツアー、磔磔のチケットを僕に譲ってくれたのである。

  1991年6月13日。京都、磔磔。整理番号は47番。

最前列に近いポジションで観られたことは確実である。
しかし、僕は行けなかったのだ…。

     **********

あれから15年が経った今年、2005年の年末磔磔での麗蘭LIVE盤が発売された。
15年前には想像するしかなかった、実際に観て聴いた磔磔でのライヴを作品として聴くという体験。
それはこういうことだったのか…。

磔磔にいなかったファンがこのライヴ盤を聴いてどう感じるのかはわからないし、
磔磔にいたファンだけが楽しめるライヴ盤というわけでは、もちろんそんなことは無い。

ただ、あの場にいた人が聴けば単に演奏の出来やサウンドや歌詞や収録曲や…
といったこと以外の何か。
その何かが聴こえたり観えたり感じたりできると思う。
その何かは、あの場にいた人の数だけ、ある。

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THE Afternoon Tea & Music Time 横浜・サムズアップ 2006.2.5.

前回に続いてのチャボによる公開DJイヴェントに行って来た。

今回は二回目だからだろうか、チャボも慣れたものでトークも選曲も絶好調だった。
…が、案の定トークが盛り上がり、時間がまたまたおした(笑
よって、かけられないCDが何枚か出たようだが、
それでも今回は、僕にとっては中身が非常に濃かった。

ミディアム・テンポ、女性ヴォーカル、しっとり。これが今回のテーマと言ってもいいだろう。
僕自身も女性ヴォーカルものは大好きなので、選曲はかなりストライクだった。
特にカナダのシンガーであるジュリー・ドワロン?と、
イギリスのシンガー、ジューン・テイバーが良かった。
早速この二人のCDは探してみたい。

メジャーなところでは、リタ・クーリッジは一枚も持っていないので、
紹介されたアルバムを手に入れたい。
ジェフ&マリア・マルダーも同様。

終盤でかけたピンク・フロイドとドアーズは「暗い」と言いながらだったが、そんなことは無いでしょう。
昔だったらともかく、もう「暗い」などというイメージは、僕はチャボに対しては無いな。
何にしてもこの英米を代表する二大バンドは僕もフェイヴァリットなので嬉しかった。

今日の意外な選曲コーナー?は、チャボ自身も意外と言っていたがJAPANの「錻力の太鼓」。
ただ、これが1stアルバムを選んでいたら更にビックリだったのだが。

今後は二ヶ月に一回くらいで開催したいとのことだが、本当なら嬉しい。
チャボは「俺にもいろいろな情報を教えてくれ」と言っていたが、
こちらこそチャボから得るものは大きいぞ。

とにかく、ライヴとはまったく違った音楽漬けの二時間半だった。
あえてこの表現を使わせてもらうが、勉強になる。それは決して知識としてだけではない。
うまく言えないのだが、仲井戸麗市というミュージシャン、ギタリスト、アーティストの勉強にもなるし、
音楽を好きな自分自身を勉強することにもなるような気がする。

この企画は本当に素敵だと思う。

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I AM THE WALRUS/BEATLES from『MAGICAL MYSTERY TOUR』 -1967-

麗蘭が東京の渋谷にあるライブハウスEggmanで、磔磔LIVE盤発売記念ライヴを行う。
ここ数年の東京で行うライヴは比較的大きな会場ばかりだったので、
久しぶりに小さな会場で観られるのは嬉しい。

「Eggman」という名称はビートルズの「I AM THE WALRUS」の歌詞から取られたのだろう。
これはジョン・レノンの造語というのを何かで読んだことがあるが、なかなか良い名前だと思う。

渋谷にはライブハウスは今でもたくさんあるのだろうが、昔の小屋が無くなってしまったのは悲しい。
代表的なのは屋根裏であるが、他にもLIVE-INNも今は無い。
中には場所が変わって存在しているのもあるかもしれないが、
やはり屋根裏はセンター街に入ってすぐのキャバレーの上にあった頃のイメージが強烈だし、
僕のようなRCファンには、それは尚更強い。

そんなライブハウスの中にあって、この「Eggman」は当時から無くならずに存在しているのは嬉しい。

さて、大昔の話だが、僕は「Eggman」でライヴを演ったことがあるのだ。
バンドをやっていた頃の「Eggman」での思い出なんかを書いてみます。

今でもあるのだろうか。
当時は「高校生激突シリーズ」という企画のライヴが「Eggman」にはあった。
その名のとおり、高校生バンドだけを集めたイヴェントで、3~4バンドが出ていた。
経緯は憶えていないが、このイヴェントに僕らのバンドも出ることになったのだ。

出演バンドは4つ。確か僕らはトップに演奏したと思う。
対バンはその当時ではそれなりに名が知られたバンドばかりであったが、
とりわけトリを務めた某バンド。
何かに「EggmanのRCサクセション」という記事を書かれていたほどの人気バンドだった。
POPでハードでカッコ良いスリー・ピース。
オリジナルの他に、ベイ・シティ・ローラーズの「R&R LOVE LETTER」のカヴァーを演っていた。
楽屋で話をしたときに、ギタリストが「Charが好きなんだ」と言っていたのを今でも憶えている。
ちなみにこのバンドでドラムを叩いていたのは、後に忌野清志郎とも活動を共にし、
ハイロウズのドラマーとして知られる大島賢治くんであった。

この日のライヴは有頂天を率いていたケラさんが観に来ていて、終了後に声をかけてくれた。
新宿にあるライブハウスJAMで行う有頂天の日替わりライヴへの出演を誘ってくれたのだ。
もちろん快諾した。
当時の有頂天は、後に筋肉少女帯でギターを弾く本城くんがまだ在籍していた。
この時期の有頂天を観られたのと共演出来たことは、今では貴重な体験であり思い出にもなっている。

「Eggman」は、例えばロ-ザ・ルクセンブルグの解散ライヴが行われた場所でもあるし、
松村雄策氏のラスト・ライヴが行われた場所でもある。
両方ともレコーディングされ、作品としても発表されている。

「Eggman」に行くのはいつ以来だろう。
ここで最後に観たライヴが何なのか思いだせないから、久しぶりだ。
それも、かなりの久しぶりである。

何にしても楽しみだ。
Profile

Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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