THE DAY OF R&B/RCサクセション他 -1982-

忌野清志郎デヴュー35周年の一環で、このレコードがやっとCD化される。
他のオリジナル・アルバムも再発されるが、
東芝EMIさんまたはユニヴァーサルさんには愛情あるものを今度こそお願いしたい。

82年に横浜スタジアムで行われたライヴで、
出演はRCサクセション、サム・ムーア、チャック・ベリーの三組。
当時はまさにRCサクセションの人気は全盛期といっていいほどであり、
いくら清志郎が敬愛するサム・ムーアであろうと、チャック・ベリーであろうと、
このイヴェントに足を運んだのは、ほとんどがRCを観にいったファンなのは間違いない。
だいいちチャック・ベリーはともかくとして、
サム・ムーアを知らない聴いたことも無いファン達は多かっただろう。

ただ、こういったイヴェント等で実際に彼らの音に触れられたわけだから、
RCによって、日本でR&Bやソウルが広まったことは少なからずあるだろうし、
僕は、それは思っている以上に大きな影響であったと思う。

ちなみにチャック・ベリーが今、来日公演を行っても僕は観に行かないだろう。
いくらロック、R&Bのキングといっても、
今の彼のライヴをお金を払って観に行くことは僕の中に存在しない。
そういう意味でも、この時に彼を観ることができたのは貴重だし、
観ることができて良かった。
ただ、この時のベリーのバックを務めたバンドと合わず、
ステージの途中でピアノが退場させられたのには笑った。
このピアノを弾いていた男。
後にRCや清志郎と行動を共にする厚見玲衣である。

サム&デイヴも僕はこの当時は名前しか知らなかったので、
サム・ムーアのライヴはあまり印象に残っていない。
マイクを通さず生の声を横浜スタジアムに響かせたことだけはハッキリと憶えているが。

さて、RCサクセションである。
実際にこの場に僕はいた。アルバム「BLUE」のTシャツを着ていった。
やはりイヴェントということで当たり前だが持ち時間も少なく、正直物足りなかった。
まさに僕はRCを観にいったわけだから、3分の1ではガッカリであった。
セッションも無かったし。

今回、久々にこのレコードを聴いている。
発売当時は思わなかったが、こうして聴くとライヴ同様に物足りないなぁ。
たった3曲じゃなぁ。
こういうものこそ完全版として出すか、せめてボーナストラックを収録する等、
そういったものが欲しかった。
権利関係が問題ならば、ボーナス部分はサム・ムーアとチャック・ベリーはいらない。
RCだけでいい。
RCのパートだけ完全版にするということは不可能なのだろうか。

このライヴはラジオでもオンエアされた。
そのときは「モーニング・コールをよろしく」等、レコード未収録の曲もあった。
音源は間違いなくあるのだ。

RCは「君が僕を知ってる」「スローバラード」「SWEET SOUL MUSIC」が収録されている。
「君ぼく」がいい。
エンディングの清志郎とチャボの掛け合い。
RCの末期以降、
チャボが歌うパートは「わかっていてくれる」の「~れる」の語尾部分が上がっているのだが、
この時期はそうではなく、スタジオ・ヴァージョンどおりである。
この部分は、こうでなくちゃダメだ。
そうそう、このアルバムでは「君が僕を知っている」とクレジットされているが、
オリジナルは「~知ってる」だ。どちらが正しいのだろうか。


最後に、ライナーのチャック・ベリーのところ。
メンバー以外に次の二名がクレジットされている。

Rikiya Yasuoka(Tour Manager)
Special Thanks to Yuya Uchida
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ビートルズを呼んだ男 伝説の呼び屋・永島達司の生涯/野地秩嘉

めちゃくちゃ面白い本である。

最初はもちろんタイトルに惹かれて手にした本だ。
現在で言うプロモーターのはしりである永島達司という人の生涯を書いたノンフィクション。
ほとんどが1950年代のアタマからビートルズ来日の1966年までの、
呼び屋稼業の舞台裏を中心とした話で、
生い立ちやビートルズ後についてはサラッと触れられているだけである。


読む前はビートルズ来日に伴う内容のみだと思っていたのだが、それだけでは無い。
例えばミュージシャンのコンサートだけでなく、
サーカスやリンボーダンス等の興行についても書かれており、
当時の呼び屋周辺の時代背景についても興味深く読めた。ここら辺りは本当に面白い。

ビートルズ来日についても、
ブライアン・エプスタインとの交渉と契約の様子、警備を担当する警察の様子、
観に行く当時の若者の様子、来日中のビートルズの様子、ライヴの様子等、
それぞれこと細かくは書かれていないのだが、読んでいて凄く臨場感溢れる感覚を持てるだろう。
ビートルズ・レポート等に書かれているものとは違った視点から読めることも、この本の魅力だと思う。
今では過剰すぎたと批判されがちな当時の警備についても、
この本ではニュートラルに触れることができた。

ビートルズ以外にも、
ナット・キング・コールがソフィスティケートされた舞台演出を日本に持ち込んだとか、
音楽著作権関連の話で、
フランス冬季五輪の記録映画「フランスの13日間」の音楽の権利を買う話、
もちろんこの曲は「白い恋人たち」である。
また、ベンチャーズ初来日より前に実はメンバー二人が来日していたという話。
この時は二人の日本人ミュージシャンを加えて公演を行ったが散々の出来だったとか、
面白い話がたくさん出てくる。

とにかく永島氏の仕事については本を読んでもらうしかない。
これは間違いなくお薦めできる本だ。

この本は98年、著者によるポール・マッカートニーへのインタヴューで始まる。
当時は愛妻リンダを亡くしたばかりで、一切の仕事を止めていたポールだったが、
「永島達司とビートルズ来日公演について話を聞きたい」という依頼にはOKを出したのだという。
ポールは「タツ(永島氏のニックネーム)のためならいくらでも質問に答えよう」と、
インタヴューに何も条件をつけずにOKの回答をしてきたそうだ。
同じ98年、亡くなったリンダを追悼するメモリアル・サーヴィスがロンドンの教会で行われた際、
身近な人達だけのその集いに招待された日本人は永島氏だけであったという。
そして99年、永島氏が亡くなった後、
彼の妻宛にポールが送った手紙の「ありがとう、タツ」という言葉でこの本は終わる。
このエピローグの章は感動的です。

生誕65年で没後25年

65と25という、この「5」という数字がキリが良いのかどうかがいまだにわからないのだが、
今年はジョン・レノンの生誕65年、没後25年のアニヴァーサリー・イヤーである。
思ったよりは盛り上がりに欠けていると感じるが、それなりにそれらしいイヴェントやアイテムがある。

まずは、何枚目だろうか、またまたベスト・アルバムのリリース。
2枚組みで38曲収録。リミックス&デジタル・リマスター音源を中心としたというのがミソだ。
現在は「ジョンの魂」「イマジン」「マインド・ゲームス」「ロックン・ロール」の4枚は、
既にリミックス&デジタル・リマスター・ヴァージョンで発表されている。
おい、まだ残っているぞ重要なアルバムが。
ベスト・アルバムを発売する前に、
「ライヴ・ピース・イン・トロント1969」「サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ」、
そして名盤「心の壁、愛の橋」のリミックス&デジタル・リマスターがどうしたって先だろう。
この辺はどうなっているのだろうか。

しかしベスト・アルバム自体も、わざわざ2枚組にして曲を増やす必然性があったのか。
既発である20曲収録の「レノン・レジェンド」でまったく十分だと思うのだが。

今回のベスト・アルバムのタイトルは「ワーキング・クラス・ヒーロー」。これもあまり面白くない。
ジャケットもいつものアレみたいだな。この写真も、そろそろどうかと思うな。

さて、収録曲に「愛の不毛」や「ゴッド」「オー・ヨーコ」が収録されたのは良いと思うけど、
例えば「アイム・ルージング・ユー」は何故かアンソロジー・ヴァージョンだし。
これはチープ・トリックのメンバーをバックにレコーディングされたヴァージョンであり、
貴重で聴き物ではある。
しかし、決定版のベスト・アルバムをうたうならば、これは相応しいとは言えない。
もうひとつ、「ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ」から「カム・トゥゲザー」が収録されているが、
これも同様だ。
あのアルバムは無視して良いと思う。
こういう曲を入れると、中身が非常に薄まってしまうと思うのだ。

ライヴ・ヴァージョンを入れるのならば、「サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ」から「ウェル」である。
絶対にこちらだ。これには賛成してくれる人は過半数を超えるだろう。

次にトリビュート盤。仕方が無いけど企画が安易だなぁ。
でも、どうせやるのならば、収録曲はすべて新録音で制作すべきだよ。
せっかく2005年に出すんだから、その意味をしっかりと持たせればいいのに。
個人的には、
今更清志郎とチャボの「ドント・レット・ミー・ダウン」を持ってくるのはいいかげんだと思うしね。
過去にビートルズ・カヴァー編集盤の、そのまた編集盤まで作って、
そこにも収録してたじゃん、これ。使いまわしにも程がある。

どうしても聴きたいというヴァージョンが無いのだが、
あえて言えば椎名林檎の「ヤー・ブルース」かな。
昔のジョン・レノン・トリビュート(90年にリヴァプールで開催されたほう)ライヴでのシンディ・ローパー、
少なくともそれくらいのレベルを期待したい。

ちなみにシンディ・ローパー。
良くトリビュート系には参加するのだが、結構取り上げる曲のセンスが良い。

この他、恒例となったジョン・レノン・スーパー・ライヴも、何だか変わりばえのしないメンバーだし。
TVで放映されるたびに観てはいるのだが、カンペを見ながら歌っている人がいたりとか、
あまりジョンに愛情を持っていない人達が参加しているような気がするんだよねぇ…。

何だか文句やボヤキばかりになってしまいました。
僕はアルバムも買わないし、ライヴも行きません。
松村雄策さん、何かやってくださいよ。

ポール・マッカートニー米ツアー開始!

どうにもストーンズの話題に負けているようだが、
9月18日にポール・マッカートニーのツアーがスタートした。
盛り上がっているのだろうか?
いろいろとネット上をチェックして、初日の様子を確認した。

オープニングはポールの生涯?をまとめた15分間のフィルムらしい。
これは以前も似たようなことをやっていたから、特に違和感は無いよね。

そして1曲目は「マジカル・ミステリー・ツアー」。おぉ!これはいきなり盛り上がる。

初日の演奏曲は、何と36曲! 
あなたは本当に63歳ですか?

さて、セットリストのすべてを書ききれないが、目に付いたものだけ挙げてみる。

「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」。どうしたってエド・サリヴァン・ショーを思い出す。
古い米のファンはたぶんここで泣く。
「アイ・ウィル」。アコースティック・ギターで弾き語ったらしい。
「イエスタデイ」や「ブラックバード」よりも聴きたい。
「フォー・ノー・ワン」に「アイル・フォロー・ザ・サン」。
そして「イエロー・サブマリン・シンガロング」。
いかにもポールらしい曲を立て続けに中盤で、アコースティックなセットで演るようだ。
ここは聴き物だろう。

「トゥー・メニー・ピープル」。今のワイルドなバンド・サウンドで聴きたいぞ!
「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドウ」。
おいおい出し惜しみせずに、どうせならアビー・ロードのメドレー完全版を演ってくれよ、ポール。

「アイヴ・ガット・ア・フィーリング」に「ヘルター・スケルター」。あぁ…聴きたい観たい。

ビートルズ・ナンバーがほとんどだし、ここまででも凄いと思うのだが、とどめはこれだ。

「プリーズ・プリーズ・ミー」!!!!
本当に演ったんですか?

日本公演は残念ながら未定。来ないわけはないよな、ポールよ。

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アンジェリーナ/佐野元春 -1980-

アンジェリーナを、いや佐野元春を知ったのはいつのことで、それは何処だっただろう。
おそらくはNHK-FMのサウンドストリート、水曜日のDJ甲斐よしひろが良くかけていたからだと思う。
この”良くかけていた”というのは、番組の性質上、そう何回もオンエアすることはできないから、
実際にはそんなに多くはなかったはずだし、もしかしたら1~2回くらいだったのかもしれない。
それでも、強烈に印象に残っているのだから、当時の僕にはかなりのインパクトがあったのは確かだ。

僕の周りには佐野元春を聴いている友人はいた。でも、世間的には盛り上がってはいなかったと思う。
たまに「アンジェリーナがヒットしていた云々」のような記事を目にする。
しかし、1980年当時にアンジェリーナがヒットしたという記憶は無い(実際のチャートは未確認)。
個人的な記憶は、佐野元春がブレイクしたのはやはりナイアガラ・トライアングルに参加した後のはずだ。
この時点で「SOMEDAY」はシングルとして発表されていたが、
これだってファンや一部で盛り上がっていただけだと思う。

今思えば当時の音楽シーンは丁度転換期といった感じで、
次々と新しいバンドやアーティストがデビューし、
それをいち早くキャッチするものとできないものがハッキリと分かれていたと思う。
新しい音を耳にしても、それにすぐに反応し、
のめり込むための方法もわからなかったのだと思う。
自然に脳や身体が反応しても、それがどういうことかが良く理解できなかったのだろう。
更に例えそれらをキャッチできても、それまでの音と同時に聴けた人と、
まったく新しい音だけに行った人とに分かれたはずだ。
どちらかが良いということではないが、僕の実感だ。
僕は同時に聴けた組である。

例えば佐野元春とRCサクセション。
共に僕が大好きで影響を受けたアーティスト、ミュージシャン、バンドだ。
日本の音楽シーンの中で大きな存在となっている両巨頭だが、
まったく音楽のスタイルが異なるし、
おそらく現在のシーンに出てくれば、ファン層はハッキリと分かれるのではないか。
しかし、これが80年代前半だと良い意味でごちゃごちゃしていた。
「HEART BEAT」と「PLEASE」を同時にレコード店で新譜として買っていたのである。

更に、所謂めんたいロックと呼ばれて括られたルースターズ、シーナ&ロケット、
ARB、モッズにロッカーズや、
YMOやP-MODEL、戸川純にスネークマン・ショー、山下久美子に杉真理、子供ばんど、
ジョニー・ルイス&チャーからスターリン、東京ロッカーズ周辺のインディー・シーンまで…。
これらを一緒に聴いていたし、聴けた人達がいっぱいいたのだ(たぶん)。
そしてザ・ベストテンも毎週観ていたから、歌謡曲やニューミュージックだって耳を塞がなかった。
いやぁ、耳が鍛えられた?時代だったとつくづく思う。

さて、佐野元春の記念すべきデビュー・シングルであるが、
僕はこれをリアル・タイムで買ったわけではない。
後にシングル盤の魅力に取り付かれ、
中古レコード店を廻って買いまくった中に佐野元春も含まれていた。
もちろんほとんどが廃盤状態なので、入手困難な盤も多く、
コンプリートに揃えるにはかなり苦労した。

そんな中でもレア度が高かったのが「アンジェリーナ」の初回盤である。
ファンやマニアには有名だが、「アンジェリーナ」にはジャケットが二種類あるのだ。
一般的に知られているのは、1stアルバム「BACK TO THE STREET」のジャケット写真の別テイクだろう。
90年に出た「MOTO Singles」のライナーで触れられるまで、ほとんど存在が知られていなかったと思う。
80年代はもちろん、90年代に入ってもそのデザインが出るようなことも無く、
幻に近いアイテムだったはずだ。

そんなものが突然目の前に現れたら…。

この初回盤を入手したのは、例えばセールやオークションなどでは無い。
佐野元春コーナーに入っていたと言うことでも無い。
良く「10枚で500円」のように、まとめて処分するようなコーナーが中古レコード店にあるが、
まさにそのようなコーナーにこれが混ざっていたのである。
僕はびっくりして興奮し、いくらで買ったのか、何処で見つけたのかをまったく憶えていない。
しかし、タダ同然の価格であったことは間違いない。

ジャケットはイメージの問題で差し替えられたようだ。
佐野元春の80年代のシングル盤はジャケットがすべてカッコイイ。
確かにそれらと比べると、これはまずい…。

いずれにせよ、貴重なレコードである。

ビートルズをつくった男 ブライアン・エプスタイン/レイ・コールマン

ロック史上最高のマネージャーと言われる男。ブライアン・エプスタインの伝記。

実はこの本、かなり昔に入手したのだが、何故か今まで読んでいなかったのだ。
約700ページにも及ぶ分厚い物語である。
買った当時、この厚さに嫌になって放っておいたのかもしれないな。


ビートルズのファンであれば、誰もが知っているエピソードが満載なのだが、
ブライアン・エプスタイン側から見て語られるので新鮮であった。

著者のレイ・コールマンは英のメロディ・メイカー誌の編集長を務めた男で、
ジョン・レノンやエリック・クラプトンの本も書いている。
実際にブライアン・エプスタインとも友人であり、ビートルズのツアーにも何度か同行したらしい。

ブライアン・エプスタインがビートルズのマネージャーということは知っていても、
それ以上の彼についてあまりつっこんだことは知られていないと思う。
耳たこであるビートルズとの出会いのエピソードと、せいぜいホモセクシュアルであったことくらいだろう。

残されているブライアン・エプスタインの映像を観ての僕のイメージは、まさにイギリス紳士である。
常にクールで目立たず、ビートルズの傍らに立っているという感じだ。
さぞ有能なマネージャーなんだろうなぁと思っていた。実際にそうだったんだろう。
しかしこの本を読むと、人に任すようなことはせず何でも自分でやりたがるといった面があったようだ。
いつも自信が無さそうで不安でビートルズ、
とりわけジョン・レノンに嫌われないようにしていたような節が強い。

また、ビートルズの成功で自信を持ったのか他のアーティストの売出しも手がけるが、
うまくいかなかった。
あまりにも同時に多くのアーティストを抱え込んだのが失敗だったようだ。
すべて一人で出来るわけが無い。
要するに「ビートルズのマネ-ジャー」という事実がマジックになっていたのだろう。
これはおそらくビートルズを成功させた彼ならば大丈夫だろうと言う幻想である。
いくら有能なマネージャーでも、アーティスト自身に才能と魅力が無いとダメだし、
ビートルズが売れたのだから、他のバンドやアーティストも売れるだろうなんてあり得ない。
勢いなんていうものは、たかが知れているのだ。

ただ、もし彼が部下をうまく動かせる人間であったら、ビートルズを中心にしたムーヴメント、
所謂リヴァプール・サウンドの中でもまた違ったシーンを生み出せていたかもしれない。
残念である。

肝心のビートルズとの関係も微妙である。
ビートルズはブライアンを信頼していたのか利用していたのか…。
実際のところは良くわからないのだが、彼ら五人にしか理解できない感情や繋がりがあったのだろう。
それだけはわかる…ような気がする。

ただし、そんな口が悪いビートルズ達が、いかにブライアンを信用していたのかということも、
この本にはしつこいくらいに書かれている。

それにしても彼がビートルズで成功したとき、まだ20代であったというのは驚く。
そしてこの世を去ったのが32歳。

結局、どうしようもなくなったときに彼が頼ったのがドラッグであった…
というのが悲しい結末に繋がってしまった。

ブライアン・エプスタインは、
「人生でいちばん幸せだったのは、シェア・スタジアムのステージ脇に立って、
ビートルズを観ていたときだ」と語っていたそうだ。
確かにあの映画では、ビートルズの演奏、興奮するファン、それらと同様に印象的だったのが、
誇らしげにビートルズやシェア・スタジアムを見回しながら立つブライアン・エプスタインの姿だった。

LUNATIC MENU/一風堂 -1982-

一風堂を知ったのは、やはり「すみれSeptember Love」だろうな。
82年、カネボウ化粧品のCMソングに使用され、大ヒットした。
あのTBS「ザ・ベストテン」に毎週出演していたんだから、そりゃ今考えると凄かったものだ。
でも、スタジオに来たことは一度も無かった…はず。すべてがロケだったように記憶する。
いや、ベストテン風に言えば中継。
それでもしっかりと出演していたのだ。土屋昌巳、さすがである。

まさに80年代前半のニュー・ウェイヴと呼ぶにはピッタリのサウンドのバンドであったと思う。
適度にテクノチックな点が時代の先を行っているようだったし、メロディはPOP過ぎるほどPOPだし、
土屋昌巳のヴォーカルも弱々しいところがまたいいし。

思えば江口寿史の「ストップ!!ひばりくん!」に取り上げられたりしていたのも、らしい出来事だった。
ひばりが文化祭で「ブラウン管の告白」を清志郎のような衣装で歌うのである。

久しぶり(実は久々どころでは無い)に一風堂のCDを聴いている。
ヒットした「すみれSeptember Love」が、今聴くと古くなってしまっていて、
「ラジオ・ファンタジー」など、
「すみれ~」に隠れたシングルが新鮮に聴こえるかな…なんて思ったのだが、
いやいやどうして、「すみれ~」がいちばんカッコよかった。これは今でもイケルだろう。

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LUNATIC MENU
LUNATIC MENU

当時から思っていたのだが、ギターが良いのである。まず音が良い。ストラトかな。
ファンキー?なカッティングと、流れるようなギター・ソロ。これは名演だろう。
さすがは後にJAPANのワールド・ツアーでギターを弾く男だ。

一風堂のように土屋昌巳自身が中心となったバンドよりも、
僕はプロデューサーやゲスト・ギタリストとしての彼の印象が強い。
特に彼がプロデュースした作品は、僕がフェイヴァリットに挙げるものが少なくない。
例えば、80年代のプロデュース作であれば、MODSの3rd「LOOK OUT」。名盤である。
ボウイ解散後の布袋寅泰のコンサートへギタリストとして参加したことも忘れられない。
そして僕自身が最高の仕事だと思っているBLANKEY JET CITYの2nd「BANG!」のプロデュース。
個人的にはこの三つが印象深い。

土屋昌巳は70年代後半、セックス・ピストルズに衝撃を受け、
所有していた1,000枚のレコードを50枚に整理し再出発を決意。そして一風堂を結成する。

僕はこの話が大好きだ。

今宵のBGMは一風堂のベスト・アルバム。
インストゥルメンタルの「LUNATIC GUITAR」が耳に心地よい秋の夜。

俺と悪魔のブルーズ/平本アキラ

かの伝説のブルース・マン、ロバート・ジョンソンの生涯をモチーフにした物語らしい。

僕は所謂「BLUES」についてはまったくの素人である。
好きなミュージシャンにはBLUES好きが多いし、実際にそんなレコードを何枚も聴いたし、
お気に入りの曲もいくつかある。
でも、やっぱり本物と呼ばれるものよりも、それを自身で解釈して表現した音楽のほうがしっくりする。
これはまったく個人的な好みなので、良いか悪いかでは無い。
いくら「クラプトンのブルースって、つまらないんだよね」みたいな声があるのを知っていても、
僕はエリック・クラプトンのブルース(と呼ばれるもの)が好きである。

こんなだから何かきっかけが無いと本物に触れる機会も無く、
ロバート・ジョンソンの「コンプリート・レコーディングス」を所有していても、
CDプレーヤーにセットされることはほとんど無いのが実情だ。

まず、このマンガも作者も僕は知らなかったので、これは変な先入観を持たずに読めるだろうと思った。
おそらくブルースの行き着くところであろうロバート・ジョンソンをモチーフにしているのならば、
マンガとはいえ僕のような者にも何かのきっかけになるかもしれないという、
何とも素直でなく捻くれた思いで読んだ。

監修をウエストロード・ブルースバンドの永井”ホトケ”隆がやっており、2巻のあとがきは鮎川誠である。
きっと今後もブルース好きなミュージシャンがあとがきを書いたりするだろう。

まだ2巻なので何とも言えないのだが、率直な感想は”面白い”。
ここで描かれている時代について詳しい人であれば、すぐにでもピンとくる内容が多いのだろうが、
その辺にまったく疎い僕でも引き込まれる。ロバート・ジョンソン周辺を勉強したくなった。
鮎川誠も書いているように、今後のストーリーがどのように展開していくのかが楽しみである。


※どう考えてもブルーズではなくブルースという表記が一般的だと思うので、
  記事ではブルースに統一しました。

Lightning Blues Guitar '05

残念ながら当日は観に行くことはできなかったが、9/18にNHK-BS2で放映されたのを観た。

まず、TVとはいえ編集とミックスがとても丁寧だったのが嬉しかった。
特に各ギタリスト達のギターの音である。
もちろん出している生音が良いのが大前提であるが、とても素晴らしい仕上がりであった。
これだけで最高である。

鮎川誠とChar、土屋公平による「サティスファクション」は、アンサンブルの崩れ具合もロックしていて◎。
これぞセッションという魅力溢れる演奏。

大村憲司に捧げられていた石田長生とCharによる「天国への扉」。
前回を観ていた人は泣くしかないではないか。

仲井戸麗市とCharによる「Feel Like Going Home」。
前回の「LOVE IN VAIN」もそうだったが、スローな曲でのCharをあまり聴いたことが無いので、
観る前は個人的にはどうかなと思っていたが…。
いやはや、最高でした。
Charのおさえ気味のギター・ソロにチャボのヴォーカルがとても似合っていた。

Char、チャボ、鮎川誠、石田長生、山岸潤史による「THE WEIGHT」。
石田長生の日本語詞によるこのカヴァーは、いつ聴いてもいい。

ラストの「GOING DOWN」ではズラーッとギタリストがステージ上に並ぶ。
一人ずつ順番にソロをとるのが圧巻。

番組のインタヴューで土屋公平は「これを観たらしばらくギターは聴きたくなくなる」みたいな事を言っていたが、
それどころか、ギターをもっともっと聴きたくなるイヴェントであった。

そして何といっても,「日本のロックの宝だ」とチャボに紹介され、
西慎嗣と土屋公平にはサラッと「もっと練習しろよ」と諭し、
「小学校のときにギターにしびれて、今でもしびれっぱなしだ」、「俺に敵はいない」と言い放つ、
竹中尚人ことChar。間違いなくこの日の主役である。
うーん、カッコイイ。

RETURN OF THE CHAMPIONS/QUEEN+PAUL RODGERS -2005-

QUEEN+PAUL RODGERSの「RETURN OF THE CHAMPIONS」を聴いた。


クイーン+ポール・ロジャース(2005-09-14)
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思えばポール・ロジャースをヴォーカルにしてツアーを行うと言うニュースを聞いたときの違和感。
そして、初日のセット・リストにフリーとバッド・カンパニーの曲が含まれていたのを見たときの違和感。
これをクイーンとして観られるだろうか、という偏見。
でも「何でポール・ロジャースなの?」と思ったのは、決して僕だけじゃないだろう。

そんな偏見をぶち壊すほどのクイーン魂というか、
フレディのソウルが乗り移ったというか、
ここでのポール・ロジャースには賛辞をおくりたい。
見事にクイーンとして鳴っている音は感動的である。
昨日も書いたが、本当に今から来日公演が待ちきれない。

ライヴの中盤、アコースティックのセットがある。
ここで「'39」と「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」を続けて演っているのだ。
これは古いファンには涙である。
だって順番は「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」「'39」と逆であったが、
「ライヴ・キラーズ」のSIDE-2を思い出すからだ。

「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」は観客の合唱が重なり、
思わず「ビューティフル!」とフレディがこぼす。
観客全員で歌うクイーンのライヴの定番曲である。
今回もそれが再現されており、ブライアンもつぶやくのだ「ビューティフル」と…。
皆さん、歌詞をちゃんと憶えて行きましょう。そして歌いましょう。

感動したので「ライヴ・キラーズ」も聴いたのだが、あぁ…火に油であった。

「'39」は、レコードではブライアンのヴォーカルだが、
実はライヴではフレディがヴォーカルをとっていたのは知っているだろうか?
「ライヴ・キラーズ」では、この曲の前でブライアンによるメンバー紹介が収録されている。
ロジャー、ジョン、そしてフレディを紹介し、
アコースティック・ギターのイントロをぶちかますブライアン。
そしてフレディのヴォーカルが「時代は39年…」と歌いだす。
四人が並んでこの曲を演奏しているところを想像しただけで、涙腺が緩む。

フレディとジョンがいなくても、これはクイーンである。
観に行かないと絶対に後悔するぞ。

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チケットGET術

最近のコンサートでチケットが取れて嬉しかったのは、
この秋に来日するQUEEN+PAUL RODGERSである。
今から本当に待ちきれない。
某サイトのプレ・オーダーに申し込んで取れたのだ。
ご存知だろうが、プレ・オーダーというのは抽選予約である。
外れたら一般発売で取らなければならない。
過去、何度もこれで酷い目にあったが、今回は何となく大丈夫な気がしていたんだよなぁ。
良かった良かった。

さて、皆さんも観たいライヴ、コンサートのチケットを取るのに苦労した経験があると思います。

僕が洋楽に目覚めた70年代は、徹夜でプレイガイドに並ぶか電話で取るしかなかったと思う。
これは80年代になっても、ずーっとそうだったように記憶する。

とにかく繋がらないんだよね、電話。
公衆電話だと繋がりやすいとか、嘘か本当かわからない話もいっぱいあった。
それでも、僕は観たいライヴはかなりの確率で電話が繋がった。
僕は無心でかけると繋がるようだ。

例えば、そんな中で思い出深いのは、ジョージ・ハリスンだ。
エリック・クラプトン・バンドとの来日である。
これは仕事中に突然思い立ち、電話をしたのである。そうしたら繋がったのだ。
あまりにびっくりして、近くにいた同僚にも声をかけ、四人分のチケットを取った。
今ではめちゃくちゃ貴重なライヴとなった来日公演であるので、
これは本当に観ることができて良かった。
次にブルース・スプリングスティーン初来日である。
これは電話をかけ始めて8分で繋がったのだ。
これはめちゃくちゃ嬉しかったのを憶えている。ブルースに会えると思うと興奮した。
電話でGETしたもので印象に残っているのはこの二つだ。

次にこれまた定番である徹夜で並んで手に入れたもの。
これはローリング・ストーンズ初来日公演である。
新宿に確か8時頃から並んだ。
この時は他にもいくつか整理券を発行する窓口はあったと思う。
その中でもアルタ前は絶対に込むと予想し、
僕たちは南口、今のフラッグスがある辺りに目をつけた。
案の定、空いていた。しかし僕らは2番目であった。
僕らより先に陣取っていたのは、名古屋から来た女の子二人連れだった。

とにかく寒かった。真冬だもんね。
新宿の街はダンボールが簡単に手に入ったから、
それをたくさん持ってきて風除けにして過ごしたんだよなぁ。
ダンボールは結構あったかいと言うことをあの時に知りました。

この時は、まずは僕ら四人で徹夜をして朝まで順番待ちをする。
そして早朝、始発で別の友人達に来てもらい、
そこでメンバー・チェンジをするという予定を組んだ。
前日から早朝までと、早朝から整理券発行までの二班に分けたのだ。
一人数枚の整理券が取れたと思う。おかげでかなりの枚数が取れることとなった。
その中で、実際に並んだ僕らが優先して良い席のチケットを分けあい、
残りを友人達に売った。

これ以外のGET術となると、まぁファン・クラブ経由がある。
これは確実に取れるので術とは言えないが。
僕はRCサクセション、忌野清志郎、仲井戸麗市のファン・クラブしか入ったことが無い。
しかし、それで数多くの彼らのライヴを体験できたのだから、これはこれで良かった。

後は、知り合いがチケット関係の会社にいる場合などという卑怯なものがある。
僕はこれでピンク・フロイドを取ってもらった。ギルモアのフロイドである。
武道館のアリーナ、ど真ん中という最高の席だった。
観るだけでなく、その音も堪能できた良い席だった。

友人や知人が買ったチケットが余ってまわってくるというケースもある。
僕はこれでジャクソン・ブラウンを観た。
初めて観た外タレ(死語?)なので、強く印象に残っている。
カシオペアなんかもこれで観にいったなぁ。松田聖子も行ったわ…。
ニュアンスは少し違うが、あのRCサクセションの久保講堂も、これに似たケースだった。

招待券なんていうのもあるよね。
別に行きたくないライヴでも、タダだから行こうと言うもの。
そんな代表が44マグナム。招待券じゃなければ絶対に行かないもん。
でも、大好きなバンドの招待券が手に入るというケースもあった。
子供ばんど、ARB、ストリート・スライダーズ、エレファントカシマシなんかもタダで観たことがある。

ただ、いまだに一度もチケットを取ることができないアーティストがいる。
中島みゆきだ。
コンサート自体がレアだし、夜会に至っては超プラチナ・チケットだ。
ファン・クラブに入る以外、無理かな。

さて、最後にビートルズ・ネタを。
66年の来日公演チケットが抽選だったのは有名だが、他にもいろいろな便乗があったという。

いちばん多かったのが、
「○○を買うと、チケットが抽選で当る応募券がもらえる」というものだったようだ。
○○に当てはまるものは靴、ビートルズのLP、歯磨き製品、
フランス・ギャルのライヴ・チケット等々。
しかし、これで抽選に当った人は何人だったのだろう。
また、これは今でもあるが、「チケット込みのツアー・パック」もあったそうだ。
北海道、大阪、九州からビートルズを観に行く旅というもの。
これは抽選ではなく確実にチケットが手に入ったので、利用した東京に住むファンもいたそうだ。
東京から大阪まで新幹線で行き、大阪から飛行機で東京にビートルズを観に行ったらしい。

しかし、かの名著「ビートルズ・レポート」によれば、
ここまで貴重なチケットだったはずなのに、
最終的に1万枚も余っていた…と書かれているのだ。
本当に行きたかったファンの手には、この1万枚は届かなかったのだ。
これを読むと本当に怒りを覚える。

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ビートルズなんてジョンでもポールでもどっちでもよかったんだ

トリビアの泉でジョン・レノンが取り上げられていた。

   ”ジョンとヨーコがお互いの名前を22分間呼び合うだけのCDがある”

それにしても、こう文章にすると、だから何なんだよって感じだよな。

この曲?は、ファンには有名な「WEDDING ALBUM」に収録されている「JOHN & YOKO」である。
番組では実際にこのCDがかかり、思い切り笑われていた。
ベッキーは「こんなにテンションが高いジョン・レノンは初めて。
もっとクールなイメージだったのに」と言っていた…。

いや、ここでは番組に対して文句を言いたいわけではない。
実は番組中でジョン・レノンを紹介するときに、こういうアナウンスがあったのだ。

 ジョン・レノンといえば、「レット・イット・ビー」や「イエスタデイ」などのヒット曲を持つ、
 ビートルズのメンバーで有名であるが云々…

結局、ビートルズというのは今でも、
そしてきっとこれからもずっとポール・マッカートニーなのだろうな、と思ったのだ。

例えば、次の問題。

「ビートルズを、その曲を使って人に紹介するときに、ポールではなくジョンの曲を使用して説明せよ」

ビートルズといえば、
「愛こそはすべて」や「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」などのヒット曲を持つ…
ビートルズといえば、
「ヘルプ!」や「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」などのヒット曲を持つ…
ビートルズといえば、
「アイ・フィール・ファイン」や「デイ・トリッパー」などのヒット曲を持つ…

どうだろうか。

それでは、「イエスタデイ」や「レット・イット・ビー」以外のポールの曲でやってみよう。

ビートルズといえば、
「ヘイ・ジュード」や「ハロー・グッドバイ」などのヒット曲を持つ…
ビートルズといえば、
「レディ・マドンナ」や「ゲット・バック」などのヒット曲を持つ…
ビートルズといえば、
「キャント・バイ・ミー・ラヴ」や「ペイパーバック・ライター」などのヒット曲を持つ…

決して万人が知るようなメジャーでは無いシングル曲を挙げても、
それがポールの作品であれば、ジョンのそれよりは受け入れられそうな気がするのは僕だけか。

難しい問題だし、だからと言ってどうだってことも無いのだが。

以前、全曲というわけでは無かったと思うが、
ポールは曲のクレジットを、
レノン=マッカートニーからマッカートニー=レノンにしたがっているという話があった。
しかし、そんなことをしなくても良いではないか。

ビートルズ=ポール・マッカートニーというイメージは、
どうしたって世界中で共通だと思うからねぇ。

ちなみに80年12月、ジョンが射殺されたことを伝えるニュース。
「それではビートルズ時代のジョン・レノンの歌をお聴きください」とか何とかキャスターが言った後、
そのニュースで流れたのは「レット・イット・ビー」だった。
間違いなく「レット・イット・ビー」であった。
僕はこれを実際に観たのである。

※記事のタイトルは、
  92年に仲井戸麗市が出した初のエッセイ集”だんだんわかった”に収録されている、
  「六十四年型タイプライター」という一遍からの一節です。

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GOTTA!忌野清志郎/連野城太郎

内容が暴露的な面があったからか、発売後すぐに書店から消えた本である。
しかし、しばらくして多少レイアウトの変更があったが、めでたく再発されたという経緯がある。
当時、この件については語られることはなかったので、実際はどういうことだったのかは不明だ。

連野 城太郎
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一応、清志郎の自伝という形式の本だが、インタヴューをそれ風にまとめたもの。
ただし、実際にどこまで清志郎が話し、
どこまでチェックを入れたのかは僕としては?である。
著者である連野氏は清志郎に近い人物であったため、
僕はかなりの主観が入っていると想像するからだ。

とは言っても、
現在の清志郎やRCに関する記事はここに掲載されたエピソードが引用されたりするし、
また事実として認識されていることも多いので、ファンの間ではこの本の信用は高いのだろう。

個人的には80年の「RHAPSODY」以降よりも、それに至るまでが興味深い。
特にオリジナル・メンバーでのアマチュア時代や、
デビュー前後が語られるくだりは引き込まれる。
メンバー以外の友人、三浦友和や日隈との日々。
高校時代のヤング720出演からプロへ。
ホリプロとのトラブルと「シングル・マン」のレコーディング。
春日博文、新井田耕造、仲井戸麗市、小川銀次がメンバーになっていく様子…。

特に僕がこの本で好きなのは80年2月、
渋谷公会堂でのバウワウ、シーナ&ロケッツとのジョイント・ライヴ、
この時の盛り上がりが書かれたところだ。
バンドをやっている人なら、誰もが読んでワクワクすると思う。

これは伝説の屋根裏四日間と、久保講堂の間に行われたライヴである。
僕は観ていないが、ライヴがあったことはハッキリと憶えている。
また、当時は公園通り音楽祭という企画があり、ここにもRCは出演した。
久保講堂と同じ80年4月である。
80年のこの時期に行われた屋根裏(1月)、渋谷公会堂(2月)、久保講堂(4月)、
公園通り音楽祭渋谷公会堂(4月)…。これらのライヴは、今ではすべてが伝説であろう。

また、この本で語られているRCサクセションについては、
あくまでも清志郎の目から見た姿であって、
チャボはもちろん、オリジナル・メンバーのリンコさんの臭いもまったくしない。
清志郎と連野氏によって語られたRCサクセションであるということを、
僕は常に認識しておきたい。

ただし清志郎自身に関する話はかなりきわどいところまで書かれているので、
ある意味でショッキングであった。
もちろん楽しいエピソードもたくさんなのだが、衝撃の事実的な側面は強い。

いずれにせよ、RCサクセションと忌野清志郎のファンならば、
必ず読んでおきたい一冊である。

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さよならホテル・カリフォルニア/水上はるこ

水上はるこさんと言えば「ミュージック・ライフ」の編集長。
そして雑誌「ジャム」を創刊した人として知られているだろう。
その水上さんが70年代に「ミュージック・ライフ」「ジャム」で発表した記事を中心にした本である。
90%が当時のパンク、ニュー・ウェイヴ系のアーティストへのインタヴューだ。

水上 はるこ
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まずはイギリス勢。
クラッシュのジョー・ストラマーとポール・シムノン。PILのジョニー・ライドン。
ストラングラーズのジャン・ジャック・バーネル、ヒュー・コーンウェル。
その他にはイアン・デュリー、U2、ロバート・パーマー、デヴィッド・ボウイ、ロン・ウッド等々。
インタヴュー以外ではクラッシュの来日公演についての記事も興味深い。

しかし、何といっても凄いのは、
シド・ヴィシャスとナンシー・スパンゲンにインタヴューしていることだ。
いきなり「食事に連れていってくれるならインタヴューに答えてもいいぜ」というシドである。
インタヴュー冒頭。水上さんが日本語で話すのを聞いたシド&ナンシーはこう言う。

  「今度日本語で何か言ったら殺すぜ」
  「あたしたちがヘロイン中毒だなんて書いたら殺すわよ」

日本人でシド&ナンシーにインタヴューしたのは水上さん以外にいるのだろうか。

アメリカ勢も錚々たるメンツである。
パティ・スミス、デヴィッド・ヨハンセン、ジョニー・サンダースに交じり、
リック・ニールセンなんかも顔を出す。そしてブルース・スプリングスティーン。

ここでも凄いエピソードが書かれている。
何と水上さんはパティ・スミスと同じアパートで暮らしていたというのだ。
パティがブルー・オイスター・カルトのアラン・レイニアーと別れ、
テレヴィジョンのトム・ヴァーレインと付き合いだした頃らしい。物凄い体験であろう。

こんな人が、当時のパティ・スミス周辺のニューヨーク・シーンを描くのだから、
それはリアルである。
単にライヴを観に行ってきましたというのとはわけが違うのだ。

それぞれの記事やインタヴューは短いので、ひとつひとつを取ればもの足りないのだが、
まとめて一冊を読むとなかなかのボリュームである。
ここに載っているミュージシャン達の現在は、書かれている当時とはほとんど違うところにいる。
シド&ナンシー、イアン・デュリー、ロバート・パーマー、ジョニー・サンダースは死んでしまった。

70年代後半のパンク・ムーヴメントをリアル・タイムで体験した僕であるが、
それは日本で、である。
よって、ここで描かれている事は、到底水上さんと同じように感じ取ることができないだろうが、
独特な時代だったのだということは、今になるとハッキリとわかる…ような気がする。

このように音以外で残されたのは、実に貴重であろう。

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不思議なレコード

76年に発売されたビートルズの編集盤「ロックン・ロール・ミュージック」。
アナログで2枚組である。
当時、ビートルズの国内盤の2枚組は4,700円。
とても小、中学生が買える代物ではない。
だから僕は輸入盤を買った。

ビートルズに限らず、10代に買ったロックのレコードはほとんど輸入盤だった。
それでも英盤は高価だったので、米盤中心になる。
この「ロックン・ロール・ミュージック」も、そういう中の1枚であった。

ここで画像を見てもらいたい。
ジャケットと、レコード2枚を並べたて写したものだが、何かがおかしいと思わないだろうか。

…。

2枚組である。
A面からD面、またはSIDE-1からSIDE-4であるのが一般的だろう。
おわかりだろうか。

2枚組のレコードを同時に並べているのである。
SIDE-1とSIDE-2のレーベルが同時に見られるわけがないではないか!

このレコードは不思議なことに、
SIDE-1の裏がSIDE-4、SIDE-2の裏がSIDE-3になっているのだ。
レーベルの不良ではない。
ちゃんと盤面もそれと同じく曲が収録されている。

当時の僕は、別に収録曲がおかしかったわけではないので、
特に違和感を感じずに聴いていた。
こういったケースは他にも見られるものなのか、それとも珍しいものなのかはわからない。
調べた事も無い。単なるプレスのミスかもしれないし。

最近はアナログを引っ張り出して聴いているので、いろいろなことを思い出す。
今回のネタも、十数年忘れていたことだ。

アナログって面白い。

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仲井戸CHABO麗市[THE Duet] 2005.9.7 ティアラこうとう

まずは驚いた。
つい二日前に「ストーンズのOUT OF TIMEを演ってほしい」と書いたが、
本当に演ってくれたのである。
しかも、チャボのあの独特な日本語の歌詞で。
「ブライアン・ジョーンズが弾いた楽器、
マリンバを聴いたのがこの曲、OUT OF TIME」と歌ってくれた。
これだけでチケット代の価値があった。この1曲は、心の底から嬉しかった。

1回目のチェロと2回目のペダル・スティール・ギターとのライヴは事前に何となく想像できたが、
今回のマリンバは、どんな感じになるのか、なかなかイメージが沸かなかった。
会場に入り、まずステージを見て驚く。ほとんどステージ上をマリンバが専有している。
こんなに大きいとは…。

新谷祥子さんというミュージシャン。
パーカッショニストとして、主にマリンバ演奏において活動云々という方だ。
よく見ると、マリンバの左右にいろいろな楽器がセッティングされている。
もう、あれこれ想像してもしょうがない。
これはアタマの中を真っ白にしてライヴに臨もうと思った。

オープニング。演奏ではなく、いきなりチャボがしゃべりだす。
これは意外だったが、入りとしては良かったと思う。リラックスできた。
簡単に新谷さんが紹介されて登場。最初から二人でライヴがスタートした。

印象に残った曲をピックアップしてみる。

1曲目は何とRCサクセション・ナンバー「うぐいす」だった。そして「ホームタウン」と続く。
90年に発表されたこの冒頭の2曲の流れはとても素敵だった。
「ホームタウン」は新たな解釈で演奏され、印象がかなり変っていた。

前述したロ-リング・ストーンズの「OUT OF TIME」。
ブライアン・ジョーンズが叩いたあのフレーズ。
チャボは高校当時、ギターで奏でていたようだが「本物のマリンバで演れた!」と嬉しそうだった。
この曲のリハは本当に楽しかっただろうなぁ。目に浮かぶ。

久々に演ってくれた「L・O・V・E」と「特別な夏」。
こういった曲にはマリンバの音色がとても合う。
ちなみに、
「L・O・V・E」は新谷さんのお子さん(ジュリアスという名前で10月9日生まれ!)に捧げていた。
「特別な夏」は前回の夏をイメージしたライヴで聴きたかった曲なので、嬉しかった。

恒例のポエトリー・リーディング。
今回も「だんだんわかった」からのチョイス、歌詞、新たに作ったもの、の三つのパターンだった。
白眉だったのは「STONE」。
これを朗読するときのチャボはいつも独特なのだが、
激しいパーカッションだけでバックをつけた新谷さんが最高だった。
ブライアン・ジョーンズに聴かせたい。

それにしても新谷さんは素晴らしかった。
巧みにマリンバを叩き、パーカッションを操る。
優しさと強さ、その表現力、数曲で披露したヴォイス…。完全に目と耳を奪われる。
演奏中の彼女はワイルドであるが、美しい。
視覚的にもとても素敵なミュージシャンである。カッコよかった。
しかも、曲が終わるたびに見せてくれた笑顔がとてもチャーミングで、
そのギャップがまた良かった。

ステージでは「静の仲井戸麗市、動の新谷祥子」であり、
曲によってはチャボ、完全に食われていたよ。

僕は、今回のDuetがいちばん良かったと思う。
音楽的にも楽器的にも、そしてミュージシャン同士の相性としても、
おそらくベスト・マッチだったのだろう。
チャボも新谷さんも、お互いが主張するところはもちろんあるのだが、それのバランスが良かった。
チャボが押すと新谷さんが引き、新谷さんが走るとチャボが止まるのである。
しかも、それが自然な感じであった。

これでTHE Duetは一段落だが、とても良い企画だった。是非、続けて欲しい。
僕は3回とも初日に行った。
今日チャボは「初日は嫌い」と言っていたが、僕は好きである。
前日のやり直しと言うことが無いので、まさに一発勝負。緊張感があると思うからだ。
例え出来がよくなかったとしても、それを込みで楽しんでいる。

10月には三人のミュージシャンとの共演が再び観られるぞ。
楽しみだ。

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サティスファクション/ローリング・ストーンズ -1965-

ローリング・ストーンズの新譜が発売された。僕も聴いた。良かった。

しかし、現在のあちこちで話題になっている状態を見ると、
あえてそれ以外の話題に触れたくなるという、
良くない(けれど、自分では好きな)性格をしているのが僕である。
よって、ストーンズ・モードになっているのだが、今回も新譜以外のストーンズ・ネタ。
といっても、マニアックなストーンズ・ファンの方々はとっくにご存知の有名なモノであろう。

新譜に引っ張られ、昔のストーンズ、最近は特に60年代を聴いている。
60年代のアルバム、CDではコンプリートで所有していないので、例えばLPやシングルといった、
アナログ・レコードもターン・テーブルに乗せて楽しんでいる。
中には数年ぶりに針を落とすレコードなんかもあり、レコード盤も驚いていることだろう。

さて、そんな中の1枚に「サティスファクション」のシングルがあった。
これは日本での初版シングルである。
「おぉ!久しぶりだなぁ」と旧友に出会った気分になったので、せっかくだから聴くことにした。

もう身体で覚えちゃっているような曲である。だから、聴くというよりも流すといった感覚だ。
「サティスファクション」が流れる部屋で、僕は他のことに集中する…あれ?

曲が終わると軽い違和感…。
最初はそれが何だかわからなかった。
とりあえず、歌詞カード、ライナーを見てみる。
特におかしいところは無い…と思う。
それどころか、当時は「キースではなく、ケイスと表記されていたんだなぁ」とか、
「ブライアン・ジョーンズがリード・ギターだったのかぁ」とか、時代が感じられて楽しい。

そんなライナーを読みながら繰り返し「サティスファクション」をかけていたが、
やはり変だ。何だ?

シングル盤というのは、例えばオリジナルが長いヴァージョンの場合、
編集でシングル・サイズにすることがある。
実はこの「サティスファクション」もそうだったのだ。

ライナーの歌詞はフルに書かれているが、実際には短く編集されていたのだ。
それも、丸々2ndヴァースがカットされている。

  ”when i'm watching my TV,~”

ここから始まる部分が完全にカットである。結構大胆な編集をしたんだなぁ。
歌詞を追いながら聴いていればすぐに気付いたのだろうが、
部屋に流すという感覚だったので、違和感を感じたが、気付くのが遅れたのだ。
タイムをはかったわけではないが、
3分47秒と表記されている時間も、これより短いかもしれない。

以前、熱中してレコード収集をしていたときに入手した1枚だ。
日本での初版といっても、そんなに高価なレコードでは無い。
当時は買っただけで聴いていないので、ここで初めて気付いたわけだ。

大したことはないが、僕には発見だった。
そりゃ資料を見れば、
ヴァージョン違いや別編集などの項に大きく載っているようなネタだと思うが、
今更ながら自分で見つけたということが、ちょっと嬉しかったのだ。

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AFTERMATH/ROLLING STONES -1966-

5月から始まったライヴ企画、仲井戸麗市の[THE Duet]。
5月はチェロ、7月はペダル・スティール・ギターときて、
9月のお相手はマリンバ奏者の新谷祥子さんだ。
チャボのギターとマリンバがどう絡むのか、今から大変楽しみである。

さて、マリンバという楽器。実は通なロック・ファンであれば、
決して意外な組み合わせには感じない。
それはこのアルバムがあったからだ。
「AFTERMATH」。ストーンズ、イギリスでの4枚目である。

それにしても、リアル・タイムでこれを聴いた人達は、この音を当時どう感じたのだろうか。
僕が聴いたのは80年代半ばだから、実に発表から20年後である。
その時にはギターの音がほとんど聴こえず(というか、印象に残らず)、
やたらミックのヴォーカルがでかいなぁ、リズム隊が軽いなぁ、という印象であった。
しかし同時に、「いい曲が多いなぁ」とも感じていた。

久しぶりに、本当に久々にこのアルバムを引っ張り出して聴いている。
そのサウンドが初めて聴いたときの印象とあまり変らないことに驚くが、
とてもいいアルバムである。
今更この名盤に対して何を言っているんだぁ!と怒られそうだが、
物凄くいいアルバムである。

そしてとっくに気付いていたのだが、ギターの音が聴こえないのではないのだ。
ギター以外の楽器の音が素敵なのだ。

60年代ストーンズの三大バラードのひとつ「LADY JANE」でのダルシマー。
「UNDER MY THUMB」と「OUT OF TIME」でのマリンバ。
「TAKE IT OR LEAVE IT」でのハープシコード。
そして、これらの楽器を演奏しているのがブライアン・ジョーンズである。

ブライアンがもうこの世にいないからということもあるのだろう、
彼が奏でるフレーズはとても切なく聴こえるし、曲自体もスウィートである。
一般的なストーンズのイメージでは無いメロディアスな名曲達だ。

チャボは高校時代、バンドで「OUT OF TIME」を演っていたという。
これは是非、[Duet]で披露してほしい。
チャボのあの日本語の歌詞で、新谷さんのマリンバで、是非演ってもらいたい。

60年代のストーンズの写真を観ると、
ブライアン・ジョーンズだけが他の4人とは何かが、そしてどこかが違っているものが多い。
例えばそれは服装のように誰が見てもわかりやすいものもあるが、
後年、チャボが著書である「だんだんわかった」で発表した「STONE」にあるように、
やはりブライアンの”かまえ”なんだろう。

「AFTERMATH」のイギリス盤のジャケットも、まさにそれだ。
キース、ミック、ビル、そしてチャーリーの4人はカメラ目線。
しかし、ブライアンだけは目線を外しているのである。

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小川銀次/RCサクセション

僕がRCサクセションを知ったのは79年の暮れだ。
よって、オリジナルの三人の時代や、
アルバム「シングル・マン」前後の時代はリアル・タイムでは無い。
このことが前提だが、どうしても書いておきたいことがある。
いつにしようかタイミングをはかっていたのだが、
10月に「ラプソディー・ネイキッド」が発売されるので今しか無いと思い、
当時の僕が感じていたままに書いてみる。

小川銀次。
RCサクセション在籍時の彼について、である。
そして、彼が在籍していたRCについて、でもある。

公式サイトによれば、RCサクセションには2年間在籍していたようであるが、
実際は1年間くらいでは無いか。
僕が彼の在籍時のRCを観て聴いたものは、まずはアルバム「RHAPSODY」。
そしていくつかのTV番組とラジオである。
ライヴは80年久保講堂のみ。たったこれだけだ。
そんな短い期間の在籍であったが、
彼がRCや当時のファンに与えたものは少なくないと思う。

現在、ネットや雑誌などを見ていても、銀次のことを好意的に書いてあるものは少ない。
浮いている、RCには合っていない、といった意見が大半である。
要するに、彼のギターがRCにはいらないという判断だ。

僕は声を大にして言いたい。
まったくそんな声は、80年当時は無かった(と思う。ファンの間では)。

もしかしたら、オリジナルの三人の時代の頃から好きなファンは、
当時からそう感じていたかもしれない。
でも、もしそうだとしても、それは銀次が云々ではなく、RC自体の問題である。

アルバム「RHAPSODY」が発売される直前までのRCサクセションは、
小川銀次は正式なメンバーである。
あの五人がRCサクセションであり、
あのメンバーで出す音がRCサクセションであったのだ。
浮いているとか、合っていないなどと思うわけが無い。
それどころか、僕は銀次が脱退した後のRCにこそ、
違和感を感じていたものである。

当時は、チャボさえ影響を受けていたと思う。
チャボのギターがギンギンに歪んでいるのは、
銀次が在籍していた頃だけである。

とにかくカッコ良かった。凄かった。
「よォーこそ」でのギター・ソロと、その直前に入るアドリヴ。
「ラプソディー」でのメロディアスなギター・ソロ。
「ブン・ブン・ブン」でのストラトのトレモロ・アームを使用してのトリッキーなプレイ。
「SWEET SOUL MUSIC」でのネバッこいバッキング。
「ステップ!」の後半に延々と続くギター・ソロ等々。

そして何と言っても白眉なのは「スローバラード」でのプレイだ。
曲の合間のセンス抜群のバイオリン奏法。
イントロ、間奏、エンディングでの泣きのギター・ソロ。
彼は24フレットあるギターを使用していたのだが、
その24フレットをフルに使ってのソロは本当に素晴らしかった。

当時の僕は、もちろんこのメンバーでRCは続いていくと思っていた。
しかし久保講堂から2ヵ月後の80年の6月。
晴海で行われたオール・ナイト・ロック・ショーにRCを観に行ったのだが、
既に銀次は脱退していた…。

例えば、現在でも60年代のローリング・ストーンズを語る場合。
ブライアン・ジョーンズを無視することは絶対にあり得ない。
同じような理由で80年前後のRCサクセションを語る場合、
小川銀次を無視しないで欲しいと思う。

銀次脱退後のGee2wo(当時はゴンタ2号が一般的か)と、
生活向上委員会が参加したRCは素晴らしい。
しかし、銀次がメンバーだったRCも、
僕にとっては素晴らしかったのは事実なのである。

この1枚 80年 NHK-FM サウンドストリートでオンエアされたスタジオ・ライヴ

RCサクセションでの銀次のプレイが聴けるのは「RHAPSODY」しか無い。
あとは、いくつかのシングルにクレジットがあるが、
実際にプレイしているかどうかは不明である。
久保講堂やファイティング80'Sでの映像もあるが、
資料的価値以外、特にお薦めできるものでは無い。

だから、どうしても探し出して聴いて欲しいものが、
このラジオでオンエアされた音源である。
火曜日、森永博志さんがDJだった。
収録とオンエアは久保講堂前である。
ここでのRCサクセションのライヴは、僕の個人的BESTだ。
公式で出ているすべてのライヴ盤を軽く凌駕する。
どれよりも素晴らしい。これは言い過ぎでは無いと思う。

ギタリストが二人いる五人のRCサクセションの演奏として、
これは最高のものだろう。
またまたストーンズを例にあげるが、
ミック・テイラー期の最高のライヴを捉えたものはブートレグでしか聴けない。
これと同じように、銀次期のRCの最高のライヴも、
このブートレグ?でしか聴くことができない。
よって、銀次のプレイをたっぷりと堪能できるぞ。

RCの初期の代表曲がギター2本でハードにアレンジされているので、
すべてが必聴だ。
特にここでの「SWEET SOUL MUSIC」を聴くと、
後のアレンジがまったく軽く聴こえてしまうほどだ。
ミディアム・テンポでギター2本の絡みにより、
粘っこく展開するこのアレンジはカッコイイ。最高である。

「ステップ!」のライヴ・ヴァージョンは公式にはほとんど無いので、
ここでの演奏は貴重かつ必聴。
銀次のギター全開である。
間奏も凄いのだが、後半に延々と続くギター・ソロを聴いて欲しい。
ほとんどアドリヴなのだろうが、だからこそスリリング。
しかもメロディアス。感動的である。

そして「スローバラード」。
現在では、銀次在籍時のこの曲の映像をいくつか観ることができるが、
それらでのプレイはアドリヴ色が強すぎて、
今ひとつである(ここいらが嫌われる要因でもあるのだろう)。
しかし、ここでのプレイはアドリヴではなく、まるで計算されたソロように聴こえるのだ。
「ステップ!」もそうなのだが、
このライヴの銀次が凄いと思うのはギターが歌っているのである。
「スローバラード」のギター・ソロは、涙が出るほどに美しいといっても過言では無い。

このライヴの最後、「雨あがりの夜空に」が終わると、
アンコールを求める観客の手拍子が鳴り響くのであるが、
ある女性ファンの「歌い続けて!」という一言が収録されている。
これがまたいいのだ。

何だか「必聴、凄い、最高」ばかりになってしまったが、本当にそうなのだ。
この音源、公式にリリースされないものだろうか。

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I WISH I WAS IN NEW ORLEANS/TOM WAITS fromSMALL CHANGE -1976-

もうあまりにも昔のことで、それがいつ頃かは記憶に無い。
まちがいなく80年代だろう。
ARBの石橋凌がゲストで出演していたFMラジオ番組だった。
トークが主なものであったと思う。
もちろん曲もいろいろとかけたのだろうが、何がかかったのかもまったく憶えていない。

そして番組のラスト、ギターの弾き語りで凌がある曲を歌ったのである。
それがトム・ウェイツの「想い出のニューオリンズ」だった。

凌がトム・ウェイツの「スモール・チェンジ」をフェイヴァリットにしているのを、
僕は何かの本で知っていた。
ただし、その時点では聴いたことが無かったアーティストである。
「想い出のニューオリンズ」が「スモール・チェンジ」収録曲だと知るのも、もっと後のことだ。

トム・ウェイツ(1998-05-25)
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トム・ウェイツの「スモール・チェンジ」を買ったのは、渋谷のタワー・レコード。
もちろんアナログだ。
きっかけはやはりラジオでの弾き語りだったハズだ。
単純に「いい曲だなぁ」と思って、チェックしていたのだろう。
そして収録されているアルバムを買ったのだろう。
一緒に買ったのがドアーズの「ソフト・パレード」だったのを憶えている。

アルバムは美しいストリングスから始まる。
後にロッド・スチュワートがカヴァーした「トム・トルバーツ・ブルース」。
このアルバムはバラードが絶品だ。そして「想い出のニューオリンズ」。

   ”酒と音楽で溢れているニューオリンズに行きてぇなぁ。いつかきっと行ってやる”

トム・ウェイツがそう歌ったニューオリンズが、
ハリケーン「カトリーナ」により、その街の大部分が水没した。
ここ日本にいて、パソコンの前にいる僕には想像ができない状況である。
何もできない。
そして、あのファッツ・ドミノやアラン・トゥーサン行方不明のニュースも…。
ファッツ・ドミノは生存が確認されたようだが、ニューオリンズのミュージシャン達が心配である。
自然災害は本当に恐ろしい。

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九月になったのに/RCサクセション from 楽しい夕に -1972-

会社の帰りに新宿のタワー・レコードへ行った。
ブルース・スプリングスティーンの紙ジャケット第三弾発売分を買うのが目的だったが、
ローリング・ストーンズの新譜がどのくらい盛り上がっているのかも、この目で見たかったのだ。

僕は勝手に店内のBGMはストーンズがガンガンかかっているのを想像していたのだが、
まったくそんなことは無かった。
だいいち、国内盤しか発売になっていないので、タワーでさえ盛り上げようが無いのである。
今の時代じゃ旧譜もバッチリと揃えて大きく展示するなんてことは、どこの店舗もしないだろうから、
寂しいもんであった。とりあえず今ある在庫を寄せ集めていると言う悲しい状態である。
試聴機の横には映像モニターがあったのだが、何故か流しているのはハイド・パークである。
最新映像を流さないでどうすんのよ…。

しかし、どうして国内盤が早いのだろう。
ビートルズの「レット・イット・ビー・ネイキッド」のときと同じ理由だろうか。
あの時は国内盤がCCCDだった。
最悪の評判だった。
よって、輸入盤が早いと誰も国内盤を買わなくなるので、先行発売ということになったのだろうし。
今回のストーンズの国内盤はセキュアCDというわけがわからないものなので、
やはり同じ理由としか思えない。
セキュアCDの評判はどうなんだ?
CCCD、セキュアCDの次は、いったいどんなメディアを作るんだろう?

九月になったのに大嫌いな夏が続いているが、さすがに勢いは無くなってきたようだ。
まだまだ暑いが、確実に一段落したような気がする。
これから涼しくなるぞ。
秋が待ち遠しいなぁ。
心地よい風が吹く十月も近い。

ねぇ、そちらはどうですか?
ねぇ、君はどうですか?
そちらも九月になりましたか?
九月はまだですか?


RCサクセション(1998-12-09)
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日比谷野外大音楽堂 その個人的追憶

80年代からほとんど毎年、夏には足を運んでいた日比谷野外大音楽堂であるが、
今年2005年の夏は一度も足を運ばなかった。こんな年は初めてかもしれない。

僕が大好きな、そして大好きだったロック・コンサートが行われる会場はたくさんある。
そんな中でも、日比谷野音は本当に大好きだったし、今も大好きな会場である。

80年代前半当時の野音は石でできた席で、イスと言えるようなものでは無かった。
しかも、席の間には木が生えており、場所によってはそれでステージが見えないのであった。
イスが置かれていたのはステージ前のブロックだけであった(と思う)。
だから、ライヴが始まれば客が前に押しかけるなんて日常茶飯事だった。
実にいい会場だった。

初めて野音で観たライヴは、81年4月の100円コンサートだ。
内田裕也、アナーキー、モッズ、ARB、ロッカーズ等が出演。
今思えば物凄いメンツだった。
しかし、何故か細かいことはまったく憶えていない。
ARBもモッズもアナーキーも残念ながら憶えていない。
ただ、ハッキリと今でも憶えているバンドがいる。ルースターズである。
もちろんオリジナルの4人。
記憶違いかもしれないが、
オープニングに「テキーラ」から「恋をしようよ」をメドレーで演ったと思う。
これが凄かった。本当にカッコよかった。抜群にロックしていた。
今でもこの時の大江の姿が目に浮かぶ。
それにしても、これが100円で観られたのである。良い時代であった。
ちなみにチケットは電車の切符を模したもので、イカシていた。

個人的には、野音と言えばやはりRCサクセションである。
80年代の半ばからシリーズ化する4SUMMER NIGHTSも良いが、
僕がいちばん印象に残っているのは、81年5月の「Please Rock Me Out」だ。
アルバム「BLUE」発売前の野音2Daysである。
フロント・アクトにヴァージンVS。これも今では貴重なライヴを観れたものだなぁ。
RCの全盛期は82年だと思うが、
僕は個人的にいちばん凄いライヴをしていたのは81年だと思っている。
まさにこの野音はそんなライヴを堪能できた。
まだアレンジが固まっていない曲もいくつかあったが、そのラフさも実にカッコよかった。
そういえば、チャボは新曲として「チャンスは今夜」をここで披露したんだよなぁ確か。
この時期は、まさに人間じゃないようなRCを観られたのである。

映像作品「ティアーズ オブ クラウン」として残された86年の野音も思い出深い。
80年のクリスマスで聴いて以来の「ヒッピーに捧ぐ」。
この曲を野音で聴けたのは最高の気分であった。
そうそう、チャボのヴォーカル曲である「打破」もカッコよかったなぁ。

そして90年の夏。現時点でのRC最後の野音も熱かった(暑かった)。
真っ白な壁で囲まれたシンプルすぎるステージ。
オープニングの「キモちE」がカッコよかった。
中盤で突如フォーク期のナンバーが飛び出す。
しかも2udの「楽しい夕に」から3曲も演奏されたのだ。
これを聴けた人は本当に幸せであろう。
また、この年に亡くなった清志郎の初ソロ・アルバムに参加したブロックヘッズのドラマー、
チャーリー・チャールズにチャボが「慕情」を捧げ、清志郎が「空がまた暗くなる」を歌う。
涙、であった。

RC以外にはARB、ストリート・スライダーズ、エレファントカシマシ、
子供ばんどなんかが印象に残っている。

野音は独特なんだよね。
どんなバンドも、ホールで観るのとは違ったようになる…ような気がする。
もちろん清志郎とチャボそれぞれのソロや、あの「GLAD ALL OVER」も忘れられない。

地下鉄の駅を降り、出口の階段を登っていくと、うるさいセミの声が迎えてくれる。
この階段を登っていく瞬間が、日比谷野音に来たということを実感できるときである。
会場の周りにたくさんのファンがいて、
ヤキソバを食べている人もビールを飲んでいる人も皆が笑顔である。
開場時間で中に入り、まずグッズ売り場をチェックして、席につく。
開演までは団扇をあおぎながら、
もちろんビールでいい気分になる人、チラシに目を通す人など様々だ。
まだ明るいうちにライヴは開演する。中盤にかけてだんだんと暗くなっていく。
野音を取り囲むビルディングの明かりもステージの照明のひとつだ。
そして、曲が終わるごとに聞こえてくるセミの声。
これもステージ演出のひとつなのである。

数多くの伝説と言われるライヴが行われた会場であり、これからもそれは変らないだろう。
野外での大規模なフェスもいいが、夏の日比谷野音というのも、それと同じくいいものである。

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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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