サレンダー/チープ・トリック -1978-

3rdアルバム「天国の罠」、HEAVEN TONIGHTのオープニングを飾る初期の代表曲。
いや、バンドの歴史を通しても「チープ・トリックといえばサレンダー」と言えるかもしれない。
78年の来日公演では新曲として紹介(「at 武道館」で聴くことができる)されていたが、
80年代以降のステージでは、ライヴのクライマックス・ナンバーになっていった。
僕が観たライヴ、この曲ではあの5本のネックがついたギターをリックがプレイしていた。
聴くだけでなく観るのも楽しい曲である。

一言で言えばポップ。それも聴いていると自然にウキウキしてくるようなポップさだ。
ギター・ソロも無く、アレンジも”安っぽい仕掛け”さえ無い。
そのメロディだけで一気に聴かせてしまう。

とにかく僕はこの曲が大好きであった。もちろん今もだ。
聴いていると顔がにやけてくる。そういう曲なのである。

  僕が目を覚ますとママとパパがロックン・ロールして踊りまわって、
  僕のキッスのレコードを外しちゃった

と曲の後半で歌われるが、
ライヴではここでリックが客席にレコード・ジャケットを投げるのだ。
あれは本当にキッスのレコードなのだろうか?

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向日葵10.9/仲井戸麗市 from『solo works』 -2000-

興味はあっても、それを実際にやることができないものがある。
ここで言う”できない”というのは、実際に行えないということでは無く、
手を出せないというか、うまくいかないというか、そんなニュアンス。
例えばある人はスポーツであったり、それこそ車の運転だったり、
読書だったり、字を書くことだったり…。
僕にとってのそれは”絵を描く”ことである。子供の頃から苦手だった。
周りの友達なんかは漫画を書いたりしていてそれなりに皆うまかったが、
僕はまったくダメだった。
観ることはそれなりに興味を持っていたが、描くことはまったくだった。

チャボから教えてもらった1冊の本がある。
「赤い風車(ムーラン・ルージュ)」。19世紀末を代表する画家の一人、ロートレックの伝記だ。
これを読んだとき、この19世紀の画家達に対してロック、しかもパンクな匂いを感じてしまった。
それこそ60年代のストーンズやジミヘンなんかも吹っ飛んじゃうような…。
ここから少しずつだが、絵の世界にも興味を持つようになった。

チャボが言うところのロックでのジミ・ヘンドリックス=ゴッホ。
ゴッホ展に行ってきた。本物を観るのは初めてだ。
絵画鑑賞は、その見方があるとしたらまったくの素人だ。でもそんなの関係無い。
見方なんて自由だし、感じ方も同じく自由だ。
僕の勝手なイメージとしては、やはり”黄色”だったが、
実際に色々な絵を観て印象に残ったのは、”青”や”緑”だ。
その”青”や”緑”は、まったくそのままの”青”や”緑”で、強烈な印象だった。
意外だったなぁ。

仲井戸麗市、3rdアルバム「DADA」に収録されている「向日葵10.9」。
この曲の映像があるのだが、
そのタイトルのこともあるのだろうかフランスでシューティングされている。
もちろんゴッホの旅であり、そんなシーンがふんだんに出てくる。
「solo works」というビデオ・クリップ集で観ることができるが、ビデオ版は入手困難だ。
しかし、2003年にDVDで再発されたので、今なら比較的入手しやすいかも。
ビデオ・クリップの他にインタビューが収録されているのでお薦めである。
特にチャボが語るゴッホ観はなかなか興味深い。

フランスの空の下、エリック・クラプトン・モデルのストラトを弾くチャボ。
この映像を観ていると、
絵とロックというのは結構近い表現なのかもしれない…なんて思えてくる。

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PRESENT#3/仲井戸麗市 -1996-

TOCT-9533 東芝EMI EASTWORLD 1996.8.7

1.Short Vacation 2.SUMMER SAMBA 3.カルピス 4.糧

96年の春、東京は下北沢でチャボのファン・クラブの集いが行われた。
この企画自体が嬉しい驚きだったが、この時のミニ・ライヴがまた最高だった。
チャボの他にはベースにおなじみの早川氏。そしてドラムが憂歌団の島田氏。
3ピース・バンドでの「魔法を信じるかい?」はなかなか微笑ましくも楽しい演奏であった。
この流れもあってだろう、島田氏はこの「PRESENT#3」にもドラムで参加している。

B.B.KINGを真似たジャケットが印象的なPRESENTシリーズの第3弾。
CDをセットしてPLAYボタンを押した瞬間にいきなり夏がやってくる。
80年代からライヴでは歌われていたがレコード化されていなかった「Short Vacation」。
古いファンの間ではその曲名がわからず、「いつわりのサーファー」と呼ばれていたと思う。
僕が当時聴いたライヴでは弾き語りだったので、ここでのバージョンは新鮮だった。

「SUMMER SAMBA」は夏へのラヴ・ソングであり、音楽へのラヴ・ソングである。
チャボの作品の中でも個人的BEST3に入る曲。
また、この曲はチャボには珍しくPVも作られた。
自分のコレクションであろうロックやソウル、
ブルースのレコードを手にするシーンのチャボが素敵だ。

小品「カルピス」。KYONによるアコーディオンの響きが良い。
それにしても、このタイトルは商品名では無いのか?大丈夫だったのだろうか?

蘭丸がギターで参加した「糧」。
当然麗蘭風な仕上がりだが、あくまでも”…風”であり、麗蘭ではない。
「密室」で披露されていたときはそうでもなかったが、今では代表曲のひとつであろう。
名曲。

ちなみに、このCDには面白い仕掛けがある。
アナログ・レコードの音質感を出すために一旦アナログ・レコードが作られ、
そのレコードを再生してCD化したのがこのアルバムなのだ。

さて、ファン・クラブと言えば時期は忘れてしまったが、
チャボが衣装として着ているシャツと同じものを、
希望者はオーダー・メイドできるという企画があった。
確かシャツは3種類あって、
一応希望は出せたが抽選でどのデザインに当るかがわからなかった(と思う)。
僕はもちろん申し込んだのだが、
はたしてそのシャツはこのPRESENT#3のジャケットでチャボが着ているものであった!
普段は着ないが、ジャケットでチャボが着ていることもあり、なかなか貴重であろう。


仲井戸麗市 / 東芝EMI(1996/08/07)
Amazonランキング:270871位
Amazonおすすめ度:

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KI・MA・GU・RE/沢田研二 from 『彼は眠れない』 -1989-

サウンドストリート21というNHK-FMの番組。4月のパーソナリティは忌野清志郎。
ゲストに竹中直人と玲葉奈を迎え、清志郎の歴史を振り返るというような内容であった。
今日はその忌野清志郎がパーソナリティである4月の最終回であった。

番組の途中で清志郎のギターをバックに玲葉奈が「500マイル」を歌った。
まず、これが素敵だった。
初めて彼女を聴いたのは、チャボがプロデュースしたデビュー曲「オレンジ」である。
当時も思ったのだが、彼女の歌は加工されていない生の歌声という印象が強く、
そこがとても良かった。
今回の「500マイル」はまさにその生のセッションだ。素敵なのは当たり前である。
後で彼女のアルバムを聴こーっと。

さて、番組の中盤、リスナーの葉書を読むコーナーで2曲のリクエストがあった。
うち1曲はRCサクセションの「ベイビー!逃げるんだ。」。懐かしいが妥当だろう。
そしてもう1曲が物凄かったのだ。
何というか、思い切りマニアックな選曲である。
沢田研二の「KI・MA・GU・RE」。
89年に発表されたアルバム”彼は眠れない”に収録されている曲だ。
このアルバムのプロデュースは吉田健。
参加ミュージシャンには村上ポンタに下山淳など、
当時盛り上がっていた泉谷しげるwith LOSERのメンバーが中心だ。
僕がこのアルバムを入手した理由もそこだったし、
そのうえ清志郎が参加しているとなれば尚更である。

はたしてこの曲は、
数ある清志郎のゲスト参加の中でも個人的ベスト3に入るものであった。

作詞作曲は清志郎と小原礼。
小原礼、ちょこちょこと清志郎とは良い仕事をしています。
そして清志郎はコーラスというよりもジュリーとのツイン・ヴォーカルである。

通常だと、当然主役のほうがさらりとゲストをかわすというような事が多いんだろうが、
ここでは違う。
完全にジュリーが清志郎を意識しており、
他では聴くことができないシャウトを聴かせてくれるのだ。
理屈ぬきでカッコイイ。
この2人が並んで歌っているのを想像しただけで昇天ものである。
実際のレコーディングはどうだったのかな?

サウンドストリート21には、久々にこの曲を思い出させてくれたことでも感謝である。
今ではまったく話題にすら上らないだろうし、
それどころか存在すら危ういアルバムであり曲だろう。
しかし、清志郎のファンであれば、何が何でも必聴の1曲である。

沢田研二
EMIミュージック・ジャパン
発売日:1996-11-20

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涙が流れるままに ローリング・ストーンズと60年代の死

僕は良く、自分と同じ年齢の時に好きなミュージシャンが何をやっていたのかとか、
どのアルバムを制作したのか、などを考えたりすることがある。
例えば「ポール・マッカートニーがSGT.PEPPERSをレコーディングしていたのは24歳」というように。
信じられますか、24歳ですよ?
24歳の僕は、定職を持たずにまだバンドをやっていた時だった。

ビートルズのメンバーと自分を比べると、あまりにもかけ離れた現実に愕然とするばかりだ。
そのやっていたことを比べるはもちろんなのだが、
いちばん驚くのは、あの4人がビートルズだったときは全員が20代(!)だったということだ。
しかし、だからこそ励まされたりすることも多い。
「20代のジョンがこうだったんだから、僕もがんばろう」みたいなものだ。

さて、27、28歳の時は、皆さんは何をしていましたか?
または、何をしていますか?
もしくは、これから何をしようとしていますか?

僕は社会人になって2、3年目といった時分であった。
仕事ができるようになってきた時期ではあったが、まだまだ経験不足であり、
やっと一人で立てるようになった程度だった。
先の未来はあったし、やりたいこともあったし、
観たいものや行きたい場所や知りたいことなど、
それはもうたくさんあった。これは今も変わらない。
いくつになってもこういうことは無くなることはない。

ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン。
そしてジム・モリスン。
27歳、または28歳で逝ってしまったミュージシャンである。
30歳になる前に終わったのはビートルズのようにバンドではない。
彼らは人生が終わった。

ロックの世界は怖いもので、彼らの死さえ、
今ではそのカッコ良さのひとつとして語られてしまう。
死んでしまったのは、人間であるジミ・ヘンドリックスやジム・モリスン。
しかし、ロック・スターであるジミ・ヘンドリックスやジム・モリスンは永遠にそのままになっていく。
誤解される事を承知で書くと、
死んだこともカッコイイ事として語られてしまうのがロックなのである。

さて、ジミヘン、ジャニス、モリスンの3人の死についてはいろいろ語れていることも多いのだが、
ブライアン・ジョーンズの死については、
その知られていることの割には、あまり深く語られているものは少ない。
僕が知らないだけかもしれないが、やはり少ないと思う。
そんなブライアン・ジョーンズの死、60年代のストーンズを描いたノンフィクションがある。
”涙が流れるままに ローリング・スト-ンズと60年代の死”と題された、
ハード・カバーの分厚い本だ。
しかしこの本は著者が多くのストーンズ関係者にインタビューをし、
その彼らの生の声で構成されている部分が多いので、分厚さの割にはとても読みやすい。

60年代のストーンズ周辺を鮮やかに浮かびあがらせている本であるが、
もちろん最大の焦点はブライアン・ジョーンズの死の真相に迫っている箇所であろう。
この謎の死の真相は推理、推測ではあるのだが、やはり衝撃的である。
少しでもこの時代、ストーンズ、ブライアン・ジョーンズに興味があるのなら、読んでみて欲しい。

さて、もう気付いている人もいるかもしれないし、知っている人も多いだろう。
これらの60年代の死んでしまったミュージシャン達には奇妙な偶然がある。
「J」と「27歳」。頭文字と死亡した年齢の一致。不思議な偶然。


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サイン会だよ

タワーレコード新宿店にて麗蘭のDVD発売記念サイン会が行われた。

過去に「1枚のレコードから」という本をチャボが発売したときにも、ここでサイン会があった。
この時は、この本がロッキング・オン社から出たこともあり、
まずは社長である渋谷陽一とのトーク・ショー。
そしてミニ・ライヴがサイン会の前にあったという、物凄いサービスというか特典であった。
そんな経験があるので、今回はサイン会のみだから、やや物足りない気がする。
しかし麗蘭のふたりとライヴ以外で接することができる貴重な、そして嬉しいイベントであった。

14:00スタートということで、整理券の番号順に階段に並ばされる。
しかし、この順番は意味が無い。
番号が何番であろうがサインはもらえるのだから。
逆に、遅い番号のほうが良いだろう。
だって1番の人なんて、もらったらすぐに退場だもんね。
僕の整理番号は152番。
並んでる間、ふたりの様子を見ていられるので、丁度良い番号だったかな。

14:00少し前にイベント・スペースのステージ前に詰め込まれる。
この時点で整理番号の意味が消える。
麗蘭登場まで、
何故かスピッツの新曲をバックにしたベン・フォールズのPVを観ながら待たされる。

そして14:00丁度から、映像が麗蘭に切り替わった。
今回のDVDのダイジェスト版だ。

ややあって麗蘭登場。

おお!蘭丸がカッコイイ。
何だか表情がスカッとしているというか、ステージで観るよりもかっこいいぞ(笑)。
チャボは…黒尽くめで相変わらずのニット帽スタイルであった。

サインは「DVDのジャケットかディスクのどちらかにします」というアナウンスがあったが、
すぐに「ディスクにはペンのインクが合わないので…」ということでジャケットに統一された。
ということは、ディスクにサインをお願いした人がいたんだな。
その人のディスクはどうなったんだろう?

チャボと蘭丸にお願いをしてきました。

   私「チャボさん、麗蘭の3枚目をお願いしますよ」
   チャボ「おお、サンキュー」
   私「蘭丸さん(しまった!公平さんと言うはずが…)、
     チャボさんつついて早めに3枚目、作ってくださいよ」
   蘭丸「ねぇ、そうだよねぇ」
   チャボ「余計なお世話だ!でも、サンキュー」

たぶん来年は麗蘭の3rdアルバムが届けられると思います。

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今夜は帰さない/チープ・トリック -1978-

例の”キン コン カン コン”のイントロである。
何て事の無いハーモニクスを使ったチャイムのフレーズ。しかしこれがカッコイイ。
しかも、間奏のギター・ソロがまたこのフレーズなのだ。
何とも人をくったようなアレンジだが、これぞチープ・トリック!
そしてリック・ニールセンのセンスであろう。
ちなみに、ロックの曲中で使われるハーモニクスは多々あるのだろうが、
それが格好よく響くのはこの曲とビートルズの「NOWHERE MAN」だけである。

「甘い罠」に続く2ndからのシングル・カット。
当時はこちらのほうが人気があったと記憶する。
リアル・タイムでは感じなかったが、
今ではこの曲が発表されたのが78年というのは重要ではないか。
新しいタイプのハード・ロック・バンドとして紹介されていたが、
明らかにパンクの影響はあるだろう。
彼らには珍しいハードなリズム・パターン(こういった曲は他にあまり見られない)だし、
歌に入る直前の半音ずつ下がっていくギター・フレーズも効いている。
ライヴで聴くとまたこれが抜群にカッコイイのだ。

3分間のロックン・ロール・シングルのお手本のような名曲。

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IMAGINE/JOHN LENNON from『IMAGINE』 -1971-

最初に確認しなければならないことから。
良く言われることでもあるが、ジョン・レノンは愛と平和だけの人では無い。
「GIVE PEACE A CHANCE」「LOVE」「HAPPY XMAS(WAR IS OVER)」…。そして「IMAGINE」。
何も文句は無い名曲群である。
しかし、もうひとつの面があるだろうことを僕達は忘れちゃいけない。
「COLD TURKEY」「MOTHER」「WORKING CLASS HERO」「GOD」「GIMME SOME TRUTH」…。
そして「WOMAN IS THE NIGGER OF THE WORLD」。
愛と平和と同等に、これらの面も語られなければならない。

そうは言っても「IMAGINE」はジョン・レノンのすべての曲の中でも、最も有名なものであろう。
自身で”僕を夢想家というかもしれないが…”と言っているが、やはりこのメッセージは普遍だ。

さて、正直に白状します。
僕は普段、この曲を積極的に聴こうとはほとんど思わない。
アルバム「IMAGINE」をかけるのは、「OH MY LOVE」や「HOW?」なんかが聴きたくなる時である。
それどころか「OH YOKO!」のほうが好きだったりする。これ、本当です。

でも皆さん。「IMAGINE」はとんでもない曲であります。
そのとんでもなさを感じるのは、部屋でレコードやCDを聴いているときでは無い。
僕は「IMAGINE」を聴いて感動した忘れられない体験がある。
1991年の湾岸戦争。確かニュースか特番だったと思う。
戦争が継続中だったか既に終結していたかの記憶は曖昧だ。
湾岸戦争の映像のバックに「IMAGINE」が流れた。
いや、「IMAGINE」に乗せて戦争の事実を流した。

たった3分間である。凄かった。メッセージがビンビンと伝わってきた。
一瞬、日本語で歌われているのかと勘違いしたくらいだ。

番組の制作者の意図は明白であるし演出もベタであるが、まっとうであっただろう。
しかし、そんなTV側の意図にはまってしまい感動したのでは無いと思う。
言葉にうまくできないが、きっとあのときの「IMAGINE」はジョン・レノンの曲では無かったのだろうな。
もっと地球規模で響いたというか、人類の曲として聴こえたというか、
何かそんなニュアンスだったんだろう。

この番組を観た次の日、会社で同僚にこう話したのを覚えている。
「イマジン、すげぇ曲だなぁ。俺、TVの前でボロボロ泣いたよ…」

PRESENT#2/仲井戸麗市 -1996-

TOCT-9376 東芝EMI EASTWORLD 1996.3.6

1.庭 2.魔法を信じるかい? 3.テニス 4.唄

95年の「密室」ライヴ・ツアーは2回行われたのだが、そのタイトルは両極端でチャボらしい。
まず、6月は”太陽のパレット”と題された。そして11月は”夜のピクニック”。
ここで披露された新曲達が96年の春に届けられた。それがこのミニ・アルバムである。
発売された時期にぴったりな、実に春らしい作品となった。

ライヴでは「いまどきこんなタイトルをつけるかよ」と自分で言っていた「庭」。
軽快…というのとは雰囲気が違うし、ちょっと言葉にうまくできないのだが、
アコギの響きとスライド・ギターが何とも心地よい。
肩の力が抜けたようなチャボのヴォーカルも素敵だ。

「魔法を信じるかい?」は、弾き語りで披露されていたライヴでは印象に残った曲ではあったが、
作品として届けられたこのバージョンはまったく姿を変えており、驚いた。
チャボは凄くPOPな面を持っているのだが、なかなかそれを自分の作品の中には出してこなかった。
しかし、それがまともに発揮されるととんでもない名曲が生まれると言うことが、これではっきりしたのである。
仲井戸麗市的なモノがすべてPOPに結実した名曲。
忌野清志郎一家がコーラスで参加したことも素晴らしい効果をあげている。
チャボを少しでも聴いてきた人は、ほとんどが感動したのではないだろうか?

「テニス」は、アルバム発売当時、雑誌BRIDGE上のインタビューにおいてチャボの伝えたかった内容が掲載された。
あぁ、そういう曲なのかぁ…とそれを読んで理解したが、僕には高級すぎていやはや…。
ライヴでは何となくコミカルな曲と言う印象だったからなぁ…。

最後は”唄”を”君”と表現した、その名も「唄」。
この曲は2003年の”Fight'ing Guitar MAN”ツアー、大阪と東京公演のオープニング(正確には2曲目)に歌われた。
このことでもわかるように、なかなか重く深い。

フル・アルバムの制作はなかったが、短いスパンでミニ・アルバムが発表されていたこの94~96年あたりは、
チャボの活動の中でも個人的には好きな時期である。「密室」ではレアな曲もたくさん聴けたしね。

そしてライヴも麗蘭やゲスト出演、セッション、そして清志郎とのGLAD ALL OVER以外はすべてソロだった。
バンドじゃないチャボのライヴを観て改めて感じたのは、そのギターのうまさである。
特にアコギを語らせたら確実に世界レベルのギタリストだと思う。

仲井戸麗市
EMIミュージック・ジャパン
発売日:1996-03-06

PRESENT#1/仲井戸麗市 -1995-

TOCT-9261 東芝EMI EASTWORLD 1995.11.1

1.BLUE MOON 2.L・O・V・E 3.LIFE 4.プレゼント

92年からスタートさせたソロ・ライヴ「密室」。
その94年から95年にかけての「密室」で生まれた曲を中心に制作されたミニ・アルバム。
結果としてこのPRESENTシリーズは4作、それも四季をイメージして制作されていく事になる。

第1弾であるこの#1は全編打ち込みのサウンドである。
麗蘭~DADAを経てきた耳には、エレキでどか~んという派手な曲が収録されていない事もあり、
もう違和感が無く馴染む。

「BLUE MOON」は、”月がとっても青いから 遠回りして帰ろう”という昔の歌謡曲にインスパイアされたもの。
RCサクセションに出会って以来、お月様が大好きになっている僕にはたまらない曲だった。
今でもチャボはこの曲をソロ・ライヴで歌うことが多い。お気に入りの曲なんだろう。

「L・O・V・E」はジョン・レノン風味のラヴ・ソング。
チャボはライヴで演った曲をレコーディングする場合、大幅にアレンジを変えてしまうことが多いが、
これはライヴそのままに近いアレンジである。このアルバム中、いちばん好きな曲だ。

「LIFE」。チャボが有能な作詞家と言うことをこういう曲で感じるのだ。

「プレゼント」はちょっとした小品という曲だが、なかなかスケールは大きい。そして、優しい。
生きていれば、いい日はどっさりあるんだ…。その通りである。



仲井戸麗市, 藤井丈司, 金子飛鳥 / 東芝EMI(1995/11/01)
Amazonランキング:307425位
Amazonおすすめ度:

カム・トゥゲザー/エアロスミス -1978-

チープ・トリック、キッス、クイーンと続いたら、次はエアロしか無いだろうな。
ということでエアロスミスを取り上げるが、ちょっと変化球的なシングルをチョイスしてみよう。
ご存知ビートルズのカヴァーである。
エアロとビートルズの繋がりは今ひとつしっくりとこないが、実はこの時期、ある映画があった。
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」である。
ピーター・フランプトンとビー・ジーズが主役(だったと思う)の映画だ。僕は観ていない。
ここにエアロスミスが悪役で出演しているのだ。そして「カム・トゥゲザー」を演奏しているのである。
この映画のサウンド・トラック・アルバムからのシングル・カットということなのだ。

このサントラLP、実は物凄く聴きたいのだが、CD化されているのかな。
中古のレコードなら簡単に見つかるかもしれないが、真剣に探したことが無いのでわからない。
ただ、聴いても期待はずれに終わりそうな感じもするなぁ…。
でも、ジョージ・マーティンがプロデュースしているというから聴きものがあるような気もするし…。

そして映画自体も観てみたい。
エアロが悪役で死んでしまうらしいが、そのシーンを観て大笑いしたいものだ。

さてこの曲だが、エアロの「LIVE! BOOTLEG」にも収録されているし、シングルにもなった。
しかし、「ただカヴァーしてみました」的な出来であるし、今では映画共々話題に上ることも無い。
アルバム「ドロー・ザ・ライン」発表後の映画出演とビートルズのカヴァーとくれば、
ヒットの条件は揃っていただろう。
でも、売れたのだろうか…。

エアロスミスは後に「アイム・ダウン」もカヴァーする。
また、ボックス・セット「パンドラの箱」には「ヘルター・スケルター」も収録されていた。
これらはオリジナルそのまんまのカヴァーだったが、正直言ってう~ん…という出来かな。
2曲ともポール・マッカートニーのナンバーであるが、
よりによって強烈なロック・ナンバーを選んだものだからなぁ。
いくらスティーヴン・タイラーといえども、ポールのヴォーカルには勝てなかったのである。

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伝説のチャンピオン/クイーン -1977-

レコード屋さんで、どれを買おうか迷いに迷って手に入れたレコードだ。
他の何と迷っていたのかの記憶ははっきりとしないが、ビートルズだったような気がする。
友人とふたりでシングル盤のコーナーで何を買うか相談しているシーンを、今でもはっきりと覚えている。
当時のお小遣いから考えても600円は大金だったから、1枚のシングルを買うにもかなり慎重になっていたものだ。

さて、日本でも大ヒットしたイメージだったが、当時のオリコン・チャートによると実はそんなに売れていない。
ちなみにクイーンのオリコン・チャートだが、「キラー・クイーン」(75)が11万枚の売り上げであった。
そして「ボヘミアン・ラプソディ」(75)8万枚、「愛にすべてを」(76)6万枚、「手をとりあって」(77)4万枚と続く。
驚くのは「愛という名の欲望」(80)が4万枚なのに、この「伝説のチャンピオン」が2万枚なのである。
個人的にはいちばん売れていたかと思っていたから、これはちょっとびっくりだった。
ジャケットが良くなかったのかもしれないな…。

今となっては凄いカップリングである。
B面は「ウィー・ウィル・ロック・ユー」。両面共にクイーンの代表曲だ。
アルバム「世界に捧ぐ」でもこの2曲は冒頭に並んで収録されていたので、余計に印象が強烈だ。

当時はこの曲のクリップがギンザNOWで流れると、食い入るように観ていたものだ。
小さなスタジオでのライヴといったビデオ・クリップで、今では簡単に観る事はできる。
しかし、当時はまだまだ動くミュージシャンの映像は、クイーンに限らず貴重だったのだ。
ましてバンドの演奏シーンともなれば尚更で、それを観られるのは本当に嬉しかったなぁ。

クイーンのレコード、米ではエレクトラ・レコードからの発売であったが、
このエレクトラのレーベルはシングルとLPでのデザインが蝶の幼虫と成虫になっていて、僕は好きであった。
CDでは味わえない魅力である。

クリスティーン・シックスティーン/キッス -1977-

日本で実際に売れていたキッスのシングルは「ハード・ラック・ウーマン」なんだろうけど、
僕にとってのキッスのシングル盤と言えばこれである。
売れていなくても、これである。
アルバム「LOVE GUN」からのカットで、実にキッスらしいポップなロックン・ロールだ。
ピアノを使用し、ちょっと変拍子というかシンコペというか、まぁそれっぽいアレンジのドラムとベース。
そしてギターが絡むイントロからしていきなりカッコイイ。
ジーン・シモンズのペンによるクセがあるナンバーだが、
3分間の中にキッスらしさがギッチリ詰め込まれた名曲だ。

この曲は、当時のギンザNOWのポップティーン・ポップスのチャートでガンガンかかっていた。
クイーンの「タイ・ユア・マザー・ダウン」やエアロスミスの「ドロー・ザ・ライン」なんかと争っていたと思う。
実際はこれらの曲は時代が前後しているのかもしれないが、僕的な記憶であることをお断りしておく。

それにしてもいい時代だったなぁ。
後ろ向きなのは決して良くはないけれど、いいもんはいいのだ。

77年当時と言えば初来日公演を終え、その模様がNHKのヤング・ミュージック・ショーで放送された。
そしてニュー・アルバムである「LOVE GUN」リリースと、
まさにキッスの話題に事欠かない雰囲気であった。
実際に、この時期が彼らの名実共にピークだったのだと思う。

キッスは僕にとっての最初のロック・ヒーローである。
特にこの時期のポール・スタンレイは、男が見ても惚れ惚れするほどのカッコよさであった。
来日公演に行けなかったので、TVやミュージック・ライフの中でしか会えないし、
会えるとも思っていなかった。
そんな雲の上の人だったポールだが、2001年の横浜アリ-ナは僕にとって忘れられない日となった。
僕の目の前の、ほんの2、3メートル先で、ポールが「LOVE GUN」を歌ってくれたのだ。
信じられなかったよなぁ。
だって、ずっと憧れていたロック・スターがすぐに手の届く場所にいて、
歌ってギターを弾いているんだもん。
あぁ、ホンモノのポールだぁ…って。

キッスのライヴでは、客席の中央に小さなステージを作り、そこにポールが飛んでくる。
そして「LOVE GUN」をプレイするのである。運良く、僕はそのステ-ジの真横の席だったのだ。
今でもこの時のシーンが目に焼きついている。
21世紀になってもポールのカッコよさは微塵も変わらなかったのが嬉しかった。

勝手な願いだが、キッスには一生ロックン・ロール・サーカスをやって欲しい。
あぁ、でもこんなことを言うとジーンに言われるな…。

"THE MORE WE GIVE,THE MORE YOU WANT(与えてやればやるほど、お前らは欲しがる)"

甘い罠/チープ・トリック -1976-

ジャケットに書かれたコピーを見ると、当時は完全にハード・ロックとして捉えられていたのだなぁ…。
今よりもジャンルを表す言葉が無かったものなぁ。仕方が無いだろう。

さて、この時代の洋楽と言えば”邦題”だ。この”邦題”についてはまた改めて書いてみたいテーマだが、
チープ・トリックのそれは、まぁ良いほうだろう。僕は気に入っているものが多いよ。
この曲の邦題も、グループ名とそのイメージ(特にロビンだろうな)からつけられたんだろうな。

モノクロのジャケットがカッコイイこのシングルは、2ndアルバムからのカットである。
僕の記憶だと日本でのデビュー・シングルだと思う…が、確かではない。
これ以前に出ているシングルはあるのかな?
後にこの曲の「ライヴ・アット・武道館」からのライヴ・バージョンもB米シングルになるが、
個人的にはそちらのほうが好きである。スタジオ・バージョンはどうも中途半端な感じがして…。
もちろんライヴ・バージョンが出るまではそんな風には思っていなかったのだが、
ライヴでのリックのギターがあまりにも素晴らしすぎるのだ。

個人的な想いは省略。
その代わりに、ライナーに記されたメンバー紹介が当時を伝えてくれるので、それをどうぞ。

ロビン・ザンダー…甘く切ないヴォーカルとギター。これは'78年のアイドル度No.1。

トム・ピーターソン…長身のベーシスト&ヴォーカル。派手なアクションで、6弦ベースを駆使する。

リック・ニールセン…御存知、奇妙なる帽子のリード・ギタリスト&ヴォーカル。
チープ・トリック音楽面のカナメ。ステージでのアクロバット的アクションは言語に絶する。グループのリーダー。

バン・E・カルロス…葉巻のドラマー、確実なリズム。80㎝ものスティックで立ったまま叩く。

ライトニング・イン・ア・ボトル

ブルース…といっても、僕はまったく詳しくは無い。
好きなロック・ミュージシャンでブルースに影響を受けている人は多いし、
事実、昔はブルースをそのまんま演っていた人もいる。
チャボもブルース好きだしね。
僕自身は本物のブルースよりも、それらに影響を受けた音、
所謂ホワイト・ブルース、
ブルース・ロック(下火…)のミュージシャンのほうが聴きやすいし好きである。
ジャズとブルースを掛け合わせ、ロックで味付けをしたエリック・クラプトンのクリーム。
ギンギンにギターをドライヴさせて弾きまくるロッキン・ブルースのジョニー・ウインター。
正統派な中にハードさと器用さを備えていたスティーヴィー・レイ・ヴォーン。
スト-ンズ時代のミック・テイラーの流れるような素晴らしいプレイの数々。
そして、圧倒的な存在であるロック界唯一の天才ジミ・ヘンドリックス。
これらのブルースをベースにしたギタリスト達は今でも大好きだ。

さて、「ライトニング・イン・ア・ボトル」である。ブログを通して知った映画だ。
yukoさんやYさんが記事にしていて、
コメントをつけている人達も絶賛なのでこりゃ観てみたいと思い、
会社を定時にあがって渋谷はシネマライズへ向かう。

この映画は、
ブルース生誕100年を記念してニューヨークで行われたコンサートの模様を伝えるものだ。
総勢50名のミュージシャンが集結した大規模なイベントである。
ブルース・ミュージシャンだけでなく、ロック畑からの参加も多い。
しかもすべて有名どころだ。

エアロスミスのスティーヴン・タイラーとジョー・ペリー。
出ているオーラが違う。抜群だった。
C.C.R.のジョン・フォガティ。渋い。曲もお得意の「ミッドナイト・スペシャル」をぶちかましていた。
女性ブルース・ロッカーのボニー・レイット。
最高なロックおばさん(失礼!)でした。文句なしにカッコイイ!
そして何とデヴィッド・ヨハンセン! これがいちばんびっくりしたかな。
今でも存在感は健在でした。

若かりし頃のバディ・ガイの映像に、
そのステージを観ている様なジミヘンの姿が映し出されるが、
これは実際のものなのか、それとも編集したものなのか…。
どちらにしても、バディにジミヘンが憧れたということは納得できる。
凄いギタリストだったんだなぁ。
でも、ジミヘンもまさか21世紀に行われたブルース生誕100年のイベントに自作曲が取り上げられ、
しかもバディ・ガイに演奏されるとは思ってもみなかっただろう。いい話である。

ゲイトマウス・ブラウンは、ファイヤーバードの9フレットあたりにカポタストをつけてのプレイが渋い。
ギターを弾く姿が美しい。そして力強い。こんなオヤジがいるのが信じられない。
89年のストーンズのライヴでのジョン・リー・フッカーにもびっくりしたが、
ブルース・ミュージシャンは凄いな。

ソロモン・バークはソウルそのものだった。間違いなくハイライトのひとつだろう。
そしてトリのB.B.キング。愛器ルシールを弾く姿は貫禄を通り越していた…。

感動的な音楽映画であった。


/ 日活(2005/09/09)
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HAIL! HAIL! ROCK'N'ROLL/Chuck Berry

86年、キング・オブ・ロックン・ロール、チャック・ベリー60歳の誕生日コンサートが行われた。
この模様を中心にした、ベリーの伝記的なドキュメンタリー映画である。

必見のシーンはたくさんある。
いつからだろうか、ベリーはライヴでは固定バンドを持たない。
だから、行く先々の国のミュージシャンに即席のバンドを作らせてライヴを行うのだ。
そのバック・バンドを何とブルース・スプリングスティーンも務めたことがあるという。
映画の中でこの体験を話すスプリングスティーンは完璧にロック少年に戻っており、観ていて楽しい。

リトル・リチャードとボ・ディドリーとベリーの大御所達の対談?シーンもあるのだが、
これがまた3人ともぶっ飛んでいて最高である。

コンサートのゲスト・ミュージシャンはエリック・クラプトン、ロバート・クレイらに混ざり、ジュリアン・レノンも。
ジュリアンとの共演は、観る人が観れば泣かされるシーンであろう。

そして何といっても必見なのは、音楽プロデュースを担当したキース・リチャーズである。
映画を観ればわかるのだが、このチャック・ベリーという人はとんでもないわがままである。
そして、そのわがままぶりはめちゃくちゃである。
そんなやっかいなベリーと格闘しながらコンサートを大成功に導いたキースの姿には感動する。

ベリーの曲を演奏できないミュージシャンなどいないので、ライヴのリハーサルなんかもほとんどやらず、
適当にワン・パターンなライヴを演っているだけであった彼にキースは言う。

  「そんなんじゃだめだ。しっかりとやろう」

例えばリハーサルでしっかりとしないベリーに対し、

  「映画になればこの音はお前が死んだ後にも永遠に残るんだぞ。
   だからちゃんとやるんだ」

これに対し、「俺は死なないから大丈夫だ」とベリーが応戦する。
ロックである(笑)。

こういったシーンが続いた後に、映画のクライマックスである後半のコンサート・シーンになるので、
本当に感動的なのだ。
チャック・ベリーの映画であるが、この映画でキース観が変わった人は多いと思う。

僕が持っているのはVHSのビデオなのだが、DVD化されているのだろうか。

とにかくロック・ファン必見の1本であるのは間違いない。レンタルしてでも観て下さい。
ちなみにビデオのパッケージ、エリック・クラプトンがエリック・クランプトンになっています…。

さて、最後に訃報。
メイン・バンドのメンバーとしてクレジットされているピアニスト、ジョニー・ジョンスン。
彼はベリーとともに多くの名曲を作った立役者である。ベリーの陰でほとんど語られなかった人であるが、
2001年にはその偉大な貢献が認められ、ロック殿堂入りをはたしている。
僕もこの映画で彼を知った次第だ。キースに感謝である。
そのジョニー・ジョンスン氏が4/13に亡くなった。80歳。今日の夕刊に記事が載っていた。
僕は今日、帰宅したらこの映画について書こうと決めていたので、新聞を見たときは本当にびっくりした。
こういう偶然というのはあるものなんだな…。合掌。

SOMEDAY/佐野元春 -1981-

初めて「SOMEDAY」を聴いたのは、
佐野元春自身がDJをやっていたNHK-FMサウンドストリートだ。
佐野元春は番組を”MOTOHARU RADIO SHOW”と名付けており、
他の曜日とはちょっと違った毛色の内容だった。カッコよかった。
「SOMEDAY」がかかったのは、この番組に甲斐よしひろがゲストに出た時である。
甲斐よしひろもサウンドストリートの水曜日のDJを担当(佐野元春は月曜日)していた。
甲斐よしひろは洋楽だけでなく日本のアーティストも良くオンエアしていて、僕は大好きだった。
だから僕は甲斐よしひろの番組から教わった曲が本当に多く、かなり感謝している。
佐野元春のデビュー曲である「アンジェリーナ」も、ここで初めて聴いたと思う。

そんな事もあってだろう、
「甲斐さんにはアンジェリーナを良くかけて頂いて…」という話を佐野元春がしていた。
この番組をエアチェックしたテープがあったのだが、どこかにいっちゃったなぁ…。
で、番組のラストに「SOMEDAY」がかかったのである。まだシングルで発売される前だ。
曲のイントロがかかってもふたりの会話が続いており、前後の話の内容は忘れてしまったが、
甲斐が「こういうのを聴くと怖いね。状況はどんどん良くなってきている様な気がする…」と話していた。
どういう意味でのセリフだったのかもはや記憶に無いが、今でもこれをハッキリと覚えている。

ここでかかった「SOMEDAY」は強烈な印象だった。最高だった。
しかしレコードが出ていないので、当時はこのテープを何度も何度もくり返して聴いていた。
レコードが本当に待ち遠しかったなぁ。

シングルは番組のすぐ後に発売されたと思うが、そんなには話題にならなかった(はずだ)。
アルバム「SOMEDAY」が発売され、佐野元春がブレイクするのは、
シングル盤発表の約1年後である。
今では日本のロック、ポップスを代表する1曲となった「SOMEDAY」だが、
発表当初はひっそりとしていたのだ。
しかし、後世にまで残る名曲の始まりというのは、得てしてこういうものなのかもしれない。

僕的には81年から82年の佐野元春は最高だった。
何といっても、自身の活動に加え、ナイアガラ・トライアングルVOL.2があった。
結局、このプロジェクトへの参加がブレイクのきっかけになったと思う。
CMで使われた「A面で恋をして」のヒットも良いが、佐野元春の提供した曲がカッコ良かった。
特に「彼女はデリケート」は、
佐野元春バージョンよりもこのナイアガラ・トライアングル・バージョンにつきる。

さて、曲がフェイド・アウトする直前に、
詞としては記されていないフレーズが歌われているのが聴き取れる。
このシングル盤のジャケットにさりげなく印刷されているのがそれだ。
これは佐野元春、そして「SOMEDAY」にとっての重要なフレーズなのだろうか?

Now we're standing inside the rain tonight…

雨あがりの夜空に/RCサクセション -1980-

1980年4月6日に買ったレコードである。
この前日の4月5日に、あの久保講堂でRCのライヴを初めて体験したばかりだった。
完全に犯られてしまった僕は、翌日にこのシングル盤を買いにレコード店に走ったのだ。

POPなジャケットのデザインは、まさに80年代に突入する時期を象徴していると思う。
チャボのクレジットがREIICHI NAKAIDOと表記されているが、
当時は間違っているとは知らなかった。
また、BACKING VOCALS,RHYTHM GUITARとなっているのも、今見るとカッコイイなぁ。
今はリズム・ギターとクレジットされるギタリストっているのかな?

80年と言えば、RCを聴いていれば、
いやRCを知っているだけで時代の先頭にいるような感じがしていた。
学校へ「RHAPSODY」のLPを持っていったことがある。
クラスメートに貸すためだったと思う。
そいつはリザードが好きなヤツで、僕はRCを貸す代わりにリザードを借りたのかもしれない。
この辺はもう覚えていないが、とにかく学校へ持っていったのだ。

レコードは裸で持っていった。
通学の電車の中や街中で思い切り周りの奴等に見せびらかしたかったのだ。

  通学の途中でブルースのレコードを抱えた友人に数年ぶりで再会した音楽好きの少年がいた。
  ふたりは共通の話題で車内でしゃべり通した。
  レコードを抱えた少年はミック・ジャガー。もう1人の少年はキース・リチャーズ。

ローリング・ストーンズ結成の種が芽を出した有名なエピソードだ。
残念ながら僕にはこういう出会いは無かったが…。

RCというよりも、日本のロックの代表曲とも言える強烈なナンバーであり、
知らない人はいないだろう。
そしてB面は、これまたラヴ・ソングの名曲。
”僕が君を知ってる”では無く”君が僕を知ってる”と歌った清志郎には、
本当に当時は助けられたものだ。
ビートルズのストロベリー・フィールズ・フォーエヴァーとペニーレインのカップリング。
これとタメを張るシングルだと思う。

ジャケットは擦れているし、レコード盤も傷だらけだ。
もう自宅のターン・テーブルに乗ることも無い。
しかし、一生大事にするであろう宝物だ。
何てったって僕の10代がスタートしたレコードなのだから。

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Merry X'mas Baby/仲井戸麗市 with HEART of SOUL BAND -1993-

TOCT-8247 東芝EMI EASTWORLD 1993.11.10

1.Merry X'mas Baby 2.真冬の熱帯夜 3.年の瀬 '93

チャボにはどうもある時期から夏のイメージが強い。
夏が苦手な僕としては、チャボが描く夏の風景にはなかなか馴染めなかった。
RCサクセションが活動していた頃は、夏は日比谷の野音、そして冬は日本武道館という、
夏と冬の季語ともなっていた二つがあったので、どちらか一方のイメージだけという事では無かったのに…。

ソロ活動後のチャボの作品には、夏を歌うものはたくさんある。
1stソロから3rdソロ、そして麗蘭まで、必ず1曲は夏の曲が収録されている。
しかし、冬の歌は…無い。探さないと気が付かない。あまりにも少なすぎる。
チャボは絶対に素敵な冬の景色を持っている…と信じていた。
だって僕は、チャボが書いたR&Bのレコードのライナーを知っているのだ…。

   冬のイメージがR&Bにはある。
   寒い外から帰ってきても、コートを着たままだ。
   そして、R&Bの曲から歌詞をかっぱらって、ストーブの灯りだけであの娘にラヴ・レターを書く…

こんなに素敵な冬の景色を持っているのだ。いつかは歌ってくれるだろう…と思っていた。

仲井戸麗市、初のマキシ・シングル。
(ディランのように)ブルーにこんがらがっても、今夜はせめてMerry X'masと言うのさ…
という「Merry X'mas Baby」。ちょっとロンリーなクリスマス・ソングである。
12月の日射病というフレーズがアタマから飛び出すハードなロックン・ロールの「真冬の熱帯夜」。
いつからか麗蘭でのステージでもレパートリーに加えられた。
歌詞はまったくチャボらしいが、こういった曲調は実は少ない。名曲。
そして暮れゆく年を切なく歌った古井戸時代の「年の瀬」のセルフ・カバー。
僕はこの曲が大好きで、真夏でも部屋でギター片手に口ずさむことが多い。だからこれは嬉しかった。
ただ、僕は個人的には歌詞を変えなくても良かったと思う。
古井戸の曲を演るときにチャボは歌詞の1部を変えて歌うことが多いが、
当時のままで歌ってこそ、僕は古井戸の名曲群は活きると思うのだが…。

ここでのメンバーはチャボの他、ドラムに村上ポンタ秀一、ベースに早川岳晴、キーボードにkyon。
HEART of SOUL BANDと命名されたこのバンドで93年にアルバム「DADA」のツアーを行っている。
そしてこのマキシ・シングルを挟み、同じ93年の暮れにはギターに三宅伸治を加え、
SOUL X'masという短いライヴ・ツアーも行った。
このバンドは93年のみの活動であったが、僕はチャボのソロ以降のバンド歴の中ではかなり評価している。
このバンドで音を固めて、1枚フル・アルバムを作ってもらいたかったな…。


仲井戸麗市
EMIミュージック・ジャパン
発売日:1993-11-10

Profile

Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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