Look, I'm here.
8月1日、Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2007が、東京MXTVで放映された。
**********
急遽決まったような感じであったが、このEventは実質的な清志郎の本格的復活ライヴであった。
しかも、出演名義は忌野清志郎 with 仲井戸麗市。
チャボは決まっていた麗蘭のツアーの予定をキャンセルしてまで参加したのである。
清志郎の復活に。

今更ではあるが、つくづく凄いライヴを観たんだなぁ…というのが実感だ。
だって清志郎とチャボ、そしてドラムはコーちゃんなのである。
80年代を駆け抜けたKING OF LIVEの三人が、僕の目の前で演奏しているのである。
12月の武道館で。
キーボードは厚見玲衣が務めていたが、ベース・レスのドアーズな編成。
このメンバー構成は今でも謎であるが、後々このライヴは伝説になるだろう、きっと。
だって、ハッキリ言って、これはたった三曲だけのRCサクセションである。
**********
さて、MXTVだ。
清志郎のパートは、「Don't Let Me Down」の一部と「Imagine」が放映された。
それにしても、清志郎の " OK、チャボ " で始まる「Imagine」の素晴らしさはどうだろう。
生で観て聴いたときも全身で感動したものだが、
カメラが捉える清志郎とチャボ、そしてコーちゃんのトライアングルを観ての「Imagine」。
再び感動…これ以外、無いよ。
**********
「Imagine」の終盤、" 夢を見てるのは君ひとりじゃない、仲間がいるのさ… "
とピース・サインを掲げた清志郎はこう言う。
ほら ここにいるぜ
ダメだ…。泣けてくる…。
**********
急遽決まったような感じであったが、このEventは実質的な清志郎の本格的復活ライヴであった。
しかも、出演名義は忌野清志郎 with 仲井戸麗市。
チャボは決まっていた麗蘭のツアーの予定をキャンセルしてまで参加したのである。
清志郎の復活に。

今更ではあるが、つくづく凄いライヴを観たんだなぁ…というのが実感だ。
だって清志郎とチャボ、そしてドラムはコーちゃんなのである。
80年代を駆け抜けたKING OF LIVEの三人が、僕の目の前で演奏しているのである。
12月の武道館で。
キーボードは厚見玲衣が務めていたが、ベース・レスのドアーズな編成。
このメンバー構成は今でも謎であるが、後々このライヴは伝説になるだろう、きっと。
だって、ハッキリ言って、これはたった三曲だけのRCサクセションである。
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さて、MXTVだ。
清志郎のパートは、「Don't Let Me Down」の一部と「Imagine」が放映された。
それにしても、清志郎の " OK、チャボ " で始まる「Imagine」の素晴らしさはどうだろう。
生で観て聴いたときも全身で感動したものだが、
カメラが捉える清志郎とチャボ、そしてコーちゃんのトライアングルを観ての「Imagine」。
再び感動…これ以外、無いよ。
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「Imagine」の終盤、" 夢を見てるのは君ひとりじゃない、仲間がいるのさ… "
とピース・サインを掲げた清志郎はこう言う。
ほら ここにいるぜ
ダメだ…。泣けてくる…。
2008年7月 忌野清志郎
ニュースを知ったのはお昼過ぎでした。
2年前のあの日と同じです。
午前中に一仕事を片付けて、昼過ぎにデスクに戻り、PCを立ち上げました。
画面に小さく…でも、僕の目にハッキリと飛び込んできた一行。
驚きました。
もちろんショック…です。
でも、この重い知らせを冷静に受け止めることができています。
今のところ、動揺もしていません。
チャボのメッセージを読んだ…ということも、理由のひとつかもしれません。
大丈夫!
あのキヨシローだぜ!
ステージで再会するのも、そんなに先ではないさ…。
本当にそう思えてきます。
ありがとう、チャボ。
**********
ブルースはまだまだ続いている…か。
正直、俺はこんなブルースなんて、もう二度と聴きたくねぇな。
7月も大嫌いになりそうだ…。
2年前のあの日と同じです。
午前中に一仕事を片付けて、昼過ぎにデスクに戻り、PCを立ち上げました。
画面に小さく…でも、僕の目にハッキリと飛び込んできた一行。
驚きました。
もちろんショック…です。
でも、この重い知らせを冷静に受け止めることができています。
今のところ、動揺もしていません。
チャボのメッセージを読んだ…ということも、理由のひとつかもしれません。
大丈夫!
あのキヨシローだぜ!
ステージで再会するのも、そんなに先ではないさ…。
本当にそう思えてきます。
ありがとう、チャボ。
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ブルースはまだまだ続いている…か。
正直、俺はこんなブルースなんて、もう二度と聴きたくねぇな。
7月も大嫌いになりそうだ…。
忌野清志郎スペシャルグッズ、当たるかなぁ
清志郎完全復活祭関連アイテムのうち、武道館ライヴのDVDとCD、
そして『入門編』のベスト・アルバムの3タイトル連動応募特典がある。
5/28のDVDとベスト発売時点では「忌野清志郎スペシャルグッズ」という記載だったが、
6/18のCD発売では、超レア「忌野清志郎スペシャルTシャツ」となっていた。
デザインや色などは不明だが、いずれにせよ抽選で50名にしか当選しないのだな。

当たり前のことなのだが、応募券を切り取って応募するわけだけれど、
僕はこの「切り取る」というのに抵抗があって(笑)。
だって、今回の3枚の応募券も、ご覧のように復・活・祭とデザインされているんだもん。
切り取らずにこのままとっておきたくなる僕は特殊なのでしょうか(笑)。
そうは言っても切り取らないと応募できないので、今回は泣く泣くハサミを入れることとします…。
さて、清志郎やチャボ、RC絡みでも、過去にはこういった抽選で当たる企画があったけれど、
残念なことに、僕が応募したものすべてに落選している(笑)。
ただでさえ切り取るのが嫌なのに、応募して外れてしまったら本当に最悪なのである(笑)。

しかも、中には応募券がCDの帯に付いているケースがあったりする。
帯にハサミを入れるときの何とも言えない感覚…。
これは本当に最低だと思うよ(笑)。レコード会社は考えて欲しいなぁ。
まぁ、こういったことがあるので初めから応募しなかったものもありました。
そんな中の代表的なものは、チャボのベスト・アルバム2枚を買うと詩集が当たるという企画。
この応募券も帯に付いていて、更にデザインが例のチャボによるネコの絵だったのだよ。

さすがにこれは切り取れませんでした(笑)。
そして『入門編』のベスト・アルバムの3タイトル連動応募特典がある。
5/28のDVDとベスト発売時点では「忌野清志郎スペシャルグッズ」という記載だったが、
6/18のCD発売では、超レア「忌野清志郎スペシャルTシャツ」となっていた。
デザインや色などは不明だが、いずれにせよ抽選で50名にしか当選しないのだな。

当たり前のことなのだが、応募券を切り取って応募するわけだけれど、
僕はこの「切り取る」というのに抵抗があって(笑)。
だって、今回の3枚の応募券も、ご覧のように復・活・祭とデザインされているんだもん。
切り取らずにこのままとっておきたくなる僕は特殊なのでしょうか(笑)。
そうは言っても切り取らないと応募できないので、今回は泣く泣くハサミを入れることとします…。
さて、清志郎やチャボ、RC絡みでも、過去にはこういった抽選で当たる企画があったけれど、
残念なことに、僕が応募したものすべてに落選している(笑)。
ただでさえ切り取るのが嫌なのに、応募して外れてしまったら本当に最悪なのである(笑)。

しかも、中には応募券がCDの帯に付いているケースがあったりする。
帯にハサミを入れるときの何とも言えない感覚…。
これは本当に最低だと思うよ(笑)。レコード会社は考えて欲しいなぁ。
まぁ、こういったことがあるので初めから応募しなかったものもありました。
そんな中の代表的なものは、チャボのベスト・アルバム2枚を買うと詩集が当たるという企画。
この応募券も帯に付いていて、更にデザインが例のチャボによるネコの絵だったのだよ。

さすがにこれは切り取れませんでした(笑)。
ミュージック・マガジン JUNE 2008
完全復活を祝して…ということで、清志郎の特集が組まれている。

5月28日の武道館ライヴDVD発売前として盛り上がるにはピッタリな特集だ。
ただ、完全復活祭パンフでのチャボとの対談があまりにも素晴らしすぎる内容だったためか、
清志郎自身のインタヴューを読んでも、僕自身は何だか物足りなく感じてしまったが、
それでも興味深い発言はいくつかあった。
久々にコーちゃんのドラムで歌うのはどうだったか?
コーちゃんとチャボが入ると、RCのノリになっちゃう感じで…
そういえばこういうリズムだったなって凄く感じた…
やはり清志郎もRCを感じていたのだなぁ。
(やりたい曲を)全部やってると50曲ぐらいになっちゃうんで、
何とか削ったりして…
やってくれよ、50曲(笑)。
(入門編のベスト盤の選曲は)自分が好きな感じ
そうなのか…。
今の清志郎と僕の好きな感じ…というのは、決定的に違っているのだなぁ。
それにしても、だったら『入門編』なんてタイトルを付けなきゃいいのに(笑)。
このインタヴューの他に、ソロ・プロジェクト作品の簡単なレヴューも掲載。
この内容はオマケ的なものだったので、
これならチャボやコーちゃんの話を聞いて載せて欲しかったなぁ…というのが本音だ。
さて、個人的にいちばんの読み物だったのは、
現在の清志郎のバックを務めるNICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNS。
彼らのインタヴューだった。
病気後でもポジティヴな清志郎が語られており、そんな姿に感動している彼らに感動する。
**********
さて、ミュージック・マガジンでは、
2005年9月にも『忌野清志郎とRCサクセション』の特集があった。

内容はともかく、今回よりも前回のほうが濃かったように思う。
でも、これは前回がRC時代も含まれていたことでチャボのインタヴューまで掲載されていたし、
仕方の無いところだろうな。
まぁ、でもマガジンくらいだよ特集してくれるの。
ファンとしては嬉しいことには違いないのであります。

5月28日の武道館ライヴDVD発売前として盛り上がるにはピッタリな特集だ。
ただ、完全復活祭パンフでのチャボとの対談があまりにも素晴らしすぎる内容だったためか、
清志郎自身のインタヴューを読んでも、僕自身は何だか物足りなく感じてしまったが、
それでも興味深い発言はいくつかあった。
久々にコーちゃんのドラムで歌うのはどうだったか?
コーちゃんとチャボが入ると、RCのノリになっちゃう感じで…
そういえばこういうリズムだったなって凄く感じた…
やはり清志郎もRCを感じていたのだなぁ。
(やりたい曲を)全部やってると50曲ぐらいになっちゃうんで、
何とか削ったりして…
やってくれよ、50曲(笑)。
(入門編のベスト盤の選曲は)自分が好きな感じ
そうなのか…。
今の清志郎と僕の好きな感じ…というのは、決定的に違っているのだなぁ。
それにしても、だったら『入門編』なんてタイトルを付けなきゃいいのに(笑)。
このインタヴューの他に、ソロ・プロジェクト作品の簡単なレヴューも掲載。
この内容はオマケ的なものだったので、
これならチャボやコーちゃんの話を聞いて載せて欲しかったなぁ…というのが本音だ。
さて、個人的にいちばんの読み物だったのは、
現在の清志郎のバックを務めるNICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNS。
彼らのインタヴューだった。
病気後でもポジティヴな清志郎が語られており、そんな姿に感動している彼らに感動する。
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さて、ミュージック・マガジンでは、
2005年9月にも『忌野清志郎とRCサクセション』の特集があった。

内容はともかく、今回よりも前回のほうが濃かったように思う。
でも、これは前回がRC時代も含まれていたことでチャボのインタヴューまで掲載されていたし、
仕方の無いところだろうな。
まぁ、でもマガジンくらいだよ特集してくれるの。
ファンとしては嬉しいことには違いないのであります。
日々のふち/角田光代
終了してから時間が経ってしまったが、楽しく読んでいた角田光代さんの連載日記について。
bloombooksというサイトの中で連載していた「日々のふち」。
忌野清志郎ファンには彼女は有名なので、今更ここで云々しなくても大丈夫でしょう。
僕自身、このことに加えて同世代ということもあり、
一方的に彼女と友達になりたいとずーっと思っているんだけど(笑)。
内容は日々の生活や仕事などが中心の、本当に普通の日記だ。
何も特別なことは書かれていない。
でも、ある日そこに突然「清志郎ネタ」が書かれていたりするのだ。
ただ、実際に清志郎についての記述があるのはとても少ない。
ちょっと確認してみたら、連載中に11日分くらいだった。
それでも、いちいち書いてある文章が素敵なので、物凄く印象に残るのだ。
特に僕が好きなのは、清志郎の学園祭ライヴに行った日のことだ。
清志郎を呼んだ学生を「本物を呼ぶところがえらい」と褒める。
「ライヴで観ると、清志郎がどのくらい凄いかが良くわかる」と続く。
そして、何とその後に楽屋で本人に会うのである。
このときのことについての日記は最高なので、是非読んでください。 → 2005/11/6
ビートルズの特番に清志郎とチャボが出たときのしびれ具合。 → 2006/7/9
「激しい雨」を聴いて、泣きながらの仕事。 → 2006/9/5
年初の清志郎全快のニュースだけで素晴らしい一年だと結論を出す。 → 2007/1/8
これらは、何のことは無いとても簡単な文章で、しかもちょっと書かれているだけなのだけれど、
すべてが清志郎のファンなら感動すること間違いないものばかりだ。
例の清志郎が入院したときの記載もあるけれど、これが拍子抜けするくらいサラッとしている。
でも、このスタンスが、当時の僕の気持ちを軽くしてくれたことは確かだ。
やっぱりこの人とは友達になりたいな(笑)。
※Blueの読書日記「日々のふち/角田光代」
bloombooksというサイトの中で連載していた「日々のふち」。
忌野清志郎ファンには彼女は有名なので、今更ここで云々しなくても大丈夫でしょう。
僕自身、このことに加えて同世代ということもあり、
一方的に彼女と友達になりたいとずーっと思っているんだけど(笑)。
内容は日々の生活や仕事などが中心の、本当に普通の日記だ。
何も特別なことは書かれていない。
でも、ある日そこに突然「清志郎ネタ」が書かれていたりするのだ。
ただ、実際に清志郎についての記述があるのはとても少ない。
ちょっと確認してみたら、連載中に11日分くらいだった。
それでも、いちいち書いてある文章が素敵なので、物凄く印象に残るのだ。
特に僕が好きなのは、清志郎の学園祭ライヴに行った日のことだ。
清志郎を呼んだ学生を「本物を呼ぶところがえらい」と褒める。
「ライヴで観ると、清志郎がどのくらい凄いかが良くわかる」と続く。
そして、何とその後に楽屋で本人に会うのである。
このときのことについての日記は最高なので、是非読んでください。 → 2005/11/6
ビートルズの特番に清志郎とチャボが出たときのしびれ具合。 → 2006/7/9
「激しい雨」を聴いて、泣きながらの仕事。 → 2006/9/5
年初の清志郎全快のニュースだけで素晴らしい一年だと結論を出す。 → 2007/1/8
これらは、何のことは無いとても簡単な文章で、しかもちょっと書かれているだけなのだけれど、
すべてが清志郎のファンなら感動すること間違いないものばかりだ。
例の清志郎が入院したときの記載もあるけれど、これが拍子抜けするくらいサラッとしている。
でも、このスタンスが、当時の僕の気持ちを軽くしてくれたことは確かだ。
やっぱりこの人とは友達になりたいな(笑)。
※Blueの読書日記「日々のふち/角田光代」
HARRYと清志郎
ちょっとした小ネタ。
いつ以来なのかがまったく思い出せないほど久しぶりなんだけれど、
エレファントカシマシの『明日に向かって走れ-月夜の歌-』を聴いた。
僕の中では評価が高いアルバムで、70年代フォーク調(特にかぐや姫風)なメロディと、
エレカシ・ロックが見事に合体した名盤だと思う。
さて、お馴染みのヒット曲「今宵の月のように」が収録されているが、
初めてこの曲を聴いた僕のようなRCファンは、思わずニヤッとしたのではないだろうか。
もうおわかりですよね。それは歌われている歌詞。
思い切り " あふれる熱い涙 " と歌われりゃ、誰だってRCの「あふれる熱い涙」を思い浮かべるだろう。
何だかんだで宮本はRCの影響を受けているはずだから特に違和感も感じなかったけれど。
もちろん清志郎の歌詞だからこそすぐに気が付くのだが、僕が知らないだけで、
影響を受けたアーティストのフレーズを使うという、こういったケースはたくさんあるかもしれないな。
ただ、それが意識的なのか否かはわからないし、もちろん偶然ということもあるだろうし、
関係がないアーティスト同士がたまたま同じフレーズを使うこともあるだろうし。
エレファントカシマシのこの曲は、ヒットしたからこそこの部分が目立ったのだが、
実は他にも清志郎のフレーズに似た歌詞を歌っている例がある。
RCのファンには知られているのかどうかがわからないのだけれど、何とそれはストリート・スライダーズだ。
Harryが清志郎に影響を受けているかどうかは微妙だ。
ただ、同時期に活動をしていたバンド同士なので、
意識していなくてもお互いの曲や歌詞は、その情報量はともかく自然と耳に入ってはいたはずだ。
スライダーズ活動休止明けとなった95年発表のシングル「FEEL SO SAD」。
この曲でHarryはこう歌っている。
踊りたがってるのさ このかわいい靴が
「SWEET SOUL MUSIC」。
清志郎は「かわいい靴」ではなく「おそろいで作った靴」と歌っているという違いはある。
でも、偶然かもしれないが酷似していることは確かだ。
ただ、これだけならばそんなに気にすることはなかったけれど、Harryにはもう一曲あるのだ。
僕はスライダーズ解散後のソロ・アルバムを聴いたのは、かなり最近になってから。
しかも、すべてのアルバムを一度に聴いた。
Harryの意向により1stアルバム以外は歌詞が掲載されていないので、
歌われている内容はほとんど気にしないで聴いたのだけれど、
その1st『Bottle Up and Go』(03)だけは歌詞があることもあって、すべて読んだ。
そのラスト・ナンバー「Midnight Sun」にこんなフレーズがあって驚いた。
涙の河の流れつくところ
これもRCサクセションの「ハイウェイのお月様」と同じだ。
両方のフレーズとも、実は元になる曲があったりするのかもしれないし、そういったことを調べたこともない。
だから、単に自分が聴いただけのことではある。
まぁ、清志郎に影響を受けたフレーズは、きっと世の中には他にもあるのだろうと思うけれど、
あまり他者の影響が想像できなかったHarryの歌詞だからこそ興味深い。
実は、Harryと清志郎の資質はかなり近かったりして。
いつ以来なのかがまったく思い出せないほど久しぶりなんだけれど、
エレファントカシマシの『明日に向かって走れ-月夜の歌-』を聴いた。
僕の中では評価が高いアルバムで、70年代フォーク調(特にかぐや姫風)なメロディと、
エレカシ・ロックが見事に合体した名盤だと思う。
エレファントカシマシ / EMIミュージック・ジャパン(1999/12/08)
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さて、お馴染みのヒット曲「今宵の月のように」が収録されているが、
初めてこの曲を聴いた僕のようなRCファンは、思わずニヤッとしたのではないだろうか。
もうおわかりですよね。それは歌われている歌詞。
思い切り " あふれる熱い涙 " と歌われりゃ、誰だってRCの「あふれる熱い涙」を思い浮かべるだろう。
何だかんだで宮本はRCの影響を受けているはずだから特に違和感も感じなかったけれど。
もちろん清志郎の歌詞だからこそすぐに気が付くのだが、僕が知らないだけで、
影響を受けたアーティストのフレーズを使うという、こういったケースはたくさんあるかもしれないな。
ただ、それが意識的なのか否かはわからないし、もちろん偶然ということもあるだろうし、
関係がないアーティスト同士がたまたま同じフレーズを使うこともあるだろうし。
エレファントカシマシのこの曲は、ヒットしたからこそこの部分が目立ったのだが、
実は他にも清志郎のフレーズに似た歌詞を歌っている例がある。
RCのファンには知られているのかどうかがわからないのだけれど、何とそれはストリート・スライダーズだ。
Harryが清志郎に影響を受けているかどうかは微妙だ。
ただ、同時期に活動をしていたバンド同士なので、
意識していなくてもお互いの曲や歌詞は、その情報量はともかく自然と耳に入ってはいたはずだ。
スライダーズ活動休止明けとなった95年発表のシングル「FEEL SO SAD」。
この曲でHarryはこう歌っている。
踊りたがってるのさ このかわいい靴が
「SWEET SOUL MUSIC」。
清志郎は「かわいい靴」ではなく「おそろいで作った靴」と歌っているという違いはある。
でも、偶然かもしれないが酷似していることは確かだ。
ただ、これだけならばそんなに気にすることはなかったけれど、Harryにはもう一曲あるのだ。
僕はスライダーズ解散後のソロ・アルバムを聴いたのは、かなり最近になってから。
しかも、すべてのアルバムを一度に聴いた。
Harryの意向により1stアルバム以外は歌詞が掲載されていないので、
歌われている内容はほとんど気にしないで聴いたのだけれど、
その1st『Bottle Up and Go』(03)だけは歌詞があることもあって、すべて読んだ。
HARRY / ユニヴァーサルIMS(2003/02/15)
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そのラスト・ナンバー「Midnight Sun」にこんなフレーズがあって驚いた。
涙の河の流れつくところ
これもRCサクセションの「ハイウェイのお月様」と同じだ。
両方のフレーズとも、実は元になる曲があったりするのかもしれないし、そういったことを調べたこともない。
だから、単に自分が聴いただけのことではある。
まぁ、清志郎に影響を受けたフレーズは、きっと世の中には他にもあるのだろうと思うけれど、
あまり他者の影響が想像できなかったHarryの歌詞だからこそ興味深い。
実は、Harryと清志郎の資質はかなり近かったりして。
清志郎を聴こうぜ!/原田和典
立て続けに忌野清志郎関連の書籍が発売されている。
清志郎の35th ANNIVERSARYに関連しては何も無かったので、
この動きは例の病気とまったく関係が無いと言ったら嘘になるだろう。
でも、いかなる理由であれファンにとっては嬉しいことには間違いないのも事実。
僕なんか、まだまだ書籍については足りないと思うもん。
さて、『忌野清志郎のブルースを探して』『地球音楽ライブラリー』に続き、
『清志郎を聴こうぜ!』というタイトルの本が発売された。
RCサクセションからソロを含めた清志郎の全曲解説というとんでもない本だ。
発売日に早速購入し、RCのいくつかのアルバムと『夢助』をBGMに一気に読んだ。
著者の原田和典氏は主にジャズについての音楽ライターのようで、1970年生まれだ。
僕よりもずいぶん年下なのだが、清志郎との出会いが同じ時期なのだ。
80年にラジオで「トランジスタ・ラジオ」を聴いたのが初体験であったという。
この話で僕も思い出したことがある。
同じ80年、既にRCに狂っていた僕に友人がRCの新曲をラジオで聴いたと連絡してくれた事…だ。
それはシングル「トランジスタ・ラジオ」だったのだが友人はタイトルを憶えておらず、
「君の知らないメロディ」と「聴いたことの無いヒット曲」という最後のリフレインを教えてくれた。
僕らはしばらくこのどちらかで曲名を話していたことを思い出す。
清志郎との出会いが同じ時期であれば、年齢差は関係無いだろう。
似たような感覚でRCや清志郎に接してきたのかな…という思いで読み始めた。
清志郎の35th ANNIVERSARYに関連しては何も無かったので、
この動きは例の病気とまったく関係が無いと言ったら嘘になるだろう。
でも、いかなる理由であれファンにとっては嬉しいことには間違いないのも事実。
僕なんか、まだまだ書籍については足りないと思うもん。
さて、『忌野清志郎のブルースを探して』『地球音楽ライブラリー』に続き、
『清志郎を聴こうぜ!』というタイトルの本が発売された。
RCサクセションからソロを含めた清志郎の全曲解説というとんでもない本だ。
発売日に早速購入し、RCのいくつかのアルバムと『夢助』をBGMに一気に読んだ。
著者の原田和典氏は主にジャズについての音楽ライターのようで、1970年生まれだ。
僕よりもずいぶん年下なのだが、清志郎との出会いが同じ時期なのだ。
80年にラジオで「トランジスタ・ラジオ」を聴いたのが初体験であったという。
この話で僕も思い出したことがある。
同じ80年、既にRCに狂っていた僕に友人がRCの新曲をラジオで聴いたと連絡してくれた事…だ。
それはシングル「トランジスタ・ラジオ」だったのだが友人はタイトルを憶えておらず、
「君の知らないメロディ」と「聴いたことの無いヒット曲」という最後のリフレインを教えてくれた。
僕らはしばらくこのどちらかで曲名を話していたことを思い出す。
清志郎との出会いが同じ時期であれば、年齢差は関係無いだろう。
似たような感覚でRCや清志郎に接してきたのかな…という思いで読み始めた。
忌野清志郎のブルースを捜して
別冊宝島の「音楽誌が書かないJポップ批評」というムックがあるが、
そこから「忌野清志郎のブルースを捜して」が発売された。
宝島は80年代当時とその姿は変ってしまったとは言え、
世の中のロック少年少女にRCサクセションと忌野清志郎を広めた雑誌である。
これは色々な意味で期待しないわけにはいかないだろう…と思ったが、
期待するより「どんな内容になっているんだ?」という興味本意で行くことにした。
だって思い入れが強い分、それが裏切られたら嫌だし。
ただ、このタイミングでの発売かぁ。この企画はいつ持ち上がったのだろう?
単に「夢助」が発表されたという理由だけでは無いだろうな。
病気の件…、いや、病気のニュース後に企画された可能性は高いんじゃないかな…。
ちなみにこのムックのバックナンバーには、
色々なアーティストが取り上げられたものが他にもたくさんある。
そのほとんどが立ち読み程度の興味しか抱けなかった中、
過去に1冊だけ迷わず購入したのが中島みゆきだ。
これは個人的に名著。
視点、構成、取り上げる題材、ライターの力量、資料的価値など、素晴らしいと思った。
中島みゆきに対しての僕はマニアックなファンではないので、
書かれている内容にミスや明らかな間違いやズレた視点なんかがあっても気付かないと思う。
でも、それを差し引いてもこの内容は素晴らしい。
さて、今回の清志郎本はどうなのかな…?
そこから「忌野清志郎のブルースを捜して」が発売された。
宝島は80年代当時とその姿は変ってしまったとは言え、
世の中のロック少年少女にRCサクセションと忌野清志郎を広めた雑誌である。
これは色々な意味で期待しないわけにはいかないだろう…と思ったが、
期待するより「どんな内容になっているんだ?」という興味本意で行くことにした。
だって思い入れが強い分、それが裏切られたら嫌だし。
ただ、このタイミングでの発売かぁ。この企画はいつ持ち上がったのだろう?
単に「夢助」が発表されたという理由だけでは無いだろうな。
病気の件…、いや、病気のニュース後に企画された可能性は高いんじゃないかな…。
ちなみにこのムックのバックナンバーには、
色々なアーティストが取り上げられたものが他にもたくさんある。
そのほとんどが立ち読み程度の興味しか抱けなかった中、
過去に1冊だけ迷わず購入したのが中島みゆきだ。
これは個人的に名著。
視点、構成、取り上げる題材、ライターの力量、資料的価値など、素晴らしいと思った。
中島みゆきに対しての僕はマニアックなファンではないので、
書かれている内容にミスや明らかな間違いやズレた視点なんかがあっても気付かないと思う。
でも、それを差し引いてもこの内容は素晴らしい。
さて、今回の清志郎本はどうなのかな…?
tag : 音楽誌が書かないJポップ批評 別冊宝島
忌野清志郎ファイル。/ミスター・ハイファッション
僕は所謂「ファッション誌」というものは買わないのだが、これだけは特別だった。
調べてみたら既に休刊のようだが、ミスター・ハイファッションという雑誌。
2000年12月号である。
購入の理由は「忌野清志郎ファイル。」とタイトルされた大特集が掲載されていた事。
清志郎のグラビア?もたっぷりな、何と36ページに及ぶ特集だった。
しかし、そもそも僕が気にしていた清志郎のファッションは、
せいぜいニューバランスのスニーカーくらいだ。
例えば、お気に入りのブランドなんかも知らない(あるのか?)し。
スニーカー以外には、無理やり思い出したとしても、
一時期にBETTY BOOPのTシャツを着ていたことしか浮かばない。
ちなみに、この影響で僕もBETTY BOOPのTシャツを着ていたけど…。
この特集では、清志郎のフェイヴァリッツ50という企画がある。
お気に入りのアイテムなどが50個紹介されているのだ。
見直したらニューバランスもBETTY BOOPもそこにあった。
そうそう、ズッカの腕時計がお気に入りだって事も思い出した。
この特集でそれを知り、僕も買おう…と思ったが、それきりである。
うなぎが好物で、牛肉が大嫌い…というのもここで知った。
嫌いなもので他に挙がっているのは戦争、携帯電話とパソコン。
しかし、この後にパソコンを使ってCDを作ることになるわけだ…。
携帯電話はCMに出ていたはずなのになぁ…。
元々派手でめちゃくちゃな衣装を着ていたわけだから、どんなファッションも似合ってしまう。
清志郎はカッコイイ。
さて、特集は何もファッション関係ばかりな内容ではない。
清志郎へ12人からのメッセージということで、
友人や知人からのコメント等が掲載されている。
川崎徹、泉谷しげる、三浦友和、筑紫哲也、矢野顕子らの中に、
もちろん仲井戸麗市からのものがある。
ここでのチャボのメッセージがとても感動的なので、
最後にちょっとだけ引用して終ります。
僕等はたぶん "さみしさの入口" な夜の曲り角あたりで出会った。
その夜のフィーリングは "少年特有" のものなのか、
"特有な少年" のものなのかはともかく、以後 "僕等の日々" な年月が始まった…。
思えば心の奥底に潜む、
様々な感情の叫びを "唄" というマジックで表すことができると教えてくれたのは、
僕にとって決定的にザ・ビートルズだった。
そして、"その事" が自分でもできるのだと示してくれたのは、
"となり" にいた清志郎だった気がする。
"悪い予感のかけらもない夜明けに、車の中、
あの娘と毛布にくるまって眠る"…という "ぬくもり"。
そして "君が僕をすべてわかっていてくれる"…という "希望"。
そんな彼の "つぶやき" によって僕は、
"さみしさの出口" ってやつをいつしか見いだしはじめられたって気がしてる。
当時のチャボは50歳。清志郎は49歳。RCサクセションの「RHAPSODY」から20年。
清志郎を "となりにいた" と語れる男はチャボしかいないだろうな…。
調べてみたら既に休刊のようだが、ミスター・ハイファッションという雑誌。
2000年12月号である。
購入の理由は「忌野清志郎ファイル。」とタイトルされた大特集が掲載されていた事。
清志郎のグラビア?もたっぷりな、何と36ページに及ぶ特集だった。
しかし、そもそも僕が気にしていた清志郎のファッションは、
せいぜいニューバランスのスニーカーくらいだ。
例えば、お気に入りのブランドなんかも知らない(あるのか?)し。
スニーカー以外には、無理やり思い出したとしても、
一時期にBETTY BOOPのTシャツを着ていたことしか浮かばない。
ちなみに、この影響で僕もBETTY BOOPのTシャツを着ていたけど…。
この特集では、清志郎のフェイヴァリッツ50という企画がある。
お気に入りのアイテムなどが50個紹介されているのだ。
見直したらニューバランスもBETTY BOOPもそこにあった。
そうそう、ズッカの腕時計がお気に入りだって事も思い出した。
この特集でそれを知り、僕も買おう…と思ったが、それきりである。
うなぎが好物で、牛肉が大嫌い…というのもここで知った。
嫌いなもので他に挙がっているのは戦争、携帯電話とパソコン。
しかし、この後にパソコンを使ってCDを作ることになるわけだ…。
携帯電話はCMに出ていたはずなのになぁ…。
元々派手でめちゃくちゃな衣装を着ていたわけだから、どんなファッションも似合ってしまう。
清志郎はカッコイイ。
さて、特集は何もファッション関係ばかりな内容ではない。
清志郎へ12人からのメッセージということで、
友人や知人からのコメント等が掲載されている。
川崎徹、泉谷しげる、三浦友和、筑紫哲也、矢野顕子らの中に、
もちろん仲井戸麗市からのものがある。
ここでのチャボのメッセージがとても感動的なので、
最後にちょっとだけ引用して終ります。
僕等はたぶん "さみしさの入口" な夜の曲り角あたりで出会った。
その夜のフィーリングは "少年特有" のものなのか、
"特有な少年" のものなのかはともかく、以後 "僕等の日々" な年月が始まった…。
思えば心の奥底に潜む、
様々な感情の叫びを "唄" というマジックで表すことができると教えてくれたのは、
僕にとって決定的にザ・ビートルズだった。
そして、"その事" が自分でもできるのだと示してくれたのは、
"となり" にいた清志郎だった気がする。
"悪い予感のかけらもない夜明けに、車の中、
あの娘と毛布にくるまって眠る"…という "ぬくもり"。
そして "君が僕をすべてわかっていてくれる"…という "希望"。
そんな彼の "つぶやき" によって僕は、
"さみしさの出口" ってやつをいつしか見いだしはじめられたって気がしてる。
当時のチャボは50歳。清志郎は49歳。RCサクセションの「RHAPSODY」から20年。
清志郎を "となりにいた" と語れる男はチャボしかいないだろうな…。
清志郎の遺言/月刊カドカワ
92〜93年にかけチャボがエッセイ「ある日の雑記帳」を連載していたので月刊カドカワを買っていた。
実際にチャボのエッセイ以外には内容に興味が無かった。
メインで特集されるアーティストも僕がまったく聴かない人ばかりであったし。
そんな中でも、たまに興味を持つ特集があったりするのだが、
これはそんな数少ない中の一冊である。
41歳当時の忌野清志郎。
アルバム『メンフィス』をレコーディングした時期の総力特集だ。
その名も「清志郎の遺言」。
表紙は篠山紀信による撮影。
メイクが何だかヘン。こんな時期があったっけ?という表情だ。
内容は本人による過去の作品解説と『メンフィス』全曲解説。
忌野清志郎全史。
キヨシロー本全作品解説。
グラビア「地下鉄に乗って」等で構成された、なかなか読み応えがあるものだ。
忌野清志郎全史は簡単であるがしっかりとまとめられており、
レアな写真もあったりで保存版である。
『メンフィス』全曲解説はレコーディングのエピソードが満載で楽しい。
過去の作品の本人解説もなかなか興味深い話が多い。
特にRCのレコーディングについての話はそんなにおおっぴらにされていないので、
こういう企画は歓迎だ。
キヨシロー本解説は実際の編集者や著者によるものなので、これまた面白い。
中でも当時の宝島編集長である関川氏の話は、1981年当時が思い出されて素晴らしい。
この他、マンガ家のいくえみ綾との対談や、清志郎本人寄稿のエッセイなどもある。
ただ、アサミカヨコによるマンガはなぁ…。
実を言うと、僕はアサミさんのイラスト、絵が苦手です。
だから、大きな声では言わなかったが、RCのTシャツやパンフに使われるのが物凄く嫌だった。
ましてレコードのジャケットに使用された時は、内心でバカヤローと叫んでいたのは本当です。
今でも僕は好きじゃない。
これはRCのイメージ作りとして大失敗だったと個人的に思っている。
ところで月刊カドカワという雑誌は、今でも存在しているの?
実際にチャボのエッセイ以外には内容に興味が無かった。
メインで特集されるアーティストも僕がまったく聴かない人ばかりであったし。
そんな中でも、たまに興味を持つ特集があったりするのだが、
これはそんな数少ない中の一冊である。
41歳当時の忌野清志郎。
アルバム『メンフィス』をレコーディングした時期の総力特集だ。
その名も「清志郎の遺言」。
表紙は篠山紀信による撮影。
メイクが何だかヘン。こんな時期があったっけ?という表情だ。
内容は本人による過去の作品解説と『メンフィス』全曲解説。
忌野清志郎全史。
キヨシロー本全作品解説。
グラビア「地下鉄に乗って」等で構成された、なかなか読み応えがあるものだ。
忌野清志郎全史は簡単であるがしっかりとまとめられており、
レアな写真もあったりで保存版である。
『メンフィス』全曲解説はレコーディングのエピソードが満載で楽しい。
過去の作品の本人解説もなかなか興味深い話が多い。
特にRCのレコーディングについての話はそんなにおおっぴらにされていないので、
こういう企画は歓迎だ。
キヨシロー本解説は実際の編集者や著者によるものなので、これまた面白い。
中でも当時の宝島編集長である関川氏の話は、1981年当時が思い出されて素晴らしい。
この他、マンガ家のいくえみ綾との対談や、清志郎本人寄稿のエッセイなどもある。
ただ、アサミカヨコによるマンガはなぁ…。
実を言うと、僕はアサミさんのイラスト、絵が苦手です。
だから、大きな声では言わなかったが、RCのTシャツやパンフに使われるのが物凄く嫌だった。
ましてレコードのジャケットに使用された時は、内心でバカヤローと叫んでいたのは本当です。
今でも僕は好きじゃない。
これはRCのイメージ作りとして大失敗だったと個人的に思っている。
ところで月刊カドカワという雑誌は、今でも存在しているの?

