COUNTDOWN JAPAN 1920 仲井戸CHABO麗市 MOON STAGE 幕張メッセ 2019.12.31.

チャボは年末の磔磔、麗蘭のライヴを忘年会と表現する。
それならば、CDJは何なのだろう?

これまで10年、ここでのチャボを観てきているが、
その佇まいやオーラが普段とは明らかに違うように見える。
あるときのステージ上では、
スポットに照らされたギターを抱えた姿に神々しささえ感じたこともある。

ラスト・ナンバー「雨あがりの夜空に」後に、
“ 愛しあってるかい “ ではなく “ 愛しあってるぞ “ と叫び、
手にしていたギターを放り投げ、
何とも言いようの無いやり切れなさを見たような、
最後の最後に何かにぶつけなければならないモノが噴出したような、
2009年のラスト・シーン。
CHABO BANDで何の前ぶれもなくぶちかまされた、
『RHAPSODY』 のA面2曲目、「エネルギー oh エネルギー」は2010年。
ギターを打楽器として使って「労働歌」を歌い、
俺は打ちのめされずにぶちかます…と「マイ・ウェイ」に繋げ、
" 俺は行くぜ、俺はやるぜ " モードで通した2011年。
長めのインプロからの「Hey Hey, My My(Into The Black)」で、
“ ロックン・ロールは滅びやしない " とディストーションで放った2014年。
俺がいく道はロックン・ロールだ!と宣言したSoul Matesは2018年。

というように、僕が感じる名場面も多い。

渋谷(陽一)が呼んでくれるならば、俺は出る…と公言しているCDJだが、
その年を終わらせるために、
そして次の年へ繋げるために、
チャボにとって必要な場なのかもしれない。

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1 お正月〜Dr.Johnに捧ぐ~ Thankyou&bye-bye Mr.Dr.John
2 お正月〜エメラルドの伝説
3 お正月〜仰げば尊し
4 お正月〜太陽がいっぱい
5 レクイエム
6 打破

セットリストを見ての通り、演奏された曲のアタマには「お正月」が歌われた。
その歌詞はこうだ。
 
  もうひとつ寝るとお正月
  お正月が来る前に
  今 歌っておきたいぜ
  西暦2019年 暮れゆく前に

この歌詞からわかるように、
チャボは自身で歌っておきたい、
奏でておきたいものをあの場で演ったのである。
おそらくここでは観客の視点は考えられていないだろう。
あくまでも仲井戸麗市の2019年が暮れゆく前に演りたいことだけがあった。
しかし、だからこそ、ザ・仲井戸麗市のステージになったのだと思う。

Dr.John、萩原健一、遠藤ミチロウ、マリー・ラフォレ、
それぞれに捧げられた曲の後には、各々の命日までもが読みあげられる。
ステージが進むにつれ会場がシーンとなっていく気がした。
いや、実際にシーンとしてしまった…というよりも、
チャボがシーンとさせてしまったのだが、そこにネガティヴな空気はなかった。
あの場にいたみんなが、歌っておきたい歌を歌うチャボを理解して受け止め、
自分にもそれを置きかえていたように思う。
結果として、MOON STAGEにいた人たちも、
新しい年、良い年を迎えるために、
2019年が暮れゆく前に終わらせておきたいものを、
チャボと一緒にココロの中で歌っていたのではないか。
そんな風に思える静けさだった。

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MOON STAGEで初めてチャボを観た人も少なくないだろう。
さらに、CDJの会場は、それぞれのステージの外でも、
音漏れによりどんなライヴなのかが簡単に把握できる。
チャボのステージも、MOON STAGEのすぐ外にいた人たちには、
ハッキリと聴こえていたと思うのだが、それはどのように聴こえていたのか、
どう聴いたのかを思うと、痛快な気分になると同時にとても気になることでもある。
少しでも誰かに刺さってくれていたらいいなって思う。

いずれにせよ、仲井戸麗市のCDJにおいて、
また僕にとっての名場面がひとつ増えた2019年だった。
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麗蘭 磔磔 Vol.27 Everything Gonna Be Alright 磔磔 2019.12.29.

昨年…2018年の磔磔を観た後に記した、
僕にとっての麗蘭を再掲する。

     **********

  僕にとっての麗蘭には、新曲に代表される新たな展開は必須条件。
  というか、それがない麗蘭は考えられないと言っていいかもしれない。
  91年、1stツアーの未知なるものに対しての強烈な印象以来、
  麗蘭…彼らのライヴは毎回が新しかった。
  新曲があったという事実だけではない。
  仲井戸麗市と土屋公平それぞれの活動の中にある麗蘭のポジション。
  チャボファンとしての僕が感じる仲井戸麗市と麗蘭の関係性とスタンス。
  微妙だが確実に違う音楽性。
  そして何よりも活動形態の特別感。
  こうしたことによるスペシャル性が僕にとっての麗蘭。
  それが年末の磔磔なら尚更のことである。

     **********

2019年の麗蘭も、まさにこの、僕にとっての、
僕の辞書にのっている麗蘭だった。
今年も多くの新曲が用意されたが、当然だ。
これこそが僕にとっての 年末 京都 磔磔 麗蘭 なのである。

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オープニングを飾るライヴのタイトル曲。
2本のギターでロックする展開とミディアム・テンポが最高!
今の麗蘭スタイルにバッチリな曲だ。
ひとつだけ、新曲ではない新曲があったが、
全体的な印象は、メロディがハッキリしたいい曲だったなぁということだ。

この場では恒例の、その年に亡くなったミュージシャンに捧げる曲は、
これまでのオリジナルや「今夜R&Bを…」ではなく、
はっきりと「レクイエム」という新曲となっていた。
おそらく、今後も毎年、誰かに捧げなければならないだろうから、
チャボ自身の思いとして、どうにか曲として表現したかったのだと思う。
僕の考えが当たっているかはわからないが、結果としてそうなっていく気がする。
しかし、単独の作品としてもいい曲だった。

これまでチャボは「俺たちには音楽がある」を筆頭に、
「誰も奪えないもの、汚せないもの、いちばん綺麗なものがロックンロールだ!」などと、
音楽…ロックン・ロールに対する思いを磔磔で歌ってきたが、
今年は「ロックン・ロールですべてを知った」という直球メッセージだった。
イージーだからこそ深く、重く、リアルに響き、胸を打たれた。
そして毎回…今年もこう呼びかけてくれる。

  今夜いかれてる音楽へ
  俺たちと一緒にGet Back!

泣けた。
ギターを放棄し、マイクを持って客席に向かいシャウトするチャボに泣けた。
「Get Back」がハイライトだった。

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正直、最近は期待だけを持って京都に来るわけではなくなった。
しかし、麗蘭は良い意味で僕を裏切り続けている。
いいライヴというものは、普段は抑えている感情や思いを解放してくれる。
ネガティヴなそれならば尚更で、そんな思いや想いが解放されることで、
たとえほんの少しだとしても、前に進ませてくれるのだと思う。
僕にとって年末の麗蘭はこれなのかもしれない。
いや、たぶん、これなのだろう。
彼らと過ごす、たった3時間程度。
この短い時間は、いつも新しい自分に変えてくれる気がする。
ということは、毎年、新たな自分で新年を迎えられるのである。
これって本当に凄い。

ありがとう、麗蘭。
ありがとう、チャボ。

CHABOのKing Biscuit Time #20 南青山MANDALA 2019.12.25.

毎回ではないが、この場でチャボのプライヴェートな音源を披露してくれることがある。
過去にも、結婚するチャボに清志郎が贈ったオリジナル曲や、
『夢助』用の清志郎とのデモ音源など、マニアでなくとも唸るようなものがあったが、
それらに負けない音源をチャボは持ってきてくれた。
しかもメディアがカセット・テープなのだから、最高である。

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まずは70年代のいつ頃かわからないが、当時のFENを録音したもの。
単に番組が録音されたテープが僕らファンにとって価値がある理由は、
忌野清志郎が録音し、チャボに渡したテープだからである。
番組ではヤング・ラスカルズの「グルーヴィン」がかかっていたのがわかるが、
清志郎がいい曲だと思って俺にくれたのかも…的な話があった。
当時の二人を想像するだけで、自然と笑顔になる自分がわかる。

続けては、テープの音源としてはラジオと共に定番であるライヴの録音だ。
ただしネタがいい。
渋谷ジァンジァンでの古井戸。
しかも1978年3月14日と日付がハッキリしていて、資料的価値も高い。
曲は「さよならマスター」。
解散の前年ではあるけれど演奏はよく、
こうした切ないメロディを歌う加奈埼さんのヴォーカルは最高だ。

" 聴くとベースが入ってるんだよ "
" しかも弓だから、これ、リンコかもしれない "

何とも嬉しいことをチャボは言ってくれたが、
僕の中では、既に " かもしれない " ではなく、ベースはリンコさんである。

更に古井戸が当時やっていた、
ラジオ関東の古井戸ミッドナイトプラザという番組。
スタジオ・ライヴで、僕は聴いたことがない未発表のブルースだったが、
当時の古井戸はこうした曲をたくさんプレイしていたんだろう。

そして次はもの凄い音源が登場した。
テープには " RCハウス " と書かれているらしい。
そのハウスでのセッション音源だった。
RCででハウスとくれば思いつくのは…場所は福生のジャパマ・ハイツだろうか?
メンバーは清志郎、リンコ、チャボ、奥津光洋、そして新井田耕造。
ほぼ80年代のRCサクセションだが、当時の清志郎とリンコのRC組に、
チャボと光洋、コーちゃんが加わったという形なのかもしれない。
曲は光洋のオリジナルで「ぼくは本気さ」。
ヴォーカルも光洋。
コーちゃんは何故だかピアノを担当していたらしい。
正直、音質は最悪だし、どんな曲でどんな演奏なのかは把握できなかったが、
チャボも言っていたように、" 確かにみんなで音を出したんだ " であり、
" 光洋も清志郎もいないけれど、音は残る " である。
音楽的な何かをこえてMANDALAに響いたその音は、
確かに僕の中に残るだろう。

カセット音源特集の最後は、僕にとっての極め付け、ダメ押しだった。
1980年12月25日、渋谷公会堂。
RCサクセション PLEASE Play it Loud。
オープニングの「ホワイト・クリスマス~よォーこそ」だ。
1980年である。
チャボが客を煽ってスタートしていた時期だから、
当然、オープニングMCもあるが、その部分は聴かせてくれなかった。
気持ちはわかるが、あれがあっての当時のRCサクセションであり、
あれがあっての当時の「よォーこそ」である。
しかもジョン・レノンが射殺された直後だったので、
" 今夜のコンサートをジョン・レノンに捧げます " という、
実にかっこよく、感動的なMCがあったはずだから、聴かせてほしかったなぁ。

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" カモン、リンコワッショ!" からソウルフルなクリスマス・ソングが始まる。
曲の途中でステージに清志郎が登場したであろうことが、客の歓声でわかる。
そして " ワンツーサンシッ! " で「よォーこそ」が始まるのだ。
確か、生活向上委員会の前で、清志郎は指揮者を真似ていたはずだ。
そこからの " ワンツーサンシッ! " だったと記憶している。

とにかく凄い。
かっこいい。

個人的には81年の演奏がいちばんだったと思うRCだが、
久保講堂から8ヶ月後、既にこんな演奏を聴かせてくれていたのだ。
カセットだからなのか、臨場感が抜群で、まるで会場にいるみたいだった。
どーだい? シブコーベイベー! と歌う清志郎に泣けた。

  RCはすげぇだろう!

39年前の渋谷公会堂にいた16歳の僕も、
39年後に南青山でその音を聴いている僕も、
大きな声で世界中に自慢したい。

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終わってみれば、この日は特にテーマは設定されなかったが、
あえて挙げるとしたら、時期的なこともあり、クリスマスだったのだろう、きっと。
しかし、中盤のカセット音源特集がすべてを持っていってしまった感がある。
でも、この夜はそれでいいだろう。
少なくとも僕にとっては最高のクリスマス・プレゼントだった。

仲井戸CHABO麗市 2019 TOUR CHABO Route69 SOLO ACTION 札幌KRAPS HALL 2019.12.20.

今回のツアー、SOLO ACTIONにやっと足を運べた。
単に予定があわなかっただけだが、結果として最終日になったのはラッキーだった。

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チャボのことだから、全国を回ってきた中で、
ライヴのプログラムはMCも含めてほとんど変えていないだろう。
だからこそ、演奏と歌の完成度はもちろんMCもキレていたし、
そのことで観客が巻き込まれる構成と、チャボ自身の吸引力が見事で、
お馴染みの曲や話であっても、どんどん引き込まれていく自分がわかった。

終演直後に思ったのは、ツアーのファイナルらしいライヴだったなぁということだが、
時間が経った今は、少し違う。

  ろくでもない人生や不幸せ でもだいじょうぶ ブルースでぶっとんでく
  老いをぶっとばせ、ぶっつぶせ たのむぜロックン・ロール
  いつでもまだまだ唄うぜ ギターをもっと鳴らすぜ
  俺は誇り高きBAND MAN この道一筋まっしぐら

前半で歌われた曲でのこうした宣言。
中盤の…これは言い続けてきたことだが…RCを歌い継いでいくという宣言。
いつも以上に、チャボのメッセージが刺さってきた。

自分の今を伝えるんだ、
今の自分を見てもらいたいんだ…という、
ギターや曲、歌を通して、自分の音楽というよりも、
自分自身と相対しているかのようなステージ。
しかし、それは窮屈で内にこもっていくようなものではなく、
明るく開放的に放たれていたのが素晴らしいと思った。

ツアーの " 最後 " ではなく、仲井戸麗市の " 今 " を伝えてくれる、
これからのチャボに期待が膨らむライヴだった。

仲井戸CHABO麗市 2019 TOUR CHABO Route69 BAND 東京EX THEATER ROPPONGI 2019.10.5.

例えば会場が日比谷野外大音楽堂だったり、
開催日が10月9日だった場合。
仲井戸麗市のライヴとなれば、そこにある種のテーマはどうしても設定されてしまう。
しかし、2019年に行われているツアー “ CHABO Route69 “ は、
” 今年69歳を迎えるチャボのロックなツアー “ というテーマのみ。
しかも2年ぶりに集まるCHABO BANDのライヴが含まれた。
こうなれば、思考を邪魔するであろう要素を考えることなく、
思う存分、やりたいこと、やりたかったことをテーマにセット・リストを組めるだろう。
近年はなかなか…いや、ほとんど活動がないCHABO BANDであればなおさら。
実際、チャボがバンドで…もちろんCHABO BANDでやりたいこと、やりたかったこと、
そしてここに “ やれなかったこと “ を加えて組まれたメニューだったと思う。

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9月のCHABOのKing Biscuit Timeでは「バンドでツアーができたら…」と話し、
“ バンドが始まるぜ “ と歌われる「CHABO BANDのテーマ」を終演BGMにしていた。
予感はあったが、ライヴのオープニングにこの曲を持ってきていたのは、
やはりチャボの意志であり、喜びであり、本音なのだろう。
バンドをやりたいのである。
CHABO BANDをやりたかったのである。

特筆すべきことは古井戸の曲を多く取り上げていたことだ。
この理由を僕なりに想像する。

2017年のCHABO BAND、日比谷野音Birthday LIVEでは、
67歳になる自分がどんなトータル・メニューを組めるか…をテーマにしたようだが、
この時は冒頭にも書いたように野音と誕生日が重なり、さらにBLUE DAY HORNSがいた。
RCサクセションを入れないわけにはいかない。
このことだけが理由での制約ではなかったのだろうが、
結果として当初メニューに入れていた古井戸の曲が外れた事実がある。
2015年のデビュー45周年の渋谷公会堂では、
加奈崎芳太郎との再会により古井戸が36年ぶりに復活したが、
CHABO BANDとしての古井戸は演奏されていない。

今はCHABO BANDでコンスタントに活動ができない。
しかし、それを承知のうえでも、こうした心残り的(?)なことを、
チャボはそのままにせず、あきらめなかったのだと想像する。
よって2019年のCHABO BANDを組み立てる際に邪魔するものが何もないとくれば、
古井戸をやることは必然であったのだろう…というのが僕なりの結論だ。

過去のライヴ同様に、アルバム『四季の詩』収録曲を中心にバンドで聴かせてくれた。
おなじみの曲ばかりであったけれどアレンジは新鮮。
中でもJ.J.ケイル風の「春たけなわ」と、
今のCHABO BANDが当時の古井戸をコピーしたような「きまぐれラプソディ」が印象的。
前者はRC活動期のソロ・ライヴでもレゲエで演っていたので、
バンド・アレンジしやすい曲なのかもしれない。

とにかくこのバンドでのニュー・アレンジによる古井戸の魅力を知ってしまった。
古井戸の曲と言ってもチャボの作品なわけだから、
ポール・マッカートニーがビートルズを演るのと同様、
取り上げること自体に何もおかしいことはないのである。
今回をきっかけに、普通に自作曲としてライヴで演奏されることを望みたい。

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演奏面以外の僕個人の思いとしては、
どれだけ自分はこのバンドを待ち望んでいたのかを思い知らされた。
これまで長くCHABO BANDを観てきているが、
演奏ではなくメンバー紹介に感激して泣きそうになったのは初めて。
3人のMy Old Friendを高らかに、そして誇らしげに紹介するチャボはとても素敵だった。
そしてそんなFriend達は、久しぶりなのに、
まるで長いツアーを続けてきたかのような演奏をするのである。
僕の思いと想いに完璧に応えてくれるのである。
最高だろう、本当に。

MCでも4人がなかなか集まれないことを所々で冗談めかしながら残念がるチャボ。
カースケには「CHABO BANDに専念しなさい。他はいいから」と言っていた。
しかし、これは本音だ、絶対に。
だって、その時々でいつも最新の仲井戸麗市を表現してくれるバンドである。
多くの仲井戸麗市ファンも同じ思いなのだと信じたい。

発表直前の渋谷公会堂があったが、チャボ自身、
アルバム『CHABO』リリース後にツアーができなかったことを、
2017年の野音で何とか納得いく形でおさめたような発言があった。
そして今回、2017年にできなかった古井戸を演る。
2015年からの3本のライヴを繋げてみると、
やりたいこと、やりたかったこと、やれなかったことを、
足かけ5年をかけてチャボはやったのではないか。
そしてそれは、やるべきことでもあるのだろうし、
やらなければならないことでもあったのだ。
もちろん、CHABO BANDで。

いいライヴだったと単に思うだけでなく、
チャボのCHABO BANDへのスタンス…というか愛が垣間見えた気がして、感動的だった。
バンドが始まってほしい。

CHABOのKing Biscuit Time #15 南青山MANDALA 2019.7.22.

仲井戸麗市の「SUMMER SAMBA」だけを繰り返し聴いていた夏があった。
いい曲だからといった理由ではない。
上手く言葉にできないのがもどかしいが、聴いていたというよりも、
身体に取り込んでいたということに近いからだと思う。
そのときの自分は本能的にこの曲を欲していたのだろう。

ライヴで積極的に取り上げられることはないし、
ファンの間でもいわゆる代表曲、定番曲としての位置にあるとは思わない。
でも僕の中では不動の仲井戸麗市ベスト3に入る曲だ。

音楽への、夏へのラヴ・ソングである。
言葉通り、普遍的な意味でそれに当てはまるが、
それぞれアタマに “ 仲井戸麗市の “ という冠を付け、
仲井戸麗市の音楽、仲井戸麗市の夏、それぞれへのラヴ・ソングと、
一気に個人的な意味を持つ曲に変えてみても、
極めて仲井戸麗市個人としか言えなくなるはずなのに、
誰もが共有できる普遍性を放つ曲だとも思うのだ。

音楽を愛する一人が曲を通ることで、僕はその愛し方を共有できる。
愛し方は百万通り…それ以上限りなくあるが、愛することは共通のはずだ。
音楽への思いや想いも同じだ。
思い方や想い方は人それぞれだが、思うことと想うことは誰にだってあるはずだ。
“ 僕もそうなんだよ、チャボ “ と深く共感できるように、
“ 音楽って最高だ “ と心から確信できるように、
音楽を愛する他人が自分の鏡になる曲とでも言えば伝わるのか、
そんな曲なのである「SUMMER SAMBA」は。

     **********

この日は『昨今の活動』に関連してという定番テーマ。
曲にまつわる経緯はまったく異なるのだが、
DJの前にたまたま僕が「リリー・マルレーン」に浸っていたところ、
加藤登紀子さんのヴァージョンながらも同曲をかけてくれるという、
僕個人としての嬉しい偶然もあったが、曲そのものの楽しみ方とは別に、
現在のDJタイムの特徴と言っていいだろう合間のトークに引っ張られた夜だった。
最近のニュースに触れることも定番だが、この夜は単なる話ではなく、
チャボならではのメッセージとして受けとめられるものが最後にあった。

  事件を起こす最低なヤツは俺たちが好きな音楽に出会っていないんだろうか?
  いい音楽を聴いていたら踏みとどまるんじゃないか?
  みんなはどう思う?

こうした呼びかけがあり、更にこう続いた。

  ビートルズやストーンズ、オーティス…を聴いていたら踏みとどまるよね?
  踏みとどまると思うんだ
  だって、俺がそうだったから

俺がそうだった…と。
俺は踏みとどまった…と。
音楽によって…と。

ここでは大意として記しているが、
チャボがこんな話をリアルにしてくれるのは、僕の記憶では初めてだ。
言葉を探し選びつつ話をしていたのだが、
狂気やナイフというフレーズが使われていたのも印象的。
おそらくチャボにはリアルな言葉だからこそ出した(出た)のだと僕は思う。

決してシリアスでヘヴィな雰囲気になってはいなかったけれど、
チャボの言葉は僕に刺さった。
この日にそれまで聴いてきた曲すべてが飛ぶほどであった。

このおかげで、帰宅してからだが、僕自身のちょっとした体験を思い出すことになる。
1991年の湾岸戦争。
確かニュースか特番だったと思う。
戦争が継続中だったか終結していたかの記憶は曖昧だ。
湾岸戦争の映像のバックに「イマジン」が流れた。
いや、「イマジン」に乗せて戦争の事実を流した。
たった3分間だったが、凄かった。
「イマジン」のメッセージがビンビンと伝わってきた。
一瞬、日本語で歌われているのかと勘違いしたくらいだ。
番組制作者の意図や演出に見事はまって感動したのではない。
上手く言えないが、あのときの「イマジン」はジョンの曲ではなく、
僕にはもっと地球規模で響いていたというか、
人類の曲として聴こえたというか、
大袈裟かもしれないが、そんなニュアンスだったのだろう…という体験だ。
音楽があれば…というチャボの話に通じるものがあるので、思い出したのだろう。

     **********

冒頭に記した「SUMMER SAMBA」に戻る。

この日、チャボは夏の曲として「SUMMER SAMBA」をかけた。
意識してはいないと思うけれど、最後の話と見事に繋がっていた。

音楽は “ 色あせることのない夏 “ “ 色あせることのない永遠 “ である。

色あせることのない夏と永遠があった、
色あせることのない夏と永遠を知った、
色あせることのない夏と永遠を手にした…ことで踏みとどまったチャボを想うことで、
この音楽へのラヴ・ソングが実にリアルに響いて聴こえるのである。

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P.S.

  ロックン・ロールがあったから俺たちはここにいるんだよな
  みんなとロックン・ロールで出会えたんだよな

2017年10月9日。
日比谷野外大音楽堂でのチャボの呼びかけが、
今、僕のすぐそばで聴こえている。

MY LIFE IS MY MESSAGE 2019 Brotherhood 山口洋×仲井戸CHABO麗市 THUMBS UP 2019.6.28.

ゴールである相馬へ向けてのツアーが組まれるという、
以前のようなドラマチックなストーリーがあるわけではなく、
賛同した何名かのミュージシャンたちによるセッションでもなく、
今回は山口洋と仲井戸麗市の二人だけで行なわれたMLIMM。
双方のソロ・パートがあり、セッションに繋げるという、
ハッキリ言ってフォーマットが決まっているであろうライヴである。
はたして…今回もその通りの構成だった。
しかし、そのフォーマットはMLIMMを冠したものであるから、
チャボのいつものソロとは何かが違って聴こえるのも確かだ。
その何かが何なのかを受け止める楽しみもMLIMMならでは…だ。

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チャボは特にテーマを設定せず、いつものソロだった。
雨が歌われている曲や、この時期しか歌わないという「ねぇHISAKO」といった、
6月らしいメニューではあったが、特にMLIMMらしい何かは見られなかった。
ただ、お客さんをいじる回数が減っていたのはよかった。
最近のチャボの傾向として、お客さんを意識すると演奏から客席に気が移り、
肝心の歌やギターが飛んだりおろそかになるのを何度も目にしているので、
その意味ではこの夜は最低限だったのはよかったと思う。
もっと自身の歌とギターに入り込んでほしい。

アンコールも定番ではあったが、ミチロウに触れての「新相馬盆歌」や、
「満月の夕」を聴けば、MLIMMのライヴということを意識するし、
これまで僕が体験してきた…それこそミチロウが加わっての渋谷、
そしてARABAKIでのセッションが浮かぶ。
それらの延長にこの夜があることに気づかされての感動もあった。

「ハングリー・ハート」もここではすっかり定番になったが、
言ってしまえばチャボの歌詞によりまったく別の曲になっているわけである。
しかし洋のギターがオリジナルのキーボード・ソロを再現するので、
あぁ、これはスプリングスティーンなんだ…と思いなおさせてくれる。
そんな良い意味でのねじれ方も、MLIMMでしか聴けないものである。

ラストは「R&R Tonight」だった。
洋のリクエストだったそうだが、明らかに浮いていた。
もちろんプラスでポジティヴに…であるが。
ミチロウ、そして本編のMCではショーケンの訃報にもふれられていたが、
そこに付け加えられる " 同い年 " がチャボの切ない想いを表していた。
そんなことを感じ続けているであろうチャボの " やるっきゃねぇ " は感動的だし、
僕自身もそれによって奮い立たされるけれど、
同時に見え隠れするやり切れなさを感じられるのも事実。
そんなものがこの日の「R&R Tonight」に結実してしまったように見えた。

やるしかない、やり続けるしかない…という思いと共に、
どうしたって溢れ出る切なさによって、
歌われる歌詞やフレーズが、それとは違った意味に聴こえてくる。
夏の寂しさの本当の理由…の夏とは単なる季節なのか。
預かってゆく僕らの重たい未来…の未来のゆくえはどこなのか。

" R&Rが溢れてるから、今夜は最高の気分さ " と歌われるが、
歌われている途中ではなく、歌い終えてからではあるけれど、
その最高の気分から何かがこぼれているように感じた。
歌い終わった後のチャボはしばらく下を向いたままで、
何だか放心していたように見えたからだ。

今夜は最高の気分さ…だけではなかっただろう。
歌いながらチャボの中に落ちてきたものは何だったのだろう?
今のチャボをリアルに感じられるシーンは、この日の最大の収穫だった。

CHABOのKing Biscuit Time #14 南青山MANDALA 2019.6.14.

 CHABOのKing Biscuit Time。
 チャボと一緒に音楽を聴く。
 言葉にすればこれだけのことなのだが、決してラジオのリアル版ということではない。
 もし、誰かに " 何を聴かせてくれるの? " と質問されたら、僕はこう答えるだろう。
 " 仲井戸麗市を聴かせてくれるよ " と。
 単に曲を聴くだけの場ではなく、仲井戸麗市自身…チャボと言う人間を聴く場でもある。
 そしてさらに、チャボを通して自分自身を聴く場にもなっていれば素晴らしいと思う。

先月のKing Biscuit Time後、僕はここでこのように書いた。
振り返れば第1回目…最初からその要素はあったけれど、
特に最近は " 仲井戸麗市の個人史 " 的な色を濃く感じている。
1回目はその時間を通してチャボの親友がテーマだったので、
まさに個人的でディープな雰囲気で進行した。
しかしこれ以降はいくつか挟まれるエピソードや、ほんのちょっとした発言から、
チャボのプライヴェート的なものが見えるだけになっているのだが、
その重さと深さが僕にとってはとても大きい。

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思えば40年もチャボを聴いてきたのだ。
チャボにも僕にも等しく流れたこの時間で変わったこと、変わらなかったこと、
積み重ねられたこと、新たに知ったこと、無くなったこと、忘れてしまったこと…。
僕はこうしたものを抱えて、今のチャボを聴き、観て、触れている。
同じくチャボもそんなものを抱えて僕の前に立っている。
だから過去発表された作品や、知っている話、見たことのあるものやモノであっても、
すべてが2019年型に変換されて届けられ、伝わるのだろう。

おかげで、チャボのサウンドトラックを生で聴かせてもらっているかのようだ。
お馴染みのエピソードも、そこに添えられた音楽が今の新たな景色を呼ぶ。
それはどういうことかというと、その話と曲を、
そして曲に寄り添われた話を、何度も新鮮に楽しめるということだ。
感動的である。
しかし、これが感動的だということは、きっと40年が無ければわからなかったはずだ。
CHABOのKing Biscuit Timeは、音楽を好きな自分、
チャボを好きな自分が幸せであることを感じる時間になっているのかもしれない。

     **********

この日に生歌で披露されたのは「びしょぬれワルツ」。
信濃町、小石川、銀座の地名が歌われるが、ここから広がる70年代の風景と空気感。
想像に想像が重なり、それを知らず、そこにいなかった僕にも古井戸が見える。
音楽によってだけ、僕が感じるこの体験。
しかも、この歌とギターの上にチャボの言葉が乗る。
更に想像は広がり、短い演奏時間でも一本の映画を観たかのようである。

言葉と言えば、チャボの朗読もある。
今では " だんだんわかった " ポエトリー・リーディング・ツアーのような、
鬼気迫る朗読、緊張感溢れる客席はもうあり得ないが、
この夜、「THE BEATLES 日本公演」を読んだときは、わずかながら、
ティーンエイジャーだった1966年の仲井戸麗市をのぞかせていた。

ビートルズ…とりわけ来日時を語るチャボは、
溢れる思いや想いを抑えきれなくなることも少なくなかった。
もうずいぶん前になるが、THE Afternoon Tea & Music Time のタイトルで、
こうしたDJが横浜で行なわれていたとき、そんな瞬間に出会ったことがある
そのことやそんなチャボを知っているから、2019年の今も、
それが単なる話で終わったとしても、僕の心に響くのである。

ちなみに " だんだんわかった " の最終エピソード「ビートル一人一人達の再来日」。
ジョージの東京ドーム公演を観た後に、チャボはひさこさんと小石川を少し歩き、
タクシーを拾って家に帰るのであるが、ここに出てくる " 小石川 " が、
この日の「びしょぬれワルツ」の " 小石川 " に重なっての感動もあったことも記しておきたい。

     **********

おおくぼさんの初めての写真展。
その展示をチャボと二人でやったこと。
清志郎と泉谷しげるが見に来てくれたこと。

これだけのことでも、僕の中であまりにもの感動的なシーンを広げることは容易だ。
もちろん想像なのだが、きっとそれは実際のものとほぼ同じだろう。
そこに添えられた音楽がそう確信させてくれるからだ。

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仲井戸麗市と自分が1対1で過ごしている。
お客さんがいても、そう感じられる時間である。
やはり単に曲を聴くだけの場ではなく、仲井戸麗市…チャボと言う人間を聴く場でもあり、
さらに、チャボを通してぼく自身を聴く場にもなっているのだと思う。

CHABOのKing Biscuit Time #13 南青山MANDALA 2019.5.14.

この日はデモ音源や、路上や駅構内などで録音されたものなどを含め、
チャボ的にめずらしいと判断された音源を取りあげる内容だった。
テーマがテーマだから非常にマニアックな講義を受けているようだったが、
講師がチャボなので、よい意味で堅苦しくなく楽しめた。

いつものことながら、有名なバンドやアーティストはかけない宣言があったが、
逆にこうしたテーマは誰もが知っている曲であればあるほど楽しめるはずだ。
例を挙げると、ダイアー・ストレイツの「悲しきサルタン」。
リトル・フィートの「ダウン・ビロウ・ザ・ボーダーライン」。
それぞれのデモ音源と正式に発表された音源の聴き比べがあったが、
なかなかにマニアックな選曲だ。
すべてのお客さんがロックに幅広く精通しているわけではないから、
この聴き比べ部分はメジャーな曲にしてもよかったんじゃないかとの思いはある。
ビートルズの「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」とかね。
それでも通してトークと曲に惹きこまれ続けた夜だった。

時間が進むにつれ " このテーマならチャボ自身のデモ音源を聴かせてくれるかも " 。
当然のようにこうした思いが出てくる。
過去にもCHABO BANDの「リトル・ウィング」リハーサル音源をかけたことがあるし、
ラジオではRCサクセション1980年クリスマスの渋谷公会堂ライヴをかけたこともある。
期待していた…ら、その予想のはるか上を行く音源を持ってきてくれていた。

IMG_4119.jpeg

キヨシロー&チャボ 2006年4月 at ロッ研

チャボが手にするディスクにはこう書かれているという。
そう、アルバム『夢助』用の共作曲のデモ音源をかけてくれたのである。
曲は…のちに「毎日がブランニューデイ」「激しい雨」となる原曲だ!

チャボによれば演奏は清志郎と二人だけだと言っていた。
ドラムとキーボードを清志郎が担当し、チャボは歌とギター。
しかし、歌詞はまだない。
音源にはベースも入っていたように思うので、
チャボの言うとおり二人だけのセッションならば弾いているのは清志郎だろう。
しかし、「Oh!RADIO」のカップリングで発表された「激しい雨」のPrivate Session。
ここでは三宅伸治がベースを弾いているので、彼のプレイ、または被せた可能性もある。
ただしチャボがかけたのは2006年4月。
正式に発表されたPrivate Sessionは2006年5月。
1ヶ月の間があるので、僕としては二人だけのセッションであってほしいと思っている。

聴いてるあいだ、アタマは真っ白、ココロとカラダは真っ新だったが、
その中に清志郎とチャボの物語が詰まった音がすごい勢いで流れ込んできた。
二人だけの演奏でココロとカラダが満たされていった。
よく " 胸がいっぱいになった " と表現されるが、これの実体験はこういうことかと思った。
言葉がない…というか、この状態を表せる言葉はこの世に存在しない。
僕にとっては貴重を超えた国宝的音源であった。

もう1曲、モータウンを狙った未完成作品も聴かせてくれたが、
これはのちに麗蘭のライヴで演奏した曲になったようだった。

     **********

CHABOのKing Biscuit Time。
チャボと一緒に音楽を聴く。
言葉にすればこれだけのことなのだが、決してラジオのリアル版ということではない。

もし、誰かに " 何を聴かせてくれるの? " と質問されたら、僕はこう答えるだろう。
" 仲井戸麗市を聴かせてくれるよ " と。
単に曲を聴くだけの場ではなく、仲井戸麗市自身…チャボと言う人間を聴く場でもある。
そしてさらに、チャボを通して自分自身を聴く場にもなっていれば素晴らしいと思う。

ARABAKI ROCK FEST.19 THE ARABAKI ROCKERS SATURDAY NIGHT ROCK SHOW 2019.4.27.

TH eROCKERS、HEATWAVE、ROCK'N'ROLL GYPSES。
それぞれが30分ほどのステージを終えた時点で、寒さを含めかなり体力が奪われており、
正直、気力も失いそうになったが、ドラムに池畑潤二を迎えた麗蘭が登場し、
「ミッドナイト ブギ」が始まると、僕の中に再び小さな火がつく。
「ハッスル」が続き " 寒いのに待っててくれてサンキュー!" とチャボのMC。
この時点で心と身体は元に戻っていたかもしれない。

それにしても、池畑のドラムで演奏される麗蘭スタンダードの聴きごたえ。
前日にCharとの共演でも聴けた「あこがれのSouthern Man」に代表されるが、
表情が異なる演奏をこうして聴けるのは本当にうれしいし楽しい。
リズム隊が変わったことから、かなり昔のことになるが、
スライダーズのZUZUを迎えた麗蘭を思い出したりする。
あの時と同様に貴重なセッションとなっていたと思う。

そんな展開の中でチャボがラストに選んだのは「MY WAY」。
麗蘭の曲ではなかった。
昨年の大晦日、CDJでの演奏を思い起こす。
きっと伝えたいものと伝えるべきものがあったのだろう。

  愛する人を守るため
  大切な友達や何かに出会うため

僕はここが歌われるたびに感動するのだが、
この夜はその友達の中に池畑がいる。
そしてそれまでに演奏したバンドのメンバーが含まれるのも間違いない。
そして…。

  俺は行くのさ この道

チャボが言う " この道 " というのはロックン・ロールだ。
俺の行く道はロックン・ロールであるという宣言。

  この身が打ち砕かれても、行くぜこの道 MY WAY。
  行くぜこの道 ロックン・ロール。

このフレーズは、個人的でありながら普遍的に響いていた。
ここに立ったメンバーはもちろん、
それこそARABAKIに出演したすべてのミュージシャンに当てはまるかのようだった。
仲井戸麗市は最高である。

ラストはこの4人に細海魚が加わったバンドによる、
1969年をキーワードにしたロックの名曲セッション。
まずはチャボが歌う「Woodstock」。
もうずいぶん前になるが、チャボはライヴで演っていたことがある。
当時は黒のテレキャスター・カスタムをオープン・チューニングにし、
ロックする姿が実にカッコよかった。
" みんながスターさ 今夜 " という歌詞がARABAKIに似合っていた。
さらに、このバンドをバックに花田裕之が「Cinnamon Girl」を歌う。
本当ならここにいたはずの下山淳の姿とギターを追加しながら聴いた。
そして山口洋の「Some Kinda Love」に続き、全員で「Who'll Stop the Rain」。
通して3時間の長丁場だった。

演奏以外で見ものだったのが、
それぞれのバンドの演奏時にバックのスクリーンに映された映像。
そしてラストのセッション時は奈良美智さんのライヴ・ドローイングが映された。
曲のタイトルやミュージシャンから即興で描かれ、消され、再び描かれるそれらは、
まるで演奏しているかのようで、楽器のひとつとして音が聴こえてくるみたいだった。
途中からはPA卓の横で描く奈良さんとステージの両方を楽しんだが、
実際に奈良さんの近くにいた人は見応えあっただろうなぁ。

IMG_3907.jpg

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1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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