麗蘭 Come on! Let’s go! Billboard LIVE 東京 2018.2.17

1月に行われる予定だったが、蘭丸のインフルエンザにより延期。
待望の振替公演の2ndステージを観た。

年末の磔磔を90分に短縮したメニュー。
そのぶんハイライト的な部分が結果的にフィーチャーされて、
聴きごたえのあるライヴになっていた。
前半に「GET BACK」が持ってこられ、中盤で「GIBSON」。
「歩く」で本編をしめ、アンコールの「ミュージック」がクライマックス。
この4曲を思い出すだけでじゅうぶんに満足できるものだった。

   " ロックンロールに引退はない "

実にチャボらしい宣言だが、ここ最近はこの類のフレーズが多い。
力強さもあるし、実際に勇気づけられたりもするけれど、
発せられる理由…その裏側も想像すると複雑な思いも湧く。
しかし「歩く」で歌われるように、僕らは今日を歩くし、明日以降も歩いていくのである。

僕がチャボを聴くことにも引退…というか、同じ種類の言葉は存在しない。
永久に続くことである。

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最後に、麗蘭をBillboard LIVEで観るたびに思い続け、感じ続けていることを今回も書く。

絶対にここでしか体験できない麗蘭である。
2ステージ構成の公演は90分の持ち時間なのだが、この90分は、何という90分でもある。
そして何と言っても " みえて、きこえて、わかる " ことだ。
一部の人しか " みえて、きこえて、わかる " ことができない磔磔と違い、
その座席の位置での差があるとはいえ、
お客さんの立場からのライヴを楽しめる、この当たり前の3つの要素を、
Billboard LIVEという会場はすべて満たしてくれるのである。
4人のメンバーがみえ、音がきこえ、その音をメンバーがどうやって出していて、
どんな表情でプレイしているのかがわかる。これで楽しめないはずがない。
ライヴでの音楽を、音楽として、どれだけ感じて楽しめるか。
これを満たしてくれることが、やはりいちばんだと思う。

Billboard LIVEは麗蘭のライヴの魅力を100%に近く体験できる唯一の会場なのかもしれない。
昨年のここでこう書いたが、この思いは変わることなく、それどころか確信するに近い感情である。

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麗蘭 磔磔 Vol.25 「Come on! Let's go!」 2017.12.30

会場の環境からして仕方がないことだし、
じゅうぶんにそれを理解していることでもあるが、
ステージ上の麗蘭を満足に確認することはできない。
それどころか、顔を見られることさえも難しい。
特にドラマーのJAH-RAHを演奏中に見ることは不可能である。
それでも、麗蘭の" 磔磔の音 " を年末に浴びることの幸福感。
今年もこの場にいられてよかったと思わせてくれる、
決して言葉にできない不思議な魅力があるのが、年末の磔磔での麗蘭である。
これは今年も同じだった。

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ライヴのタイトル曲で始まるのはお馴染みだが、
その1曲だけでココロが持って行かれるのもお馴染みである。
さらに言えば、オープニングSEの「波路はるかに」が流れただけで、
既に満足感が生まれてしまうのもお馴染みである。
年末・磔磔・麗蘭、恐るべし!

麗蘭の「ミュージック」は、たとえかすかな呟きだとしても、
音楽は素晴らしいということを音楽で表している曲である。

" 俺たちには音楽がある "
これは2016年の磔磔で聞いたチャボによる確信を持った宣言。

" 誰も奪えないもの、汚せないもの、いちばん綺麗なもの…ロックンロール! "
2017年のチャボはこう歌った。

そしてチャボは、
" 今夜、いかれてる音楽へ、俺たちと一緒にGet Back!" と呼びかける。

磔磔の麗蘭は最高だ。

     **********

最新作『25』からは「夜風」「何はなくてもR&R」「今 Yes We Can」のみ。
カヴァーや新曲が多かったことで、麗蘭色は良い意味で薄かった気がする。
披露された新曲も、今のチャボは麗蘭とソロとでは分けていないと思われるし、
新曲のひとつは過去発表曲の改作だったので、実際はセルフ・カヴァーだ。
こうしたことも、僕がそう感じた理由のひとつだ。

もちろん年末の磔磔「Hello Good-bye」に、最終日なので「年の瀬」、
クライマックス的な「ミュージック」もあるので、麗蘭のライヴとしてじゅうぶん堪能した。
前半には「Get Back」が持ってこられていたことで、
いきなり盛り上がるような構成にもなっていた。
しかし、実際には中盤がカヴァーと新曲中心になっていたので、
これは麗蘭の既発曲の魅力によることが大きいだろう。
その場ではカヴァーと新曲を楽しみながらも、
いかに過去に麗蘭が凄い曲を作ってきたかを実感したのも事実。
贅沢な悩みかもしれないが、もっと1st、2ndからのオリジナル曲を聴きたいと思う。

そんな薄い(?)麗蘭色の中でも白眉だったのは公平…いや、
麗蘭だから蘭丸だな…が歌った「GIBSON」。
このCHABO'S BLUESは蘭丸自身でカヴァーしているようだが、
80年代のチャボのソロ・ライヴやRCサクセションでのアレンジを踏襲し、
今の麗蘭でぶちかましてくれた。
発表された曲のオリジナル・ヴァージョンには不滅の魅力があると思っているが、
そのことを心の底から感じさせてくれて、肯定してくれた演奏だった。
純粋な麗蘭の演奏だったとは言えないが、
僕には他の新曲やカヴァーよりも麗蘭らしさを感じさせてくれた。

     **********

オリジナルであったりカヴァーであったりするが、
誰かに捧げるナンバーというのは、もういいのではないか…と思う。
今回チャック・ベリー、ファッツ・ドミノ、トム・ペティのカヴァーが、
こうした曲として演奏された。
やらざるを得ないということもあるだろうが、
磔磔だからここで演りたいということだと想像する。
チャボらしいとは感じる。

でも、それならば僕は「今夜R&Bを…」を僕は聴きたい。
以前、この曲が演奏されなくなったことにふれ、
その理由を " 追悼曲として演奏するのがチャボは嫌になったのでは " と書いた。
当たらずとも遠からずだと思っているが、前述したように、
その年に亡くなったミュージシャンに対しての曲は演奏され続けている。

かつて麗蘭は「時代は変わる」のカヴァーをその年をふり返る曲として演っていた。
しかし、色々な事があり過ぎて、歌も比例してキリが無くなる云々という理由で、
ある年からチャボは歌うことを止めた。
これと同じ理由であれば、亡くなったミュージシャンに捧げる曲も同様だろう。
「今夜R&Bを…」が追悼曲であってもいいではないか。
だって偉大なブルース・マンやソウル・マンに捧げたナンバーなんだから。

『25』で発表された曲を含め、磔磔で演奏されなくなった既発曲は多い。
年末の磔磔だ。
繰り返すが、麗蘭のオリジナルをたっぷりと聴きたいというのが本音だ。

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仲井戸麗市ソロステージ「唄う・奏でる・読む」 EX THEATER ROPPONGI 2017.12.25

僕にとっての仲井戸麗市…チャボは、もちろん音楽人であるが、言葉の人でもある。
これまでも本人の著書や雑誌などでのインタヴュー、ライナーノーツなど、
言葉になり、言葉にされたチャボの思いや想いにふれたことで、
対になる音楽の豊かさが増すという体験を幾度もしてきた。

楽曲(作品)やライヴ…いわゆる音楽から僕が感じて受け取るものがある。
そこへ言葉が加わると、感じたことと受け取ったものが動く。
変わるのではなく、動く。
感じ方と受け取ったものが、作品にふれる前と後と、
ライヴを観る前と後で別のものが現れるので、もともとの音楽からのそれが一気に広がる。
豊かさが増すと言ったのをあらためて記すとこういうことになるだろうか。

チャボの音楽に言葉…それは歌詞を超えたもの…は欠かすことのできないもののはずだ。
僕のようなファンだけでなく、本人にとっても。
しかし、最近は雑誌でインタヴューを読む機会が以前…80~90年代…より減ったこともあり、
こうしたことを感じることも比例していることを残念に思う。

“ ギターと歌と言葉でひとつの力に “

ある時から自身のスタイルをこう表してきた仲井戸麗市の「唄う・奏でる・読む」を観た。

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曲の歌詞がポエトリーとしてリーディングされるが、
チャボ独特のリズム感が新たな意味を付け加えるので、
楽曲として聴くのとは違った印象を受ける。
現在の思いや想いと重ねられることで過去の言葉もアップデート。
普遍性を持つものとして提示される。

ライヴは所々のMCで笑いを取りつつ、楽しい雰囲気で進んだ。
しかし、いったんポエトリーとなると色あいはガラッと変わり、
チャボの口から発せられる言葉はなかなかにヘヴィ。
昼から夜に一瞬で変わるかの如く、僕のココロとアタマは翻弄されるが、
決して苦痛ではなく、逆に心地よいものだ。
だって、これこそが仲井戸麗市の音楽に感じる魅力だからだ。

言葉があって、音楽…歌とギターがあってこそのチャボのライヴ。
まさにそんなザ・仲井戸麗市なステージだった。

今からでも遅くはない。
音だけでなく、チャボの言葉も残していくべきである。
音を、音楽を語る言葉であればなおさらそう思う。

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CHABO・アナログレコードでDJ Night!! 南青山MANDALA 2017.12.15

今回のテーマは " アナログ " 。
アナログという単語そのものではなく、アナログ・レコードをかけるということだ。

これまではまずテーマがあり、それに合わせて選曲したであろうけれど、
今回は手持ちの限られたアナログ盤という縛りができたことからか、
結果としてそれを聴いていたチャボの20代…いわゆる70年代ロックが中心となっていた。
実際、かけている最中に「20代の想い出に浸り始めている」や、
「(今夜は)内面的に20代に戻らせてね」という発言があった。

DJ Nightでのチャボはこうした個人的なことを前面に出すことはほとんどない。
" 好きな曲 " と言うよりも " いい曲をかけるよ " というスタンスだ。
僕の知る限り個人を出したのはギターが盗難にあった際の " ギター特集 " だけだ。

よって、この日は3時間の中にチャボの個人史が詰められた感動的な夜になった。

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忌野清志郎、おおくぼひさこ、加奈崎芳太郎、土屋公平。
ヒロトとマーシー、山口洋、加藤和彦、有山じゅんじ、石田長生。
石田長生、kyOn、JAH-RAH、下山淳。
そして山口いづみ、伊藤恵美…。

もちろんかかったレコードや曲のアーティストやバンド、
そして過去に行われたDJ Nightの共演者たちの名前は挙がったけれど、
トーク中に触れられていた人たちを順不同で思い出せる限り挙げてみた。
これらチャボにとっての重要人物が個人史の中で絶妙にちりばめられる。
チャボと一緒に名曲を大音量で聴きながら、そのあいまに、
彼ら彼女らとの様々なシーンを想像したり、思いうかべたりすることは、
なかなか言葉では表すことのできない充実感である。

とりわけ、清志郎とのエピソードはたまらないものがある。
中でも清志郎に借りたままのレコードについての話と、それをかける前だった。

  " おれがいくときにもってって かえそうかなと "

自然に出た言葉なのだろうが、ここはMANDALAである。
2009年5月、チャボによる追悼ライヴはここで行われたのだ。
しかもそのライヴはカヴァー・ナイトだった。
一瞬、フラッシュバック。
しかし、その通り、一瞬だった。

チャボが語ってくれるこうした清志郎の話を、
聴く側の自分の受け入れ方が、時間が経ったことで変わったことも実感した。
素直に、冷静に、場合によっては笑顔で受け止められる。
これも年月の収穫…と思いたい。

さて、当初の予定ではジミヘンで終わるはずだったようだ。
しかし、そう言いながら、時期柄かクリスマス・ソングで終えることになった…が、
最後は " この人たちから始まったんだ " とビートルズで締め括られた。

実にチャボらしい。
そして最後がビートルズというのが輪をかけてチャボらしい。

その最後の曲は「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」。
いくつかのフレーズを口ずさむチャボ。
例のポールのパートになれば左利きでベースを弾き、
ジョンのパートに戻ると右利きでギターを弾く仕草。
10代の仲井戸少年はこうしてジョンとポールを追いかけていたのだろうことを思うと、
感動するしかないシーンだった。

チャボと僕が、聴いてきた時代背景は違えども同じ名曲を同じ場で共有できる満足感。
チャボの音楽を聴いて、僕が手に入れた大切なものをあらためて感じられた幸福感。
素敵な夜だった。

Boys,be ambitious 仲井戸CHABO麗市×湯川トーベン 南青山MANDALA 2017.11.22

湯川トーベンと仲井戸麗市。
もちろん子供ばんどとRCサクセションだが、もうひとつあげなければならないのは、
1983年にトーベンがチャボと小川銀次等を誘って結成したバンド、
湯川トーベン & イージーズである。

これまでにチャボが組んだいくつかのセッション・バンド中、
僕が体験していないひとつであり、それを後悔しているNo.1のバンドでもある。
当時の雑誌に載った渋谷LIVE-INNのライヴ・レポ。
記憶ではロッキンf誌…にセット・リストがあった。
『OK』リリース前の「ブルドッグ」など、チャボの未発表曲のタイトルを見て興奮した。
ちなみに後にソロで発表する「ティーンエイジャー」は、
「ティーンエイジャーだった頃」と記されていた。
イージーズは記事だけで勝手にカッコイイと決めつけていた想像上のバンドである。

その二人は、長い時を経て、ここ数年、点でのセッションをする機会が増えた。
おかげで想像上だったイージーズの、その一端を体験することもできた。
2011年、チャボのバースデー・ライヴ。
この時の仲井戸麗市BANDのベースをトーベンが務めた。
実際にMCでイージーズにふれて、トーベンのヴォーカルで「ロコモーション」が演奏された。
たった1曲のイージーズだったが感無量。
その日に僕が受けた感動は今も思い出せる。

トーベンはこの時の気持ちを自身のブログに綴っている。

  おれが子供ばんどをやめた時にすごく気に掛けてくれて、
  一緒にツアーまで行ってくれたチャボに少しは恩返し出来たかな?

実は、当初はバンドのベースが早川さん(岳晴)の予定が、
スケジュールの都合でトーベンのトラになったことが明かされていた。
同時に、一方からは単にスケジュールが合わなかったことであっても、
もう一方から見れば、実に30年間のドラマがそこに存在していたこともわかった。
こうしたトーベンのココロの動き。
そしてイージーズでのチャボに対する恩を返したいという、
決して浅くは無いだろう思いを知って感動した。
ブログは「キョン、カースケ、そしてチャボありがとう」と結ばれていたが、
この " ありがとう " という言葉は、少なくとも当時の僕はトーベンに言いたかった。

2017年の秋。
こんな二人の共演を観た。

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チャボはソロ・パートの中でイージーズのメンバーでもあった小川銀次との思い出を語った。
もちろんチャボにとっての銀次はRCサクセションのメンバーでもある。

  銀次が残した音源で、トーベンの歌詞をリーディングするよ
  つまり、イージーズだ

こう言ってチャボは銀次のギターをバックにトーベンの歌詞をよむ。
終わりには " オン・ギター、小川銀次 " と紹介した。

僕が出会った頃のRCサクセションでギターを弾いていたのは小川銀次だ。
銀次が在籍したRCに触れられた実際の時間はほんの一瞬だが、
そこから約40年が経過した今も、当然のように僕の中では続いている。
銀次が旅立ってしまった今も、それは変わらないし、これからも変わることはない。
チャボが銀次と共にトーベンをよむのを聴いている最中、
僕のココロとカラダの奥底から込みあげてきた感情。
それは涙のカタチをしていたけれど、決して悲しみというネガティヴなものではない。
誤解をされると困るが、言葉にすると、たぶん、よろこび…に近いものだったと思う。

続いてチャボは " お月様のうた " を歌った。
抱えていたギターはCHET ATKINS CE。
誰もが「BLUE MOON」だと思っただろう…が、
歌われたのは「夜の散歩をしないかね」だった。
レコードのA面を聴き終えてひっくり返し、
B面に針を落としたかのようにココロの景色が変わった。
忌野清志郎がいた。

アンコールのセッションはひたすら楽しい雰囲気だった。
お互いに冗談を飛ばしあい、それを受けてまた掛け合う。
しかし、あれだけステージでふざけ合っているのに、
セッション全編から溢れ出ていた切なさは何だろう?
もちろん故人が関わっていることもその理由のひとつではあるだろう。
しかし、ここでも感じられたのはネガティヴなものではない。
もし、心地よい切なさと言うものがあるのだとしたら、おそらくあの場にあったのはそれだ。
いや、あったのではなく、あの場で僕が感じたもの。
それが、それだ。

80年代に同じ時代を過ごし、違う道だとしてもやり続けてきたチャボとトーベン。
その、やり続けてきた二人と共に、チャボの音楽を聴き続けてきた自分もいる。
終始楽しい雰囲気の中に滲み出ていた切なさ。
それを感じられたのは、お互いここまで来たからこそ体験できる音楽でありステージだったから。
おそらくそんなことなのだろう。
そしてそれは幸せなことであるのだろう…と思ったりする。

ありがとうチャボ、トーベン。

p.s.
楽しいアンコールの中、ここだけはよい意味で異質な場面があった。
遠藤賢司の「不滅の男」。
この曲を何の紹介もせずトーベンは歌い、
チャボはギターとコーラスをつけ " グレイト遠藤賢司! " と叫ぶ。
二人はエンケンの名曲を名曲として提示した。
それだけのことが、いかにあの夜に似合っていたか。感動的だったか。

CHABO BAND 雨あがりの夜空に2017 日比谷野外大音楽堂 2017.10.9

そのタイトルと会場である日比谷野音。
当日に向けてのプロモーションや特設ページ開設。
更に「雨あがりの夜空に」のCHABO BANDによるセルフ・カヴァー。
こうした一連の動きを追えば、僕のようなファンは、
どうしたってRCサクセション色に染まるプログラムを期待と言うか想像してしまう。
はたして…。

蓋を開けてみればRCナンバーは3曲のみ。
しかし忌野清志郎とRCサクセションの存在感は大きかった。

たとえば梅津和時と片山広明の登場シーンにさわりだけ演奏された「よォーこそ」。
イントロダクションから「You are the sunshine(of my life)」を演ると思わせた瞬間、
「君が僕を知ってる」になだれ込む鮮烈かつゾクゾクさせてくれるアレンジ。
「リトル・ウィング」、そして「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」のカヴァー。
最後の共作である「毎日がブランニューデイ」などが主なその要因だが、
印象付けた最大の理由は何と言っても「雨あがりの夜空に」であった。

この曲の前に、チャボはギターを黒のストラトキャスターに持ちかえた。
(「雨あがりの夜空に」だけはギターを黒のストラトキャスターに持ちかえて演ったのには、
 何か理由があるはずだ。清志郎と最後に共演したときの使用ギターと言うことだろうか?)
カースケのドラムを合図に「激しい雨」が始まる。
" RCサクセションがきこえる RCサクセションがながれてる " の後だった。

突然、清志郎の声が響き渡る。

  " オッケー、チャボ! "

清志郎の声は2~3回、繰り返された。
これに応え、チャボはDのハイポジションであのイントロを弾いたのである。

この演出には素直に感動した。
身体と頭と心が瞬間的に反応した。
だってここは日比谷野音なのだ。

     **********

CHABO BANDの演奏は素晴らしかった。
鉄壁のアンサンブル。
このバンドがコンスタントに活動したとしたら、いったいどんな作品を産み、
どんな演奏を聴かせてくれるのか、想像すると凄いものがある。
単にメンバーのスケジュールが集まることのできない原因であるならば、
日本の音楽界は間違いなく損失をしていると、大きな声で叫びたいくらいだ。

     **********

今の僕にとっては通常のフォーマットを超えたライヴだった。
チャボの音楽を聴いて、観て…と言うだけではなく、僕自身の人生を重ねての体験だ。
自分の道を確かめさせてくれる音楽は、今や仲井戸麗市だけである。

その音楽について、チャボ自身はこんなことを言った。

  深い喜びや悲しみの軌跡が音や言葉に表れる
  それが俺の音楽だと思ってる

表れ方はきっと千差万別。
そしてそれを聴いての感じ方も千差万別。
しかし確実に双方での喜びや悲しみの軌跡が、
やはり双方の音や言葉になっている。
それがチャボの音楽であるならば、それは僕の音楽でもある。

  ロックンロールがあったから俺たちはここにいるんだろ?

チャボはこうも言っていた。
何度も何度も。
そうだ、その通りだ、きっと。
でも、僕はチャボがいたからここにいるんだよ。
僕のMy R&R。

『雨あがりの夜空に2017』
チャボに感謝!
バンドのメンバーに感謝!
野音に感謝!

仲井戸麗市、Happy Birthday !

「CHABO BAND 雨あがりの夜空に 2017」仲井戸CHABO麗市 67th Birthday LIVEまで、あと78日

僕が常々思っているのは、
チャボのライヴは演る場所によって出る色があるということだ。
たとえば、新宿はチャボ個人の色、
渋谷はRCサクセションの色、
そして南青山では古井戸の色…という風に。
その色はとても独特なのだけれど、
一緒の時代を生きていなくとも、チャボのファンとして共有できる色でもある。
これは長年チャボを聴き続けてきたことによる確信だ。

2017年7月に南青山MANDALAで3日間行われたシリーズ・ライヴ、Boys,be ambitious。
そのうちの初日の藤井一彦と、2日目のワタナベイビーとの共演を観たが、
2日間ともそんな色に染めあげられていたように思う。
チャボのソロ・パート中盤で披露された次のことからも顕著だ。

<セカンド・ソロアルバム "絵" ライナーノーツより>~「ティーンエイジャー」~「エピローグ」

これは初日。
新宿に纏わるMCの後に突然始まった。
『絵』のライナーノーツは実に仲井戸麗市らしい名文。
著書『だんだんわかった』にも収録されたし、
これまでもライヴで何度かリーディングされたこともある。
2017年のフィーリングなのだろう、
この日はそこにいくつかの新たなフレーズを挟み、進められていた。
そして途中で「ティーンエイジャー」の一節が歌われ、「エピローグ」に繋げられた。

「忙しすぎたから」~<一枚のレコードから>『カフーツ』ザ・バンド~「「僕らのBIG PINK」で…」

2日目はこれ。
説明不要。
94年の夏だ。
曲のあいだにエッセイの一節が読まれる構成で、清志郎と過ごしたひと夏がやって来た。
演奏後、チャボが " 夏、三部作 " と呟いていたのが印象的だった。
これに倣えば、初日は新宿、三部作であろう。

今回のMANDALA二日間で披露されたのは、
新宿、渋谷、古井戸、RCサクセション、忌野清志郎の色が混ざり合い、
そして、夏という季節の色で仕上げられたものだった。

チャボがこうしたモードになると、MCや演奏からサービス的なものが消える。
よってチャボ本来のリアルな姿を曲から感じられたことも嬉しかった。
ひとつの例を挙げると、歌われたのは一節だけだったけれど「ティーンエイジャー」。
今のライヴではアレンジが変わりオリジナルにはないコーラスも加えられ、
そのパートをお客さんに歌わせるというシーンが定番になっているが、
本来は、このMANDALAで披露されたように、ハードな文脈で歌われるべき曲である。
だって『THE 仲井戸麗市 BOOK』に収録されているのだ。

それにしてもこんな「ティーンエイジャー」を聴けたのはいつ以来だろう?
最近はなかなかお目にかかれないので、こんなチャボが引き出されたことでも、
僕自身はこのシリーズを観た価値があった。

今年のバースデイ・ライヴは久しぶりの日比谷野音。
日比谷の色も確かにチャボの中にはあるが、
最近はゲストやイヴェントへの出演が続いているので、
チャボ独自の色は何となく薄い印象だ。
しかし、80年代は中盤以降、夏の野音で僕はチャボを見続けてきた。
枕詞にGREATが冠され、KING OF LIVEと言われたバンドのメンバーとして。
野音に立つチャボからはそれをキャッチできるはず。
きっと素敵な色に違いない。

CHABO BAND
雨あがりの夜空に 2017
2017年10月9日(月・祝)
日比谷野外大音楽堂

開演まであと78日。

Boys,be ambitious 仲井戸CHABO麗市×ワタナベイビー 南青山MANDALA 2017.7.13

つい一週間前に体験した藤井一彦との共演があったが、
それとは違った…かつ、同じような強い想いを感じさせてくれるセッションだった。
ただ、ワタナベイビーはライヴ中に何度となく " 狙った的 " なMCをしていたので、
多少はサービス的な選曲をしてくれたこともあったかもしれない。
しかし、たとえそうだとしても、じゅうぶんにRC愛が溢れたものだったし、
それに包み込まれたチャボも、かなりRCに近い部分で演奏していたように感じられた。

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ワタナベイビーのパートでは「い・け・な・いルージュマジック」。
チャボのパートでは「モーニング・コールをよろしく」。
第三部では「Sweet Soul Music」「サマーツアー」。
これらRCサクセションに関わる曲以外にも、
「魔法を信じるかい?」のように清志郎が見える曲がチョイスされていた。
特に「Sweet Soul Music」のRCサクセション感は強烈!
藤井一彦が、その個人的な想いからのRCやチャボに対する愛を感じさせてくれたのに対し、
ワタナベイビーは当時のRCサクセションの魅力をあの場に持ってきてくれたような印象で、
少ない曲ながらもたっぷりとRCを聴いた気にさせてくれた。

さらに凄かったのは、88年の武道館ライヴを隠し録りしたというテープから、
記憶で歌詞とメロディと演奏を起こしたというチャボの未発表曲「吉報」。
古くからのファンはもちろん、RCファンには嬉しいプレゼントだったと思う。
ただし、取り上げられた曲の貴重さを横に置いて考えると、
93年のパンフレットに記された仲井戸麗市自身の言葉を思い出して複雑になるが、
チャボ自身にも発見はあっただろうし、
清志郎に対してお祝いの気持ちを歌った曲という事でも、嬉しかったとは思う。

他のセッション曲では「育児研究中」も印象に残るいい曲だったし、
僕にとっては…もう何年前になるのだろう…?
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』がアニメになった時のエンディング曲だった、
ホフディランのデビュー曲「スマイル」にもグッときた。
全編を通して幸福感に溢れた、いいセッションだった。

さて、今回のシリーズは、偶然なのかここまでかなりのRC的な色合いが強い内容だ。
チャボも自然にそれを楽しんでいるように見えるし、
僕個人の、今年の初めから感じている想いがそこに加わると、
俄然、2017年の今後の展開が楽しみになってきた。

" THE GREAT RC SUCCESSION "

頼むぜ、チャボ。

Boys,be ambitious 仲井戸CHABO麗市×藤井一彦 南青山MANDALA 2017.7.6

想いは作るものではなく作られるもの。
そして出てしまうもの、
更に伝わるものだと思う。
この日、藤井一彦がチャボへの思い入れを口にしたのは、
ほんの二言三言程度。
でもそれだけでじゅうぶんだった。

" RCを聴いていたのは? " とのチャボの問いには、
" 中学、高校のときに直撃 " と即答。

この発言と、二人で出した音だけで、その想いは出て、伝わった。
これまで何度とチャボのファンを公言する人たちとのセッションを観てきたが、
自分と近い部分でその想いを共有できたのはほとんどない。
僕の中ではエレファントカシマシと藤井一彦だけだ。

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2014年に体験した下北沢440での共演と、ちょうど逆のパターン。
前回は一彦がチャボを迎え、今回はチャボが一彦を呼ぶ。
実は、構成もRCナンバーを含むセッションに選ばれた曲も2014年とほぼ変わらなかった。
しかし、そんなことは関係ない。
何を演って、その出来がどうで、どんな音だったか…よりも、
今の僕にはそこから感じられる必然のほうが上である。
ここ最近でも心から観たいと思えたライヴであり、実際にその通りになった。
このことが何よりも嬉しかった。

藤井一彦のパートで歌われた「ハイウェイのお月様」にグッときた。
独自のアレンジと節回しでも、バッチリとRCサクセションしていた。
セッション・パートでは「君が僕を知ってる」かな、やっぱり。
下北沢440ではユニゾンでかまされた間奏のソロが、
この日は一彦→チャボの順で弾きあうスペシャル・ヴァージョン。
ファンがこの代表曲に感じるであろうRCサクセションや清志郎に対してのものだけでなく、
ロック・ギタリストとしての思い入れまでが見事に表れた感動的なセッションだった。
オリジナル・キーで演奏されたのは言うまでもない。

二人の「Johnny Blue」を聴きながら、
" しこたまという言葉をこの曲で初めて覚えたリスナーがしこたまいたはず " という、
藤井一彦の言葉を思い出していた僕は、おそらく16歳に戻っていた。

" My First Guitar Hero! 仲井戸麗市、チャボさん! "

ライヴ終了後のサッチモが流れるステージ上での、
一彦によるこのセリフに集約された3時間だった。

MY LIFE IS MY MESSAGE LIVE 2017 仲井戸CHABO麗市×山口洋 with 細海魚 南青山MANDALA 2017.6.15

チャボと洋の共演は何度も体験してきたので、
ここにキーボードが加わったとしても、
そんなに大きな音の変化はないだろうと、たかをくくっていた。
HEATWAVEの曲を山口洋と細海魚の二人で演奏した一部でも、
心地よいサウンドだなと感じてはいたけれど、
それは自身のバンドの曲であるが故、当たり前なのだろうと思っていたし。

はたして、これまで体験したチャボ参加のMLIMMセッション史上最高だった。

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第三部、チャボ×洋 with 魚によるセッションは本当に聴きごたえがあった。
二本のギターによる「アメリカンフットボール」は耳たこ気味だが、
魚のキーボードにより色付けは何と言うか、曲の印象を変えてしまっていた。
左右でかき鳴らされるギターに挟まれながらも、間違いなく中央の鍵盤が主役だった。
これはアンコールでの「やせっぽちのブルース」でも同じで、
三人なのに実に分厚い音となっていたのは、やはり魚効果だ。
特別なフレーズではなかったし、変化球的な演奏ではないのだけれど、
選ばれる音色がバッチリと合っていたのだろう。

更に凄いのは、ミディアムでスローな曲でも前述した2曲と同じだったことだ。
「SEASON」と「川」。
一聴した限りでは過去に聴いた弾き語りやCHABO BANDと似てはいるが、
完全なるヴァージョン違いである。
歌を邪魔せず、ギターとぶつからず、寄り添い、支えながら主張する。
曲と歌、歌詞が残る演奏だが、それがキーボードによるものだと余韻の中で気付かされる。
本当に素晴らしいと思ったし、実際に素晴らしかった。

こんな演奏を目の当たりにし、前日に池畑潤二 with 山口洋を観ていたこともあり、
ここにリズム隊がいたら…とライヴ中に何度か思ってしまった。
いやマジでHEATWAVEをバックにしたチャボのソロライヴも体験してみたくなっちゃったな。
リズム隊があったら凄いだろうと思う。

     **********

チャボのパートは「会いたかった人」でスタート。
忘れた頃に歌われることの多い曲だが、
僕が最初に聴いたのは麗蘭1stツアーだから、かなり古い。
アルバムには収録されず、ライヴのみで披露されるレア曲である。

中盤での細海魚の曲をバックにしたポエトリーがハイライトだったか。
読まれたのは『絵日記』と『だんだんわかった』からピックアップされたもの。
既発だったとはいえ、久しぶりにチャボらしい朗読で感動的だった。
今では聴くことのできない90年代初頭のチャボ独特の文体を、
これしかないだろう的な曲をバックにし、あの声で放つ。
これが仲井戸麗市なんだよ…と僕はココロで叫んでいた。

他には「LULLABY」や「夏に続く午後」など、
オープニングからこの季節…夏のMANDALAらしい選曲だったように思う。

夏のMANDALAのチャボは本当にいい。
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1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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