泉谷しげる×仲井戸CHABO麗市 「Feel The Fire」 SHIBUYA CLUB QUATTRO 30th ANNIVERSARY "QUATTRO STANDARDS" 2018.7.30

LOSER以降、点でのセッションや共演は何度もあるが、決して回数は多くない。
しかし、勝手知ったる…というものがあるのだろう。
二人がステージに表れた瞬間から、終演後にステージを去るまで、
久しぶりの共演という雰囲気をまったく感じさせず、
中盤にそれぞれのソロパートがあったが、通してほぼ二人で3時間の演奏は素晴らしかった。

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第一部…といっていいのか、まずはいきなり二人での演奏。
何度目かのセーターズ結成だ。
チャボのギターで泉谷が歌う古井戸の「落ち葉の上を」。
さらにチャボのソロから「キューバの唄」を取り上げるなど、
なかなかレアな演奏が目の前で繰り広げられる。
もちろん定番「春のからっ風」も二人は忘れない。

このように、聴きごたえがあった一部の中でも、
僕がいちばん印象に残ったのは、ラストの「行きずりのブルース」だった。
その理由は、LOSERの25周年ライヴでもアコースティック・セットで演奏され、
チャボがコーラスをつけていたことにココロが反応した曲だからだ。
何故かと言えば、『IZUMIYA SELF-COVERS』に収録されたこの曲で、
コーラスをしていたのは忌野清志郎だったからである。
25周年ライヴでのチャボは、その清志郎のコーラスパートを歌ったのである。
こうしたことを思い出しながら、静かに感動を噛みしめて聴いた。

中盤…第二部は泉谷、チャボのそれぞれのソロ・パート。
二人とも弾き語りだが、そのスタイルは真逆である。
でもかえってそれが双方の個性を引き立たせていたから、
この日の構成として、この部分はよい効果をあげていたように思う。
泉谷が「つなひき」を歌ってくれたのは嬉しかったなぁ。

チャボは最近のソロ・ライヴのダイジェスト版。
その中に新曲「アフターマス」を入れてくるところに、
今のチャボにとってのこの曲の大きさをあらためて感じる。

そして後半。
第三部。
あらためて二人での怒涛のセッションが始まる。

前半はチャボの曲で固める。
その中で、「ま、いずれにせよ」は驚いた。
しっかりと二人のヴァージョンになっていたのにはさらに驚いた。
加えて演奏もよれず、バッチリと決めてくれたことには、輪をかけて驚いた。
「アイ・アイ・アイ」と「打破」というチョイスも二人に似合っていたと思う。

ところで、泉谷の演奏…というかギター・プレイは、
単なるストロークではなく、ボディを叩く打楽器的なスタイルである。
これがリズム隊を兼ねていたというか、もの凄く効果的だったわけで、
それを駆使しての、二人のセッション後半は、
ここからが本番だといっていいと思うほどだった。

「眠れない夜」」「火の鳥」「国旗はためく下に」と続いたくだりは、
泉谷の打楽器ギターの効果もあって、アタマの中でLOSERが鳴る。
いないはずのポンタと建、下山が現れる。
ロック的な快感。
高揚と興奮。
最高の気分である。

「雨あがりの夜空に」と「春夏秋冬」で盛りあげ、
アンコールでは「「いい事ばかりはありゃしない」、
そしてやっぱりの(笑)「野生のバラッド」でダメを押す。

ここまででお腹がいっぱいだったが、
こんな夜の最後に二人が選んだのは「陽の沈むころに」。
チャボのリクエストだったようだが、その曲の良さもあって沁みた。
ちなみに僕は、中西康晴のピアノで歌われる、
この曲の『オールナイト・ライヴ』のヴァージョンが大好きだ。

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例えば、代表的なところで僕が挙げるとしたら、
梅津和時・片山広明のBLUE DAY HORNSのように、
チャボにとって、精神的安心感を持って一緒に演奏できるであろうと思う人が何人かいる。
泉谷しげるは、数少ないそんな人の一人だと思う。
一緒に演奏するのを観てきたそのたびにそう感じていたが、今夜でそれを確信。

ステージのチャボからは、悪い意味での緊張感は伝わらない。
あの笑顔とリラックスした態度からは、客席と泉谷しげる、
そして自分に対してさえもストレスなく臨めていることが僕には感じられる。
いい意味でゆるいのに演奏はバッチリと決めてくれるのも、
こうした安心感があるからだと思っている。
音楽を介してであるが、
なかなか現代では使いにくい友情という単語を持ち出したくなる二人だ。

好きな人たちが好きな音楽を演り、
それを好きな人たちが集まり、
同じ場で同じ時間に共有する。
何て素敵な夜だったんだろう。
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CHABOのKing Biscuit Time #3 南青山MANDALA 2018.7.23

キーワードは夏。
と言っても夏に関わる曲だけがチョイスされるわけではなく、
チャボにとっての、チャボが思う、チャボが選ぶ夏という切り口。
そこに現在と過去のチャボらしいエピソードが添えられて進行した。

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夏はチャボにとって定番のテーマだ。
だからこの夜も、例えばライヴのMCやラジオにインタヴューに、
今回のようなトークショーから、それこそ書籍に至るまで、
そうした場でこれまでも披露されてきたいくつかの夏が、
2018年のチャボを介して話されていた。

1966年ビートルズの来日。
そして1994年の清志郎との夏を大きな柱とすれば、
その周りには著書『だんだんわかった』や『一枚のレコードから』に収録された、
まるで小説のような小さな物語たちがある。
特に僕にとって『だんだんわかった』に収録された作品たちは、
1992年ポエトリーリーディング・ツアーでの体験が決定的だ。
そこで披露されたのは単なるエッセイではなく、
かといって歌でもなかったが、
いずれにせよ言葉、リズム、間合い、抑揚など、
リーディングを構成するすべてが仲井戸麗市としか言いようのないものであり、
セロニアス・モンクのピアノと煙草のけむり、
どう反応してよいか掴めない客席の雰囲気など、
その独特の空気と共に今でもはっきりと思い出せる。

2018年のMANDALAを、こうした当時の基準と比べても意味が無いのだろうが、
それでもそれを知る身としては当時のチャボが強烈に印象付けられているので、
例えば笑いを取りながらの進行が多かったとしても、
特に過去の話でそうしたものほど僕自身は切なさを感じてきたから、
心から笑えず…という独特な時間だった。
もちろんこれまで通り、チャボと一緒に音楽を聴くわけだから、いい時間だ。
だけど、同時に切ない時間でもあった。

Peter Gallwayの「My Electric Guitar」という曲がある。
その歌詞は彼が観た初のローリング・ストーンズ体験が歌われている内容で、
チャボもこれまで様々な場所で何度もかけてきた曲でもある。
歌詞をチャボは自分にとってのものになぞらえて紹介した。
楽しそうに話すので、客席も愉快な気分だったのだが…。

話は変わる。
僕はチャボが語るビートルズが好きだ。
数々の著作、TVやラジオ、雑誌等でのちょっとしたコメントなんかにも本当に感動する。
今まで何度も目にし、耳にしたチャボにとってのビートルズと、
チャボの60年代、中学、高校時代。

   ビートルズってさ
   今じゃこうだ、あぁだって言われるけど、違うんだよ
   俺はこう感じていたんだよ
   こんな風に思っていたビートルズ・ファンもいたってことを、
   伝えたかったんだよ

過去にこうした話をするチャボを見て胸が詰まる瞬間が何度もあった。

話を戻す。
Peter Gallwayが歌う「1963年にミックとキースがやってくる」は、
チャボには「1966年にジョンとポールがやってくる、ジョージとリンゴがやってくる」であり、
「金をためてヘンリーの楽器屋へ行く」は、
「金をためて丸井の楽器屋へ行く」という、
チャボの原点でもあるだろうそうした話を楽しく受け止めながらも、
やっぱり切なさを感じてしまうのだった。

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7月も終わる。
残りの夏は『だんだんわかった』と『一枚のレコードから』を、
カバンに入れて持ち歩こうと思った。

仲井戸CHABO麗市 with 細海魚・Leyona Leyonaとデート♡ 横浜THUMBS UP 2018.6.11

Leyonaとデート♡。
この倒れそうな(笑)タイトル通り、ライヴは和やかなムードだった。
チャボは終始ご機嫌の様子だったし、Leyonaは緊張しつつも嬉しそうで、
そんな雰囲気にあてられて、細かな僕のこだわりも砕け散ってしまった感がある。

しかし、自分の身のまわりをうたうというチャボの姿勢はそのままで、いつも通り。
6月はひさこさんのお父さんが亡くなられた月ということで、
楽しい雰囲気の中にも、例えば「慕情」のように演奏の端々から6月を感じさせてくれた。
C.C.R.の「フール・ストップ・ザ・レイン」も、一部の歌詞を、
いわゆる悲しみや重たい気分を吹き飛ばそう的なものに変え、
やはり6月ヴァージョンになっていたと思う。
こうした点は、僕がチャボに惹かれることのひとつである。

さて、何よりも今回の楽しみだったのは細海魚とのセッションだ。
過去に体験したチャボ×山口洋 with 細海魚の演奏は本当に聴きごたえがあった。
例えば二本のギターによる耳たこ気味の演奏であっても、
魚のキーボードにより色付けされ、曲の印象を変えてしまっていた。
左右で鳴らされるギターに挟まれながらも、中央の鍵盤が主張していた。

チャボと組んだキーボーディストをあげると、まずは、たつのすけ。
そしてDr.kyOn。
たつのすけの功績は、仲井戸麗市の音楽に色をつけたことだと思う
CHABO BANDのサウンドを決定づけたのは彼の様々な表情を見せるキーボードだ。
彼はダークな色あいだったチャボの音に色がつくことの魅力を僕に知らせてくれた。
もう1人、kyOnの場合は、仲井戸麗市の音楽の素材をそのままに、
支え、包み込み、重ね、引き立てる…と言えばいいのだろうか。
明らかにチャボの音なのに、分厚く、力強く、切なく、明るく…といった印象が増す。
ベーシスト的な感覚を僕はkyOnに感じているのかもしれない。

細海魚はたつのすけに近い。
特別な音でもフレーズでもないのだろうけれど、
これまでチャボのライヴで聴く機会が少なかった音が、
良い意味でぶつかることによる違和感から、初めての音のような響きになるのである。
これは、逆説的に選ばれる音色がバッチリと合っているとも言えるだろう。

Leyonaと3人で演った「ブルー・ライト・ヨコハマ」なんてベタなカヴァーも、
鳴っているキーボードの渋い音色のおかげで、
結果としていちばんの聴きごたえだったと思ったほどだ。

仲井戸麗市 × 細海魚。
二人のもっと突き詰めた演奏を聴いてみたい。

「オレンジ」「サイフ」といったLeyonaへの提供曲。
チャボのソロからは「ティーンエイジャー」「魔法を信じるかい?」。
そしてRCサクセション「君が僕を知ってる」「夜の散歩をしないかね」。
これらまったくひねりの無い選曲がこの夜のセッションに似合っていた。
終わってみれば3時間の長丁場。
いいライヴだった。

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CHABOのKing Biscuit Time #2 南青山MANDALA 2018.6.8

先月に続いてのDJ TIME。
前回は、同じ企画とはいえプライヴェートなテーマのおかげで、
よい意味でチャボの個人的な思いに僕自身のそれをも重ねて過ごす時間だったが、
今回は本来の、その場でチャボの話を聴きながら、
一緒に音楽をじっくり聴くことの楽しさと贅沢さを感じる夜になった。
過去にもたくさんこうした場を体験しているけれど、
あらためて思うと、とてもいい時間だということに気づかされる。

何てったって " その場で一緒に " がポイントだ。
お互いの表情や息遣いがわかることが、
これほど音楽を聴くということに対し意味を持つものなのか…がわかる。
チャボ対大勢に加え、チャボ対自分の目に見えないココロの交換ができるわけだ。
最大公約数的な笑いや感動と、その場にいる人だけの個人的な思い(想い)。
これらが同じ場所で同じ時間に満たされることが素敵だと思うのだ。

DJ TIMEの魅力は、単にいい曲を教えてもらったり、
自分のお気に入りの曲がチャボの解説付きで聴けたりということだけではない。
何てったって生放送(笑)なので、
たとえば、普段ならもしかしたらオフレコかもしれないような話題・エピソードだとしても、
直接、チャボ自身の口から聞けることだ。
それがあったのかはわからないけれど、楽しく興味深い話をこの夜も聞けた。

例をあげると、たとえばチャボとひさこさんが初めて観に行った映画の話。
『スティング』。
これをファンとして知れたことの喜びとともに、
自分に当てはめてみると、それは何だったのか…と考えてみる機会を与えられるし、
ほんの小さなことであっても、こうして自分の中で広がっていくこと自体が、
大げさに言えば人生の楽しみが増えることにもなるのだ。

   音楽がめざすものは音楽ではない

チャボと過ごした時間を終えた後、アタマに浮かんだ、
僕が好きな早川義夫の言葉である。

   音楽でおぼえたのは、自分を知ろうとすることだ

チャボが「My R&R」でこう歌ったように、
僕は僕の知らない僕自身を知っていくことの連続だったように思う。
これからもこれは変わらないだろう。
僕は仲井戸麗市の音楽とずっと一緒に生きていく。

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CHABOのKing Biscuit Time #1 南青山MANDALA 2018.5.14

MANDALAでのDJということで、軽い気持ちで臨んだが…。

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最近亡くなったチャボにとっての生涯の友人にまつわる曲を、
二人の思い出に沿いながら言葉を選びつつ振り返るという、なかなか重いテーマだった。
しかも、ちょっと詳しいファンならばその友人が誰なのかも特定できるのだ。

しかし、僕が素晴らしいと思ったのは、
こうしたヘヴィなテーマであっても、
そしてチャボいわく " うんと個人的な " テーマであっても、
曲と話を聞いた僕の中にはリアルな情景が浮かび、
かつ音楽を通して結ばれた友達同士の普遍的な物語として刻まれたことだ。

過去には、このようなテーマで感情を抑えきれなくなったチャボも知っている。
この日も、いつ感情が爆発してしまうのだろうとハラハラしていた自分もいた。
しかし、時に笑いを取りながら冷静に進行させたチャボ。
ホッとしたと同時に、そうしたチャボの心情を想像し、かえって切なかったりもした。
でも、いい時間だった。
とても、素敵な時間だった。

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最後に話してくれたが、
チャボ自身、この個人的なテーマでやることを迷ったそうだ。
ただ、これまで身の回りのことを描いて歌ってきたという自分だからこそ、
こんなことがあったんだよ、
音楽で結びついたこんな友達がいたんだよ…ということを、
こうした場で音楽を通じてみんなにきいてもらうのもいいかなとおもって…と言ってくれた。
嬉しいじゃないか。
最高じゃないか。
チャボのファンで良かったと思った。

DJ TIMEの時間自体を " 歌じゃないんだけど " と、ことわってもいたと思うが、
その通り、僕には単なる曲をかけておしゃべりを合間に楽しむといった時間ではなかった。
チャボのライヴだったと思う。
歌でなかったとしても。
さらに言えば、チャボの音楽でもあったと思う。
だって、チャボが " みんなにきいてもらうのもいいかな " と言ってくれたのだ。
やはりチャボの音楽であったと思う。
凄くそう思う。

実際、この夜の終了後に感じたのはチャボのいいライヴを見終えた後の満足感。
音楽を聴くことだけがライヴではない…というのをここで言いたいのではない。
僕はギターや歌を聴いているのではなく、仲井戸麗市というその人を聴いているんだよ。
そう思っているし、そう言いたいし、そう伝えたい。

誰にって?
もちろん仲井戸麗市、チャボに。

祝!サムズアップの百花繚乱20年 SoulMates(仲井戸麗市+梅津和時+早川岳晴) 横浜THUMBS UP 2018.5.4

GW中の5月でサムズアップと言えば、2009年5月1日を忘れられない。

あの日の僕らは浮かれていた。
もちろんGW…連休だということもあったが、
何よりも仲井戸麗市と早川岳晴による素晴らしいライヴを観たことによるそれだ。
ライヴ終了後、各々が笑顔で感想や連休の予定なんかを話していたはずだ。
僕もそうだった。
すぐに出口には向かわずに客席に残り、
しばらくは余韻を楽しみながら、友達と話をしていた。
楽屋での出来事などはまったく知らずに、呑気なものだった…と、
以前ここに書いたことと同じように始めてみたが、
もはやこうしたことをこの場に持参したとしても、経過した時間は短くはない。
9年前とは受け止め方は変わった。
それはチャボも同じだろう。
ずいぶん自然に…しかも笑顔で清志郎を語れるようになったと思う。

     **********

今年の3月にPIT INN行なわれた " 新宿の男 " というテーマのライヴ
その時のメニューをサムズアップ20周年のお祝い用にスライドさせた構成。
それでもこの夜だけの曲もあったし、直前のARABAKIを含めて今回でライヴは3回目。
時事ネタで笑わせるなどチャボらしいMCも連発。
終始リラックスした雰囲気でライヴは進行していた。

PIT INNでも感じたが、自分自身が慣れているチャボと早川さんの音に、
梅津さんが加わるだけで鮮やかな色が着く。
曲はチャボのソロ、RC、カヴァーの定番で固められていて安定の演奏。
イントロやMCだけで何の曲か理解できるというのもいいけれど、
せっかくこのトリオでの音なので、意外な選曲も聴いてみたい。
特にRCナンバーは、梅津さんがいるのだからなおさらだ。

そんな中、横浜ということでゴールデン・カップスの「愛する君に」をカヴァー。
「長い髪の少女」のほうがウケはよかったと思うんだけどなぁ。
そうそう、さわりだけの「よこはまたそがれ」もあったんだけど、
これこそフルで本気のSou lMatesヴァージョンで聴きたかった。
演歌でもいいじゃん。歌詞にブルースも出てくるしさ(笑)。

     **********

演奏云々よりも、チャボのMCに気になることが少なくなかったのも、
僕としてはこの夜から感じたことだ。

すべてはうまくいく

このフレーズへの逡巡。
しかもRCサクセション「すべてはALRIGHT」までをも引き合いに出し、
チャボはこんな風に話していた。
 
  清志郎は「すべてはALRIGHT」はあり得ないってわかって歌ったんだと思う
  だってRCがいちばんたいへんな時期の曲だよ

たいへんな時期にしてしまった要因に自分もあるという事も匂わせ、
" 今だからわかる " という言い方をしていた。

" 歌では大きなことを言えるけど(自分が作った)歌(の内容)ほど(自分は)生きてるのか "

こんなニュアンスのMCもあった。
本心なのだろう。
でも、その歌を聴いてきた僕がどれだけ生きる糧にしてきたか。
どれだけ素晴らしい歌を受け取ってきたかをチャボに知らせたい。

     **********

いいライヴだった。
しかし、まだまだ内容がチャボのソロ的になっていることは否めない。
梅津和時と仲井戸麗市の共作である「祈り」が演奏されなかったり、
梅津さんと早川さんの色が濃い楽曲も無かった。
この辺のバランスが整理された三人でしか出せない音と曲をもっと聴いてみたい。
Soul Matesとしての活動からは、僕はそれを望みたい。

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仲井戸麗市×新谷祥子 2018春に奏でるDuet. 南青山MANDALA 2018.4.12~4.13

二人の共演は春の恒例である。
その始まりは実に13年前に遡る。

  それにしても新谷さんは素晴らしかった。
  巧みにマリンバを叩き、パーカッションを操る。
  優しさと強さ、その表現力、数曲で披露したヴォイス…。完全に目と耳を奪われる。
  演奏中の彼女はワイルドであるが、美しい。
  視覚的にもとても素敵なミュージシャンである。カッコよかった。
  しかも、曲が終わるたびに見せてくれた笑顔がとてもチャーミングで、
  そのギャップがまた良かった。

  ステージでは「静の仲井戸麗市、動の新谷祥子」であり、
  曲によってはチャボ、完全に食われていたよ。

  僕は、今回のDuetがいちばん良かったと思う。
  音楽的にも楽器的にも、そしてミュージシャン同士の相性としても、
  おそらくベスト・マッチだったのだろう。
  チャボも新谷さんも、お互いが主張するところはもちろんあるのだが、
  それのバランスが良かった。
  チャボが押すと新谷さんが引き、新谷さんが走るとチャボが止まるのである。
  しかも、それが自然な感じであった。

2005年に初めてこの二人の共演を観たとき、僕はブログにこう記した。
ここから13年。
当時の印象は今も変わらない。
それどころか、チャボと新谷さん双方にこの同じ時間が流れているので、
その時間分の音楽がそれぞれに積み重なっているわけである。
ここで言う音楽はそのものだけを指すのではなく、
あたりまえだが生活や環境、体験など、人生と言っていいものだ。
それが各々の音楽…音と言葉だ…となり、2018年の春に交わった。
初めから凄かったセッションにこうしたことが加わるのだから無敵である。

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特にラストに演奏された「長い旅」が白眉。
新谷さんの3rdアルバムに収録されているこの曲に、
今回は何とチャボの「MY WAY」「明日の為に、今日もある。」、
そして「風樹」の歌詞を加えて構成した実験的な曲として披露してくれた。

元々は新谷さんらしいPOPなメロディを持つ曲なのだが、
チャボが「風樹」のリーディングを被せ、新谷さんはチャボの詩をラップ調に乗せる。
実験的と書いたが、こう言葉で振り返ってみても、やはり実験的だったと思う。
しかし、この曲は僕の耳にはまったくPOPで聴きやすい曲として届いた。
まるで初めからそうであったかのような曲であった。

これこそが、新谷祥子が仲井戸麗市と演り続けてきたことの成果というか、
演りたかったことのひとつの形なのだろう…と思った。
これまで通りに、単に自分の曲をチャボとセッションするだけでは、
アレンジをセッション用に変えたとしても、おそらくこの「長い旅」の感動は無かったと思う。
新谷さんの中の " 仲井戸麗市と演奏することの意味 " が、
きっと今回の「長い旅」になったのだろう。

繰り返すが、「長い旅」は実験的だけどPOP。
ここの " POP " というのは僕の中で " 新谷祥子と仲井戸麗市 " とイコールである。
こうして具体的な形で二人の音楽として結実していたのが素晴らしい。
そして、その曲でライヴが締めくくられたことはとても素敵である。

     **********

新谷祥子パート。
相変わらずの新曲とカヴァー中心で、
今回も既発のオリジナル曲を披露することは少なかったが、
音楽プロデューサーの大森昭男さんに纏わるエピソードからの「それだけのこと」は、
重みと深みがあった。
取り上げられるカヴァーもチック・コリアからベートーヴェンという風に実にらしい選曲。
春と言いながらもじっくりと聴かせるメニューだった。
恒例のチャボのカヴァーは「荒野で」。
バンド・アレンジをマリンバ弾き歌いで演奏するという荒業であるが、
そのおかげで視覚的にも音的にも素晴らしい彼女の特徴が出ていたと思う。

仲井戸麗市パート。
いきなりチャック・ベリー風味の「春が来た」である。
「花」とか「今日の日はさようなら」とか、最近のチャボは唱歌的な曲を歌うが、
このモードに慣れるのはなかなか難しい(笑)。
純粋なオリジナルはほとんど披露せず、
ビートルズ、ディラン、トム・ウェイツなどのカヴァーと共作曲が中心だった。
新谷祥子の「鐘は鳴る」をリーディングではなく歌ってのカヴァー。
チャボ的にはこうした曲は試練なのだろうが、その良い意味での拙さも吉と出ていた。
リーディングよりも絶対に歌である。そう思う。
最後に歌われた梅津和時との共作「祈り」は、Soul Matesとしての活動と関係がありそうだ。

セッション・パート。
仲井戸麗市の「ホームタウン」「BLUE MOON」「ま、いずれにせよ」や、
ベット・ミドラーの「The Rose」、前述した「長い旅」など、
すべてが聴きごたえのあるものだった。
平成の橋幸夫、吉永小百合による「いつでも夢を」は評価が難しいが(笑)。

毎回思うことだが、2時間のステージでいいので、オール・セッションのライヴを観たい。

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第9回『感謝の日』Song for Kiyoshiro 三宅伸治と仲井戸CHABO麗市 下北沢GARDEN 2018.4.2

三宅伸治presents
『第九回感謝の日』Songs for Kiyoshiro
三宅伸治と仲井戸麗市

このニュースだけである種の満足感が生まれてしまうファンも少なくないだろうが、
実際に二人がそのライヴを演るのである。
しかも4月2日に。

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たとえば、このライヴが行われたのが2010年だったら…。
おそらく受け取られ方はまったく異なっていたように思う。
2009年から1年後というのが極端なたとえだとわかっているが、
二人がこのタイトルで演るのは、そういう類のライヴになるだろうことが容易に想像つく。
要するに三宅伸治と仲井戸麗市が Songs for Kiyoshiro のライヴを演っただろう。
しかし、2018年の夜に僕が感じたのは Songs for Kiyoshiro のタイトルを冠した、
三宅伸治と仲井戸麗市、二人のライヴだった。

感謝の日Vol9e1518596910892

三宅伸治の、仲井戸麗市の、そして忌野清志郎のファンそれぞれの思いが、
様々な想いが、この夜の下北沢GARDENに溢れていたはずだ。
しかし、こうした目に見えないものが交錯していたであろう客席にも、
平等に流れていたものがある。
それは9年という時間だ。
この時間は、ステージの二人にも、客席の僕たちにも、
立ち位置が違えども、間違いなく平等に流れた。
この、短くは無い時間のおかげなのかは断言できないが、
最近のチャボがよく発する “ 年月の収穫 “ なのだと思う。
三宅伸治と仲井戸麗市のライヴになっていたことを、僕はそう呼びたい。

     **********

そうはいっても Songs for Kiyoshiro が無かったわけではない。

ライヴは「ヒッピーに捧ぐ」で始まった。
二人のギターがメロディを奏でていくインスト…と思いきや、

  空を引き裂いて 君がやって来て ぼくらを救ってくれると言った
  明日また楽屋で会おう 新しいギターを見せてあげる

二人は声を重ねてこのパートを歌ったのである。
この日に、この二人で清志郎を演るというテーマに相応しいアレンジだった。
そして二人と僕の思いも、きっと同じはずだと信じてる。

     **********

「約束」と「夜の散歩をしないかね」でライヴは終わった。
三宅伸治の「約束」は、たぶん…いや、きっとチャボの「夜の散歩をしないかね」である。
その逆もまたしかり。
最初と最後だけは三宅伸治と仲井戸麗市、そして忌野清志郎だった。

     **********

清志郎の曲は素晴らしい。
二人によるRCナンバーを聴きながら、日本武道館で、日比谷野音で、渋谷公会堂で、
清志郎と一緒に歌っていた10代の自分を思い出していた。
RCサクセションのライヴは楽しかったなぁということをあらためて思う。

「激しい雨」が終わり、チャボが “ RCサクセション! “ と叫ぶ。
そして「ドカドカうるさいR&Rバンド」のイントロである。
高揚と興奮。
喜びと楽しさ。

  RCサクセションのライヴをまた観たいなぁ

ふだんの僕はあまり思わないほうなのだが、
この時ばかりはココロからこの思いが湧き出てきた。

     **********

いいライヴだった。
三宅伸治と仲井戸麗市に感謝。
清志郎に感謝。
ありがとう。

2018春 梅津和時・プチ大仕事 新宿の男 新宿ピットイン 2018.3.5

仲井戸麗市と早川岳晴に梅津和時。
この3人が出す音は、僕にとってはこれまでに聴きなれた音でもあるはずだ。
実際にこの日もそんな音が目の前で鳴らされていた。
しかし…。

曲のリフやテーマが、チャボのギターと梅津さんの管楽器でユニゾンで奏でられる。
たったこれだけのことなのだが、その音は分厚く、広がりがあった。
立体的な音像。
僕の耳に届いただけでなく、音が見えた気がした。
凄い音がそこにあった。

おそらくギターとギター、キーボードとギターでも似たような効果はあるだろう。
では、僕が感じた音は管楽器とギターという組み合わせならではのことなのか。
いやいや、それでもないだろう。

これはボトムを支える早川岳晴のベースに乗った、
2018年の仲井戸麗市と梅津和時だからこその音だ。
3人が出会ってから今日までの長い時間だけの体験と、
それに相応しい経験…いわゆる年月の収穫が加わった今の音だ。
だから僕が知るあの音なのに、初めて聴く " あの音 " なのは当たり前である。
3人のあいだに各々の、そして僕自身の物語が見えた。
何よりそれが素晴らしいと思った。

2018puchi.png

ライヴのタイトルが " 新宿の男 " 。
さらに梅津さんによるこの日のキャッチコピーがこれ。

 『チャボを古里、新宿に呼び戻す。正真正銘、新宿の男。』

もうこれは " 梅津和時・プチ大仕事 " の冠をさしおいて、
堂々と仲井戸麗市のライヴと言っていいし、実際にそんなライヴだった。

何たってオープニングが「ホームタウン」である。
ソロ・ライヴで何度も披露されているが、新宿で聴くこの曲は格別。
演奏された曲自体、新宿にまつわるものはほとんどなかったにも関わらず、
強烈な新宿感が発射されていたのは、やはりチャボ自身のモードによるものだろう。
たとえ無意識であっても、自然と醸し出されるものがこの街にはあるのだろう。
そのためか、披露された「新宿の男」という新曲が光っていた。
チャボお得意のC調的にササッと作られた感がある曲だが、
実はこうした曲に名曲と呼びたいものが少なくないというのがチャボの魅力でもある。
久しぶりにそんな曲を聴くことができて嬉しかった。
単に新宿と連呼する曲(笑)だが、それを新宿PIT INNでチャボが歌うわけで、
独特の深みや特別な味わいを感じてしまった。

演ってくれるだろうと思っていたRCサクセションは「君が僕を知ってる」。
「ボスしけてるぜ」「多摩蘭坂」「いい事ばかりはありゃしない」「雨あがりの夜空に」。
チャボが今夜のハイライトと言っていた「多摩蘭坂」は、
梅津さんが歌うヴァージョン、しかもRCのオリジナルに沿ったアレンジだったので、
チャボのギターからあのフレーズを聴けて感動的だった。

「雨あがりの夜空に」は間奏を引っ張り、梅津さんと早川さんのソロも回す。

" RC始まって以来のベースソロ付き "
" すいませんリンコワッショ "

こうチャボが言ったのが楽しかったが、
チャボの口からRCのメンバーの名前が出ると、
僕なんかは喜びと共に独特な切なさを感じてしまう。

チャボは余裕があり遊びながらも、気が散っていないのも良かった。
MC中のお客さんとのやり取りを引きずってプレイ中にも気を取られ、
演奏に集中できないという場面を何度も見てきたが、この日はそれが無かった。
それはやはり梅津さんと早川さんとのライヴだからだろう。
ライヴに必要な大事なものを委ねられる安心感があったのだろう。
決まった演奏フォーマットの中で自由にプレイするときに出るチャボの良さ。
それがあった。

ジェファーソン・エアプレーンに飛び乗って、着陸したのは太陽のあたる場所。
いいライヴだった。

今年このトリオはSOUL MATESとして活動するらしい。
期待したい。

麗蘭 Come on! Let’s go! Billboard LIVE 東京 2018.2.17

1月に行われる予定だったが、蘭丸のインフルエンザにより延期。
待望の振替公演の2ndステージを観た。

年末の磔磔を90分に短縮したメニュー。
そのぶんハイライト的な部分が結果的にフィーチャーされて、
聴きごたえのあるライヴになっていた。
前半に「GET BACK」が持ってこられ、中盤で「GIBSON」。
「歩く」で本編をしめ、アンコールの「ミュージック」がクライマックス。
この4曲を思い出すだけでじゅうぶんに満足できるものだった。

   " ロックンロールに引退はない "

実にチャボらしい宣言だが、ここ最近はこの類のフレーズが多い。
力強さもあるし、実際に勇気づけられたりもするけれど、
発せられる理由…その裏側も想像すると複雑な思いも湧く。
しかし「歩く」で歌われるように、僕らは今日を歩くし、明日以降も歩いていくのである。

僕がチャボを聴くことにも引退…というか、同じ種類の言葉は存在しない。
永久に続くことである。

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最後に、麗蘭をBillboard LIVEで観るたびに思い続け、感じ続けていることを今回も書く。

絶対にここでしか体験できない麗蘭である。
2ステージ構成の公演は90分の持ち時間なのだが、この90分は、何という90分でもある。
そして何と言っても " みえて、きこえて、わかる " ことだ。
一部の人しか " みえて、きこえて、わかる " ことができない磔磔と違い、
その座席の位置での差があるとはいえ、
お客さんの立場からのライヴを楽しめる、この当たり前の3つの要素を、
Billboard LIVEという会場はすべて満たしてくれるのである。
4人のメンバーがみえ、音がきこえ、その音をメンバーがどうやって出していて、
どんな表情でプレイしているのかがわかる。これで楽しめないはずがない。
ライヴでの音楽を、音楽として、どれだけ感じて楽しめるか。
これを満たしてくれることが、やはりいちばんだと思う。

Billboard LIVEは麗蘭のライヴの魅力を100%に近く体験できる唯一の会場なのかもしれない。
昨年のここでこう書いたが、この思いは変わることなく、それどころか確信するに近い感情である。

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Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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