麗蘭 Lay-Run 25th Anniversary LIVE「愛があれば歳の差なんて」Billboard LIVE 東京 2017.1.14

絶対にここでしか体験できない麗蘭である。
2ステージ構成のBillboard LIVE公演は90分の持ち時間なのだが、
このたった90分は、何という90分でもある。
今回も大満足だった。

今夜の白眉はチャボの「しり切れトンボのブルース」でのギター。
特に公平のギター・ソロの裏でのバッキング・プレイは視覚的にも最高だった。
チャボはRC時代からキースを彷彿させる云々と評されることがあったが、
当時のプレイに限っては決してそんなことは無かったというのが僕の認識だ。
しかしプレイやアクションに限れば、今の麗蘭での姿がそれはいちばんだと思う。
特に二本のエレキを中心に据えたサウンドになってからはハッキリしている。

この夜の「しり切れトンボのブルース」が、まさにそれだった。
ラフでいながら絶妙のタイミングでリズムが刻まれる。
結果としてそれは抜群の味付けになる。
音だけでなく、視覚的にも。
短い時間ながらも、リズム・ギタリスト仲井戸麗市のかっこよさを堪能できるのが嬉しい。

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何度かの全国ツアーと単発のライヴやイヴェント出演はあったけれど、
いわゆる麗蘭の活動というのは年末の磔磔だ。
開始当初はクリスマス時期だったが、
とにかく暮れに磔磔で演るようになったのは94年から。
そこから毎年のことではないが、既に15~16年になるだろうから、
やはり年末・磔磔・麗蘭のイメージは強い。
よって磔磔は特別なライヴになっているのだが、
特別なものだからこそ、僕にとっては許し許されている面がある。
その代表的なことは、ステージのメンバーが観えなくてもOKということだ。
本来なら文句のひとつも言いたくなる当たり前のこのことが、
あの場…年末の磔磔にいられるだけで…と許してしまうのだ。
そして僕にとって本当に満足できるライヴになってしまうのである。

Billboard LIVE 東京は今回で8回目とチャボは言っていた。
もうそんなに回数を重ねているのかと驚くが、
今では磔磔と共に重要なライヴになっているように思う。
その時々で演奏される曲や出てくる音は好みだったりそうでなかったりしているが、
しかし、それでも毎回ここで観るライヴに満足できなかったことが一度もない。
その理由を数年前に考えてみたことがあるが、結論は環境ということになった。
あらためてそれをまとめると " みえて、きこえて、わかる " である。
一部の人しか " みえて、きこえて、わかる " ことができない磔磔と違い、
その座席の位置での差があるとはいえ、
お客さんの立場からのライヴを楽しめる、この当たり前の3つの要素を、
Billboard LIVEという会場はすべて満たしてくれるのである。
4人のメンバーがみえ、音がきこえ、その音をメンバーがどうやって出していて、
どんな表情でプレイしているのかがわかる。
これで楽しめないはずがない。

ライヴでの音楽を、音楽として、どれだけ感じて楽しめるか。
これを満たしてくれることが、やはりいちばんだと思う。

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もしかしたらBillboard LIVEは、
麗蘭のライヴの魅力を100%に近く体験できる唯一の会場なのかもしれない。
以前にも書いたことと同じこんな文章で今回も終わりたい。
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Lay-Run 25th「WelcomeHome磔磔」麗蘭Vol.24 2016.12.29

オープニングSEの「浪路はるかに」が流れた瞬間に "今年も来て良かった " と思える。
楽屋へ通じる階段の上にチャボの姿を確認しただけで満足感が生まれる。

ライヴのために用意された新曲が1曲目を飾り、
「今夜R&Bを…」と「ミュージック」がハイライトとして演奏され、
「Hello Good-bye」で年を送り迎え、
「ミステリー」の余韻で幕を閉じる。

何度も体験してきたこうしたライヴだが、麗蘭、磔磔、
そして集まったひとり一人のファンのトライアングルが作り上げるものは、
いつだってその年、その場限りの特別な時間である。

 " 俺たちには音楽がある "

この仲井戸麗市の力強く確信を持った宣言がすべてだ。
他には何も書くことは無い。

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仲井戸CHABO麗市ソロライブ「月曜の夜」今日歌いたい唄。 南青山MANDALA 2016.11.28

 あぁ、こうした長時間ライヴをチャボはAXでのバースデーで演っていたなぁ

ライヴが終わった後に僕が思ったことだ。
もちろん会場はMANDALAなのでMCもフランクだし、
ステージの構成も照明も練り上げられてのものではない。
でも、過去にAXや他の会場で、
何度か体験した感動的なシーンを彷彿させる瞬間を感じられた。

「魔法を信じるかい?」でのタッペイとモモちゃんのコーラス。
ポエトリーからの「9月の素描」。
『だんだんわかった』収録の「ビートル一人一人達の再来日」の朗読。
こうした過去に観てきた感動的なハイライト・シーンを、
この夜はダイジェストで見せてくれているようにさえ感じる3時間半だった。

ただ、それは僕がそういったライヴを実際に体験してきたからこそ、だ。
その意味では、自分だけの体験が出来るという事の幸せを感じるし、
それだけの時間が経過しているという証しでもある。
前回から " 時間 " というキーワードが漂うライヴとなっていたが、
この単語は決して小さくは無いテーマとして存在していたと思う。

時期的には少し早いが、クリスマス・ソングとして、
ザ・バンドの「今宵はクリスマス」のカヴァーが歌われた。
この曲についても、演奏されることに僕なりの感情が湧き上がる。
たとえば、単にチャボが好きなザ・バンドにクリスマスの曲がある。
だから季節的にカヴァーしてみた…ということではない。

 ♪ なくしたものたち かえってくるぞって
   さらばかなしみ いいことあるぞって
   だって こんやはクリスマス ♪

サビはこう歌われる。
初めてこの曲を歌ってくれたときは、チャボはこんな話をしてくれた。

  盗難にあった(チャボの)ギターはクリスマスに出てくるよ
  こう清志郎が言ってくれたんだ

ちょうどチャボの機材が盗難にあった直後の話だったが、
このエピソードをさりげなく、しかし柱として歌詞に盛り込み、
普遍的であり、それでいてチャボや清志郎ファンにばっちりと響き、
なおかつ当初のクリスマス・ソングとしての良さをそのまま残して披露する。
こういった曲はいくつもあるが、僕が好きなチャボの魅力のひとつである。

これも僕がそういった話を実際に聞いているからこそ、
この夜に自分だけの体験をする事ができたケースだ。
もちろん幸せと、そしてやはり時間の経過を感じることでもある。

過ぎた時間。
止まった時間。
動き出す時間。
続いている時間

様々な時間がこの夜には流れていた。
チャボにとってのそれだけでなく、
僕にとってのそれを含めて。
すべてが掛け替えのないものだ。
これからのチャボと僕に流れる時間も楽しみだ。
11月の4日間を観て、あらためてこう思っている。

仲井戸CHABO麗市ソロライブ「月曜の夜」RCを歌う。 南青山MANDALA 2016.11.21

本編のラスト、「雨あがりの夜空に」を演奏し終えた後、
チャボは80年代、KING OF LIVE期のメンバーの名を呼んだ。

 新井田耕造!
 リンコワッショ!
 Gee2wo!
 仲井戸CHABO麗市!
 Sweet Soul 忌野清志郎!

もうこの連呼で感激・感涙だ。
更に、その後にはこうシャウトするのだ。

 We Are RCサクセション!

もちろんステージ上にはチャボしかいない。
しかし、We Are…俺たちはRCサクセションだ、とチャボは叫んだ。

今夜は清志郎の追悼ライヴではない。
RCサクセションのギタリストがRCを歌うライヴである。
はたしてそのライヴは、チャボが俺たちはRCだと叫ばざるを得ない、
実に感動的なライヴになった。

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MCでふれていたように、2009年から長い時間が経過したことで、
あらためてRCの楽曲に立ち向かえたことはあったようだが、
結果として、チャボ自身もRCサクセションとしての自分に気が付けたのだと思う。
俺はRCなんだ、と。
今、生きているのであれば、RCの曲を自分が歌うことにも意味がある…と、
サラッと話したこんなことからも、あながち僕の感想は間違いではないと思う。

清志郎との思い出を中心に、1980年から1983年にRCとして発表した楽曲を中心に歌う。
途中でも " 新井田耕造! " とか " リンコがいてくれたらなぁ " とか、
本心なのかサービスなのか、嬉しいことを言ってくれていたが、
今夜のステージでチャボの口から出た日本のミュージシャン名の6人。
清志郎、リンコ、コーちゃん、Gee2wo、そして梅津さんと片山さん。
要するにRCサクセションであった。
おそらくチャボ自身もステージが進行するに連れて、想いが大きくなっていったのだろう。
俺はRCだったな…から、俺はRCなんだ…へ。
そして最後には、俺たちがRCサクセションなんだ…と。

     **********

「Late-Summer」。
2009年に行われた " 僕が君を知ってる " で披露されたポエトリー。
内容は戦友たちへ呼びかけるものだ。

 あらためて家で読んでみたら…読めたんだ

こう言って、あの夜以来のこの夜にチャボは朗読した。
僕自身、清志郎はもちろんだが、2009年以降に亡くなった人たち…、
幾人かのチャボに近い人たちも思いながらそれを聞いていたのだが…。
何かがきっかけになったわけではないのだが、途中で突然この日のテーマが僕の頭に浮かんだ。
その瞬間からチャボに読まれている世界が変わった。
俺たち、再会、そして戦友。
こうしたキーワードが指しているもの。
それがRCサクセションのこととしか思えなくなったのだ。

振り返れば昨年。
デビュー45周年の節目で古井戸、加奈崎芳太郎との再会があった。
しかし、あえて僕は書いた。
もう一つの再会があるだろうと。
終わったのではなく止まっているのだから、再会すべきだろうと。

     **********

この日のMANDALAの座席には、
今年リリースされた小川銀次のアルバムのチラシが置かれていた。
銀次には毎年5月に行われている忌野清志郎ロックン・ロール・ショーに出て、
チャボと一緒に「ブン・ブン・ブン」を演って欲しいと思っていたが、
もうそれは永遠に叶わない夢になってしまった。

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RCサクセションに在籍していた期間は短かったとはいえ、
80年代RCサウンドの基礎を作り、発火させた銀次は、
僕にとってはRCサクセションのギタリストである。
チラシが置かれていたことは、きっと偶然ではない。
ステージ上のチャボからは銀次の名が出ることは無かったけれど、
この夜のMANDALAには、『RHAPSODY』のRCサクセションがいたことになる。

     **********

THE GREAT RC SUCCESSION!
80年代、僕は何というバンドに出会え、観て聴けて、一緒の時代を過ごせたのだろう。
楽しかった。感動した。そして幸せだった。ありがとう、チャボ。

仲井戸CHABO麗市ソロライブ「土曜の夜」COVER-SONGSを演る。 南青山MANDALA 2016.11.12

チャボは過去に何度かすべてをカヴァーで構成したライヴを演っている。
2009年5月のそれを除けば、すべてが音楽の素晴らしさを伝えてくれた内容で、
楽しく、切なく、感動的なライヴばかりだった。
そしてチャボのオリジナル日本語詞が乗るから、
たとえ昔の曲であっても今を感じさせてくれるという独特の雰囲気である。

今回もそんなライヴを期待していたが、はたして…。
残念ながら初披露の曲は無かったけれど、それでも絶妙の組み合わせであり、
チャボらしい音楽愛に溢れたライヴをじゅうぶんに堪能した。

その日本語詞を聴くのがこうしたライヴの魅力のひとつだが、
僕が何よりも感動するのは、音楽ファンとしてのチャボの姿を感じられることだ。
十代の頃にやっていたバンドのことや来日アーティストを観た時のことなど、
時代は違えども、チャボも僕たちと同じだったことがわかる。
それを共有できることが嬉しく、楽しく、切なく、感動的なのだ。
チャボが語るビートルズは、僕のRCサクセションであり、
チャボのストーンズやキンクスが、僕のARBでルースターズなのだ。
こうした想いはあの場にいたファンの数だけ沸き起こるだろうから、
その気に満たされたMANDALAという空間が感動的になるのだと思う。

さて、そんなライヴでひとつ思うのは、
イントロを弾きながらも、演らずにもったいつける曲があること。
それは「サティスファクション」や「ユー・リアリー・ガット・ミー」など、
ド定番の曲なのだが、そのまま演奏してほしいといつも思う。
絶対にウケるし、かっこいいはずだ。
思えば1990年、『絵』を引っさげてのツアーでは、ストーンズの「ラスト・タイム」や、
キンクスの「オール・オブ・ザ・ナイト」が演奏された。
どちらもアレンジはオリジナルを踏襲したままチャボ独特の日本語で歌われたが、
イージーな言葉ながらもストレートに伝わる、実にいいカヴァーだった。
「サティスファクション」は僕の知る限り、いちどだけ演ってくれたことがあるが、
それ以来、長らく封印されている。
マニアックな選曲もいいけれど、誰もが知る名曲を演るのも聴いてみたい。

 ♪ 素晴らしいはずさ、人生まだ、まだ、まだ…

エルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」で歌われる歌詞。
この夜のライヴから僕が感じたものをチャボが歌ったフレーズで表すと、これだ。
唄のひとつふたつにどれ程の意味があるかわからないが、僕は心配しない。
そして信じていたい。

仲井戸CHABO麗市ソロライブ「日曜の夜」今夜歌いたい唄。 南青山MANDALA 2016.11.6

○○周年のような冠が付かない、純粋な仲井戸麗市のソロ・ライヴ。
しかもこれまで多くの名演を体験している南青山MANDALA。
どんな内容になるのか想像もつかず、かつ予想もせずに臨んだ。

11月は4回、それぞれにテーマを決められた異なるライヴが行なわれる。
この日はその1回目だ。
" 今夜歌いたい唄。" と題されていたので、
チャボ自身の思いと想い、気分と気持ちで選曲してくると思うのが当たり前だ。
しかし、ステージのMCで、歌いたい唄なんか無い…と冗談でかわし、
あくまでも単なるタイトルであると断りを入れてきた。
本音の部分もあるのだろうが、そこは仲井戸麗市。
きっと何かしらのテーマはあったのだと思う。

カヴァーとRCの曲は11月の別の日のテーマになっているため、
この日はすべてオリジナル曲で演るということだったが、望むところである。
というか、そんなライヴをもっと演って欲しいんだよ。

さて、そんなMCからレアな曲を期待したが、結果はゼロ。
しかし、4曲の未発表曲や他人に書き下ろした曲などは貴重だった。
未発表曲は興味深かったが、まだ未完成品と言った印象かな。
フィービー・スノウに捧げた曲、
ロックが華やかだった時代を取り上げた曲など、
最近のチャボの傾向が出ていて、同じテーマで曲を手がけていることが伺える。
それと、小品的な曲が多いのも、同じく最近の特徴かな。

既存の曲は『GREAT SPIRIT』と『Poetry』から2曲。
『PRESENT』シリーズから3曲。
チャボはよく " 久しぶりに引っ張り出してきた " と言って演奏するが、
実は僕とチャボの " 久しぶり " の定義にはかなり大きな開きがある。
この夜も同MCから「糧」が歌われたが、僕の中では久しぶりどころかライヴの定番である。
同じく『PRESENT』シリーズからの「真夜中を突っ走れ!」も定番中の定番だ。
例えば「L・O・V・E」が歌われたら おおっ!と思うが。

バラエティに富んだ選曲は楽しめた。
ただ、ここ最近のライヴから僕が感じているように、
線ではなく点のライヴであったと思う。
全編を通してひとつの流れを追えるのではなく、
二十数個の点が集まったと言えば理解してもらえるだろうか。
チャボしかできない、いやチャボだからこそできる、
まるで一本の映画を観たような感動を与えてくれるライヴ。
そんなライヴをそろそろ体験したいと思う。
場所がMANDALAなら尚更である。

P.S.
中盤で曲を飛ばしそうになり、マチャミさんに指摘されてやり直す場面があった。
その曲は古井戸の「きまぐれラプソディ」。
ミスしたからか、MCでは " 古井戸やるよ " としか言わずに演奏された。
通常であれば雑念も入るだろうし、とても落ち着いて歌えるわけはないと思う。
しかし、その歌とギターはバッチリだった。
更に、僕の観た印象では、譜面や歌詞もほとんど追わずにいたはずだ。
他の曲では、譜面を見ながらでもミスすることがあるのに…だ。

いつからか、MANDALAで歌われる古井戸にとても魅力を感じるようになった。
そう感じるのは色々な理由があるのだろうが、いちばんはその場所なのだと思う。
MANDALA周辺は、おそらく70年代、古井戸のチャボにとっての舞台だったというか、
そこまで断言できなくとも、近いものがあるのだと想像する。
そんなことから、MANDALAで古井戸を歌うチャボからは、
自然に滲み出す古井戸を僕は感じてしまうのだと思う。
このことを、この夜の「きまぐれラプソディ」はあらためて思わせてくれた。

Lay-Run 25th Anniversary Year 愛があれば歳の差なんて 麗蘭 赤坂BLITZ 2016.10.9

毎年の恒例、10月はチャボのバースデー・ライヴだが、今年は趣が違った。
麗蘭が25周年を迎え、12年ぶりの3rdアルバムを発表。
このことから、25th Anniversaryとレコ発の二つがタイトルとなり、
仲井戸麗市のバースデーという冠は消えた。
それでも10月9日だ。
少なくとも麗蘭25周年とチャボの誕生日を重ねて祝う内容だと思っていたのと、
さらにファンの想いは勝手なもので、単なるレコ発ライヴではなく、
25周年を振り返る的なものじゃないと満足できないだろうなぁ…と、
これがライヴを観る前の正直な気持ちだった。
はたして…。

客電が薄められた会場に「Eden.」が流れる。
続いて<ある日の雑記帳>の朗読テープ。
この、91年末、麗蘭の活動後に月刊カドカワで発表されたエッセイから、
いつもの「浪路はるかに」に乗ってメンバーが登場。
ライヴは「マニフェスト」で始まった。
このドラマチックなオープニング。
やはり今夜はチャボのバースデー・ライヴではない。
25周年の麗蘭をやるのである。

「BIRTHDAY SONG」でアニヴァーサリーを印象付けた後は、
序盤は1stアルバムの曲が並べられていた。
時系列で進んでいくかと思いきや、中盤では新作『25』収録曲と、
やはり初期、91年から93年の活動期の曲が交互に演奏された。
うーん…2ndアルバムから演らないなぁ…と思いつつライヴは進行。
結局は「Get Back」と「SOSが鳴ってる」、2ndからはこの2曲のみ。
最後まで新作と初期の曲で構成されたライヴだった。

僕はと言えば、ちょっとした違和感を感じつつも、
これが今のチャボの気分なんだろうという軽い気持ちでこの構成に納得していた。
ラストの「ミステリー」を聴くまでは。

FC会報で、チャボはオリジナル・メンバーを失っていることへの無念さ、
そして敬意と何かを捧げたいと発言していた通り、ライヴ冒頭のMCで、
2014年に亡くなったパーカッションの鈴木裕文さんに今夜のライヴを捧げると宣言。
新作にもこのことはクレジットされていたから、僕も事前に受け止めてはいた。
でも、ライヴ中にチャボがあらためて触れることもなかったし、
例えば「今夜R&Bを…」で歌いこまれるようなこともなかった。
お馴染みのメンバー紹介を兼ねた「ミステリー」が演奏されている最中も、
いつものライヴ終了を告げる曲であるとおり、
あぁ、今夜のライヴも終わってしまうなぁ…という気持ちでいたのだが…。

この日の「ミステリー」には5人目のメンバー紹介が加えられていた。
ステージ後方にセットされた赤い傘の下にスポットが当たる。
そこには鈴木さんのものであろう楽器が置かれていた。
この瞬間に、今夜のライヴがこの構成だった理由を僕は理解した。

麗蘭の25年に関わったメンバーはゲストも含めれば決して少なくない。
しかし、" 今の麗蘭があるのは、そしてここまで続けてこれたのは、
早川岳晴とのリズム隊を組んだ鈴木裕文がスパークさせたからだ " …。
チャボが言ったこのことは間違いなく本音なのだろう。

麗蘭の25年には色々な事があっただろうし、それは同じ時間を過ごしてきた僕も同じだ。
そのスタートであるオリジナル・メンバーへの想いは僕にもある。
25年という時間は、始まった何かが今に至る時間でもあるが、
そこにあった何かや存在していた者や物がなくなっている時間でもある。
僕と麗蘭との25年という時間のかけがえのなさも強く感じた3時間だった。

音楽を超えたことを教えてくれ、感じることができ、考えさせてくれるのも、
僕にとっては音楽によってであることが多い。
だから音楽は素晴らしいと思う。
かすかな呟きだとしても。

MY LIFE IS MY MESSAGE for 九州 POWER TO THE PEOPLE 東京キネマ倶楽部 2016.8.27

タイトルに " For 九州 " とあったように、
これまでのMY LIFE IS MY MESSAGEの流れとはテーマが違ったが、
冒頭で山口洋による開催の主旨が話された以外は、
過去に観た同EVENTのように出演者4人それぞれのパートとセッションで組まれた構成。
ソロ・パートは四者四様だったが、" featuring:古市コータロー " のクレジット通り、
古市コータローが他の出演者よりもフィーチャーされていたようだ。

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チャボのパートは古市コータローとの「エネルギーOhエネルギー」から始まった。
コータロー曰く " 部屋にポスターを貼っていた人 " とのセッションに選ばれた曲は、
アルバム『RHAPSODY』収録のロックン・ロール。
コータローと僕は世代が近い…というか同じだからわかる。
MCから察するにポスターを貼っていたのは高校時代だと思われるが、
その時期のRCサクセションは『RHAPSODY』『PLEASE』『BLUE』から『BEAT POPS』の時代。
僕だって一緒に演れるとしたら、ここから選ぶと思う。
同年代のエレカシは「ブン・ブン・ブン」だった。
GROOVERSの藤井一彦は「Johnny Blue」だった。
思いはみな同じということだ、きっと。

さて、この後のチャボのパートは、意外なことにカヴァー中心。
しかもいきなり「夏の思い出」だ。
中村中との共演では彼女に歌わせての選曲だったので違和感はなかったが、
さすがにMLIMMでこの曲が取り上げられるとは予想外すぎた。
「エネルギーOhエネルギー」との落差に戸惑ったというのが正直なところだ。
それにしても、以前も「ふるさと」を歌ったことがあるが、
チャボのこうしたモードというのは何なのだろうか。

続いてお馴染みのスティーヴィー・ワンダー「太陽のあたる場所」。
季節柄のピックアップだろうが、同じ夏の曲ならばオリジナルを僕は聴きたかった。

そして初めてカヴァーすると断わってのトム・ウェイツ。
「オール'55」に乗せた歌詞は、石田長生を歌ったものだった。
いや、正確に言えばチャボと石やんの日々を歌い込んだものだった。
珍しくその歌詞の意味を話してくれたからこうしたことを記せるのだが、
チャボのカヴァー詞が素晴らしいのは、そんなMCが無くてもそう感じさせてしまうこと、
そしてそれが聴き手の数だけのシーンを思い浮かばせるであろうことだ。
おそらく、その理由は、ファンが " 自分だけが知っているチャボ " を思い浮かべるからだ。
カヴァーだからこそなのだろう、チャボの嘘偽りない自分の思いが歌われる。
それを聴いたファンは、瞬時に自分にとってのチャボを自分に重ねたうえで受け止める。
終演後に何人かの友人と話すと、同じ曲で似たような感想を持っていることが多いが、
しかし、それらの思いや感想は、必ず少しだけ違っている。
でもその少しだけの違いは、各々にとってはとても大きなものなのである。
チャボの歌が同じ…ただし少しずつ違う思いを生み、それらがライヴの場を満たす。
うまく言えているのかわからないが、だから感動的なのだと思う。
こうした意味ではカヴァー中心だったプログラムは、あの夜には合っていたのかもしれない。

ソロ・パートの最後は山口洋との「R&R Tonight」だった。
先日のMANDALAでも歌われたが、不完全でしっくりいかない出来であったので、
久しぶりに聴いた嬉しさと共にモヤモヤした思いが残っていたから、
正直、この日も構えてしまった。
ライヴでこの曲を演奏するチャボは、毎回、曲の中にズブズブと入っていった。
歌いながらというよりも確かめながらという演奏であり、
ギターを弾くのではなく自分がギターになるという演奏だった。
MANDALAでは曲に没頭できず、気が散っていたように感じたし、
実際にミスもあったから、この日も期待と不安が入り混じったが、
結果としてはMANDALAで聴いたときよりも迫ってきた。
その要因は山口洋のギターだ。
曲のイメージを変えずに土屋公平とは違う色を見事に塗り、
支え、引っ張っていたプレイは素晴らしいと思った。
しかし、それでもまだまだこんなもんじゃないだろうという思いを抱いたままだ。
だって僕にとっては単に演奏するだけの曲ではないのだ。
何故、ロックン・ロールに惹かれるのか。
何故、音楽なのか。
その本当の理由(わけ)を、その理由をいつか知ることができるなら、
そのことだけでも生きてゆく、生きてく価値があるような気がする。
そして、その答えを出してくれるのは、きっと僕には仲井戸麗市しかいない。
そういう曲なのである。

Duet : Ladys & Gentleman 2016 仲井戸CHABO麗市×中村中 南青山MANDALA 2016.7.29

中村中を初めて観たのは2012年。やはりチャボも出演した、
浜崎貴司が企画した『弾き語りの嵐!GACHIスペシャル』だった。
このときの印象を僕はこう書いている。

  中村中が良かった。
  タイトルは失念したが、初期の中島みゆき的メロディーを持ついい曲だった。

それから2年後の2014年。
初体験の印象が、少し違う形であれ現実となる。
中島みゆきの夜会のパートナーとして、再び中村中を体験することになった。
こうした経緯があったが、まさか仲井戸麗市との共演があるとは夢にも思わなかった。

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まずは中村中。
歌謡曲やフォークソングに強く影響を受け云々ということだったが、
とりわけ " 胸を撃ち抜かれた曲 " と言って歌われた松山千春の「恋」が沁みた。
カヴァーであっても、そこに必然があって歌われる曲は、
単なる曲という枠を超えて伝わるのである。

そして仲井戸麗市。
チャボは「ラブソング」「ONE NITE BLUES」「さらば夏の日'64 AUG」「カルピス」と、
毎回この時期のMANDALAで演るときは自身の夏を出してくる。
チャボが描いてきた夏は何と素晴らしいのだろうと、
仲井戸麗市の夏を強烈に印象付けるセット・リストだった。

中村中は古井戸が好きだったらしく、アンコールでのセッションも「飲んだくれジョニィ」、
そして「ポスターカラー」が披露された。
特に後者は素晴らしかった。
中村中のピアノとチャボのギターというコントラストが、
結果として加奈崎芳太郎と仲井戸麗市の編成をハッキリと思い起こさせた。
そして、この名曲を名曲のまま名曲として僕たちに提示してくれた中村中の歌だ。
これにより、チャボのギターとコーラスが古井戸として機能した。
何と美しかったことか。聴き惚れた。
始まる前は、その内容を予想すらさせない…というかできないライヴだったが、
このアンコールのパートは実に聴きごたえがある、感動的な内容だった。
アタマから二人のガチなセッションだったとしたら、
おそらく過去のチャボの共演ライヴと比べても遜色ない出来になったのではないかと思う。

P.S.
2年前、2014年の夏。
ここ南青山MANDALAで行われたライヴでも、チャボは「ONE NITE BLUES」を歌った。
2011年のARABAKIで曽我部恵一がこの曲を歌うバックでギターを弾いて以来だった。
しかし、それまでは2002年にトーキングというアレンジで披露されたのを最後に封印されていた。
こうした長いあいだの封印を解いた瞬間だったが、
僕は驚き、感激しながらも、
結局そこに特別なチャボの思いを見い出せることはできなかった。

そしてこの日、中村中の「不良少年」という曲に触発されて…という前置きがあり、
やはり「ONE NITE BLUES」が歌われた。
不良少年という単語と夏という季節。
単にこの組み合わせだけで、大きなこだわりを持って封印していた曲が解禁されるわけはない。
僕はそう思っているが、実際のところはわからない。
はたしてそこに " やりたい! " " やらねば! " という衝動や必然はあったのか。
引っ張り出してきた…という想いだけで歌える曲なのか。

これまでのファンとしての体験から、チャボの歴史に自分の歴史も重なっていることで、
仲井戸麗市の音楽は、今では単に聴くもの、観るものではなく、
僕にとっては体験するもの…と言える。
中でも、この日に取り上げられた「ONE NITE BLUES」と「R&R Tonight」。
これは、たとえばアンコールでセッションされた「シーサイド・バウンド」とはまったく異なるものだ。
単なるひとつの曲と言う枠を超えたものとして僕の心と身体の中に入っているわけで、
だから、曲を演奏し歌うことに対して、僕はそこに必然を求めてしまう。

チャボ、こんなもんじゃないだろう…という思いを拭うことができなかったのが正直なところだ。
もどかしい。

旅に出る二人 仲井戸麗市 with 早川岳晴 下北沢GARDEN 2016.6.10

チャボと早川さんのライヴと言ったら、やはり2010年のGO!!60ツアーだ。
あのツアーを実際に体験し、観た人たちの多くの声を知り、感じた想いは、
未だに僕のココロに深く残っている。
二人で演る演奏としても、もうこれ以上は無いだろうというやりきった感もあった。

そんなGO!!60ツアーから6年目に、再び同じ形態でのツアー。
規模は縮小されたとしても、
" GO!!60ツアー再び! " の期待を持たれても不思議じゃないだろう。
僕自身もこの二人の形態での新しい何かを期待していた。
選ばれる曲はもちろん、根底に流れるテーマも含めて。
だから、これまでだったらツアーの何本かに足を運ぶところだが、
東京公演一本に絞り、情報もほぼシャットアウトして臨んだ。
驚きたかったし、驚かされたかったからだ。
はたして…。

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結果としては、これまでのライヴを踏襲した内容であり、
もちろん演奏される曲に違いはあったけれど、
僕自身がそこに新しい何かを見つけることは無かった。
ライヴが始まって早々にそう感じたため、途中からはテーマを探ったが、
これまたキャッチすることはできなかった。

しかし、こうしたことにより、逆にチャボの変化を感じることとなる。
新たなライヴでは、必ずと言っていいほど新曲を披露してきた人だが、
今回は即興的でイージーなタイプが1曲のみである。
今年は麗蘭が25周年という事で、レコーディングやライヴが計画・発表されている。
よって、当然のように新曲はあるだろう。
しかも早川さんは麗蘭のベーシストである。
この二人で先がけて新曲を披露するという手もあったはずだ。
しかし、演らなかった。
思えば麗蘭結成当時は、出来た曲の発表形態にソロ、バンドと分けず、
今目の前にあるカタチ…土屋公平と…で発表するという意思があったからこそ、
あの麗蘭1stアルバムが名盤になったわけである。
しかし、今は再びソロ、CHABO BAND、麗蘭で、
曲の発表の場を分けているのではないだろうか…というのが僕の想像であり、
チャボの変化だと感じるところだ。
何かしらの理由は隠れているに違いない。

IMG_5498.jpg

何故、旅に出たのか。その選曲、演奏、理由、テーマ、対象…。
それらを掴むことはできなかったが、だからこそこの後の麗蘭には期待したい。
今後の展開から、前半の活動の本来の姿が見えてくるような気もしているからだ。
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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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