ARABAKI ROCK FEST.17 CHABO BAND HANAGASA 2017.4.29

2015年のARABAKIにもCHABO BANDは出演。
ビートルズの「ア・ハード・デイズ・ナイト」を披露してくれた。
ちょうどポール・マッカートニーの来日と重なった今年。
そのポールは一曲目に「ア・ハード・デイズ・ナイト」を演っている。
CHABO BANDはコンスタントに活動できているわけではないので、
過去のレパートリーであることですぐにでも演奏できるだろうし、
ポール来日とタイミングも合うし、チャボらしさも出るし…。
こうしたことから同じ曲で始めてくれたら嬉しいなぁと思っていたが、
「Fox-trot」で始まった瞬間、そんなことは一瞬でアタマから飛んだ。

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HANAGASAステージは唯一の屋内ステージで、
せっかくの野外フェスの魅力…しかもい天気でのそれを感じられないのが残念だが、
あの演奏の前ではそんなことさえ吹っ飛んでしまう。
実際、2年ぶりの再会だったようだが、
久しぶりという事を完全に忘れさせてくれる最高のパフォーマンスだった。

ところで、アタマに書いた僕の希望は、中盤で別の最高の形で実現した。
チャック・ベリーをやらないわけにはいかないだろう…と演奏されたのは、
「ロックン・ロール・ミュージック」だった。
もちろんチャック・ベリー・ソングなのだが、
チャボの頭には当然ビートルズのそれもあったろう。

♪ さぁさみんなでロックンロールミュージック
  アラバキ ロック ジャンボリー
  踊ろよダンスウィズミー

このようにチャボらしい日本語詞が全開だったが、
チャック・ベリーへだけでなくビートルズ、ポール・マッカートニー、
更に当時の自分自身への想いまでを短い時間の中に詰め込み、
誰にでもわかる形で出してくれた感動的なヴァージョン。
ここだけで100%の仲井戸麗市を感じさせてくれた。

特筆すべきは「君が僕を知ってる」。
この日はRCサクセションと同じオリジナル・キーで演奏された。
どうしてもあの間奏をあのまま弾きたかったのだろう。
その後に演奏されたのが「リトル・ウィング」だったことから、
ARABAKIならでは…がその理由だったと思う。

一昨年と同じ感想でしめくくりたい。
CHABO BAND。最高だった。
ビートルズで清志郎でRCサクセションだった。
ということは、仲井戸麗市だったわけだ。
本当に最高だった。
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ARABAKI ROCK FEST.17 THE GREAT PEACE SESSION COVERS 2017 MICHINOKU 2017.4.30

オフィシャルのインフォから引用。

  RCサクセションの名盤、「COVERS」が発売されて間もなく30年。
  ARABAKI ROCK FEST.は30年を迎える2018年が来る前に、「COVERS」に込められた
  ロックと平和のメッセージを、東北で開催しているロックフェスティバルとして
  伝えていきたいと思い、賛同してくださるミュージシャンのみなさんと
  アルバム「COVERS」のトリビュートセッションを企画し開催します。

  〈THE GREAT PEACE SESSION BAND〉
  Gt&Vo 仲井戸麗市
  Gt 三宅伸治
  Ba 湯川トーベン
  Dr 河村吉宏
  Key Dr.kyOn

  〈GUEST〉
  奥田民生
  吉川晃司
  甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)
  斉藤和義
  TOSHI-LOW(BRAHMAN)
  中納良恵(EGO-WRAPPIN')
  Leyona

  映像:箭内道彦

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野外ロック・フェスのトリなのだから、まずは音楽。
集まったお客さんを大いに盛り上げ、楽しませ、満足させることが仕事だ。
しかし『COVERS』である。
チャボはよく引き受けたなぁと思った。

  ARABAKI ROCK FEST.17プロデューサー/菅真良インタビュー Vol.3
  RC『カバーズ』はARABAKIを立ち上げた時から考えていた

事前に読んだこの記事からは、その理由はわからなかったけれど、
活字になっていない向こう側から感じるものはある。
それを見届けたかった。

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メンバー紹介で話してくれたように、
今回の難しいオファーを受けたチャボは、三宅伸治に声をかけた。
RCサクセションの『COVERS』を演るための柱を立てたわけである。
この柱があれば、まず間違いなく音楽的に、そして精神的にぶれることは無い。
そしてDr.kyOn(Key)、湯川トーベン(B)、川村吉宏(Dr)。
信頼できるミュージシャンを人選し、仕事を任せる。
これならば主催サイドに決められたというヴォーカリストが誰であっても、
それを受け入れられ、活かすことができ、高いクオリティで提示するに、
おそらくじゅうぶんであっただろうと思う。

実際、仲井戸麗市と三宅伸治の共演を楽しんだファンは多いだろうし、
様々なヴォーカリスト達のファンはそのパフォーマンスを楽しめただろうし、
噂に聞いていた『COVERS』の一端を初めて知る人もいただろうし、
フェスとして音楽的には大成功だったように思う。
しかし、僕自身は複雑な気持ちで臨んでいたし、
チャボが前日に “ 来てくれよ “ と言っていたとしても、
期待できるだろうことは理解できても、
どこにその気持ちを置けばよいのかは浮いたままだった。

オープニングの箭内さんによる映像は、核爆発?のシーンから始まった。
それを受けての1曲目はTOSHI-LOWの「明日なき世界」だったが、
歌われる前には例の “ 清志郎の手紙 “ が朗読される。
僕個人、今回の企画に対し、思考を邪魔する一切を排除して、
純粋な音楽として捉えられ楽しめるだろうかと構えていても、
そう捉えたいと思っていても、そう捉えようともがいても、
正直、スタートがこれでは難しかった。
目の前でアルバム収録曲順に展開する『COVERS』を観て、聴きながら、
音楽的には楽しめていても、『COVERS』に対する僕の思いは何も変わらず…だった。
チャボのあの告白(あれはMCなんかではない)を聞くまでは。

チャボは中盤でバンドのメンバー紹介をした。
何のことは無い、普段通りの紹介ではあったのだが、
残りは三宅伸治を紹介するだけ…の前に、唐突にチャボは話し始めたのである。

  こんなことを言わなくてもいいのかもしれない

そう断ってはいたが、言わないとこのまま進められなかったのだと察する。

  2017年に『COVERS』を演ることの意味は感じている
  しかしレコーディング当時、RCの状態は最悪だった
  ヘヴィな日々だった
  だから俺はこの企画を演ることに悩んだ
  しかし混沌としたバンドの状態とは別に、いい作品は生まれる

混沌。
こう表現した中には当時のRCサクセション、そして仲井戸麗市自身、
更にそこから現在に至るまでの社会的な『COVERS』の評価とイメージ、
更にさらにそれを感じ続けていたチャボの30年間があったはずだ。
しかし、2017年の今、このセッションを通して悩み、葛藤し、逡巡しながらも、
チャボが感じ、確信したのが “ 音楽のマジック “ だったという。

赤裸々で重い告白の後の希望。
それを信じてチャボはこの場に立ったのである。
それを信じることが出来たから『COVERS』に向き合えたのである。

もちろんチャボの心情云々はすべてが僕の想像だ。
しかし、チャボの言葉は刺さった。
聞いていて悲しみではない涙が出た。
そして…。

僕自身、完全に避けていた『COVERS』を帰ったら聴こうと思った。
聴かなければならないと思った。
あの場で生まれたこの僕の気持ちと心の動きは、想像ではなく本物である。

ここから、バンドのメンバーでヴォーカルを回すアレンジで展開させた、
実にチャボらしい「マネー」になだれ込んだ瞬間がハイライトだった。
金ねーか 金くんねーかと歌うチャボがTHE仲井戸麗市BOOKしていた。

音楽のマジックがこの日の演奏にどれだけ反映されていたのかはチャボしか知る由は無い。
しかし、甲本ヒロトが歌う「バラバラ」はロックン・ロールの楽しさが溢れていた。
「シークレット・エージェント・マン」のイントロが1988年していた。
ブルースと言ったらこいつだ!と紹介された三宅伸治の「悪い星の下に」もよかった。
ほんの少しであったとしても、僕はそのマジックをキャッチすることができていたハズだ。
間違いなくあの場に存在していたのだと思う。

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P.S.
曲を演奏する前には、その作者と簡単な解説をチャボは入れていた。
しかし、歌詞の内容については、
“ その曲に清志郎はこんな詞をつけました “ と付け加えていただけである。
あとはこれまで聴いてきた側に、
そしてこれから聴く側、聴いていく側に委ねるということだろう。


P.S.2
翌日。
仙台駅で三宅さんを見かけた。
これまでの僕であれば素通りだ。
しかし、声をかけねば、声をかけようと思った。
おそらく他人が聞けば単なる社交辞令的で短い言葉だったろうが、
僕は最大級の感謝の意味を込めて伝えた。
この日の握手の感覚は忘れられないと思う。

仲井戸CHABO麗市×新谷祥子 春に奏でるDuet。 南青山MANDALA 2017.4.1~4.2

新谷さんとは1年に1回は再会したいね…とチャボは決めているそうである。
麗蘭やCHABO BANDのメンバーは別にして、
チャボにとって他にそんなミュージシャンはいるだろうか?
さらに言えば、出会いのきっかけは林英哲さんのコンサートだったとはいえ、
チャボが自ら声をかけたミュージシャンである。
僕が知る限りのことで他に似たようなケースを含めて考えてみたが、
おそらくそれは、古井戸結成に至った加奈崎芳太郎以来のことではないだろうか。
チャボにとっての新谷祥子とは、そんな存在なのである。

これまで積みあげてきたものと、その場で交わされるもの。
二人の音楽家としての力量と経験。
お互いの持つバックグラウンド。
これらがぶつかってもすべてが良い方向に出る。
そんな風に思わされてしまうのが、僕にとってのこの二人の共演だ。

例えば仲井戸麗市、共演の定番曲である「BLUE MOON」。
これまでも様々なミュージシャンとセッションしてきた曲だが、
僕のファンとしての思いと好みという気持ちを差し引いても、
新谷祥子との演奏がダントツである。
どんなに好きな人の好きな曲であっても、ライヴの度に演奏されると、
さすがに " またかよ " と感じてしまうケースは少なくない。
しかも同じ人との共演なら尚更である。
しかし、二人の「BLUE MOON」だけは違う。
毎回の演奏が違う、演るたびに音が固まってくるなどテクニック的な理由ではない。
これならば他のミュージシャンでも当てはまる。

いったい何だろう?

いちばんの理由を一言で表すと " よろこび " であろうか。
ステージ上で演奏することのよろこびと、それを受けて返すよろこび。
感情を音として放って表すよろこびと、交わるよろこび。
そんなステージ上をリアルにその場で感じることができるよろこび。
こうしたことによる音楽の素晴らしさと、素晴らしい音楽を共有できるよろこびだ。
二人の音楽は聴いて、見て、観て、感じるだけでなく、わかるのである。
音楽による様々なプラス要因…イコールよろこび…が、わかるのだ。
僕には、わかる。
だから魅力的であり、何度も体験したくなる。

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新谷祥子のソロ・パートは、相変わらず新曲ばかりという展開。
どんな場であっても、今の自分を聴いてもらいたいという姿勢は一貫している。
今回はどちらかというとじっくりと聴かせるタイプの曲を並べていた。
彼女にはリズミカルな力強さを兼ね備えた曲という面の魅力もあるが、
この日はそれを見られることは無かった。
しかし、そこは仲井戸麗市との共演である。
しっかりとチャボのパート内でその面を存分に披露してくれたので大満足だった。

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チャボのパート。
新谷さんとのセッションは「祝祭」「うぐいす」「春たけなわ」「ま、いずれにせよ」。
あらためて昨年も演った「ま、いずれにせよ」はギターとマリンバに似合う曲だと再認識。
思えば2005年の共演では、こんな二人のセッションを3時間通していたわけだ。
今は完全にパートがわかれてしまっていて、セッションが少なくなっているのは残念。
何とかリハに時間を取って、再びライヴを通してのセッションを体験したい。

さて、今回は「花」と「今日の日はさようなら」が歌われている。
いつからかこの手の曲をライヴでチャボは歌うようになった。
昔は無視していた曲だが今になって出会いその良さを思って…が理由のようだ。
でも、思うことはいいけれど、それをライヴで歌われることとは別だ。
それに、実際ファンがチャボに求めているものなのだろうか僕自身は疑問。
代わりにオリジナルを演ってくれというのが本音。
特に今回は久しぶりの「プリテンダー」が演奏されたので、
僕にとっての名曲度の差があまりにもハッキリくっきりしたため、特にそう感じた次第だ。
もっともっと自身のオリジナル曲を披露してほしい。

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MCで2005年に行われたDuetの集大成的ライヴ、
CHABO GO! GO! [THE Duet]の話が出た際に、
さりげなく " また演りましょう " といった会話が出ていた。
実現を心から祈りたい。

麗蘭 Lay-Run 25th Anniversary LIVE「愛があれば歳の差なんて」Billboard LIVE 東京 2017.1.14

絶対にここでしか体験できない麗蘭である。
2ステージ構成のBillboard LIVE公演は90分の持ち時間なのだが、
このたった90分は、何という90分でもある。
今回も大満足だった。

今夜の白眉はチャボの「しり切れトンボのブルース」でのギター。
特に公平のギター・ソロの裏でのバッキング・プレイは視覚的にも最高だった。
チャボはRC時代からキースを彷彿させる云々と評されることがあったが、
当時のプレイに限っては決してそんなことは無かったというのが僕の認識だ。
しかしプレイやアクションに限れば、今の麗蘭での姿がそれはいちばんだと思う。
特に二本のエレキを中心に据えたサウンドになってからはハッキリしている。

この夜の「しり切れトンボのブルース」が、まさにそれだった。
ラフでいながら絶妙のタイミングでリズムが刻まれる。
結果としてそれは抜群の味付けになる。
音だけでなく、視覚的にも。
短い時間ながらも、リズム・ギタリスト仲井戸麗市のかっこよさを堪能できるのが嬉しい。

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何度かの全国ツアーと単発のライヴやイヴェント出演はあったけれど、
いわゆる麗蘭の活動というのは年末の磔磔だ。
開始当初はクリスマス時期だったが、
とにかく暮れに磔磔で演るようになったのは94年から。
そこから毎年のことではないが、既に15~16年になるだろうから、
やはり年末・磔磔・麗蘭のイメージは強い。
よって磔磔は特別なライヴになっているのだが、
特別なものだからこそ、僕にとっては許し許されている面がある。
その代表的なことは、ステージのメンバーが観えなくてもOKということだ。
本来なら文句のひとつも言いたくなる当たり前のこのことが、
あの場…年末の磔磔にいられるだけで…と許してしまうのだ。
そして僕にとって本当に満足できるライヴになってしまうのである。

Billboard LIVE 東京は今回で8回目とチャボは言っていた。
もうそんなに回数を重ねているのかと驚くが、
今では磔磔と共に重要なライヴになっているように思う。
その時々で演奏される曲や出てくる音は好みだったりそうでなかったりしているが、
しかし、それでも毎回ここで観るライヴに満足できなかったことが一度もない。
その理由を数年前に考えてみたことがあるが、結論は環境ということになった。
あらためてそれをまとめると " みえて、きこえて、わかる " である。
一部の人しか " みえて、きこえて、わかる " ことができない磔磔と違い、
その座席の位置での差があるとはいえ、
お客さんの立場からのライヴを楽しめる、この当たり前の3つの要素を、
Billboard LIVEという会場はすべて満たしてくれるのである。
4人のメンバーがみえ、音がきこえ、その音をメンバーがどうやって出していて、
どんな表情でプレイしているのかがわかる。
これで楽しめないはずがない。

ライヴでの音楽を、音楽として、どれだけ感じて楽しめるか。
これを満たしてくれることが、やはりいちばんだと思う。

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もしかしたらBillboard LIVEは、
麗蘭のライヴの魅力を100%に近く体験できる唯一の会場なのかもしれない。
以前にも書いたことと同じこんな文章で今回も終わりたい。

Lay-Run 25th「WelcomeHome磔磔」麗蘭Vol.24 2016.12.29

オープニングSEの「浪路はるかに」が流れた瞬間に "今年も来て良かった " と思える。
楽屋へ通じる階段の上にチャボの姿を確認しただけで満足感が生まれる。

ライヴのために用意された新曲が1曲目を飾り、
「今夜R&Bを…」と「ミュージック」がハイライトとして演奏され、
「Hello Good-bye」で年を送り迎え、
「ミステリー」の余韻で幕を閉じる。

何度も体験してきたこうしたライヴだが、麗蘭、磔磔、
そして集まったひとり一人のファンのトライアングルが作り上げるものは、
いつだってその年、その場限りの特別な時間である。

 " 俺たちには音楽がある "

この仲井戸麗市の力強く確信を持った宣言がすべてだ。
他には何も書くことは無い。

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仲井戸CHABO麗市ソロライブ「月曜の夜」今日歌いたい唄。 南青山MANDALA 2016.11.28

 あぁ、こうした長時間ライヴをチャボはAXでのバースデーで演っていたなぁ

ライヴが終わった後に僕が思ったことだ。
もちろん会場はMANDALAなのでMCもフランクだし、
ステージの構成も照明も練り上げられてのものではない。
でも、過去にAXや他の会場で、
何度か体験した感動的なシーンを彷彿させる瞬間を感じられた。

「魔法を信じるかい?」でのタッペイとモモちゃんのコーラス。
ポエトリーからの「9月の素描」。
『だんだんわかった』収録の「ビートル一人一人達の再来日」の朗読。
こうした過去に観てきた感動的なハイライト・シーンを、
この夜はダイジェストで見せてくれているようにさえ感じる3時間半だった。

ただ、それは僕がそういったライヴを実際に体験してきたからこそ、だ。
その意味では、自分だけの体験が出来るという事の幸せを感じるし、
それだけの時間が経過しているという証しでもある。
前回から " 時間 " というキーワードが漂うライヴとなっていたが、
この単語は決して小さくは無いテーマとして存在していたと思う。

時期的には少し早いが、クリスマス・ソングとして、
ザ・バンドの「今宵はクリスマス」のカヴァーが歌われた。
この曲についても、演奏されることに僕なりの感情が湧き上がる。
たとえば、単にチャボが好きなザ・バンドにクリスマスの曲がある。
だから季節的にカヴァーしてみた…ということではない。

 ♪ なくしたものたち かえってくるぞって
   さらばかなしみ いいことあるぞって
   だって こんやはクリスマス ♪

サビはこう歌われる。
初めてこの曲を歌ってくれたときは、チャボはこんな話をしてくれた。

  盗難にあった(チャボの)ギターはクリスマスに出てくるよ
  こう清志郎が言ってくれたんだ

ちょうどチャボの機材が盗難にあった直後の話だったが、
このエピソードをさりげなく、しかし柱として歌詞に盛り込み、
普遍的であり、それでいてチャボや清志郎ファンにばっちりと響き、
なおかつ当初のクリスマス・ソングとしての良さをそのまま残して披露する。
こういった曲はいくつもあるが、僕が好きなチャボの魅力のひとつである。

これも僕がそういった話を実際に聞いているからこそ、
この夜に自分だけの体験をする事ができたケースだ。
もちろん幸せと、そしてやはり時間の経過を感じることでもある。

過ぎた時間。
止まった時間。
動き出す時間。
続いている時間

様々な時間がこの夜には流れていた。
チャボにとってのそれだけでなく、
僕にとってのそれを含めて。
すべてが掛け替えのないものだ。
これからのチャボと僕に流れる時間も楽しみだ。
11月の4日間を観て、あらためてこう思っている。

仲井戸CHABO麗市ソロライブ「月曜の夜」RCを歌う。 南青山MANDALA 2016.11.21

本編のラスト、「雨あがりの夜空に」を演奏し終えた後、
チャボは80年代、KING OF LIVE期のメンバーの名を呼んだ。

 新井田耕造!
 リンコワッショ!
 Gee2wo!
 仲井戸CHABO麗市!
 Sweet Soul 忌野清志郎!

もうこの連呼で感激・感涙だ。
更に、その後にはこうシャウトするのだ。

 We Are RCサクセション!

もちろんステージ上にはチャボしかいない。
しかし、We Are…俺たちはRCサクセションだ、とチャボは叫んだ。

今夜は清志郎の追悼ライヴではない。
RCサクセションのギタリストがRCを歌うライヴである。
はたしてそのライヴは、チャボが俺たちはRCだと叫ばざるを得ない、
実に感動的なライヴになった。

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MCでふれていたように、2009年から長い時間が経過したことで、
あらためてRCの楽曲に立ち向かえたことはあったようだが、
結果として、チャボ自身もRCサクセションとしての自分に気が付けたのだと思う。
俺はRCなんだ、と。
今、生きているのであれば、RCの曲を自分が歌うことにも意味がある…と、
サラッと話したこんなことからも、あながち僕の感想は間違いではないと思う。

清志郎との思い出を中心に、1980年から1983年にRCとして発表した楽曲を中心に歌う。
途中でも " 新井田耕造! " とか " リンコがいてくれたらなぁ " とか、
本心なのかサービスなのか、嬉しいことを言ってくれていたが、
今夜のステージでチャボの口から出た日本のミュージシャン名の6人。
清志郎、リンコ、コーちゃん、Gee2wo、そして梅津さんと片山さん。
要するにRCサクセションであった。
おそらくチャボ自身もステージが進行するに連れて、想いが大きくなっていったのだろう。
俺はRCだったな…から、俺はRCなんだ…へ。
そして最後には、俺たちがRCサクセションなんだ…と。

     **********

「Late-Summer」。
2009年に行われた " 僕が君を知ってる " で披露されたポエトリー。
内容は戦友たちへ呼びかけるものだ。

 あらためて家で読んでみたら…読めたんだ

こう言って、あの夜以来のこの夜にチャボは朗読した。
僕自身、清志郎はもちろんだが、2009年以降に亡くなった人たち…、
幾人かのチャボに近い人たちも思いながらそれを聞いていたのだが…。
何かがきっかけになったわけではないのだが、途中で突然この日のテーマが僕の頭に浮かんだ。
その瞬間からチャボに読まれている世界が変わった。
俺たち、再会、そして戦友。
こうしたキーワードが指しているもの。
それがRCサクセションのこととしか思えなくなったのだ。

振り返れば昨年。
デビュー45周年の節目で古井戸、加奈崎芳太郎との再会があった。
しかし、あえて僕は書いた。
もう一つの再会があるだろうと。
終わったのではなく止まっているのだから、再会すべきだろうと。

     **********

この日のMANDALAの座席には、
今年リリースされた小川銀次のアルバムのチラシが置かれていた。
銀次には毎年5月に行われている忌野清志郎ロックン・ロール・ショーに出て、
チャボと一緒に「ブン・ブン・ブン」を演って欲しいと思っていたが、
もうそれは永遠に叶わない夢になってしまった。

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RCサクセションに在籍していた期間は短かったとはいえ、
80年代RCサウンドの基礎を作り、発火させた銀次は、
僕にとってはRCサクセションのギタリストである。
チラシが置かれていたことは、きっと偶然ではない。
ステージ上のチャボからは銀次の名が出ることは無かったけれど、
この夜のMANDALAには、『RHAPSODY』のRCサクセションがいたことになる。

     **********

THE GREAT RC SUCCESSION!
80年代、僕は何というバンドに出会え、観て聴けて、一緒の時代を過ごせたのだろう。
楽しかった。感動した。そして幸せだった。ありがとう、チャボ。

仲井戸CHABO麗市ソロライブ「土曜の夜」COVER-SONGSを演る。 南青山MANDALA 2016.11.12

チャボは過去に何度かすべてをカヴァーで構成したライヴを演っている。
2009年5月のそれを除けば、すべてが音楽の素晴らしさを伝えてくれた内容で、
楽しく、切なく、感動的なライヴばかりだった。
そしてチャボのオリジナル日本語詞が乗るから、
たとえ昔の曲であっても今を感じさせてくれるという独特の雰囲気である。

今回もそんなライヴを期待していたが、はたして…。
残念ながら初披露の曲は無かったけれど、それでも絶妙の組み合わせであり、
チャボらしい音楽愛に溢れたライヴをじゅうぶんに堪能した。

その日本語詞を聴くのがこうしたライヴの魅力のひとつだが、
僕が何よりも感動するのは、音楽ファンとしてのチャボの姿を感じられることだ。
十代の頃にやっていたバンドのことや来日アーティストを観た時のことなど、
時代は違えども、チャボも僕たちと同じだったことがわかる。
それを共有できることが嬉しく、楽しく、切なく、感動的なのだ。
チャボが語るビートルズは、僕のRCサクセションであり、
チャボのストーンズやキンクスが、僕のARBでルースターズなのだ。
こうした想いはあの場にいたファンの数だけ沸き起こるだろうから、
その気に満たされたMANDALAという空間が感動的になるのだと思う。

さて、そんなライヴでひとつ思うのは、
イントロを弾きながらも、演らずにもったいつける曲があること。
それは「サティスファクション」や「ユー・リアリー・ガット・ミー」など、
ド定番の曲なのだが、そのまま演奏してほしいといつも思う。
絶対にウケるし、かっこいいはずだ。
思えば1990年、『絵』を引っさげてのツアーでは、ストーンズの「ラスト・タイム」や、
キンクスの「オール・オブ・ザ・ナイト」が演奏された。
どちらもアレンジはオリジナルを踏襲したままチャボ独特の日本語で歌われたが、
イージーな言葉ながらもストレートに伝わる、実にいいカヴァーだった。
「サティスファクション」は僕の知る限り、いちどだけ演ってくれたことがあるが、
それ以来、長らく封印されている。
マニアックな選曲もいいけれど、誰もが知る名曲を演るのも聴いてみたい。

 ♪ 素晴らしいはずさ、人生まだ、まだ、まだ…

エルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」で歌われる歌詞。
この夜のライヴから僕が感じたものをチャボが歌ったフレーズで表すと、これだ。
唄のひとつふたつにどれ程の意味があるかわからないが、僕は心配しない。
そして信じていたい。

仲井戸CHABO麗市ソロライブ「日曜の夜」今夜歌いたい唄。 南青山MANDALA 2016.11.6

○○周年のような冠が付かない、純粋な仲井戸麗市のソロ・ライヴ。
しかもこれまで多くの名演を体験している南青山MANDALA。
どんな内容になるのか想像もつかず、かつ予想もせずに臨んだ。

11月は4回、それぞれにテーマを決められた異なるライヴが行なわれる。
この日はその1回目だ。
" 今夜歌いたい唄。" と題されていたので、
チャボ自身の思いと想い、気分と気持ちで選曲してくると思うのが当たり前だ。
しかし、ステージのMCで、歌いたい唄なんか無い…と冗談でかわし、
あくまでも単なるタイトルであると断りを入れてきた。
本音の部分もあるのだろうが、そこは仲井戸麗市。
きっと何かしらのテーマはあったのだと思う。

カヴァーとRCの曲は11月の別の日のテーマになっているため、
この日はすべてオリジナル曲で演るということだったが、望むところである。
というか、そんなライヴをもっと演って欲しいんだよ。

さて、そんなMCからレアな曲を期待したが、結果はゼロ。
しかし、4曲の未発表曲や他人に書き下ろした曲などは貴重だった。
未発表曲は興味深かったが、まだ未完成品と言った印象かな。
フィービー・スノウに捧げた曲、
ロックが華やかだった時代を取り上げた曲など、
最近のチャボの傾向が出ていて、同じテーマで曲を手がけていることが伺える。
それと、小品的な曲が多いのも、同じく最近の特徴かな。

既存の曲は『GREAT SPIRIT』と『Poetry』から2曲。
『PRESENT』シリーズから3曲。
チャボはよく " 久しぶりに引っ張り出してきた " と言って演奏するが、
実は僕とチャボの " 久しぶり " の定義にはかなり大きな開きがある。
この夜も同MCから「糧」が歌われたが、僕の中では久しぶりどころかライヴの定番である。
同じく『PRESENT』シリーズからの「真夜中を突っ走れ!」も定番中の定番だ。
例えば「L・O・V・E」が歌われたら おおっ!と思うが。

バラエティに富んだ選曲は楽しめた。
ただ、ここ最近のライヴから僕が感じているように、
線ではなく点のライヴであったと思う。
全編を通してひとつの流れを追えるのではなく、
二十数個の点が集まったと言えば理解してもらえるだろうか。
チャボしかできない、いやチャボだからこそできる、
まるで一本の映画を観たような感動を与えてくれるライヴ。
そんなライヴをそろそろ体験したいと思う。
場所がMANDALAなら尚更である。

P.S.
中盤で曲を飛ばしそうになり、マチャミさんに指摘されてやり直す場面があった。
その曲は古井戸の「きまぐれラプソディ」。
ミスしたからか、MCでは " 古井戸やるよ " としか言わずに演奏された。
通常であれば雑念も入るだろうし、とても落ち着いて歌えるわけはないと思う。
しかし、その歌とギターはバッチリだった。
更に、僕の観た印象では、譜面や歌詞もほとんど追わずにいたはずだ。
他の曲では、譜面を見ながらでもミスすることがあるのに…だ。

いつからか、MANDALAで歌われる古井戸にとても魅力を感じるようになった。
そう感じるのは色々な理由があるのだろうが、いちばんはその場所なのだと思う。
MANDALA周辺は、おそらく70年代、古井戸のチャボにとっての舞台だったというか、
そこまで断言できなくとも、近いものがあるのだと想像する。
そんなことから、MANDALAで古井戸を歌うチャボからは、
自然に滲み出す古井戸を僕は感じてしまうのだと思う。
このことを、この夜の「きまぐれラプソディ」はあらためて思わせてくれた。

Lay-Run 25th Anniversary Year 愛があれば歳の差なんて 麗蘭 赤坂BLITZ 2016.10.9

毎年の恒例、10月はチャボのバースデー・ライヴだが、今年は趣が違った。
麗蘭が25周年を迎え、12年ぶりの3rdアルバムを発表。
このことから、25th Anniversaryとレコ発の二つがタイトルとなり、
仲井戸麗市のバースデーという冠は消えた。
それでも10月9日だ。
少なくとも麗蘭25周年とチャボの誕生日を重ねて祝う内容だと思っていたのと、
さらにファンの想いは勝手なもので、単なるレコ発ライヴではなく、
25周年を振り返る的なものじゃないと満足できないだろうなぁ…と、
これがライヴを観る前の正直な気持ちだった。
はたして…。

客電が薄められた会場に「Eden.」が流れる。
続いて<ある日の雑記帳>の朗読テープ。
この、91年末、麗蘭の活動後に月刊カドカワで発表されたエッセイから、
いつもの「浪路はるかに」に乗ってメンバーが登場。
ライヴは「マニフェスト」で始まった。
このドラマチックなオープニング。
やはり今夜はチャボのバースデー・ライヴではない。
25周年の麗蘭をやるのである。

「BIRTHDAY SONG」でアニヴァーサリーを印象付けた後は、
序盤は1stアルバムの曲が並べられていた。
時系列で進んでいくかと思いきや、中盤では新作『25』収録曲と、
やはり初期、91年から93年の活動期の曲が交互に演奏された。
うーん…2ndアルバムから演らないなぁ…と思いつつライヴは進行。
結局は「Get Back」と「SOSが鳴ってる」、2ndからはこの2曲のみ。
最後まで新作と初期の曲で構成されたライヴだった。

僕はと言えば、ちょっとした違和感を感じつつも、
これが今のチャボの気分なんだろうという軽い気持ちでこの構成に納得していた。
ラストの「ミステリー」を聴くまでは。

FC会報で、チャボはオリジナル・メンバーを失っていることへの無念さ、
そして敬意と何かを捧げたいと発言していた通り、ライヴ冒頭のMCで、
2014年に亡くなったパーカッションの鈴木裕文さんに今夜のライヴを捧げると宣言。
新作にもこのことはクレジットされていたから、僕も事前に受け止めてはいた。
でも、ライヴ中にチャボがあらためて触れることもなかったし、
例えば「今夜R&Bを…」で歌いこまれるようなこともなかった。
お馴染みのメンバー紹介を兼ねた「ミステリー」が演奏されている最中も、
いつものライヴ終了を告げる曲であるとおり、
あぁ、今夜のライヴも終わってしまうなぁ…という気持ちでいたのだが…。

この日の「ミステリー」には5人目のメンバー紹介が加えられていた。
ステージ後方にセットされた赤い傘の下にスポットが当たる。
そこには鈴木さんのものであろう楽器が置かれていた。
この瞬間に、今夜のライヴがこの構成だった理由を僕は理解した。

麗蘭の25年に関わったメンバーはゲストも含めれば決して少なくない。
しかし、" 今の麗蘭があるのは、そしてここまで続けてこれたのは、
早川岳晴とのリズム隊を組んだ鈴木裕文がスパークさせたからだ " …。
チャボが言ったこのことは間違いなく本音なのだろう。

麗蘭の25年には色々な事があっただろうし、それは同じ時間を過ごしてきた僕も同じだ。
そのスタートであるオリジナル・メンバーへの想いは僕にもある。
25年という時間は、始まった何かが今に至る時間でもあるが、
そこにあった何かや存在していた者や物がなくなっている時間でもある。
僕と麗蘭との25年という時間のかけがえのなさも強く感じた3時間だった。

音楽を超えたことを教えてくれ、感じることができ、考えさせてくれるのも、
僕にとっては音楽によってであることが多い。
だから音楽は素晴らしいと思う。
かすかな呟きだとしても。
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Blue

Author:Blue
1980年4月5日からスタートしたGREATな体験。それは見事に現在に至るまで続いています。

" 君の手を握りたいんだ 君の手を握りしめたいんだ 君の手を握りしめていたいんだ そう いつかのメロディーに聞いた "

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